「友人が教えてくれたんですのよ」
「・・・・」
オレの目の前で、上品そうな年配の女性が微笑んだ。
ツッコみたい事は山程あるが、恐らくここで言っても無駄だろう。
その友人とやらが知ったかぶりをしたおかげで、オレはこれから下水道に潜る羽目に。
「瞬く星屑亭」の親父さんに勧められた依頼。
依頼人である伯爵夫人は、伯爵亡き後、ペットの鼠と共に静かに暮らしていた。
ところがその鼠が逃げてしまったのだという。
偶然にも清掃局の職員が鼠を見つけたのだが、そこは下水道の中。
「複雑に入り組んでいる上に危険な魔物もいて、捕獲は難しい」と連絡が。
悲しむ夫人に、友人がアドバイスをした。
「伯爵夫人、このような時は冒険者に頼むと宜しいのですわ」
「ボーケンシャ?」
「報酬と引き換えに様々な頼みを聞いてくれる職業の者ですの。
下水道にも何度も入っております。きっと連れ戻してくれる事でしょう」
「まあ!わたくし世事に疎いもので存じませんでしたわ。
持つべきものは物知りな友人ですわね!」
とまあ、こんな会話があったか無かったか。
かくて「瞬く星屑亭」に依頼書が貼られる事となり。
ボンヤリと掲示板を見ていたオレが背中を押されてやって来た。
親父さんから、「貴族のご機嫌でも取って来い」と言われて。
(まあ、悪い友人では無さそうなのが救いか)
大体、冒険者の宿への依頼など、どこへ投げればいいかわからないようなものだ。
食い扶持を稼ぐ機会に、あまり文句も言えない。
「下水道探索などお手の物」のような認識は否定しておきたいが。
「連れ帰るペットというのは?」
「タノレちゃんと言います。青い眼とやや黒っぽい体毛の、とても可愛らしい鼠ですの。
頭もよくて私の言う事をちゃんと聞いてくれますわ」
「・・・・」
飼い主が一方的に喋ってる間、じっとしているという意味だろうか。
意思疎通が図れるとは思わない方がいい。
報酬は500sp。
交渉する気にもならず、その金額で引き受ける事にした。
「清掃局の許可は取ってあります。
頑張ってタノレちゃんを見つけてくださいね」
「伯爵夫人のご希望に叶うよう、最善を尽くします」
一礼して部屋を退出し、屋敷の玄関へ向かう。
オレは右肩を回し、首を左右に振って骨を鳴らした。
久々に高貴な御方と話して肩が凝った。
(言っては悪いが、リヒャルト卿とは格が違うからなあ・・・)
さて、引き受けたからには覚悟を決めるか。
いざ、暗闇の中へ。
灯りを点けると、闇の中にぼんやりと通路が浮かび上がった。
黒い水を湛えた水路の両脇に、狭い歩道が遠くまで続いている。
灯りの先は漆黒の闇。汚水特有の悪臭が不快感を煽る。
「まずは進んでみるしか、無いか」
オレが降り立った区画で、何度も伯爵夫人のペットが目撃されているという。
とはいえ目撃情報は区画のあちこちに散らばっていて、正確な場所の特定は出来ない。
灯りを頼りに、通路を歩き出す。
たまに飛び出してくる鼠を見つけるものの、特徴が一致しない。
その間に水面を流れてくるゴミの中から傷薬や魔法の巻物を発見。
この調子だと、ゴミ漁りをした方が実入りがいい気がする。
誰がこんなものを捨てているのか。
「通路は全部歩いたから・・・」
オレは木製の扉の前に立っていた。
後、見てないのはこの中だけだ。
鍵がかかっていたものの、難なく解除。
ゆっくり、慎重に扉を開ける。
オレは心の中で叫んだ。
(いた!)
部屋の奥に、鼠が一匹。
青い眼、黒っぽい毛色、そして通常の個体より大きな体。間違いない。
オレは静かに扉を閉め、鼠を驚かさないようにゆっくりと近づいていく。
(さて、ここからどうしたものか・・・)
「待ってくれ!」
鼠を捕まえる算段をしていると、どこからか声が聞こえた気がした。
だが、この部屋にはオレしかいない。
(焦るなベルント、そんな事があるわけが――)
「待ってくれ!話を聞いてくれ!」
「!?」
オレは立ち止まった。空耳ではない。
でも、だとしたらどこから、誰が?
「誰だ!」
「俺だよ俺!」
「その手に引っかかるオレだと思うな!
自分だけはオレオレ詐欺に騙されないなんて油断はオレには無いぜ!
皆も気をつけろ!普段のコミュニケーションが大事だ!」
「その通りだが本当に俺なんだよ!」
主不明な声の相手をしつつ、出所を探る。
オレの前方から聞こえているように感じられる。
しかも低い位置から。
そこにいるのは・・・。
「ふん・・・人間が想像し得る事は全て、現実に起こり得る事だという。
喋ってるのは、お前か―――鼠!いや、タノレ!!」
「そうだよ!やっとわかってくれたか!」
「マジで!?」
とりあえず言ってみたものの、実際に当人、もとい当鼠から肯定されると動揺を隠せない。
確かに、獣らしからぬ知性の光がその瞳に宿っているように見えなくもない。
依頼人の話を聞いた時に「(タノレが)自分の言う事を聞いてくれる」などと言っていたのを、てっきりペットの飼い主にありがちな話だと聞き流していたのだが。
まさか本当だったとは。依頼人に教えたら狂喜乱舞するに違いない。
「お前、あのババアに頼まれて俺を捕まえに来たんだろ!?」
「まあな」
「頼む・・・俺を捕まえようとする前に俺の話を聞いてくれ!」
「聞いたら捕まえていいのか?」
「それは困る!」
駄目なのか。
とはいえ、こうやって相対している以上、いつ捕まえにかかっても同じだ。
必死で訴えるタノレ。罠を張っている可能性も考えられるが、話を聞いてもいいだろうか。
オレはその場に腰を下ろし、タノレに言った。
「まあ、話があるなら聞こうじゃないか」
「おお!話を聞いてくれるか!よかったぜ、話のわかる奴で!」
聞いた後、絶対に捕まえないとは言ってないが。
それは口に出さず、タノレに話の続きを促す。
「・・・頼む、俺を見逃してくれ。俺はあそこに戻りたくないんだ!
そんなことはできないってのはわかってるけどよ・・・」
「お前はそう言うが、あのババ・・・伯爵夫人の所だって悪くないだろ?」
危ない。うっかり口を滑らせる所だった。
どこに耳があるか、わからないからな。
オレは依頼人の顔を思い浮かべ、言葉を返した。
勝手で一方的な愛情と言われればそれまでだが、少なくとも伯爵夫人はタノレに苦しい思いはさせていなかったはず。
尤も、その状況で満足しなかったから逃げ出したのだろうが。
「・・・あそこは確かにうまいもん食えるし、暖かいし、すげー楽さ。
でもすげーつまんねーんだよ!俺はここに来てわかったんだ!
ここが俺の居場所なんだと!俺の本能って奴がそう言ってる!」
「ふむ・・・」
懸命に話し続けるタノレ。
居場所・・・本能・・・か。
「確かにここは汚ねぇし、食い物はあんまねーし、つらいところだ。
だけどここには自由があるんだ!汚いけど俺にとっては楽園なんだ」
「じゃ、捕まえるのは諦めよう」
「えっ!?」
オレの言葉に、タノレが驚いている。
鼠に説得されて依頼を断念したなんて誰にも言えないが、「恵まれた不自由よりも苦しい自由がいい」と言われてしまってはなあ。
割と自由にやらせてもらってる冒険者としては、共感を禁じ得なかった。
責任とか義務とかを負う気もなく自由とか権利ばかりを主張する人間が目に付く昨今、タノレはしっかりしてる。
「だが、オレも伯爵夫人に頼まれてここまで来てるんだ。
それを蹴ってお前の頼みを聞く為に、見返りは用意出来るか?」
「お、おう!もちろんあるぜ、これでどうだ!」
一応言ってみただけだったのだが、本当に報酬があるとは。
タノレがどこからか引っ張り出してきたのは、不思議な装飾の入った首飾り。
価値はわからなかったが、自由を得る為に差し出されたものだ。結果的にガラクタだって構わない。
それを手に取り、オレは言った。
「よし。これでお前の頼みを聞こう」
「・・・ありがとうよ。人間って・・・いい奴もいるんだな」
感激しているらしい。
黒く円らな瞳がウルウルしている。
諦めた報酬の補填も出来た事だし、サービスしておくか。
「オレは諦めても、代わりの人間が来るかもしれないぞ。
お前はこの辺で何度も見られてるんだ」
「お、おう!そうだな、俺はもっと奥へ行くことにするよ」
オレのチュー、もとい忠告を受けてタノレは走り去った。
部屋の隅で一瞬こちらを振り返り、大きく尻尾を振ってみせる。
「じゃあな、元気でな!」
「お前もな」
タノレが小さな穴の中に消えたのを見届けてしばらくし、オレは立ち上がった。
参った。今回はやはり、依頼失敗というか契約不履行になるのだろう。
依頼人に何と誤魔化したものか、帰りながら考えよう。
「オーソドックスに、『区画を隈なく捜索しましたが、発見には至りませんでした』かなあ・・・」
これもまあ、自由にした事の代償だ。
全てを受け入れ、対処してこその自由、だよな。
「それとも東方の神秘、『ドゲザ』をすべきか・・・」
そういえば昔どこかで、ローリングドゲザとかスライディングドゲザとか、アクロバティックなドゲザの数々を見た気がする。
あれは何だったんだろう。
シナリオ名/作者(敬称略)
汚水流れる楽園/Wiz
groupASK official fansiteより入手
http://cardwirth.net/
収入・入手
眠雲の書、傷薬、破魔の首飾り
支出・使用
キャラクター
(ベルントLv2)
スキル/掌破、魔法の鎧、鼓枹打ち
アイテム/賢者の杖、青汁2/3
ビースト/
バックパック/
所持金
3120sp
所持技能(荷物袋)
氷柱の槍
所持品(荷物袋)
傷薬×4、薬草×5、万能薬×2、コカの葉×6、葡萄酒×2、イル・マーレ、聖水、うさぎゼリー、うずまき飴×2、眠雲の書、ガラス瓶(ノミ入り)×2、破魔の首飾り、魚人語辞書
召喚獣、付帯能力(荷物袋)
グロウLv3
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