Page13.愛の力は、火事場の馬鹿力(教会の妖姫)

 ロシの蹄の音が心地よいリズムを刻んでいる。
 日差しは暖かく道も整備されている為、気を抜くと居眠りしてしまいそうだ。
 だが目的地までもう少し。休息は町に着いて用件を済ませてからでいいだろう。

 オレは今、依頼で「宗教都市」ラーデックに向う途上だ。
 親父さんが古い友人に、煙草のパイプを譲る約束をしていたのだという。
 つまり、親父さんのお使い。「ついでに観光してこい」と送り出された。
 煙草をやらないオレには全くわからないが、値打ち物のパイプなのだとか。
 報酬は先方から受け取る事になっている。

 オレが泊まっている「瞬く星屑亭」にはしばらくの間、駆け出しが一人で受けるような依頼が無かった。
 「掻き入れ時で自分は手が離せない」などと言っていたが、親父さんが気を使ってくれたのだろう。
 引き受けない理由も無く、オレはすぐさまロシを伴い出発した。

 ラーデックは「宗教都市」と呼ばれる、聖北教会の大きな聖堂がシンボルの美しい町と聞く。
 大きな街道で周辺の町と連絡していて治安も悪くない。
 それらの街道で、多くの聖北教徒が聖堂を目指すのだろう。

 のんびり街道を進んでいると、「礼拝をしにラーデックへ向かう」と言う家族連れに追いついた。
 両親の後ろから、小さな姉弟がこちらを窺っている。
 姉弟は少しずつ近づいてきたが、その視線は微妙にオレから逸れていた。

(ははーん、ロシが気になってるのかな)
「お前たち、お馬さん好きか?」
「「うん!」」
「そうか、ちょっと待ってな」

 元気に即答する姉弟。意外に人見知りしないタイプのようだ。
 オレはロシから降りて、代わりに姉弟をロシの背中に押し上げた。
 高い場所に上がった姉弟は、怖がるよりもはしゃいている。
 恐縮する両親に「行き先は同じだから」と告げ、オレは一家と同道する事に。
 旅は道連れというし、たまには賑やかなのも悪くない。
 ロシが少し困ったような顔をしているが、しばらく我慢してもらおう。

 ラーデックに到着し、町の門の前で一家とは別れた。
 名残惜しそうにロシを見上げる子供達。

「本当に、ありがとうございました」
「こちらも道連れが出来て楽しかったよ」
「ロシバイバイ!ありがとうおじちゃん!」
「おじっ・・・達者でな」

 軽くショックを受けつつ、オレは目的の宿を探し始める。
 おじちゃんと呼ばれてショックに感じるうちはまだ若い、はず。
 すんなり受け入れられるようになったら負けだと思ってる。





 親父さんの友人が経営している宿「猫の額亭」はすぐに見つかった。
 想像していた程では無かったが、店名に違わず、確かに狭い。
 開けた扉の先から漂ってきたのは、揚げじゃがの香り。
 用件を済ましたら、エールと一緒に注文しようか。

「いらっしゃいませ!」

 ウェイトレスの若い女性が、宿に入ってきたオレを見て声を掛けてくる。
 奥には煙草のパイプを咥えた中年の男。
 彼がこの宿の亭主だろうか。

「こんにちは、オレはベルント。リューンからこちらの主人に届け物を預かって来たんだが」
「おっ、ようやく来たか」

 オレは亭主に、親父さんから預かった箱を手渡した。
 箱を開き、中のパイプを見て満足そうな顔をする亭主。
 無類の煙草好きと聞いていたが、本当らしい。

「ふむ・・・こりゃいい品だ。ご苦労だったね。品物はちゃんと受け取ったと親父さんに伝えておいてくれ」
「承ったよ」
「相変わらずかい?親父さんは」
「ああ、特に頭なんかな」
「はっはっは!」

 亭主から報酬を受け取り、依頼はつつがなく終了。
 ウェイトレスは亭主の娘なのだろうか、オレが冒険者だと知ると旅の話を聞きたがった。
 あまり格好のいい話は無いが、揚げじゃがをつつきながら話すのもいいだろう。

 器に盛られた揚げじゃがをほぼ食べ終えた頃、宿に二人の若者がやって来た。
 ずっと走って来たのか、息を切らせている。
 ウェイトレスが駆け寄った所をみると、顔見知りなのだろうか。
 三人は小声で何やら話した後、オレのいるテーブルに近づいてきた。

「こんにちは・・・冒険者の方ですよね?」
「ん?ああ」

 オレに話し掛けてきた方は、良い所の坊ちゃんのようだ。
 身なりや言葉遣い、振る舞いが品のよさを感じさせる。顔立ちも整っていると言えるだろう。
 自ら名乗らずに相手の素性を聞くのは礼を失しているのだが、それほど慌てているのかもしれない。
 隣の若者はいかにも悪ガキと言った感じで、背中に剣を差しているのは傭兵のつもりだろうか。

「実は貴方にお願いしたい事があるんです。話を聞いていただけますか?」
「構わないよ」
「よかった・・・」

 さらに奥のテーブルに移動する。
 身なりのいい方の青年は非礼を詫びつつ、アルフレートと名乗った。
 このラーデックの領主の息子だと言う。

(これはまた、大物がやって来たな)

 背中に剣を背負った方はトービアス。略してトビー。
 なぜかちゃっかりと同じテーブルについていたウェイトレスはエマ。
 エマに「ちゃちゃを入れるな」と文句を言うトビーをよそに、アルフレートは深刻な面持ちで話し始めた。

 彼の依頼は、リアーネという名の少女を探す事だった。
 アルフレートが十歳の頃に出会ってから毎日のように会っていた少女が、ある日を境に姿を消したのだと言う。

「教会の敷地内に住んでいた少女が消えたと?」
「はい・・・こんな事はこの数年間で初めてでした。不審に思いつつも、その日は諦めて帰ったんですが・・・」

 アルフレートはリアーネを探し始めたものの、行方はようとして知れない。
 誰一人、少女が住んでいた教会の関係者も、リアーネと言う少女の存在さえ知らなかった。
 幼馴染のトビーの力も借りたが、手がかりすら掴めずに八方塞がりになったアルフレート。

「そんな時、街に冒険者が来ているとの噂を耳にしたんです。
 冒険者なら、僕らの手におえない問題でも簡単に解決してくれるじゃないかって思って、それで・・・」
「なるほど、事情はわかった」

 オレは内心苦笑した。
 冒険者をずいぶんと便利に考えているようだが、似たような認識をしている者は多いのかもしれない。

 ここまで聞いた話の中、色々考える所はある。
 オレがあまり好きではない、はっきり言うと嫌いな聖北教会に関わる可能性が少なくない。
 ラーデック領主の子息に何かあると面倒な事になりそうだ。
 そもそも、アルフレートがリアーネを探して回る事に正当性はあるのか。

(他にも腰を上げにくい要素はあるが・・・)

 一人の人間が事件に巻き込まれている可能性もある。
 思い出されるのは、オレが故郷を出るきっかけになった事件だ。
 教会も聖職者も、一般に思われる程綺麗なものじゃない。
 オレは一息ついて、アルフレートに告げた。

「君の希望に添える結果が出るかわからないが、やってみよう」
「ありがとうございます!本当になんて言ったらいいのか・・・よろしくお願いします!」
「礼は後だ。オレはこの町に不案内だから、君達も手伝ってくれるか?」
「もちろんです!」

 すでに初動で遅れている。始めるなら少しでも早い方がいい。
 唯一リアーネを知っているアルフレートから、その特徴を聞いておく。
 体つきはほっそり、背はエマより少し低いくらい、髪は肩くらいで茶色、赤い瞳。
 そばで聞いているエマは黙っているが、微妙な表情をしている。
 アルフレートに好意を持っているのかもしれない。

「笑うととってもかわいいんだ・・・」
「・・・・」
「あっ、すみません・・・」

 一人回想モードに突入するアルフレート。周りは全く見えていないらしい。
 どうしても探し出したいのはわかった。
 幻想、妄想と言い切るのは調べてからでいいだろう。

 聞いた話をもう一度整理する。
 まず、リアーネと直接会い、その存在を知っているのはアルフレートだけだ。
 幼馴染のトビーもエマも、彼女の事は知らされていなかった。
 リアーネが教会の敷地内にある庭園に住んでいたにも関わらず、教会の者が少女の存在を知らない。
 まずは教会から調べるべきか。

 道中、聞き込みをしながら教会へ向かったが、リアーネと言う名前を知る者は無かった。
 アルフレートの話の通りだ。
 教会内での秘密となると、知っている者は限定されるように思える。

 聖北教会に到着。かなり見応えのある建物なのだが、観光どころでは無くなってしまった。
 付近から始めて、信者や子供達、庭師、聖職者、礼拝堂に入って司祭にまで話を聞いていく。
 ここでもアルフレートの言うように、誰一人リアーネを知らない。
 かなりの人数に聞き込んで話にズレが無い以上、口裏を合わせているとは考えにくい。
 「アルフレートの妄想彼女説」の現実味も、依然薄れていないが。

(いや・・・予断は排さなければ)

 気を取り直し、考えを巡らす。
 ここまでに聞いた話で引っかかるのは、庭師の言葉。
 彼は礼拝堂裏に庭園があると言っていた。
 だが、そこは立ち入り禁止で入れるのは司教のみ。
 やはり教会という特殊なエリアで、人知れず秘密を持ち得る者に話を聞きたい所だ。

 オレ達は執務室に向かい、ラーデック教会の司教に面会を求めた。
 自ら扉を開けてオレ達を出迎えたのは、いかにも好々爺と言った風情の老人。
 トビーとアルフレートも古くから見知っているらしく、親しげに話している。
 このラーデック司教エルンストはラーデック領主ウィルヘルム、つまりアルフレートの父親とも親交が深いという。

「・・・・」

 オレは会話に口を挟む事もなく、エルンスト司教の様子をじっと見ていた。
 焦った様子のアルフレートが必死に訴えるが、のらりくらりとかわしている。
 だが庭園に毎日のように入ったと言うアルフレートの話を完全に否定してはいない。
 現時点においては、真実に近い所にいる唯一の人間と考えていいかもしれない。
 教会の一番上の人間ならば、教会敷地の誰も入れない場所で、人知れず何かをする事は可能だ。
 言い換えれば、彼以外に教会内で長期間に渡り、秘密を保てない。

 アルフレートの話からも、司教を疑うに足る材料はある。
 リアーネがアルフレートに告げた言葉だ。
 お祖父さんと一緒に住んでいる。庭園から出る事を禁じられている。
 予断を排そうとしても、悪い方に思考が流れてしまう。
 ラーデック市民、教会関係者達が知っている司教の顔が仮のものでないとは言い切れない。
 オレは軽く、頭を振った。

(とはいえ、今のままでは真実を引き出すのは難しいだろうな)

 リアーネという少女の存在の証明、もしくは司教が一人で握っている秘密を証明する必要がありそうだ。
 埒が明かずに執務室を退出したアルフレートに続いて、彼が通っていたと言う庭園に回る事にする。
 彼の後に付いて歩くと、礼拝堂の横を通り、高い塀のそばの木に隠れて人目に触れない場所で立ち止まった。

「ここです」
「・・・・」

 よく見ると、子供の抜け穴のようなものが確かにある。
 最初にアルフレートがここを通った時は子供だったはずだが、よく見つけたものだ。
 呆れながらも、トビーが穴に入ろうと屈み込む。

「いてえっ!?」

 そのトビーがいきなり大声を上げて仰け反り、木陰から神官服を着た大柄な男が現れた。
 男は食ってかかろうとしたトビーを一撃で殴り倒す。
 白目を剥いて倒れるトビー。

「げふっ・・・」
「・・・その塀の向こうは聖園と呼ばれる区域だ。お前ら庶民が入っていい場所ではない」
「だ、だからって、ここまでする事はないだろう!?」

 トビーへの暴力に抗議するアルフレート。
 男はアルフレートにも歩み寄る。

「異端審問官たる私に逆らうつもりかね?何と罰当たりな・・・」
「・・・自らに逆らった者を異端認定して手打ちにする権限は、異端審問官には無いはずだがな」
「・・・・」

 オレはアルフレートと男の間に割って入った。
 剣に手をかけず、臨戦態勢で相手の動きを待つ。
 男は憮然としていたが、しばらくオレと睨み合った後、不意に背を向けた。

「・・・次来た時、まだいるようなら容赦せん」
「・・・・」

 男が立ち去った後で、オレは大きく息を吐いた。
 かなり危険な男だ。他人を傷つける事に喜びを感じるタイプだろうか。
 ともかく、トビーの手当てをしなくては。





 オレ達が戻った「猫の額亭」は大騒ぎ。
 幸いにもトビーの命に別状は無く、一同を安堵させた。
 一時間後に意識が戻ったトビーは散々に悪態をついていたが、大きなコブだけで済んで御の字だ。

 宿の亭主が言うには、オレ達が遭遇した男は「バルドゥア」と言う名の異端審問官らしい。
 聞けばどうして教会に留まっていられるのかわからない程の札付きのようだ。
 あまりに素行が悪くて別の教会にいられなくなり、ラーデックに来たとも言う。
 特に教会周辺の調査は、気をつける必要がありそうだ。

 トビーが動けるまでに回復するのを待ち、調査再開。
 進展が無いかと思われたが、「リアーネ」と言う名前に手がかりが見つかった。
 教会に向かい、再度エルンスト司教の執務室を訪問する。

「また来たのかね?」
「失礼します、司教様」
「エルンスト様、あのバルドゥアって奴は何なんだよ!」
「・・・何かあったのかね」

 部屋に入るなり、まずはトビーがバルドゥアについてまくし立てた。
 続いてリアーネの事で、アルフレートが司教を問い詰める。
 トビーの話で曇っていた司教の表情が、アルフレートの話を聞いてさらに暗くなった。
 先刻以上の懸命さで訴えるアルフレート。 その言葉は司教の心を動かしたらしい。
 司教はため息をつき、重い口を開く。

「わかった。お話しよう―――」
「失礼する。エルンスト司教はいらっしゃるかな?」
「っ!てめぇっ!!」

 だが、司教の言葉は途中で遮られた。
 ノックと同時にドアを無造作に開け、バルドゥアが入室してくる。
 噛み付かんばかりの勢いのトビーを必死で止めるアルフレート。
 そんな様子を無視して自らの用件を伝えるバルドゥアに、司教はオレ達を先約として優先させる。
 バルドゥアと言えど教会の最高責任者は蔑ろに出来ないらしく、不承不承ながらも退出した。
 だが心なしか、司教の顔色がさらに冴えなくなったように見える

「・・・聞いての通りじゃ。今は時間がない」
「そ、そんな!」

 司教は食い下がるアルフレートをなだめ、夜に来るように告げて礼拝堂の鍵を手渡した。
 そこで話すと言う事だろう。
 今は「猫の額亭」に戻るしかあるまい。

 宿に戻る途中にも聞き込んだが目新しい情報は無い。
 その代わり、オレ達の前方から剣呑な雰囲気の男達が歩いてくるのが見えた。
 アルフレートとトビーは彼らを知っているようで、一際身体の大きな太った男を「ブルーノ」と呼んでいる。
 口の悪いトビーがブルーノと二、三言葉を交わすや、すぐに一触即発の状態に。さもありなん。

 最初にブルーノを叩きのめし、喧嘩はすぐに決着した。
 戦いと呼ぶようなものではなく、正に喧嘩だ。
 チンピラの喧嘩程度ならアルフレートもトビーも戦力に数えられる。
 ブルーノ一行の姿が見えなくなってから、「猫の額亭」へ。

 宿に戻ったオレ達は部屋を借り、司教と約束した時間まで休息する事に。
 店の構え同様に部屋も狭かったが、休む程度ならば不足は無い。
 オレは目を閉じ、心の中で呟いた。

(これで、坊ちゃんの依頼も終了かな)





 深夜になり、アルフレート、トビーと三人で聖北教会へ向かう。
 昼間は信者や聖職者が行き交う教会前も、深夜とあって人の姿は無い。
 アルフレートが司教から預かった鍵を使い、礼拝堂の扉を開ける。
 礼拝堂の中に明かりは無かった。

「エルンスト様、まだいらっしゃらないのかな・・・」
「・・・?おい、祭壇の前・・・誰かいるぞ?」
「!?」

 トビーの声に、闇に慣れてきた目を祭壇の方向へ向ける。
 確かに人がいる。、だがそれは司教ではなく、バルドゥアだった。
 バルドゥアもこちらに気付いたようだ。しかし様子がおかしい。
 その足元には、血塗れで横たわる何者かの姿。見覚えのある顔。

「エルンスト様!バルドゥアてめぇっ!」
「ち、違う・・・俺じゃない!俺が殺ったんじゃないっ!!」

 動揺しながら司教の殺害を否定するバルドゥア。
 手から血染めの槌矛が滑り落ち、静かな礼拝堂に重く鈍い音が響く。
 礼拝堂の騒ぎを聞きつけたのか、入り口の方から複数の足音が近づいてきた。
 やってきたのは、昼間に礼拝堂で見たライン司祭だ。

「一体何事・・・っ!?」

 司祭は最初にオレ達、次にバルドゥアの姿を見、そして無言で横たわるエルンスト司教を見つけた。
 驚くライン司祭。さらに驚くべき事が起きる。

「バルドゥア殿・・・」
「違うっ、俺じゃない・・・そ、そうだ、こいつらの仕業だ!」
「!?」

 バルドゥアは唐突に、オレ達が司教を殺したと主張を始めた。
 自らは司教を守ろうとしたのだと言う。
 だがその主張を真に受けるには、状況が厳しかったようだ。
 ライン司祭はバルドゥアの足元に落ちた槌矛を拾い上げると、部下の神官戦士にバルドゥアの捕縛を命じた。

「弁解する必要があるのは卿の方のようですな、バルドゥア殿!?」
「エルンストが悪いんだ!俺は悪くないんだ!!」

 礼拝堂の中に、連行されるバルドゥアの叫びが木霊する。
 司祭はエルンスト司教の遺体を見つめて頭を振った後、こちらに向き直った。

「あなた方にも、師父・・・エルンスト司教殺害事件の参考人として御同行いただきます。よろしいですね」





 オレ達の拘束が解かれたのは、あの晩から二日の事。
 時間こそ長かったものの、オレ達は容疑者として扱われず、取調べも厳しいものではなかった。
 心労からかひどくやつれた様子のライン司祭に状況を聞くと、法王庁から許可が下り、本日バルドゥアが神前裁判に掛けられると言う。

「死罪は確定でしょう・・・それでは」

 司祭はオレ達に頭を下げると、司教代理としての業務をこなす為に去っていった。
 人命が失われる事件に巻き込まれる形になってしまったが、今度こそ収束だろうか。
 非常に嫌な予感がするのだが。

 教会の前には、「猫の額亭」のエマが迎えに来ていた。
 彼女に付き添われて宿へ向かう。
 道中耳に入るのは、バルドゥアがエルンスト司教を殺害したという話ばかり。

 宿に戻ると亭主が労ってくれた。
 亡くなった司教は法王の個人的な友人でもあったらしい。
 事件は教会内での出来事であり王国の法で裁かれる事は無いが、教会法でも殺人は重罪だ。
 亭主の見解もやはり、極刑は免れないだろうというものだった。

 裁判を見届ける為、教会へ向かう事にする。
 アルフレートも父に顔を見せておかなければならない。
 宿を出ようとした時、エマがアルフレートに訴えた。

「ねえ、もういい加減にしない?エルンスト様まで死んじゃって、おかしいと思わないの?」

 そう、おかしい。
 だからこそ手を引けない所まで、もう来てしまっている。





 領主の邸宅に着くと、門番が驚いた様子でアルフレートを迎え入れた。
 「身の程をわきまえずに行動するから、こんな事になるんだ」と自分の息子を嗜める領主。
 それで落ち着くような息子では無い事もわかっているのだろうが。

 教会の敷地内の出来事で管轄外とはいえ、ある程度の事までは把握している様子。
 事件が教会法で処理される為、自らの手が及ばない事を無念に思っているのだろうか。
 親交のあった司教の死が関係していれば、余計にそういう思いもあるかもしれない。
 アルフレートと領主の話が済むのを待ち、オレ達は教会に向かった。

「もしかして終わったんじゃないか?」
「そんな・・・」

 遠くからでも教会から人が出てくるのが見える。
 どうやら間に合わなかったらしい。
 教会に到着すると、周辺は騒然としていた。

 礼拝堂の中では、すでに裁判の後片付けが始まっていた。
 神官たちが慌しく行き来する中、オレ達はライン司祭の姿を見つけて近づいていく。
 一人で椅子に腰掛け、うな垂れていた司祭はアルフレートの声で顔を上げた。
 その目に力は感じられない。何があったというのか。

「アルフレート君・・・」
「裁判は?バルドゥアはどうなったんです?」
「・・・・」

 死罪は確実と思われた神前裁判。
 バルドゥアは司教の殺害を認めたが、止むを得ない理由あっての事だと主張を始めた。

 司教は聖なる庭園に魔物を匿っていた。
 それを知ったバルドゥアは司教を正道に帰そうと説得を試みたが、司教は逆にバルドゥアの口を封じようと襲ってきたという。
 我が身を守る為にやむを得ず、司教の殺害に至ったというのが彼の主張だった。
 当の魔物については明確な弁明が出来ず、「どこかへ逃げた」と言うのみ。

 苦し紛れの詭弁とも取れるバルドゥアの主張だったが、司教が何者かを庭園に匿っていた事を肯定するような証言が上がり始める。
 バルドゥアを批判するライン司祭自身にも、司教の行動に思い当たる節があった。
 そして、予想外の判決が出た。

 それはバルドゥアに一週間の猶予を与え、その間に自らの主張の正しさを証明しろ、と言うもの。
 死罪が回避されたわけでは無いが、期限付きとはいえバルドゥアに自由が与えられた事になる。
 焦るアルフレート。

「早くリアーネを見つけないと!」

 それと共に、無実の者がバルドゥアによって魔物に仕立て上げられるのも防がなければ。
 あの男ならそれくらいはやりかねない。
 狂信者の言葉に、半端に真実が含まれているのがいかにも面倒だ。
 オレ達は宿に向かった。

 道中、バルドゥアとブルーノが行動を共にしているとの情報を得る。
 厄介者同士が繋がって、危険度が格段に増したようだ。
 類が友を呼ぶとはこの事だが、衝突は避けられそうにない。





 宿の扉を開けると、エマが駆け寄ってきた。
 小声でアルフレートに耳打ちする。

「アル、あなたにお客さんよ・・・」
「僕に・・・っ!?」

 そこに待っていたのは、バルドゥアだった。
 亭主とエマが心配そうな顔でアルフレートを見ている。
 バルドゥアは挨拶もそこそこに用件を切り出した。

 滔々と自らの正義を主張し、協力を求めるバルドゥア。
 言葉にどんどん熱がこもり、自らに酔っているのが見て取れる。
 だが熱弁を振るうバルドゥアに、突如文字通りの冷水が浴びせられた。

「!?」
「アル!」

 アルフレートの手に握られた空のグラスから、水が滴っている。
 リアーネが魔物でエルンスト司教は魔物に操られていたと決め付ける発言に、我慢がならなかったのか。
 オレは不測の事態に対応する為、前に出た。

「・・・失礼する」

 バルドゥアは怒りに燃える目でアルフレートを睨み付けたものの、暴れる事なく宿を出て行った。
 トビーが扉に向かって悪態をついている。
 さて、オレ達も行動しなくては。
 時間が無いのは、バルドゥアだけでなくオレ達も同様だ。

 宿を出る前、客から情報を入手。
 7~8年前に通り魔事件が発生していて、犯人は捕まっていないと言う。
 一連の事件に共通の特徴があり、それにちなんで「吸血鬼事件」と呼ばれているらしい。
 今回に関係あるとは思えないが、頭の隅には置いておこう。

 さらに亭主からは「黒犬亭」と言う名の酒場を紹介された。
 柄の悪い場所でお勧めは出来ないが、情報を拾える可能性があるかもしれないとか。
 先に行く所へ行って、それから考えよう。
 盗賊ギルドよりも信頼性が落ちるし、柄の悪い酒場ならブルーノと鉢合わせもあり得る。
 何よりも、世知に長けた亭主が冒険者であるオレに「お勧めできない」と言うのだから、そういう場所なのだろう。





 オレ達は教会へ向かい、ライン司祭に面会した。
 司祭は気を取り直したようだが司教亡き今、責任ある立場と言う事で気を張っているのかもしれない。
 執務室には入れてもらえなかったが、吸血鬼事件については新たな情報が得られた。

 当時、被害者に死人は無く金品の強奪も無く、治安隊よりも教会の方が熱心に対応したらしい。
 その事は、犯人が魔物であると考えられたならば、おかしな話では無い。
 組織された討伐隊の隊長が、亡くなったエルンスト司教であった事も。
 引っかかるのはその後だ。
 司教はその年の春に息子を失い、事件の最中に残された家族も亡くしてしまったそうだ。
 悲しみの中、任務に当たった司教が報われる事なく、事件は解決されないまま終息した。

「うーん・・・」
「どうかしましたか?」
「少し、考える時間をくれ」

 回り道をしている余裕は無いのだが、ここに来て無関係と思われていた事実の方が、こちらに近づいて来た。
 吸血鬼事件関連の情報とエルンスト司教の家族の情報、アルフレートが探す「リアーネ」の情報を時系列で並べてみると時間軸でいくつかの事柄が合わさってくる。
 アルフレートがリアーネと出会ったのが7~8年程前。吸血鬼事件が7~8年程前。
 司教の孫娘である「リアーネ」が亡くなったのが吸血鬼事件の最中の7~8年程前。
 大雑把ではあるが、ここで一つの推論を導き出す事が出来る。

(吸血鬼がリアーネ???)

 あくまでも現在分かっている事実だけを並べ、客観的に見て出た結論だ。
 笑い飛ばしたい話ではあるが、そうだと仮定すると多くの謎に説明がつく。
 何故司教がリアーネを庭園に匿ったのか。
 何故誰もリアーネの存在を知らされなかったのか。
 何故吸血鬼事件の犯人が捕まっていないのか。
 バルドゥアが庭園で何を見たのか、等々。

「ふう・・・」

 オレは深く息を吐いた。
 どうやら、吸血鬼事件に迫る事もリアーネに迫る事に繋がりそうだ。
 現状で導かれた結論は、何かが足りないように思える。
 その何かを探す為にも、あの場所を見ておかなくては。

「すまん。調査を続けよう」
「はい」

 庭園の入り口にやって来た。
 バルドゥアにのされた事を思い出したのか、顔を顰めるトビー。
 見張りがいないのを確認し、アルフレートの案内で入っていく。

 小さな穴を抜けると、小屋があった。
 当然ながら人の気配は無い。
 小屋の内外を中心に、念入りに手がかりを探す。
 すると、小屋の側の茂みに布切れが引っかかっているのを見つけた。
 礼拝堂に戻ってライン司祭に見せてみる。

「生地からして…そう、外套やマントのようですが・・・教会の物でない事は間違いありません」

 教会の物でないマント。オレには心当たりがある。
 かつては自分も着用していた、騎士や神官戦士が身に着けるマント。
 司祭は「教会の物では無い」と言った。
 彼が教会の物を見間違う事は無いだろう。

 治外法権で世俗法が及ばないから、関与も無いかとノーマークだった。
 だが司教とは親交があり、個人的にも、組織同士も悪い関係ではなかった。
 司教以外が入れない場所に管轄外の者が入る以上、何も知らないわけはない。

「・・・ラストピースが入った、かな」





 ラーデック領主邸。
 門番の衛兵に布切れを見せると、それがラーデック騎士団の、それも近衛隊のみが着用を許される外套の一部である事を認めた。
 近衛隊はいわば、領主の直属の部下だ。
 領主の書斎に入るなり、父親を問い詰めるアルフレート。
 世俗の法が及ばない教会の、しかも司教以外立ち入れない場所に領主の部下がいたという証拠を突きつけられては、領主もとぼけられない。
 領主はついに、彼が知る真実を話し始めた。

 アルフレートが庭園で会っていた少女は、確かに司教の孫娘のリアーネだった。
 司教は八年前、とある事情でリアーネを教会の庭園に幽閉した。世間には病死と偽って。
 だがラーデックに流れてきたバルドゥアにリアーネの存在を知られてしまい、酷い脅迫が始まる。
 耐え兼ねた司教が領主に全てを打ち明け助けを求め、快く応じた領主は配下の騎士を使ってリアーネを別の場所に移した。

 ライン司祭が、亡くなったエルンスト司教について気になる事を言っていた。
 司教は亡くなる前の数日、毎日3~4時間程出かけていたという。
 外套にランタン、ブーツという出で立ちだったというから、リアーネの所に行っていたと考えられる。
 恐らく、領主に縁のある場所だろう。

 バルドゥアが知っていたのは、司教が庭園に少女を匿っている事だけ。
 それで急場を凌げると、司教は考えたのかもしれない。
 司教がアルフレートにリアーネの行き先を教えなかったのは、息子であるアルフレートを想う心からの、領主の要請だった。

 領主は吸血鬼事件の顛末についても何か知っているようだが、今は不要だろう。
 聞きたいのはリアーネがどこにいるかだ。

「お前のためなんだ、アルフレート・・・もうあの娘の事は諦めるんだ!」
「ふざけないでよっ! 父さんにそんな権利ないだろ?
 僕が・・・誰を好きになろうと関係ないじゃないか!?
 どうして・・・どうして、父さんはいつも勝手に僕の事を決めちゃうんだよ?どうして・・・」
「・・・・」

 自分からリアーネを遠ざけたのが父親だと知り、食って掛かるアルフレート。
 「お前の為だ」と言う父の言葉も届かない。
 領主はまだ、他にも告げていない真実を持っているようだ。

 「親が子供の為にした事」が「子供が自分の為になってないと感じる」のはよくある事だと思う。
 どっちが悪いとも言いたくないが、オレは人の親になった経験が無い。
 子供の立場からは、一生懸命考えて失敗する所まで見守って欲しいかな。
 そこから立ち直る所が、親の出番なんじゃないかと。
 オレの想像が正しければ、領主は今回の失敗が致命的だと判断したのだろうが。

「・・・リアーネは、ヴェヒトファイエル山の山荘だ」

 絞り出すように、リアーネの居場所を告げる領主。
 部屋を飛び出すアルフレート、追うトビー。
 オレもうな垂れる領主に背を向け、二人を追った。
 とにかく、今は急がなければ。






 アルフレートはヴェヒトファイエル山の森を、疲れも知らないように進んでいく。
 時折、追いかけるオレとトビーを振り返る顔は、いかにもじれったそうだ。
 華奢な身体のどこにあんな体力があるのか。
 いや、体力よりも強い想いが、彼の体を動かすのだろう。

 森の先が明るくなってきた。
 開けた場所に出るようだ。

「リアーネっ!!」

 先行しているアルフレートが、突如大きな声を上げて走り出した。
 オレとトビーが森を抜けると、そこは開けた草原になっていて、お屋敷が見える。
 アルフレートは屋敷の前で少女を抱きしめていた。
 周囲にバルドゥアの姿は見えない。何とか先んじる事が出来たようだ。
 少女はオレ達を見ると軽く会釈をし、屋敷に招き入れた。

 見れば中々に可愛らしい少女だ。
 王道主人公に寄り添うヒロインにはうってつけだろう。
 いかにもアルフレートを好きそうなエマには気の毒な事だが。
 「領主の家ならばバルドゥアも手出し出来ない」と、リアーネを連れて行こうとするアルフレート。
 しかしリアーネの返事は、少なくともアルフレートにとっては思いもよらなかったようだ。

「・・・ごめんなさい。私、行けない・・・」
「どうして!?」
「・・・・」

 リアーネはアルフレートについて行く事を拒んだ。
 アルフレートが理由を聞いても、要領を得ない。
 一方通行の問答とも言えない問答が続く。

 リアーネがアルフレートに言えないでいる事。
 それは亡くなった司教がリアーネを幽閉していた理由であり、領主が息子であるアルフレートをリアーネから遠ざけた理由だろう。
 蛇を出さないように、オレは藪を突かずにいたのだが。
 アルフレートが思いの丈をぶつければ、この結果は必然だったろうか。
 重苦しい沈黙の中、一人窓際を見ていたトビーがポツリと呟いた。

「おい、アル・・・忙しいところ悪いんだけどな。お客さんのお出ましだぜ」

 窓の外にバルドゥアとブルーノ、それとチンピラ達が見える。
 本当にタッチの差だったようだ。
 余計な手間をかけていたら先にリアーネと接触していたかもしれない。

「ベルントさん、どうしますか?戦うなら・・・覚悟は出来ています」
「こうなったら覚悟を決めて戦うしかないな・・・」
「君達二人が納得出来るまで話をするにも、まずは野暮な客人達にお帰り願うのが先だろう」

 アルフレートとトビーは腹を括っているようだ。
 リアーネには喋らせない方がいい。ややこしくなる。
 何より、分かりきっている相手の要求を呑めない以上、戦いは避けられない。
 可能な範囲の準備は済ませておこう。

 ブルーノとチンピラ達はすでに叩きのめし、実力を把握している。
 だが、それにバルドゥアが加わった布陣の戦力は未知数だ。
 出来れば早い段階でバルドゥアと1対3の状況を作りたい。

 残念ながら、オレは同時に複数の相手を攻撃する技は使えない。
 使えたとしても、この局面では確実に当たる方法が必須。
 ふと、「瞬く星屑亭」に在籍する冒険者で、魔術師でもある少女を思い出した。 
 その少女は、有難くない二つ名で呼ばれている。

「リリアだったら・・・」

 「人間火晶石」と渾名される彼女なら、炎の魔法で薙ぎ払うのだろう。
 だが、リリアはここにはいない。オレは魔術師ですらない。
 魔術師ならぬ身のオレに、同じ事が出来るものか。

「いや・・・無力化する事が出来れば!」

 突如閃いて、荷物袋の中を探してみる。見つけた。
 チンピラ共へのプレゼントにしては高価に過ぎるが、物には使い所がある。
 これから臨むのは、不覚を取るのは許されない戦いだ。
 リアーネはもちろん、アルフレートにもトビーにも万が一があってはならない。

 準備は終わった。屋敷の扉を開き、外に出る。
 止まっていた時計を動かし、人々が悲劇を乗り越えて進む時が来た。
 その前に、さらなる悲劇を生む者には退場願おう。





 「リアーネを渡せ」と迫るバルドゥア。
 当然の如く拒否するアルフレート。
 バルドゥアは、リアーネこそが8年前の吸血鬼事件の犯人で、魔物であると言い放った。
 オレは毅然と立ちながらも、心の中で頭を抱える。

(中途半端な推論を、自分に都合よく捻じ曲げてやがる・・・)

 領主が言っていたように、バルドゥアは真実に辿り着いてはいないのだろう。
 オレの結論は半分違う。

 司教は息子と息子の妻、孫であるリアーネを同じ年に亡くした事になっていた。
 そして吸血鬼事件は未解決のまま収束。
 息子は司教の実子で、リアーネは現在も生きている。
 ここにある仮定を組み入れると、エルンスト司教の謎の行動の訳まで見えてくる。

(リアーネの母であり、司教の息子の妻であった女性が魔物だったのさ・・・そして・・・)

 リアーネもまた、魔物だ。
 吸血鬼事件の犯人がリアーネの母であったから、彼女が死亡した後は事件が発生しなかった。
 人と魔物の間に子を成せるという前提だが、リアーネが魔物であったから司教が匿い続けた。
 不運にも、最後の部分だけをバルドゥアに知られてしまったのだろう。

 全てを知っていたであろうエルンスト司教が死亡した今となっては、証明するのは難しい。
 時系列に事実を並べての推測ではあるが、合理性は高いと思う。

(それにしても・・・)

 オレは自己陶酔の中で喋り続けるバルドゥアと、血走った目でそれを聞くアルフレートを見た。
 こじつけだろうが半端に真実を含んでいるのが厄介だ。
 これが神の思し召しだと言うなら、神などロクなものではない。
 実際、そう思ったから今オレはこんな場所にいるのだが。

「もし魔物がいるとすればそれはあんたの方だろう、バルドゥア・・・!?
 何が異端審問官だ・・・神の名を騙る外道のくせに!」

 ついにバルドゥアの言葉を遮り、アルフレートが吼えた。
 バルドゥアの顔が紅潮し、怒りに歪んでいく。
 オレはアルフレートに台詞を持っていかれ、口をパクパクさせるだけ。
 バルドゥアが本性を剥き出しにして叫び、戦いの火蓋が切られた。

「・・・殺れ。だが、アルフレートだけは殺すなよ、後々面倒だからな!」
「おっと、先にプレゼントを受け取れよ!」
「何!?」

 オレは素早く眠雲の書を広げると、コマンドワードを唱えた。
 濃い雲がバルドゥア達を包み込み、次々と倒れる音がする。
 狙い通りだ。

「やったか!?」
「トビー、それは言っちゃ――」
「ふ・・・フハハハハ!!」

 アルフレートが慌てて止めたが、時すでに遅し。
 薄れゆく雲の中から、バルドゥアとブルーノが現れた。

「神に選ばれし私に、小賢しい魔法など効くものか!無駄無駄無駄ァ!!」
「すげえぜ旦那!見たかトビー!お前なんか相手にならねえよ!」

 ブルーノに挑発され、歯噛みして悔しがるトビー。
 とはいえ、六人の敵を四人眠らせれば御の字だ。
 慎重に体力を回復させつつ、動けない敵を確実に沈めていく。

「ぐはあっ!」

 ブルーノをトビーが打ち倒し、目論み通りの展開になった。
 残るはバルドゥアのみだが油断は出来ない。
 魔法の鎧の効果は終わり、回復薬も残っていない。
 一歩間違えば持っていかれてしまう。

 動きを見る限り、戦士としての力量と膂力はそこそこあるようだ。
 うかつに飛び込むのは得策ではない。
 何とか動きを止めようと思案するオレの横で突如、影が動いた。

「お前などにリアーネを渡すものか!!」
「アル!?」

 突如アルフレートが叫び、跳躍する。その体は人の頭の遥か上へ。
 そして次の瞬間急降下し、アルフレートの全体重を乗せた剣は、バルドゥアの右肩に深く食い込んでいた。
 「信じられない」と言った表情のまま倒れるバルドゥア。
 同じく「信じられない」と言った表情で立ち尽くすオレとトビー。

 最後の一撃、彼の技量で使いこなせるような技じゃないはずだが。
 バルドゥアへの怒りか、リアーネへの愛か。
 奇跡の大技を発動させたものは・・・。
 オレは大きく息をつき、リアーネを抱きしめるアルフレートを見た。

(やっぱり、火事場の馬鹿力かな)

 ともあれ、親玉はあっけなく倒れた。
 全員無事で済んで、よかった。





 オレ達は山を下り、町へ戻ってきた。
 リアーネは無言のまま抵抗する事もなく、アルフレートに従っている。
 アルフレートはリアーネと共に領主に会い、リアーネの事を掛け合うつもりらしい。
 オレの推測が正しければ、もう一悶着はありそうだ。

 トビーは「親にどやされる」とぼやきながら家に帰って行った。
 どやしてくれる親がいる事の有難味が、親のいるうちにわかるといいが。
 気付いた時にはすでに失われている事も、往々にしてあるものだ。

 そしてオレは、猫の額亭でアルフレートからの報酬を待つ事になった。
 親父さんのお使いが大事になったが、ようやく休める。





 次の日、猫の額亭に報酬を持ってやってきたのは、トビーだった。
 アルフレートは領主と口論をした挙句に家を飛び出したらしい。
 トビーは、「アルフレートとリアーネはラーデックにもいないだろう」と言う。
 まあそうなるよな、領主には気の毒だが。

 オレはトビーから報酬の入った袋を受け取った。かなり重い。
 中を見ると、アルフレートの提示した金額よりずっと多い。
 トビーはこの袋を領主から受け取ったようだし、口止め料と危険手当込みと言った所か。
 有難く受け取っておこう。

「・・・?」
「・・・・」

 ふとエマを見ると、何とも言えない表情をしている。
 今回の一件では領主とエマだけでなく、他にも多くの人が不幸になったのだろう。
 アルフレートに好意を持っていたであろうエマには、かける言葉も無い。
 エマの横で、宿の亭主が暢気な事を言っているのがまた気の毒だ
 こちらはこちらで、一悶着あるかもしれない。
 親の心子知らず、子の心親知らず、と。

 ずいぶん長居してしまったが、リューンに帰ろう。
 馬房に押し込められてたロシも、外に出たいだろう。





 オレがリューンに戻ってから数日後、ライン司祭が宿を訪ねてきた。
 亡くなったエルンスト司教の後任となり、リューンの聖北教会に挨拶に来たついでだと言う。
 彼ならば、一連の事件で乱れた人心の安定に大きく貢献するだろう。

 司祭はオレに、一通の手紙を差し出した。
 それは故エルンスト司教の、遺書とも言えるもの。
 アルフレートに会う事があれば手渡してもらいたいという。

「貴方にはこの手紙を読む資格があると・・・いえ、是非、読んでいただきたい」
「・・・真実、ですね」
「・・・・」

 司祭は答えなかった。
 答えられなかったのだろうか。
 内容は想像がつく。

「・・・私は神に仕える身です。
 この手紙に書いてあった事は・・・全て忘れます。
 いえ、忘れねばなりません・・・」
「司祭・・・」

 オレが手紙を受け取ると、ライン司祭はお辞儀をして去っていった。
 手紙を開いて目を通す。内容はほぼ、想像通り。
 読み終えた手紙を懐にしまう。
 最後の文はこうだった。

 神に背き、恩人を裏切り、数々の嘘をつき、私は地獄に落ちる事だろうね。
 それでも私はただリアーネの幸せだけを願っている・・・。

(・・・何も言ってないじゃないか)

 神が司教に、「あなたは私に背いた」と言ったろうか。
 神が司祭に、「妖魔は邪悪だから許すな」と言ったろうか。
 神は何も言ってない。言ったのは人間だ。
 その点で誰しも、自分の欲望を神の意志と信じたバルドゥアと変わらないんだよな。

 魔物と人間が一緒に暮らす村が、どこかにあるという。
 リアーネの両親も、きっと種族の壁を越えて愛し合ったのだろう。
 オレは、若い二人の幸せを願った。

 いつの日か手紙を渡せる時が来たら。
 笑顔の二人と再会したいものだ。










シナリオ名/作者(敬称略)
教会の妖姫/齋藤 洋
groupASK official fansiteより入手
http://cardwirth.net/

出典シナリオ/作者(敬称略)
リリア「クルクル」シリーズ他/楓(レカン)

収入・入手
1500sp

支出・使用
眠雲の書、青汁2/3

キャラクター
(ベルントLv2)
スキル/掌破、魔法の鎧、鼓枹打ち
アイテム/賢者の杖、青汁2/3、眠雲の書
ビースト/
バックパック/

所持金
3570sp→5070sp

所持技能(荷物袋)
氷柱の槍

所持品(荷物袋)
傷薬×4、青汁3/3×3、万能薬×2、コカの葉×6、葡萄酒×2、イル・マーレ、聖水、うさぎゼリー、うずまき飴×2、激昂茸、ムナの実×3、ガラス瓶(ノミ入り)×2、破魔の首飾り、魚人語辞書

召喚獣、付帯能力(荷物袋)
グロウLv3

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