Page7.美しきかな、水の都(碧海の都アレトゥーザ①)

「見ろよロシ、あんなデカい箱がよく沈まないよなあ」

 周囲を珍しげに見回している、明らかに浮いた様子の一人と一頭。
 田舎者丸出しだが、そう言われても仕方ない。
 オレもロシも、内陸の辺境地域の生まれ育ち。
 故郷からリューンへ向かう間に港町は通過したが、これほど大きな港も船も初めて見る。
 舞い上がるな、と言うのが無理な話だ。

 遡る事、一週間前。
 いつもの宿のカウンターに、リューン南東のアレトゥーザという町から来た商人が座り、親父さんや娘さんと談笑していた。
 以前は陸路と海路で一月要したアレトゥーザ~リューン間が、交易路の開通によって一週間で足りるようになったのだと言う。

 商売人らしく人好きのする感じの男が町の様子を語る姿を見て、オレはアレトゥーザという町に興味が湧いた。
 「住めば都」という言葉があるが、自分の住む街を「いい町だ」と住民が言うなら、悪くないはず。
 オレ自身、海に縁が無かったから心が踊らないわけがない。

 そこへ宿の親父さんに旅行を勧められ、その商人にも「行くなら地図を書く」と畳み掛けられて、ロシと共にやって来た港町。
 商人が言っていた通り、「海の上にある」という形容がそのまま当てはまる見事な景観。
 張り巡らされた水路を小船が行き交う様子も見える。

 そしてリューンとはまた違った、交易で賑わう町の活気。
 様々な言語が飛び交い、様々な目や髪、肌の色の人々が忙しなくすれ違う風景は、発展し続ける町のエネルギーを感じさせる。
 オレとロシは、しばし港の風景を堪能してから、町の広場へ向かった。





 広場も露店で賑わっていた。
 交易だけでなく、景観を生かした観光もこの町の目玉なのだろう。
 観光客と思しき人々が多く歩いている。

「・・・?」

 周囲を見回しているうちに、剣呑な視線を感じた。
 ふと気配の方を見ると、衛兵らしい男がこちらを胡散臭そうな目で見ている。
 あまり友好的な雰囲気では無さそうだが、一応は挨拶をしてみた。

 衛兵は型通りの挨拶を一息で述べ、こちらの質問には丁寧な口調で答えるものの、オレを見る目付きと口調が全く一致していない。
 尤も、その丁寧な返答にしても所々に嫌味が交じっていたが。
 「わざわざ不快になるまで話す事も無かろう」と思い、礼を言ってその場を離れる。
 衛兵の目はその後もこちらから離れる事は無かった。
 「何かあれば即、牢へ叩き込んでやる」とでも言わんばかりに。

 軽く肩を竦めて、ロシと共に歩き出す。
 すると後ろで、衛兵が呟くのが聞こえた。

「ろくでなし共と、得体の知れない魔女め・・・・」

 魔女が何なのかわからないが、「ろくでなし」はどうやらオレだけじゃないらしい。
 少しは気が楽だ。

「冒険者さんね。ようこそ、アレトゥーザへ」

 衛兵から離れると、そばにいた少女が声をかけてきた。
 利発そうな感じで、人懐こい笑顔をこちらに向けている。
 見知らぬ人間に対してあまり人懐こいのもどうかと思うが、近くにあの衛兵もいるわけだし、ちゃんと考えているのかもしれない。

 少女は衛兵の態度の悪さにフォローを入れた後、景観の素晴らしい場所を教えてくれた。
 どうやら、そこに住む精霊術師が、一部の住民に「魔女」と呼ばれているらしい。

「本当に悪い人だったら、精霊が力を貸してくれるわけないと思うの。そうでしょう?」
「なるほど、君の言うとおりかもしれないね。後で会いに行ってみるよ」

 本当に聡い少女だ。
 色眼鏡で見る大人たちの言葉を聞きながらも、しっかり自分の考えを持っている。
 少女と別れてから数人に話しかけ、大体のアレトゥーザの状況はわかった。
 この広場にあるのが訓練場と賢者の塔。
 無料の小船に乗って大運河から行けるのは教会、市庁舎、それから精霊術師が住む洞窟。
 庶民街には宿屋。
 まずは宿を決めて、ロシを休ませよう。





 庶民街に入ると、先ほどの広場とは雰囲気が変わる。
 広場の方は観光客向け、または裕福な商人や貴族が生活する場所という事か。

 庶民街の治安が格段に悪いというわけでも無さそうだが、その一角に気になる建物を見つけた。
 その前には鋭い目付きの男が立っていて、一見わかりにくい所に盗賊ギルドの符丁もかかっている。
 今回は観光だし、面倒に巻き込まれでもしない限りは関わる事も無いだろう。

 先にある建物からは男の大きな声が聞こえてくる。
 喧嘩や怒鳴り声というわけでなく、地声が大きいだけのようだ。
 入り口の看板には「悠久の風亭」と書かれている。宿屋らしい。
 特に宿の当ても無かった事から店内を覗いてみる。

「いらッしゃい。ゆっくりしていってくれよ」

 大声の主は、ここのマスターだったようだ。
 宿は比較的新しいようだが、中は常連と思しき客といかついマスター、美人の女将さんで賑わっていた。
 早速部屋を取り、ロシを繋がせてもらう。
 客の一人は冒険者のようで、オレを同業者と見たのか声をかけてきた。

「別に駄目だとは言わんが、あまり依頼を取らないでくれよ」
「心配には及ばない。オレは観光さ。旅先で働くほど勤勉そうに見えるか?」

 男はオレの言葉を聞いてニヤリと笑うと、手にしているジョッキを口元に運んだ。
 無愛想な感じの容貌に反し、気のいい男なのかもしれない。
 この宿は、冒険者の宿だという事か。

 女将さんの手料理、「グリリアータ・ミスタ」は絶品だった。得意料理を自ら勧めるだけはある。
 町の情報について目新しいものは無かったが、女将さんから「暇なら食材の調達をしてもらえないだろうか」と頼まれた。
 これは仕事の範疇には入らないらしく、先程の無愛想な冒険者は全く反応しない。
 「暇なら」と言われると実際暇なだけに、引き受けて海岸へ向かう。

 砂浜で浅瀬に住む貝やら何やらを収穫するのを「潮干狩り」と呼ぶらしい。
 ヴァカンスでやってくる家族連れなどが楽しむレジャーでもあるのだそうだ。
 もちろんオレは、初体験。
 あまり砂浜に人が多くなかった事もあり、ロシも連れてきた。
 ロシは最初のうちは、寄せては返す波を追いかけたり逃げたりしていたが、すぐに慣れたらしい。
 オレの近くで一緒に砂を掘り始めた。

 宿を出る前、「赤いの」に注意しろと言われてきたが、特に危険は無かった。
 「そろそろ潮が満ちて来たし引き揚げようか」とロシがいるはずの方向を向くと、突如視界が遮られる。

「うわ!・・・何だこれ、本か?」

 ロシが本を咥えて立っていた。
 砂だらけであるから、埋まっていたのだろう。誰が落としたのやら。
 本を受け取って軽く砂を払い、荷物袋に放り込む。

 悠久の風亭に戻り、女将さんに収穫した食材を見せると種類に応じた対価をくれた。
 女将さんの名前はラウラと言い、ゴツいマスターの奥さんなのだそうだ。
 こう言っては失礼だが、美女と野獣という言葉が似合いすぎる。
 「この二人が夫婦なのがこの宿の七不思議の一つなのだ」と常連客が言い、マスターが怒鳴り、ラウラさんが半ば呆れながらフォローする。
 こんな日常の掛け合いも、この宿の魅力なのだろう。夫婦仲はとても良いとか。

 この日は旅の疲れに加えて潮干狩りに熱中し過ぎ、観光は翌日に持ち越して早々に休む事に。
 ベッドに横たわり目を閉じると、微かに聞こえる波の音と、潮の香り。
 リューンで出会った商人が言った通り、良いところだ。
 今夜は良い夢が見れるかもしれない。





 アレトゥーザ滞在二日目。
 ラウラさんに「町の中を見て回る」と告げ、広場へ向かう。
 この広場は「カヴァリエーリ広場」という名称なのだと、昨晩に宿で教えてもらった。
 その前にどこかで聞いたような気がしていたが、例の衛兵を見て、誰に聞いたか思い出した。
 冒険者が嫌いなようだが、知らない相手にまで露骨に嫌な顔をするなんて何をされたのか。

 気を取り直して訓練場へ。
 中にいたのは、黒い肌のいかつい男。
 服装は船乗りのようにも見える。
 いかにも力自慢のようだが、足を引きずって歩いている。

「やあ、オレはベルント、リューンから来た。ここで教えているのはどんな事なのかな?」
「遠路リューンから、ご苦労な事だ。
 ここでは一般的な鍛錬の他に、俺の故郷で伝わる技や海賊共から盗んだ技を、対価と引き換えに教えている。興味があるのか?」
「興味はあるが、今日は冷やかし半分だ。技の傾向にもよるかな」

 「傲獣術」という、獣や海獣、鳥などの生態や性質などを模した技で、武器を用いるものもあれば格闘技術もあるという。
 一つだけ見せてもらったが、中々に興味深かった。
 自分が習得する剣技はまだ、探し始めたばかり。
 この町も気に入った事だし、ここの技に決めたならばまた来ればいい。

 訓練場を出て、特徴的な塔のそばの建物を覗いてみる。やはり賢者の塔だ。
 ここで教えているのは、リューンの基本的な呪文に少し捻りを加えた感じなのだろうか。
 オレは「魔法の鎧」で足りているから、すぐに用事のある場所ではなさそうだ。

 訓練場には多少期待していたが、剣技は気長に探すつもりで失望感は無い。
 技は十分に興味を引くものだったし、後は町の観光を楽しもう。
 無料の小船に乗り込み、大運河へ。





 目につくのは、教会と市庁舎、それから洞窟。
 役所には用は無いし、教会はあまり近づきたくない。
 そう言うと魔物やアンデッドみたいだが。
 ともあれ、行く場所は一つだけだ。

「水が、蒼い・・・」

 洞窟に入るなり、神秘的な景観に圧倒された。
 思わず感嘆の言葉が漏れる。
 吟遊詩人であれば、この景観だけで数篇の詩を謳いあげるのだろうが、どうやらオレにその才能は無かったようだ。

「ようこそいらっしゃいました・・・。
 ここは精霊の棲む場所・・・一般には『蒼の洞窟』と呼ばれている場所です」

 洞窟の奥から出てきた女性が、軽く会釈をしながら教えてくれた。
 精霊術師なのだろうか、この不思議な空間の中で違和感が無い。
 だが、その言葉に引っかかった。

「一般には?」
「『魔女の棲む洞窟』とも・・・呼ばれています・・・」

 オレの問いに、精霊術師はそう答えて微かに目を伏せる。
 広場の衛兵や少女が言っていた「魔女」とは彼女を指すのだろうか。
 オレは精霊術師に言った。

「オレはリューンからやってきた旅人さ。どこの誰が、君を何と呼ぼうが知った事じゃない」
「・・・・」
「町で、『美人がいる洞窟がある』と聞いて覗いてみただけだよ」

 精霊術師は顔を上げ、オレの目をじっと見た。
 その美しい顔からは感情が見えない。
 オレの真意を読み取ろうとしているのだろうか。

(魔女、ね・・・)

 古来よりその言葉は時に、人が人の道を外れる行為を正当化するのに使われる事がある。
 不確かな「正義」と結びつけて。

 ・・・嫌な記憶が蘇ってしまった。
 まあ、目の前の美しい精霊術師が「魔女」だというのなら、教会から破門宣告されたオレは「背教者」だ。
 遠からぬ間柄かもしれない。

「―――銀貨と引き換えに、水に属する精霊と交わる術をお教えしているのですが・・・」
「ああ」

 精霊術師の言葉に、オレの意識は引き戻された。
 この洞窟はアレトゥーザの中でも精霊力が強く、精霊たちと交感するのに適した場所なのだそうだ。

「もっとも、今は・・・いえ、何でもありません・・・」

 精霊術師は口ごもった。
 何でもないようにはとても見えないが、突如現れた、どこの馬の骨ともわからない男が首を突っ込めるのはこの辺りまでだろう。
 また会う機会でもあれば、違う展開もあるだろうか。
 腰に下げている剣を見せながら、オレは精霊術師に言った。

「あまり詳しく無いが精霊達は、こいつにいい顔をしないんじゃないかな?」
「確かに、鉄を好まないと言われています・・・」
「そうか、じゃあ今日はこの辺で退散しよう。また寄らせてもらっていいか?」
「・・・はい、お待ちしております」

 幸い、嫌われはしなかったようだ。
 精霊術師に見送られ、オレは蒼の洞窟を後にした。
 しかしあれだけの美人なのに表情が無いなんてもったいない。
 アイスドールやクールビューティーも悪くは無いのだが。





 悠久の風亭に戻り、この日も潮干狩り。
 高級貝を入手して戻ると、ラウラさん手製の「高級貝の白ワイン蒸し」が出てきた。
 これも絶品だが、高級貝の在庫のある時しか作れないらしい。
 他にもそういう裏メニューがあるようだし、砂浜で時間を潰すのも悪くない。

 アレトゥーザ二日目の夜は、ラウラさんの料理とアレトゥーザの伝統的な葡萄酒である「イル・マーレ」を堪能。
 葡萄酒としては珍しい蒼い液体は、この町の澄んだ海の色を思い起こさせる。
 グラスでもらったが非常に気に入り、リューンの宿へと自分用、土産に二瓶買ってしまった。
 自分用のは隠しておかないとな。





 滞在三日目。
 気がつけば二泊三日。
 懐にはまだまだ余裕があるが、そろそろ戻るべきだろう。
 ヴァカンスは、普段しっかり働いてこそだ。
 剣技の習得の件も目処をつけないといけないし。

 昼少し前、マスターとラウラさんに見送られて悠久の風亭を出発し、一路リューンへ。
 必要以上にリフレッシュした気もするが、戻ってしっかり働こう。

 ・・・部屋、残ってるよな?










シナリオ名/作者(敬称略)
碧海の都アレトゥーザ/Mart
groupASK official fansiteより入手
http://cardwirth.net/

収入・入手
70sp、魚人語辞書、イル・マーレ×2、高級貝×3、海老×5、貝×3、蟹×3

支出・使用
640sp、高級貝×3、海老×5、貝×3、蟹×3

削除
イル・マーレ

キャラクター
(ベルントLv1→Lv2)
スキル/掌破、魔法の鎧、鼓枹打ち
アイテム/賢者の杖
ビースト/
バックパック/

所持金
2400sp→1830sp

所持技能(荷物袋)

所持品(荷物袋)
傷薬×3、コカの葉、聖水、葡萄酒×2、卵、魚人語辞書、イル・マーレ

召喚獣、付帯能力(荷物袋)

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