Page28.雪降る森のリベンジマッチ(雪解け)

「月見亭?」
「あら、知らないの。評判のいいお店よ」

オレの問いかけに親父さんが答えるより早く、娘さんが割り込んできた。
言う事の無くなった親父さんは、黙って頷いている。

「小さいけどオシャレな作りで、味もよくって。こういうお店を知ってるとポイント高いんだから」
「何のポイントだよ」
「連れて行ってあげればいいじゃない。ユルヴァさんとか、イデアさんとか、イリスちゃんとか。
シニョーレさんだって表面上はともかく―――」
「待て待て待て、何の話だ」

依頼書の内容について聞いているのに、とんでもない方向に脱線している。
というか何で、オレがレストランに招待する話に?

「娘よ言ってやるな。この男の天然ぶりと来たら・・・」
「全く、女の敵ね・・・」
「もういい。直接、依頼人に聞く」

これから働こうとしているだけなのに、とても居心地が悪い。
早々に退出し、依頼人から話を聞いた方が良さそうだ。
オレは宿の扉を押し、外に出た。
後ろから娘さんの声が飛んでくる。

「店主のエレナさん、美人だからってちょっかい出しちゃ駄目よ?
イケメンの彼氏が――」
「やかましいわっ!」

扉を思い切り閉めて鬱陶しい声を遮断。
ふう、スッキリした。





「どうぞ」
「あ、お構いなく」

コーヒーの入ったカップを目の前に置かれ、柄にもなく緊張して礼を言う。
依頼人であるエレナさんは、確かに美人だった。娘さんが釘を刺したのも頷けなくはない。
いや、オレが不埒を働くという前提条件には大いに抗議をしたいが。

「依頼の確認ですが・・・ルフという男性を探し、手紙を渡せばいいのですね?」
「はい、その通りです」

そのルフという男性が娘さん言う所の、エレナさんのイケメンな彼氏らしい。
怪我をした友達の代わりに門番をする為にケセ村へ向かったのが、予定の期間を過ぎても戻って来ないという。

(うーん・・・)

色々と聞かなければならないのだが、どうも依頼の範疇を超えているようで聞き辛い。
依頼人はルフの事を話すにつれ、どんどん表情が暗くなっていく。
それでも宥めたり慰めたりしながら、ある程度の情報を引き出す。

「去年、彼が発つ前に将来を誓ったんです。戻ってきたら結婚するって約束したのに・・・」
「そうですか・・・」

その約束がフラグだったんじゃないかとも思えるが。
少なくともエレナさんには、ルフが戻って来ない理由に全く心当たりが無いようだ。
まして連絡も無いとなると、オレは最悪の事態まで考えてしまう。
恐らく依頼人もそうなのだろう。

ついに泣き出してしまった依頼人を慰め、オレは月見亭を出た。
一度は涙を拭ったものの、後でまた泣くのだろう。
だがオレがすべき事は、見目麗しい依頼人に寄り添って慰める事ではない。
一刻も早く依頼を達成し、良い報告をする事だ。

毎日のように月見亭に通い詰める常連客の中には、「瞬く星屑亭」の冒険者もいるらしい。
お目当ては間違いなく、美人店主。
ルフが戻れば密かに枕を濡らす者もいそうだが、オレはオレの仕事をするだけ。

目的地周辺は今の時期、雪が積もっているという。防寒具の準備は必須か。
オレは空を見上げて呟いた。

「また、寒くなりそうだな・・・」





リューンを出発し、まずは北へ馬車で一日進んだ辺りがソルボン領のブルー村。
そこから西へ徒歩で半日の移動。フィルード山が見えてくれば着いたも同じ。
目的のケセ村は、その麓にあった。

「確かに寒いな」

外套の襟を締める。
リューンも寒いが、ケセ村まで来るといかにもな雪国の寒さを感じられる。
僅か数日の移動で随分と風景が変わったものだ。

吹雪で視界の悪い中、何とか指定された住所の家を見つけた。
屋根にはかなりの雪が載っている。
灯りは点いておらず、中に人の気配も無い。
何度かノックしたが返事は無かった。

「参ったな・・・」

単に留守なだけなのか。
もしかすると、手遅れというヤツだろうか。
ルフはもう、すでに・・・。
だが、それならそれで結末を確かめなければならない。

「まずは宿を取って――」
「よぉ。この家に何か用か?」
「ん?」

急に後ろから呼びかけられて振り返ると、体格のいい男が立っていた。
依頼人から聞いたルフの特徴とは大分異なる。別人だろう。
男は、ここから西の方角に教会があり、そこにルフがいる事を教えてくれた。
最悪の事態には至っておらず、心の中で安堵のため息をつく。

「なるほど、分かった。どうもありがとう」
「いいって事よ。それより、アイツを訪ねてくれる人がいて嬉しいんだ、俺は。・・・じゃあな」

男は立ち去ったが、ルフの知人だろうか。
いや、そんな詮索よりも教会を訪ねるのが先だ。

時折強く吹雪き、移動するだけでも大変な状況。
村の中だというのに、うっかりすると遭難しそうだ。

「・・・?」

オレは不意に、視線を感じて立ち止まった。
視線を感じた方向にあるのは、雪だるまだけ。
近づいてみても、人やその他の生物はいなかった。

ザシュッ。

「・・・中にいるわけ、無いか」

オレは壊れた雪だるまを残し、教会に向かった。
きっと、また誰かが作るだろう。





何故か屋根の十字架には雪が積もっておらず、教会はすぐに見つかった。
こまめに雪を払っているのだろうか。難儀な事だ。

「・・・誰か、いないか?」

扉を開けると、暖かい空気が流れてきた。
外観の通りにそれほど広い空間ではない。
田舎の教会らしく、あまり装飾の無い簡素な室内。礼拝所だろうか。
訪問者に気がついたのか、奥から女性が姿を現した。

「・・・おや、誰だい?あんた。旅人かい?」
「ああ、そんな所さ。冒険者のベルントだ」
「あたしはこの村の狩人の、リオって言うんだ。
旅人には辛い吹雪だろうに・・・ゆっくりしていきなよ」

リオと名乗った女性は、親切にも温かいスープを振舞ってくれた。
これがまた、今まで食べた事の無い味。
「ちゃんこ」という東方の食べ物で、かの地の力自慢達が食べるという。
確かに精が付きそうだが、こういうものを毎日食べている為にオークと見間違う程太っているのだとか。
はふはふとスープをがっつきながらふと、我に返る。

(いけない、本題を忘れる所だった)

「ルフという男性がここに居ると聞いて来たんだが・・・」
「ルフ?ああ、今来るよ。書斎で本を読んでたんだ。
ルフはこの教会の管理者だから、いつも、ここに居るんだ。
神父とかそう言うのじゃなくて、本当に管理だけしてるけど・・・」

(おや?)

何かルフの話を振ると、リオが饒舌になった。
聞いてない事まで話す所を見ると、もしかするのだろうか。
再び、オレの依頼遂行に暗雲が立ち込めてくる。

エレナさんとリオではタイプが全く違うようだが、どちらも美人。
出張先で知り合った女性と懇ろになり、帰る気にならなくなったとか?
もしかしたら依頼人は、ルフのモテ男ぶりにも不安を抱いていたのかもしれない。

「・・・で、何の様だい?アイツに・・・」
「ああ、それは―――」
「おや、お客さんか?こんな吹雪の中をよくも・・・」

奥から何か重いものが転がる様な音が聞こえ、誰かがやってきた。
声で男性であろうと推察出来るが、中性的な顔立ちに赤い瞳、ブロンドの髪。
エレナさんから聞いた特徴と一致する。推定、ルフ。
確かにイケメンだ。

(なんだが、な・・・)

気になる点が一つ。男性は車椅子に座っている。
この点はエレナさんから聞いていない。
知っていればオレに伝えない理由が無い。
まずは本人確認が先か。

「はじめまして、リューンから来た冒険者のベルントと言います。
失礼ですが、ルフさんですか?」
「ええ、僕です。リューンからわざわざ、こんな田舎へご苦労様です・・・」
「田舎とは失敬だねぇ、あんた」

リオが横から口を挟んだ。
車椅子の男性がルフである事は間違いないようだ。
であれば、オレは受けた依頼を遂行するまで。

こちらに来てから何らかの事情で、車椅子生活を強いられてしまっているのかもしれない。
連絡が出来なかったのもその事情だとすれば筋は通る。
が、先程「この教会の管理をしている」とリオが言った。
話が見えない部分も、まだ残っている。

「エレナさん、ご存知ですよね?その方から依頼を受けたのですが」
「・・・。なるほど、そう言う事でしたか」
「・・・!」

婚約者であるエレナさんの名を聞いても、ルフの反応は薄かった。
代わりに敏感な反応を見せたのはリオ。
この話を気にするという事は、そういう事なのだろう。
ルフが重そうに口を開く。

「・・・すみません。大変申し訳ないのですが・・・お引取り頂けますか」
「それは、何故ですか?」

触れずに済ますつもりでいたが、そうもいかなくなった。
まず男としてどうなのかと思うが、それは置いておくとして。
婚約までした相手の便りに返信せず、遥々やって来た使いに理由も告げず「帰ってくれ」と言われても。
オレも子供のお使いじゃない。依頼人が納得出来る訳を報告しなければならない。
ルフはため息をつき、自らの足を指し示した。

「見て下さい、この足を・・・彼女が経営する店はとても評判で・・・車椅子の僕なんかが行っても足手まといです」
「・・・・」
「あの店は、エレナが一人で頑張ってようやく形になった店です。
それなのに、邪魔をしたくない。
僕はもう戻りません。・・・そう、伝えてはくれませんか」
「しかし―――」
「・・・帰っておくれ。ルフもそう言ってるし、もう帰っておくれよ」

それまで黙ってオレ達の話を聞いていたリオが、急に割り込んできた。
帰りたくない男に、帰したくない女。二対一ではいかにも分が悪い。

「こいつは足を失って・・・ようやく、立ち直ったんだ!
都会の思い出を引き出して、ルフを苦しませないでおくれ!」
「ちょ、ちょっと!」

オレはリオによって教会から締め出されてしまった。
ノックをしても返事はなし。
真っ白な天を仰ぎ、嘆息する。

「・・・面倒だな」

正直、ルフの話はエレナさんを気遣っているようでいて、自分の事ばかり言っているように思えた。
自分がエレナさんに苦労させる事への恐怖。自分が他人に迷惑をかける事への恐怖。
もしかしたら、拒絶されたり疎まれたりするかもしれないという恐怖もあるのかもしれない。
加えてああやって傍で世話を焼いてくれる女性がいて、この村に居心地の良さを感じている。

さて、どうしたものか。
このままリューンに帰るわけにいかないのは、分かりきっている。

「とりあえず、宿を探すか・・・?」

またもや視線を感じる。教会からではない。
雪だるまからだ。壊したはずが元に戻っている。
気持ち、目尻が釣り上がってるように見える。
その隣には、「僕が何をしたって言うんだ!」と書かれた看板が立っている。

ザシュッ。

「こっち見んな」

オレは雪だるまの残骸に背を向け、歩き出した。
早々に宿を探さなくては、オレ自身が雪だるまになってしまう。





「あら。いらっしゃい」

やっとの思いで「吹雪亭」という宿の看板を見つけ、転がり込んだ。
出迎えてくれたのは小柄な女将。気の強そうな顔立ち。
実年齢も若そうだが、さらに若くみえるタイプかもしれない。

「こんな吹雪の中、よく来たわね。宿泊で宜しいかしら?」
「ああ。まだ分からないが、連泊になっても大丈夫かな?」
「もちろんよ。この時期は旅人も少ないし、一番いい部屋を用意するわ。
だからこれからも、ご贔屓にね」

やや童顔な女将は、笑顔で言った。
宿屋の「一番いい部屋」というのはアテにならないのだが。
聞けば「どの部屋も一番だ」と言うに決まっている。

ベッドの準備が出来るまで待っている間、手持ち無沙汰なオレはカウンターのそばで置物などを見ていた。
熊の木彫りや、地域の伝承に出てくる妖精の人形等々。
壁には立派な牡鹿の首が掛けられていて、剥製ながら今にも動き出しそうな迫力を感じる。
何となく、手持ちのコカの葉を剥製の口に挟んでみた。

(回復したら・・・動くわけないか)

「準備出来たわよー」
「ああ、有難う・・・?」

一瞬、誰かに礼を言われた気がした。
女将さんが呼ぶ声とは明らかに違っていたが、この宿に他の人間はいないはず。
気のせいだろう。

案内された部屋に入り、荷物袋と外套を壁に掛けてベッドに倒れこむ。
立派なものではないが、温かく、柔らかい感触。今晩はゆっくり眠れそうだ。
休む前に、する事を済ませてしまおう。
オレはぼんやりと結露した窓を見ながら、思案を始めた。

まず今日、ケセ村に到着してルフに会えたものの、エレナさんからの手紙を渡す事は出来なかった。
それだけでなくリューンへ戻る事も、エレナさんとの結婚も拒まれた。
車椅子に乗った姿、ルフ、リオの話を合わせて考えると、ルフはケセ村に来てから何かの事故に遭ったと思われる。
ルフの言い方からすれば、自分が怪我をして以前のような生活が出来ない事が、リューンへの帰還を躊躇わせている。
ただ、エレナさんへの愛が醒めたという訳では無さそうだ。

(オレが何を言っても、決め手にはならないよな・・・)

それ以前に手紙を渡すにしても説得するにしても、大きな障害があるのだが。
言わずと知れたリオだ。オレの用件を知った以上、ルフに会わせまいとするのは間違いない。
うまくルフ一人のタイミングを図れればよし、駄目なら何度でも足を運ぶ覚悟が必要になる。

「それと・・・」

ペンを取ると、オレは手紙を書き始めた。
少々賭けだが、冬の間に積もった雪を融かすにはこれくらい思い切ってもいいだろう。





「あら、お出かけ?」
「ああ」
「今日も吹雪いているから、気をつけてね」

女将さんに見送られて宿を出る。
昨日と変わらず、ケセ村には雪が降り続いていた。

雪だるまを見ると、また元に戻っている。
昨日と比べて目が釣り上がり、口がへの字になった気がする。
傍らの看板には「酷い、雪だるま虐待だ!」と書かれている。

ザシュッ。

「今日の景気づけだ」

剣を鞘に収め、右肩を大きく回しながら教会へ。





扉を開け、中に入るとそこにはルフがいた。それも一人きり。
昨日の今日で、いきなり大チャンス到来。

「・・・。貴方は・・・」
「こんにちは。・・・懲りずにまた来ました」
「そうですか・・・」

外套を脱ぎ、軽く頭を下げる。
ルフもぎこちなく会釈を返した。

「リオは居ない様ですね」
「彼女は狩りに出ています。不思議な事に、この辺りの動物は冬眠しないので」
「ほう?」

付近の伝承なのだろうか、スノーマンという寂しがり屋な雪の精霊がいるらしい。
その精霊がある程度寒さを抑えて動物が冬眠せずに済むようにしたり、人に構って欲しくて雪を降らせるのだとか。
相槌を打ちつつ、心の中で「鬱陶しい精霊だな」と呟く。

「へえ・・・面白い話ですね。スノーマンか・・・」
「ここの村人から聞いた話です。皆・・・僕に良くしてくれます」

ルフはぽつぽつと、リューンを出発した後の事を語り始めた。
この村にいる友人が怪我をし、三ヶ月だけ代わりに働く為にやって来た事。
だが、その友人が負傷した原因である熊と、ルフも遭遇してしまった事。
どうにか熊は撃退したものの、その戦いでルフは両脚の腱を切られてしまった事。

「・・・以来、ここで僕は暮らしています。リューンで培った知識を村人に伝える事しか出来ませんが・・・」
「なるほど。だから、足手まといになるのでエレナさんの手紙を読めないと」
「・・・はい。手紙を読んだら・・・きっと、僕は彼女に甘えてしまいます」
「わかりました」
「えっ?」

このノリに付き合うのは少々疲れる。ネガティブもいい所だ。
それ以上にこの機会を逃すと、次はリオが同席しているかもしれない。
そもそも、次があるかもわからない。
強引でも、一芝居打ってみていい場面だと思う。
オレは懐から、エレナさんに託された手紙を取り出した。

「では私は、この手紙を処分してリューンへ戻り、貴方の意向をエレナさんに伝えます。
ルフさんとエレナさん、双方から話を聞いた私としては、貴方が言う通りにするのがベストであろうと判断しました」
「・・・そう、ですか」
「失礼ながら貴方は、エレナさんの事を何も理解しておられない。
それだけでなく、エレナさんの身を案じる風を装いつつ、ご自分の体裁ばかり気にされています」
「・・・・」

怪我のショックからは立ち直っているそうだし、この際全部言ってしまおう。
もう一度凹ませるくらいでいい。
大体、金髪美形で責任感が強く友達思いで、料理上手な美人の婚約者がいるという時点でブーイングもの。
さらに車椅子まで盛って何の不満があるのか。非常に不愉快だ。

(・・・いやそうじゃなく。落ち着け、オレ)

男女間の話だから、別れる事もあるだろう。
でも、そうしたいならば直接言うべきだ。
少なくともエレナさんはルフが帰る日を信じて、一人で懸命に店を護っている。
それは、月見亭を繁盛させる事だけが彼女の夢ではないからだ。
そこにルフがいてこそ、彼女の夢は鮮やかに彩られたものになる。
足が自由か不自由かなど、関係ないはず。

「本当に彼女の幸せを思うのなら、まずは貴方が、ご自分の気持ちとしっかり向き合いませんか」
「・・・・」
「そして二人で、現実を見据えてみたらどうです?
もしかしたら、別れる事になるのかもしれません。
でも、違う道を見出せるかもしれません。
甘える事になっても、迷惑をかけても良いじゃないですか。
それが、二人の望む結末ならば―――」

我ながら、いい話にまとまった気がする。
ルフは黙っている。心の中で戦っているようだ。
後は、忘れないうちに手紙の廃棄の話をひっくり返さなくては。

「ルフさん―――」
「大変だ!」

大事な締めにかかろうとするオレの言葉を遮り、教会に誰かが飛び込んできた。
その顔には見覚えがある。教会とルフの事を教えてくれた男だ。
ルフが男に声をかける。

「ケヴィン・・・慌ててどうしたんだい?」

この男が、ルフの友人だったとは。
ケヴィンは息を切らしながら訴えた。

「大変なんだ、ルフ!リオが・・・狼達と一人で戦ってる!」
「何だって・・・?」

ケヴィンの報告に、ルフの顔色が変わる。
仲間と狩りに出たリオは狼の群れと遭遇し、仲間を連絡に出して一人で戦っているらしい。
狼の数は多く、村まで来るかもしれないという。
オレは小さな声で呟いた。

「・・・全く」

よくいるんだ、そういう無茶するヤツが。
つい最近、どこかで見た覚えがあるが気のせいだろう。

(急がなきゃならんか。でも、話が早くなったな)

「・・・ケヴィンさん、狼はどこだ?案内してくれ」
「!?」
「いけませんベルントさん!狼は群れを為すと恐ろしく――?」

オレは右手を上げ、ルフの言葉を遮った。
それについては、嫌と言う程分かっている。
何せつい最近、イーレンの森で餌になりかけたばかりだ。

だが、今のオレは猛烈にテンションが上がっている。
群れた狼に対する恐怖を超える、リベンジの機会を得た喜び。
二度も遅れを取っては、冒険者などやっていられない。

「ただし、ルフさんに一つお願いがあります」
「何でしょう?」
「狼の群れを撃退してリオさんを連れ帰ったら、読んでくれませんか?手紙」
「・・・・」

返事を聞く必要は無い。
オレはケヴィンを促すと、教会を飛び出した。

(さて、リオが無事でいてくれればいいが・・・)

あまりに恥ずかしいので誰にも言ってないが。
イーレンの森で狼に食われかけたのは、本来は市門の警備が仕事だった為に回復手段を用意していなかったからだ。
実力が大して変わらずとも、準備万端の今は遅れを取らない。
そういう意味では、ルフに出した条件はかなりズルいと言える。
もちろん油断は出来ないが、狼の群れを撃退する事に関しては心配していない。





オレはケヴィンを追って森を駆けていく。
教会を出てから、不思議と吹雪が弱まり視界も確保出来ている。
ケヴィンが前方を指差して叫んだ。

「もう少しだ!この先でリオが!」
「ケヴィンさん、ここまででいい。あんたは引き返して村を護ってくれ。
狼程度、オレ一人で十分だ」
「わかった。だが、その前に・・・!」

ケヴィンが立ち止まり、オレに向き直った。何か言いたいらしい。
オレも剣の柄に手をかけたまま立ち止まる。

「・・・ありがとな、あんた。もし・・・狼退治が終わったらルフを連れて帰るんだろ?
心当たりがあるから知ってたぜ」
「・・・・」

ケヴィンは、自分が熊に襲われて怪我をしたのが始まりだったとカミングアウト。
ルフの不幸の原因が判明した。
何となくわかっていたが、やはり。

「リオはアイツを好いてるけれど・・・頼む、ルフは本来こんな所に居ちゃ駄目なんだ!
女が居るって前言ってたんだ!だから・・・頼む、生きて帰ってきてくれよ!」
「心配は不要さ。リオは連れて戻る」

追い払うように手を振り、ケヴィンを戻らせる。
ここからは死闘などでなく、ただの個人的なリベンジマッチだ。
存分に八つ当たりをさせてもらおう。
オレは前を見据え、再び走り始めた。





オレの到着は何とか間に合った。一喝して狼の注意をこちらに引き付ける。
リオは無事とは言い難い状態だったものの命に別状はなく、オレに後を託すと意識を失って雪上に倒れた。
さほど時間をかけずにオレは憂さ晴らしを終え、リオを背負ってケセ村へ帰還。

驚く村人達にリオの治療を任せ、ルフに手紙を渡すと宿屋に向かった。
ルフは明日、手紙に対しての返事をするという。
一晩かけて、じっくりと自分の気持ちに向き合うのだろうか。

「おっと、宿に戻る前に・・・」

ザシュッ。

例の看板には「君が帰る時、覚えてろ~!」と書かれていた。
しかし、すぐに作りなおすなんて暇なヤツもいたものだ。





「おかえりなさ・・・って、怪我してるの!?」
「ああ、いや。年甲斐も無く雪遊びに熱中しすぎたよ」

女将さんに食事を運んでくれるよう頼む。
傷薬も要らない程度の傷、メシ食って寝れば治る。たぶん。
ふと剥製を見ると、何やら様子が違って見えた。

「女将さん、この剥製どうかした?」
「え・・・?そういえばちょっと、表情が穏やかになったかしらね?」
「ふーん・・・」

取り立ててどこが変わったとは言えないのだが。
ま、どうでもいいか。





柔らかいベッドに、再び倒れこむ。
もう少し滞在が長引くかと思ったが、どうやらこのベッドを堪能出来るのは今夜限りになりそうだ。

結果がどうなるかはわからない。
依頼の範疇を超えて首を突っ込んだ部分も多々ある。
正直に言えば、もっと手っ取り早い方法があったかもしれない。
それでも、やる事はやったと言える。達成感がある。
後は胸を張ってリューンに帰ろう。

「そろそろ親父さんのポトフが恋しくなってきたしな・・・?」

ベッドから起き上がり、呟きながら窓の外を眺めると偶然の来客がいた。狐だ。
向こうもオレに気付いたらしく、つぶらな瞳でこちらをじっと見る。
じっくり観察すると中々に愛嬌のある顔立ち。

(お前の好奇心が酷く気に入った。力を貸してやろう)

「!?」

まるで頭の中に響くような声。
窓の外の狐は、もういなくなっていた。
一体、何だったんだろう。
何かと不思議な事の多い場所だ、この村は。





翌朝、宿を出たオレは、教会でなくルフの自宅へ向かった。
首には女将さんがプレゼントしてくれた襟巻きが巻かれていて、とても温かい。

「ルフさん、お早う御座います。ベルントです」

オレを中へ招き入れたルフは、スッキリしたような表情に見えた。
返事はもう、分かりきっている。

「・・・リューンへ、帰ろうと思います」
「そう言っていただけると、思っていました」

それだけ聞けば、もう十分。
この村にいる必要はないし、これ以上オレが踏み込むべきではない。
報酬の受け渡しについて、ルフがリューンに戻ってから宿に届けてもらうよう頼んだ。
不思議そうな表情でルフが聞く。

「でも、どうしてです?」
「私は少々、回り道をして帰る予定なのですよ。ですから、ゆっくりで結構です」
「・・・?わかりました」

ルフの家を出ようとすると、外から扉がノックされた。
来客のようだ。
オレが出迎えるふりをして、入り口に向かう。

(見込みより、少し早かったな)

居ても立ってもいられず、急いでやって来たのだろう。
無理もない。一年以上も会えなかったのだから。
オレは来客を中へ通すと、静かに扉を閉めてその場を離れた。
後は、二人の時間だ。





依頼を達成する為に用意した秘策は不要になったが、それはそれで良かったのかもしれない。

ケセ村に到着した初日、教会から追い出されたオレは宿の一室で手紙を書いていた。
ルフの様子を見る限り、どうしてもリューンに帰りたくない、エレナさんに会いたくないというわけでない事は分かった。
結局、彼は誰かが背中を押してくれるのを待っていたわけだ。
その「誰か」になれるのは、世界でただ一人だけ。

王子様の呪縛を解くのにお姫様のキスが要る。本来は逆だと思うが。
困った王子様が、一人で決心してリューンに戻れるとも考えにくい。
一度決心しても、この村で過ごす時間が増えるほどに立ち去り難くなるかもしれない。
ではどうするか。簡単な事だ。

見かけによらず男前なお姫様に、馬車を飛ばして迎えに来てもらえばいい。
面と向かって別れを切り出せない男が、目の前にいる恋人に「一人でリューンに帰れ」などと言えるわけもない。
もちろんエレナさんへの手紙にそんな事は書かず、当たり障りのない文面で送ってある。





ルフにはああ言ったものの、オレは寄り道せずにリューンに帰る予定だ。
特別行きたい場所が無い事もあるが、硬いベッドや親父さんの手料理が恋しくなってきた。
見渡す限りの銀世界も、しばらくは距離を置きたい。

雪だるまの前を通ると、今回も元に戻っていた。
何故か笑顔。看板には「今まで遊んでくれたお礼だよ!また来てね!」と書かれている。

ザシュッ。

「ウザい」

雪だるまは崩れ去った。
ただの一度も、遊んだ覚えは無い。










シナリオ名/作者(敬称略)
雪解け/楓(レカン)
レカン様のサイト「黄金の宝石箱」より入手
(閉鎖されています。当該記事はレカン様の許可を頂き公開しています)

出典シナリオ/作者(敬称略)
イデア、イリス「胡鳥之夢」他/レカン
シニョーレ「器用貧乏」他/レカン
イーレンの森「聖夜の守護者」/竹庵

収入・入手
600sp、襟巻き、スノーマン(スキル)、雪狐(スキル)

支出・使用
コカの葉

キャラクター
(ベルントLv3)
スキル/掌破、鼓枹打ち、岩崩し、鼓舞
アイテム/賢者の杖、ロングソード、青汁3/3
ビースト/
バックパック/

所持金
7815sp→8415sp

所持技能(荷物袋)
魔法の鎧、氷柱の槍、エフィヤージュ、撫でる、スノーマン、雪狐

所持品(荷物袋)
青汁3/3×2、傷薬×4、万能薬×2、コカの葉×6、葡萄酒×3、イル・マーレ、鬼斬り、ジョカレ、聖水、うさぎゼリー、手作りチョコ、チョコ、うずまき飴、激昂茸、ムナの実×3、識者の眼鏡3/3、術師の鍵4/4、バナナの皮、悪夢の書、松明2/5、ガラス瓶(ノミ入り)×2、破魔の首飾り、襟巻き、遺品の指輪、魚人語辞書

召喚獣、付帯能力(荷物袋)
グロウLv7

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