Page38.屏風の中から、こんばんは(東の妖獣)

「う~・・・」

 ユルヴァがいつになく真剣な表情をしている。
 一枚の屏風を穴の開く程見つめ、唸り続ける事一時間余。
 だが後一時間、いや一晩そうしていても何も起きないかもしれない。
 たとえ何かが起きたとしても、その頃には疲れ果てているに違いない。
 
「こっちで一息入れろよ、ユルヴァ」
「あ、はい」

 ユルヴァは呼ばれると、チラチラ屏風を振り返りながらやって来た。
 他の仲間はすでに、思い思いの場所で休んでいる。
 オレは剣の手入れを中断し、カップにお茶を注いでユルヴァに手渡した。

「ほら」
「あ、有難うございます。リムー、何を読んでるんですか?」
「『Lover』の特別増刊号だよ~」
「シニョーレから貸してもらった」

 一緒に目を通しているミカエラが答え、リムーが補足する。
 ファッション誌から人間の風俗を学ぼうとしているらしい。
 書物を読んで知識を得るという行動は、彼女の肌に合ったようだ。
 図書館等から本を借りてきては日がな読み耽っている。





 氷の精霊でありながら人の肉体に封じられ、なし崩しに人の生を歩む事になったリムー。
 宿に連れ帰って事情を説明すると、皆一様に驚いた。だがそこは、不思議な話に事欠かない冒険者の宿。
 親父さん以下がよってたかって世話を焼き始め、挨拶から日常会話、食事に風呂トイレ、果ては睡眠の仕方に、落ちてる饅頭を拾ってはいけないし落としてもいけない等々、リムーに教え込み。
 うっかり饅頭を落としてお尻百叩きを食らった体験談がショッキングだったらしいが、そんな事になる訳もなく。

 リムー自身の飲み込みの早さもあり、すぐに生活面で困る事は少なくなった。
 大きかったのは女性達の協力が得られた事だろうか。
 女性同士でなければ分からない苦労も多々あるはずだが、どう足掻いてもオレには教えられない。
 ともあれ、リムーがすんなり「瞬く星屑亭」に溶け込め、オレは胸を撫で下ろしていた。
 そこがスタートにして最大の関門だったのだから。

 読書の他に気に入ったのが、酒。
 味わった事の無い、不思議な感覚が病みつきになったのだとか。
 生まれてこの方、という表現が正しいのか分からないが、この世界に誕生して初めて飲酒した訳で。
 当然の事ながら限度も分からず、結果しばしば潰れて、ユルヴァが面倒を見るという図式が出来上がっている。
 むしろ問題は、「人の形をしたドワーフ」と陰で囁かれるユルヴァと一緒に呑んでいる事の気もする。
 リムー本人も心得ているのか、呑む場所だけはしっかり決めているのが救いだろうか。
 若い女性が正体不明で転がっているというのは、色々と問題だ。





「本当に、出るんでしょうか」
「さあな」
「・・・・」

 オレの返事は少々ぶっきらぼうだったようだ。
 黙り込んだユルヴァにフォローを入れておく。

「怪我人が出ていると言って、冒険者の宿に依頼するんだから。待つしかないさ」
「・・・そうですね」
「出来れば、何も無ければいいんですがね」

 サリマンが会話に割り込んでくる。
 そう願いたいが、屏風から出てきた化物を退治するのが今回の依頼だ。
 化物が出て来なければ、いつまで経ってもオレ達はこの状態を続けなければならない。

 そんな無茶を依頼してきたのは、東方出身の商人。
 拘束時間も敵の強さも不明な依頼に、銀貨400枚と東方より仕入れた技能書一枚を、報酬として提示した。
 はっきり言って安い。これが妥当な金額になるとしたら、すぐに化物が現れ、首尾よく退治出来た場合のみだ。

 当然と言えば当然だが、化物はいつ現れるのか「分からない」。
 それを、現れるまでずっと見張っていろと言う。
 屏風の処分を提案すると、すごい剣幕で却下された。
 何でも、銀貨換算で4000枚の価値がある代物らしい。
 この辺は商人の発想だろうか。

「・・・内容が内容だけに、治安隊に掛け合っても相手にしてもらえないだろうしな」
「依頼人は腕の立つ冒険者を希望してたらしいわよ?」
「・・・・」

 ミカエラも口を挟んできた。
 こういう依頼で「腕の立つ冒険者」とやらを拘束すれば、倍以上の報酬を要求される事は目に見えている。
 オレも気乗りはしなかったが、リューン市内という宿から至近距離であった事で引き受けた。
 ミカエラとリムー、冒険者生活を始めたばかりの二人にとってはいい条件だ。
 万が一、手に負えない相手だったとしても宿なり治安隊、騎士団に応援を頼める。
 オレは屏風を見た。

「化物を退治するから、屏風から追い出してくれって言ってやればよかったな」
「何です、それ」
「東方の小噺だったかな。意地悪な領主に無理難題を吹っ掛けられた小坊主が、見事な機転で切り返すって話さ」
「へえ~」

 依頼人は今頃、夢の中だろう。
 益々割に合わない気がするが、今更文句を言っても仕方ない。

「二人ずつ交代で見張ろう。他の者はその間に仮眠してくれ」
「長い夜になりそうですね・・・」

 サリマンがボソリと呟いた。





 ユルヴァとミカエラが肩寄せ合って眠っている。ずっと気を張っていて疲れたようだ。
 すでに日付けも変わり、東方で言う「丑三つ時」が近い。化物が出現したとされる時間帯。
 見張りの順番は二周目に入り、オレはリムーと組んでいる。
 そのリムーが、不意にピクリと反応した。

「ベルント」
「寝かしといてやりたかったが、仕方ないな」

 予想通りだ。屏風を中心に何かが収束しかかっている。
 怪物が実体化しようとしているのか。ユルヴァを突いて起こす。

「出ました?」
「ああ。ミカエ――痛っ!」

 返事の代わりに蹴りが飛んできた。何て寝相だ。
 起床ラッパの係をユルヴァと交代する。

 慌しく戦闘準備にかかる三人を落ち着かせ、役割分担の確認。
 ユルヴァは薬と法術での回復、サリマンは魔法を試みつつ防御と回避を優先して的を散らしてもらう。
 前線はオレとミカエラ。リムーは精霊の力を借りて回復出来るというから、下がって待機。

 「怪物」が行動を起こすまで、少し時間がありそうだ。
 改めて見ると、大きい。体長は十三尺というから、三メートル半か。
 全体は鹿に似ていて顔は狼。言われて見ればそうかも、と言うレベル。
 敵が動けないのなら、先手を取らせてもらおうか。

「やるぞ、抜かるなよ!」

 仲間達が緊張した面持ちで頷いた。





 非実体かと思い、試しに斬りつけると手応えあり。
 だが、その手応えが当たる毎に変わっていく。
 硬くなっているような感じだ。
 あまり時間をかけるべきではない。

「時間経過で強くなってるみたいだ、気をつけ――」
「きゃあっ!」
「ユルヴァ!?」

 注意を促す前に、化物がブレスを吐いた。
 間の悪い事に、それが後方のユルヴァに直撃。そのまま昏倒してしまう。
 近くにいたサリマンが駆け寄る。

「大丈夫!麻痺してるだけです!」
「このっ!」

 ミカエラの蹴りは回避されてしまう。
 予想通りに敵の身のこなしが目に見えて速くなってきた。
 オレも出し惜しみ無しの斬撃を叩き込む。

 回復役のユルヴァが早々に戦線離脱して危ぶまれた戦況。
 その穴を埋めて戦線を支えたのは、大健闘のリムーだった。
 追ってサリマンの援護魔法が発動すると、ようやく一息の状況に。
 腰が引け気味だったサリマンも、ユルヴァが倒れて腹を括ったようだ。

「助かった、サリマン。だけどそうなると・・・」
「敵も硬くなってますね」

 ダメージは積み重っているはずなのだが、まだ倒れない。
 何せ普通の生物では考えられない登場をした化物だ。
 ただ攻撃して倒せるものなのだろうか。

 陥りかけた不安は、あっけなく吹き飛んだ。
 ミカエラの背後から黒い塊が飛び出し、化物に直撃。
 化物は動きを止めた。

「サリマン?」
「私じゃありませんよ?」
「え、あれって―――ペンギン!?」

 黒い塊がこちらに振り返る。どこから突っ込めばいいのか。
 サリマンの仕業ではない。ユルヴァは当時、行動不能。
 オレとミカエラは前線にいた。

 そもそもこの四人にペンギンを出現させる力など無い。
 未知の能力を持ち合わせている可能性があるのは、一人だけ。
 だが、その人物はどこにも見当たらない。
 と、言う事は―――。

「お前、リムーか?」
「ええっ!?」
「・・・・」

 こくりと頷くペンギン。驚愕する一同。
 いや、麻痺から回復したユルヴァだけは驚きもせず、ペンギンを抱きかかえた。

「可愛いじゃないですか」
「!?」
「・・・・」

 ペンギンが豊満な胸の谷間でじたばたしている。
 非常に羨ましいが、それどころではないかもしれない。
 戦闘と無関係な所で死人が出ては洒落にならん。
 この場合、ペンギンだから死鳥になるのか。

「ユルヴァ、呼吸はさせてやってくれ」
「あ、はい」
「何か、様子がおかしいですよ?」
「これってまさか・・・!!」

 リムーの目の前に素早く割って入るミカエラ。
 その身体が素早く回転した。





 ペンギンに変化したリムーは、時間が経つと元の姿に戻った。
 当然の事ながら、服は小さくなった時点で脱げているわけで。
 オレとサリマンはミカエラから理不尽な回し蹴りを食らう事に。
 明らかに不可抗力なのだが、こういうのをラッキー何とかと言うのだろうか。
 リムーが人間の女性らしい羞恥心を持ち合わせていないのを、すっかり忘れていた。
 例の能力は、使用する場所を限定しないと大騒ぎになりそうだ。

「昨晩はご苦労様でした。おかげでぐっすり眠れました」
「・・・・」

 晴れやかな表情の依頼人。対照的にぐったりしているオレ達。
 倒れた化物は、屏風に戻る事なく霧散し始めた。
 戦いの音を聞いて駆けつけた使用人が見届けた為に報酬が出たものの、危うい所だ。

「では、我々はこれで・・・」
「有難うございました」

 疲労と睡眠不足で極端に口数の少なくなったオレ達は、報酬の銀貨と追加報酬の技能を受け取って商人の屋敷を出た。
 ちなみに、追加報酬の技能は銀貨を敵にぶつけてダメージを与える技らしい。
 東方の有名な治安隊員で、ハイジだかヘイジとか言う男が使っていたとか。
 そいつが戦った後には、小銭がジャラジャラ落ちてるわけだ。何てもったいない。










「親父さん、ただいま」
「おう、上手くやったようだな。この調子で引退まで生き延びろよ」

 何て言い草だ。










シナリオ名/作者(敬称略)
東の妖獣/Wiz
groupASK official fansiteより入手
http://cardwirth.net/

収入・入手
400sp、投銭の一閃

支出・使用


キャラクター
(ベルントLv3)
スキル/掌破、鼓枹打ち、岩崩し、鼓舞
アイテム/ロングソード
ビースト/
バックパック/

(ユルヴァLv3)
スキル/クッキング、祝福、癒身の法、亡者退散
アイテム/青汁3/3、襟巻き
ビースト/
バックパック/砂漠の涙

(サリマンLv3)
スキル/魔法の鍵、魔法の鎧、眠りの雲、賢者の瞳
アイテム/賢者の杖、破魔の首飾り
ビースト/
バックパック/青汁3/3

(ミカエラLv3)
スキル/連脚、掃腿、盗賊の手、盗賊の眼
アイテム/ネックレス
ビースト/
バックパック/

(リムーLv1)
スキル/ペンギン変化、スノーマン、雪狐
アイテム/
ビースト/氷の鎧
バックパック/氷柱の槍

所持金
5763sp→6163sp

所持技能(荷物袋)
エフィヤージュ、撫でる、投銭の一閃

所持品(荷物袋)
青汁3/3×3、ジルの酒3/3、黄楊膏3/3、傷薬×4、緑ハーブ2/2×4、はちみつ瓶5/5×2、万能薬×2、葡萄ジャム3/3、百葉丸5/5、コカの葉×6、青ハーブ2/2×2、葡萄酒×5、鬼斬り、ジョカレ、聖水、手作りチョコ、チョコ、激昂茸、おさかな5/5、マンドラゴラ、肉!2/2、ムナの実×3、識者の眼鏡3/3、術師の鍵4/4、バナナの皮、悪夢の書、光弾の書×2、火晶石、冷氷水×2、松明1/5、石蛙、ガラス瓶(ノミ入り)×2、遺品の指輪、冒険者の日記

召喚獣、付帯能力(荷物袋)
グロウLv7

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