Page33.理想郷の、一つの形(隠れ里ビスティア①)

「ここが二又に分かれていてだな」
「ふむ」

シニョーレが手書きの地図の道を、フォークの柄でなぞっていく。
オレはその軌跡を目で追いかけていた。

「左に進むとこういう形の木があるから、そこを左に入るんだ」
「コフィンの森の、さらに奥深くなんだな。
その上に結界があるなんて、相当に警戒しているのか」

そこまでしなくとも、と思うのは人間の考え方だろうか。
シニョーレが神妙な顔で答えた。

「人間なんておよそ偏見が服を着てるようなものだ。察してやれ」

確かにそうなのかもしれない。
異なる存在に恐れを抱き、排除する。
そうやって人間は地上の広大な地域に勢力を拡げ続けている。

(オレも何か頼もうかな・・・)

店内はいつの間にか賑やかになっていた。
出払っていた冒険者達が戻ってきているのに加え、夕食時でもあり、一般客もそこそこ入っている。
親父さんと娘さん、それに手伝いの給仕達まで忙しそうだ。

「何してるの?シニョーレ」

不意に後ろから声がして、オレ達は揃って振り向いた。
そこに立っているのは、長いブロンドの髪が美しい、若い女性。
腰のガンホルダーには装飾銃が収まっている。

「レイナか。ベルントに地図を書いていた所だ」
「そう。貴方がベルントね。話した事、ある気がするのだけど・・・」
「よろしく、レイナ。オレが初めてこの宿に来た時、挨拶した程度かな」
「私は宿に泊まってないから、会う機会も少ないのよね。それで何の地図なの?」

レイナは地図を覗き込んだ。
最初に見た時も思ったが、いかにもいい所のお嬢様といった容貌。
だが、15~16歳という年齢にはそぐわない膨大な知識量を誇っている。
魔力の高さにおいては熟練の魔術師さえ凌ぐ程だという。

同宿の冒険者の一人に入れあげ、冒険者になったのだと聞いた事がある。
相手は相当に腰の軽い男のようだが、そいつもこの宿に何人かいる「化物」の一人らしい。
シニョーレもその「化物」の一人だ。

「コフィンの森・・・ビスティアね?」
「レイナも行った事があるのか?」
「大分前ね。色んな『人』達がいて、変わった技能を教えてくれたりするのよ。魔法銃があったわ」
「魔法剣や超能力、人間には使えないような技能もあったぞ」

腰の銃に手を添えるレイナを見ながら、シニョーレが補足した。
派手なレイナに相応しく、華やかな装飾を施された銃。
機械式の銃かと思っていたが、魔法銃だったとは。

「でも・・・」
「ん?」

レイナがもう一度地図に目をやった。
説明文のある箇所を指差し、シニョーレに告げる。

「シニョーレ、この字は古すぎて、ベルントには読めないわよ」
「む、そうか?」

確かに。達筆過ぎてわからないのだと思っていた。
古い文字だとわかるレイナには読めるのだろう。
さらに続く、何気ない一言。

「自分の歳、忘れちゃ駄目じゃない」
「・・・・」

一瞬にして店内が凍りついた。
一言多いとは聞いていたが、よりによってこんな所で。
シニョーレの背後に陽炎のような殺気が立ちのぼっていく。
オレが以前、うっかりやらかした時に見たのと同じだ。

「・・・確かに、おしめが取れたばかりの小娘にはわからなかったかもしれないな」
「何んですって!?」

シニョーレの反撃を受けたレイナの額に青筋が立った。
表情は笑顔なのが余計に恐ろしい。
周囲の冒険者は心得たもので、スッとテーブルを移動させる。

(感心してる場合じゃない)

これは、かなりまずい。
猛獣二頭の喧嘩は見応えがありそうだが、止めた方がよさそうだ。

「あー、ええと」
「何だ」「何よ」
「・・・・」

怒りに燃える四つの目がこちらに向いた。
何か言わなくては、何か。

「年寄りと子供が本気で喧嘩するもどうかと思うんだ」
「「!?」」

背筋に冷たいものが走る。
二人のこめかみに青筋が立ったのがはっきりと見えた。
どうやら火消しどころか、油を注いでこちらに飛び火させてしまったようだ。
だがこの状況で、一体何を言えと?

(とりあえず、ミッションコンプリートだろ)

怪獣大決戦の危機だけは、確実に回避したはず。
オレはテーブルの上の地図掴み、サッと席を立った。

「シニョーレありがとう、レイナも!明日早いから、もう休むよ!」

二人が言葉を発する前にテーブルを離れ、そそくさと階段へ向かう。
後は自分の部屋に逃げ込むだけだ。

「上手く逃げたじゃない、ベルント」
「君は・・・」

階段のそばまでやって来た時、近くのテーブル席から声を掛けられた。
見れば少女が一人、食事を取っている。
その顔には見覚えがあった。

「ヴィトライユ、だったかな」
「シニョーレに聞いたのね。私もよ」

面識はあったものの、まだお互いに名乗っていなかった。
宿では、名前も知らないまま会わなくなる冒険者も少なくないのだが。

「見てる方は面白いだろうが、オレは死ぬかと思ったよ」
「フフッ、そうね」

オレが肩をすくめると、ヴィトライユは悪戯っぽく笑った。
十四歳にして聖北の牧師らしいが、笑顔は歳相応に思える。

「二人はいつもあんな感じよ?」
「だけど、熊がじゃれ合ってる所にウサギが出くわしたら、必死にもなるさ」

笑いながらコクコク頷くヴィトライユ。
例えが面白かったらしい。

「二人とも貴方の事、気に入ってるみたいだけど」
「へえ?」
「レイナと私、今戻った所だけど、レイナは貴方達を見つけて話しに行ったんだもの」

シニョーレもレイナも、人付き合いを避けているわけでは無いものの、人並外れた実力に加えて片や偏屈、片や高飛車なイメージ。
相手が構えてしまう事も少なくないだろうが、それはそれで楽な気もする。
目の前にいる少女は、あの二人とは逆に愛想を振りまけるタイプだろうか。

(内心はわからんけどな)

「まだあそこにいるわよ」
「ヴィーと何か話してるぞ」

レイナとシニョーレの声が聞こえてきた。
長居すると本当に捕まるかもしれない。

「捕まると絞られそうだから、そろそろ行くよ」
「あっ、そうね」
「今度、技能を見せてもらえるかな?」
「もちろん。じゃあ、お休みなさい」
「お休み」

オレは振り返り、シニョーレとレイナに大きく手を振ってから階段を駆け上がった。










「ロシ、そこ左」
「??」

ロシが立ち止まり、長い首をぐるりと回して背中に乗っているオレを見た。
左に道は無い。
だが、シニョーレの地図の印はこの場所にある。
目印として教えられた木も、目の前のものに違いない。

「茂みにもなってないし、進んでみるか」

オレはロシの背中から降りた。
林の中に踏み入れると、ロシもそろそろとついてくる。
視界内には、それらしいものは見当たらない。

少し進んで周囲を見るが、やはり景色に変化は無い。
振り返ると林の外れがかなり遠くに見える。

(一旦、引き返した方がいいかな)

「お前、何か探しているのか?」
「!?」

悩んでいると、頭上から声がした。
木の枝に腰掛けた少女が、こちらを見下ろしている。
白く長い髪に褐色の肌。
髪の間から、少し長めの尖った耳が覗いている。
ダークエルフだ。

(全く気配を感じなかったぞ!?)

オレはすぐに緊張を解いた。
恐らく、向こうの実力が段違いに上だろう。
少女は高い木の枝から飛び降り、オレの前に音も無く着地した。

「オレはリューンから来た、冒険者のベルントだ。君は?」
「私か?私はノイトラールと言う名の、かわいいエルフだ」
「・・・・」

胸を張っているのか、背伸びしているのか。
とりあえず、歓迎されていると思っていいかもしれない。
シニョーレから集落の入り口で番をしているとは聞いていたが、実際にダークエルフを目にするのは初めてだ。
というか、普通に子供にしか見えない。

「ビスティアという集落を探して来たんだ。
珍しい技能を教えてもらえるらしいが、入り口が見つからなくてね」
「そうか、よく来たな。
ここが人外の隠れ里、ビスティアだ!」
「どこが?」

少女が言うには、このまま進めば結界を抜けられるらしい。
意図せず入り口に近づいたオレを追い返す為、少女が姿を見せたようだ。

「はあ・・・このまま遭難するかと思ったぞ。
ありがとうな」
「・・・おい、頭をなでるな」

少女の抗議を無視して、オレは荷物袋に手を突っ込んだ。
うずまき飴を取り出し、少女に差し出してみる。

「ふぉふぉふぉふぁふぃふぁー!」

子供じゃないと言っているようだが、うずまき飴を頬張りながらでは説得力に乏しい。
オレは短い腕をぶんぶん振り回す少女の額を手で押さえ、宥めた。

「すまんすまん」
「全く・・・エルフが長命な事くらい、知っているだろう」

言葉ほど怒っているようには見えない。
雑貨屋「エフィヤージュ」のイリス特製、うさぎゼリーも渡したのが効いたのだろうか。
少女は里の住民についても大体把握していて、人間に使えそうな技能を持つ者を教えてくれた。

「この村の者は大体、人間に友好的だが、中には人嫌いな者や難しい者もいるから気をつけるのだぞ」
「わかった。ありがとう、トラ」
「トラって何だ?」
「ノイトラールだから、略してトラ。
人間は仲良くなった相手を愛称で呼ぶんだぞ」
「む。そ、そうなのか。では仕方ないな」

微妙に嬉しそうだ。
軽いツンデレか?





トラが言った通り、前に進むと視界が急に変化した。
林の中から、明るい集落の通りへと。
人通りは多くないが、亜人や人外と思える者が歩いている。
見慣れない顔のオレをチラリと見やるものの、関わってはこない。
人間が珍しい存在ではないという事だろうか。

村には店舗が見当たらないが、考えてみれば当たり前の事。
外から入ってくる者が制限されている場所で、商売は成立しない。
ここで技能を習得するには、直接相手に声をかけて交渉する必要があるようだ。
トラが忠告してくれたのも、この辺りの事だろう。
人外の隠れ里で、人間が相手構わず話しかければ無用なトラブルを招きかねない。

それでも、魔術師風の老人を訪ねて「魔法の鍵」を購入した。
この技能があれば、魔法的な鍵の解除や施錠が可能になる。
特に屋内の探索で、サリマンが持っていれば出番もありそうだ。

「さて、次は・・・」
「・・・・」

オレとロシの足がピタリと止まった。
オレ達の視線は一軒の家の中に向けられている。
屋内にいた者がオレ達に気付いたらしく、表に出てきた。

「何だ貴様等は。我輩に何か用か」
「へ―――」
「へ?」










「変態だー!」










住人の姿を見て、思わずオレは叫んだ。
四つんばいの人の胴体に、馬の上半身が突き出している。
馬の胴体に人の上半身でケンタウロス、人の身体に牛の頭でミノタウロス。
だったら、目の前のこいつは何タウロスだというのか?

オレの隣で、ロシが硬直している。
一部は自分のパーツと似ていても、お友達とは思えなかったらしい。

「貴様・・・言うに事欠いて高貴な我輩を変態とは何事だ!」

オレはハッと我に返った。
相手の、恐らくこめかみに青筋が立っている。
これは大失言だ。
失点を取り返すべく、使い慣れない単語を駆使してその場を取り繕いにかかる。

「いや失礼!驚きのあまり心にも無い言葉が出てしまった。
貴方のような高貴な方に何と失礼な事を!」
「うぬ・・・」
「私はベルントという者。差し支えなければ高貴なお方の御尊名をお聞かせ願えませんか」
「むう、存外に礼儀を心得た者のようだな。よかろう。
我輩の名はアポロン。悪魔の中でも異端と呼ばれる者だ」

悪魔だったらしい。
それならば、どんなにキメラチックな容姿でもおかしくは無いが。
相手の怒りがわずかに静まったのを見て、畳み掛けるように褒めちぎる。
何をどう褒めていいのかわからないまま、オレは思いつく限りのそれらしい単語を並べ立てた。

「何と、御尊名までも美しさに満ち満ちている。
並の悪魔など比べるべくもありませんな」
「わかるか?貴様も人間にしては中々の見識だぞ」
「お褒めに預かり光栄であります」

すでに自分でも何を言っているのかわからなくなっているが、相手の機嫌は直ったらしい。
この相手の扱い方は何となく掴んだ気がする。

「運が良いな、貴様等。
高貴な我輩は本日、気分が良い。何でも話すが良い」

ケンタウロスの亜種のようだが、トラの言っていた「難しいやつ」はきっとこれだろう。
タイミングを掴めずに、立ち去る事が出来ない。
さりとて話す事も見当たらず、この村について聞いてみる。

「見ての通りである。人間は殆ど居らん、所謂、人外と呼ばれる者達の村だ。
そしてこの村で最も高貴で美しいのは我輩だ。
高貴な我輩は心が広い。故に、人間の入場も認めている」

アポロンは一気にしゃべり切ったが、村の説明は最初だけ。
どれだけ高貴なのか、嫌と言う程伝わる熱弁。
微塵の疑いも無くそう思えるというのは、ある意味凄い事だ。

彼は訪れた者の希望に応じ、その存在を「見極めて」くれるらしい。
具体的には、人外か否かのレッテルを貼ってくれる。

(・・・そろそろいいかな)

オレはアポロンの様子を見た。
もう失点は取り返したはず。
これ以上話すとボロが出そうだし、さっさと逃げよう。

「では閣下、真にお名残惜しいのですが私も所用を果たす途中でありますので、これでお暇させて頂きたく存じます」
「おおそうか。いつでも来るがよい、人間よ」

オレは一礼すると、まだ硬直しているロシを小突いてその場を後にした。
見た目であれこれ言ってはいけないのだが、あれを見て驚くなという方が無理だ。
同じケンタウロスでさえ、アポロンを見れば恐れおののくというのだから。

ショッキングな遭遇があった為、それ以上の寄り道は諦めて目的地へ。





目的の場所は地下にあった。
出入り口付近にロシを待たせ、薄暗い階段を下りていく。
石造りの階段を下りきると、広い空間に出た。訓練場だ。
何者か、一人で立ち尽くしている。

「ほう、客か」

こちらに向かって歩む姿が、壁の松明で浮かび上がる。
獅子の獣人。腕や肩に盛り上がった筋肉が、尋常でない力の持ち主だと告げていた。
腰には、オレが持つ物より大ぶりな長剣が下がっている。

「オレはベルント。ここで剣技を教える者がいると聞いて来たんだ」
「私はレオニード。見ての通り獣人だ」

かつては傭兵をしていたが、年老いてこの地に落ち着き、剣術を教えていると言う。
年老いたと言っても、オレはまるで勝てる気がしないが。
そう言うとレオニードは大声で笑った。

「ぬしにもわかる時が来る」
「そうか」
「ぬしの様な人種を見るとたまに昔を思い出す。
ああ、叶うならば今一度戦場を駆け巡りたいものだ」

この男は根っからの武人らしい。
オレはここまでではない。
戦わないで済むならそれでいいと思うクチだ。
きっと、騎士にも向いていなかったのだろう。

彼が教える技は、現役の傭兵であった頃に磨いたものだと言う。
いくつか見せてもらった印象としては、オレが使う剣技に近いようだ。
中には、竜や巨人などの強大な敵と対峙する時にも頼れそうな技もあった。
ただ、レオニードのような筋力や好戦性が要求されるとなると、オレに合うかどうか。

「結構、厳しいかもしれないな・・・」

オレはため息をついた。
習得しても使いこなせるイメージが湧いてこない。
レオニードはそんなオレを見て、ニヤリと笑った。

「焦る事は無い。ぬしにはまだ時間があるのだ。
私の技を必要としたならば、その時に教えよう」
「冷やかしになって済まないな」
「なに、暇潰しが出来ただけで十分だ」

レオニードが差し出した手をがっちり握って、オレは訓練場を後にした。
握手した手はしばらくの間、腫れが治まらなかった。





里の結界を抜け、見覚えのある林の中へ。
トラが駆け寄ってくる。

「何かいいものはあったか?」

彼女はいつもここで、見張りや案内をしているのだろうか。
村の中を見て思ったが、彼女が一番の実力者であるというのは本当のようだ。
力の底が、全く見えないのだから。

「トラに教えてもらったおかげでな。
いいとこだな、この村」
「そうだろう!」

トラは心底嬉しそうな顔をした。
住んでいる者が言うのだから、本当にいい場所なのだろう。
人里に出れば見た目だけで迫害される者が、人と共に穏やかに暮らす村。
強大な力を持つ者を幾人も抱えていながら、戦いに訴える事もない。
理想郷の一つの形かもしれない。
オレはイリスが、ビスティアについて語った言葉を思い出した。

(「それってすごく素敵な事だと思います」だったかな)

里の性質上、ペラペラと他人に話が出来ないのが難点だ。
イリスにも、いつか見せてやれる時が来るだろうか。
オレはトラの頭を、グシグシと撫でた。

「また来るよ」
「うー・・・またな!」
「次に来る時までに、背を伸ばしておけよ」
「う、うるさい!」

トラがブンブン手を振りながら見送っている。
オレはロシと共にコフィンの森の小路まで出ると、カルバチアに向けて歩き出した。

ロシを預けるなら、こういう場所も悪くない。
・・・あの「高貴なお方」と仲良くなれれば、だが。 










「ここに決めようか。どうよ、ロシ」

ロシは答えず、草の上にゴロンと寝転んだ。
どうやら気に入ったらしい。

西にリューンの城壁を望む小高い丘の上。
丘の南側にはヴェス村。東の森も見える。
ビスティアも良かったが、ここもいい環境だ。

リューン近郊で、いつでも来れる。
村の中を馬だけが歩いていても、誰も気にしない。
ロシが暮らすのに申し分ない条件だと思う。
後は、ロシの気持ちを尊重してくれる預け先が見つかるかどうか。

「何気なく立ち寄ってみたが、当たりだったかな――」
「こんにちは」
「!?」

不意に、背後から女性の声が聞こえた。
慌てて振り返るオレとロシ。
女性は申し訳なさそうな表情で、軽く頭を下げた。

「申し訳ありません。お邪魔してしまいましたか?」
「・・・・」
「あの・・・どうかなさいました?」
「え?あっ、すみません」

まじまじと女性の顔に見入ってしまっていた。
非常に失礼なのだが、それにしても美人だ。
幸い、気分を害さずに済んだらしい。

「私、この場所が好きでたまに足を運ぶものですから。
珍しく人が居たので、つい声をかけてしまいましたの」
「そうでしたか。オレ達はリューンに戻る途中、こちらに立ち寄ったんですよ」

女性は自らを、ベルーナ=ウィッグと名乗った。
ヴェス村に住んでいるのだというが、身なりや立ち居振る舞いは農家のそれではない。
腰に差している細身の長剣は、かなりの業物に見える。

「そちらの馬は、軍馬ですの?
素晴らしい体つきですわね」
「元、ですね。ロシナンテと言います。
オレの相棒です」

美人に褒められ、鼻面を撫でてもらってロシは上機嫌だ。
何てうらやましい事を。

改めて女性を見ると、華奢な身体だ。
しかし身のこなしには隙が無い。
腰の剣はサーベル、いや東方でよく用いられているという刀だろうか。
魔力を帯びているようにも思える。

「あの・・・ウィッグさん」
「ベルーナで結構ですわ、ベルントさん。何でしょうか?」
「では・・・ベルーナさん。かなり腕の立つ剣士とお見受けしますが」
「それほどでもありませんよ。以前はリューン騎士団に所属していました」

リューン騎士団。
確か、以前の依頼人に団員がいたような気がする。
つまり、貴族か。それならば上品な雰囲気も納得出来る。

(それにしても・・・)

騎士団は基本的に男社会のはず。
僧侶や魔術師として活躍する余地もあるが、ベルーナさんは明らかに剣士。
家柄が良いだけではやっていけない。
オレは目の前の女性に強く興味を持った。

「ベルーナさん」
「はい?」
「もしよろしければ、お付き合い願えませんか」
「!?」

ベルーナさんの様子がおかしい。
酷く狼狽しているように見える。

「ベルーナさん?」
「も、申し訳ありません、突然だったものですから、こ、心の準備が・・・。
わっ私、心に決めた方もおりますし、ベルントさんは知り合ったばかりですし・・・いえ、良い方だと思っておりますけど。
いやだ私、何を言っているんでしょう!」

一人で先走って収拾がつかなくなっている。
どうやら、オレの言い方が悪かったらしい。
こんな美人にお付き合い願えるなら、それはそれで言う事無いが。
一応、最後まで聞いておいたほうがいいだろうか。

「情熱的だとは思いますが、やはりお友達からということでいかがでしょう・・・か」
「いえ、言葉足らずですみません、こちらの方で」

舞い上がっていたベルーナさんが着地した所で、オレは腰の剣を軽く持ち上げて見せた。
やっとの事で落ち着いたベルーナさんの顔が、今度は恥ずかしさで真っ赤になる。

「す、すみません!私、勘違いしてしまって!そうですよね!」
「いえいえ、私の言葉が足りませんでした」

顔を真っ赤にしたままペコペコ頭を下げるベルーナさん。
大人の女性に対して失礼かもしれないが、非常に可愛らしい。
勘違いとはいえ、急な申し入れを真面目に考える辺り、人柄の良さが窺える。

「とはいえ、高嶺の花だと諦めていたのですが。
友人になって頂けるとあれば、改めて申し込まなければなりませんね」
「は、はい・・・」
「それで、手合わせの方は如何でしょう?」
「私でよろしければ、お相手しましょう」

ベルーナさんはにっこり笑った。
言ってみるものだな。
予想外の戦果もあったし。

「寸止めでよろしくて?」
「はい、急で申し訳ありません」
「いえ、最近はこのような機会も少なかったので、楽しみですよ」

言いながら、オレとベルーナさんは十歩程離れて立った。
お互いに一礼し、剣を抜く。
オレはわずかに逡巡した。

「・・・・」
「??」

ベルーナさんが不思議そうな顔でオレを見る。
一瞬迷ったが、やはり礼を示すべきだろう。
オレは剣を真っ直ぐに立てた。

「・・・ベルント=フェルディナント=ベルトホルト」

ベルーナさんはオレが見せた騎士礼に一瞬驚いたようだったが、その顔は微笑みに変わった。
そして自らも剣を立て、名乗りを上げる。

「ベルーナ=ウィッグ―――参ります!」

構えた剣を素早く繰り出して来た。
鋭い、が、これは小手調べ。
むしろ、ベルーナさんが実力をオレに知らせる突き。
遠慮なく斬り込んで来いと、剣が告げている。

実力は相手が数段上。
形は手合わせでも、オレが指導を受けるのと同じ。
持てる力を出そうと、オレは剣を握りなおした。

「はっ!」

中段から気合と共に突き入れるが、軽く捌かれる。
もう一度、中段から下段の突きの連携。
それは巻き込まれて剣を飛ばされそうになった。
完全に軌道を見切られているようだ。

彼女の体捌きは、流麗と形容出来る美しさ。
思わず見惚れてしまいそうだが、冷や汗くらいはかかせたい。

「ならば!」

上段から振り下ろす一撃を見舞う。
見事なフットワークでかわされたものの、本命はその次。
得意の下段突き―――に繋げるはず、だったのだが。

「・・・・」
「・・・参りました」

下段に構えた剣を突き出そうとした時には、ベルーナさんの刀の刃先がオレの前にあった。
実力差の大きさはわかっていたが、その開きは想像の遥か上。
一礼し、剣を鞘に収める。

「重い突きでしたね。下段がお得意なのですか?」
「ええ。そればかり稽古したのでよく叱られました」
「ふふっ。下段の使い手と対戦する事は余り無いので新鮮でした。
ベルントさんは、どこかの騎士団に所属していらしたの?」

ベルーナさんは言葉を切り、少し考えてから聞いてきた。
剣を合わせれば聞かれるだろうとは思ったが、やはり。
正直に話せず困っていると、ベルーナさんが察してくれたらしい。

「申し訳ありません。詮索が過ぎましたね」
「いえ、こちらこそ・・・今はお話出来ないのです」

非常に心苦しいが、誰にも言えない。
故郷から遠く離れたリューンとはいえ、万が一も許されない。
本当ならば名乗りすら避けるべきだったのだが、礼を欠く事は出来なかった。
オレが頭を下げると、ベルーナさんは笑って言った。

「お友達を困らせてはいけませんものね」
「・・・・」

何も言わずに、オレはもう一度頭を下げた。
胡散臭いと言われても仕方のない所なのだが、ありがたい。

「宜しかったら、自宅の方へも遊びにいらしてね」
「是非、お邪魔させてください」

ベルーナさんは所用があるらしく、すぐに立ち去った。
その姿が消えるまで見送った後、オレは大きく息を吐いた。
草の上で大の字になり、拳を握り締める。

「・・・力、入らんな」

短時間の手合わせにも関わらず、かなりの消耗度。
対するベルーナさんは汗一つかいていなかった。
美人で気立てが良くて、その上強いとは。

もう少し腕を上げて、また手合わせもお願いしたい。
次は、慌てさせるくらいはしたいものだ。
帰りがけに、東の森に寄って行こうか。










シナリオ名/作者(敬称略)
隠れ里ビスティア/レカン
レカン様のサイト「黄金の宝石箱」より入手
(閉鎖されています。当該記事はレカン様の許可を頂き公開しています)

出典シナリオ/作者(敬称略)
イリス「胡鳥の夢」/レカン
シニョーレ、ヴィトライユ、レイナ「器用貧乏」他/レカン

(終了後に「胡鳥之夢/レカン」でアイテム「青汁」×3購入、300sp支払)
収入・入手
魔法の鍵

支出・使用
1200sp

削除
うずまき飴、うさぎゼリー

キャラクター
(ベルントLv3)
スキル/掌破、鼓枹打ち、岩崩し、鼓舞
アイテム/賢者の杖、ロングソード、青汁3/3
ビースト/
バックパック/

所持金
5013sp→3513sp

所持技能(荷物袋)
氷柱の槍、エフィヤージュ、撫でる、スノーマン、雪狐、魔法の鍵

所持品(荷物袋)
青汁3/3×3、傷薬×4、はちみつ瓶5/5×2、万能薬×2、葡萄ジャム3/3、コカの葉×6、葡萄酒×3、鬼斬り、ジョカレ、聖水、手作りチョコ、チョコ、激昂茸、おさかな5/5、マンドラゴラ、ムナの実×3、識者の眼鏡3/3、術師の鍵4/4、バナナの皮、悪夢の書、松明2/5、ガラス瓶(ノミ入り)×2、遺品の指輪

召喚獣、付帯能力(荷物袋)
グロウLv7

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