Page40.全ては、闇の中(穴倉の墓所)

「・・・駄目」

 先頭切って洞窟に入ったミカエラが、すぐに立ち止まった。
 何かいるような気配は感じられない。

「罠か?」
「そうじゃなくて。進めないのよ」

 言いながらランタンを持ち上げるミカエラ。
 灯りの中に岩の壁が浮かび上がった。
 確かに、これ以上進む事は出来ない。

「行き止まりか」
「正確には少し違いますね。落盤したような跡があります」

 サリマンがオレの言葉に答え、壁の前でしゃがみ込んだ。
 両脇の壁と行き止まりの壁は、別に形成されたものらしい。 
 入り口で落盤と聞いて違和感を覚えるのは、素人考えだろうか。

「・・・まあこれで、話を聞かせてもらえるわけだな。戻ろう」
「もったいぶって嫌な感じよね、あいつ」
「そう言うなよ。同感だけどな」

 ミカエラのストレートな物言いに、オレは苦笑した。
 ともあれ、進めない以上は引き返すしかない。

 洞窟を出て、佇んでいる男の元へ向かう。
 相手もオレ達に気付いた様子。ミカエラの言う「あいつ」だ。
 オレは男に言った。

「出来ればここからは、凝った趣向抜きで頼めるかな?依頼人」

 男は、静かに頷いた。





 山間の村、アレッジ。
 小さな集落が城壁で囲まれているのは、軍事拠点としての性格を持っていたのだろうか。
 だが現在では、その城壁の大半が崩れ落ちている。

 オレが世話になっている、交易都市リューンは「瞬く星屑亭」。
 各地から寄せられた様々な依頼の中に、アレッジからのものがあった。

「緑の妖魔に悩まされている。早急な駆除を求む。
 妖魔の根城は少しばかり村と関係のある場所であり、追って情報を与える」

 オレはその依頼書を手に取ると、ほぼ即決で引き受けた。
 想定される敵はゴブリンの可能性が高いが、棲み付いているらしい場所についての記述は気になる。
 ユルヴァが少し躊躇したように見えたのは、そこかもしれない。
 依頼自体は、パーティの力量で十分足りそうだ。

 アレッジ村に到着すると、一軒の家から子供達が駆け出してきた。
 村の外れへ向かうのを、何事もなく見送る大人達。ゴブリン騒ぎの最中に大丈夫なのだろうか?
 聞けば、子供達の遊び場は村の者の目が届く辺りなのだとか。納得して周囲を見回す。
 建物が思ったより新しく見えるのは、この村の成り立ちによるものかもしれない。

 アレッジは、約五十年前の大規模な山火事によって一度滅びた村。
 住民は全滅したと伝えられている。
 約二十年前に再興された現在の村に住むのは、以前と縁のない者達だ。

 村長宅に寄る前、井戸の前を通った。見れば厳重に封じられている。
 何重にも乗せられた蓋、しっかり噛んで動かないようにした滑車。
 見る限り、村の井戸はその一つだけ。枯れているとも思えない。
 村の中にあって、非常に違和感を覚える場所。だが、それだけだ。

 他の村人から聞いた話では、ゴブリンの根城になっている場所は「タブー」なのだという。
 村長に聞けば教えてくれるだろうが、色々といわくのある場所らしい。

 ゴブリン退治だけでは済まない可能性も出てきた。
 話が依頼書通りでない事自体は、別に珍しくもない。
 問題はオレ達の力が及ぶ範囲かどうかだ。

 村長を訪問すると、「まずは現地を見ていただきたい」と説明もそこそこに出発する事に。
 洞窟の入り口を前にしては、「中を御覧になれば話が理解しやすい」と言われ。
 全員不満に思いながらも入ってみた所で、行き止まりに当たった。
 ミカエラの言葉は、彼女だけの気持ちではなかった。





「これは、どういう事かな」
「昔の入り口なのです。新しく出来た縦穴がこの先に」
「先にそっちに―――・・・」

 ボヤくミカエラに視線を送り、黙らせる。
 虫の好かない相手であっても依頼人。
 目の前からいなくなった後で、いくらでもボヤけばいい。

「・・・ここは、五十年前の大火災にて、燃え盛る炎から逃れる為に村の者が避難した場所です」
「・・・・」
「そうして、村人みなが暗き穴の底に逃れ、火災を予測しここに洞窟を配した神に感謝した時・・・唯一の出口は塞がれました」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 さすがに今度は止められなかった。
 ゴブリンの討伐と聞いて来た依頼。だが現地で話を聞けば、アンデッドの存在を想定せざるを得ない。
 死の間際の苦しみや恐怖などの強い負の感情は、死者を安らかに眠らせてはくれない。
 別々でも依頼達成の難度は跳ね上がるが、もしも妖魔とアンデッドが一緒にいれば、それは騎士団や聖北教会の神官戦士団に出動を要請すべき事態だ。
 だが、村長はミカエラを見つめて静かに言った。

「・・・貴方がたが危惧されている、亡霊や悪鬼の類は、ここにはおりません」
「いないって・・・」

 二十年前に村が再興される時、僧侶に依頼して調査が為されたのだという。
 もちろん、中は酷い有様だったようだが。

 どこまで信じていいのか怪しいものだ。
 少なくとも、かつての村民達の遺骨はそのままになっているはず。
 そんなものが散乱している場所で戦いたくないが、相手のある事。
 遺体や遺骨の不可抗力な損壊については了承を得た。

 聞きたい事は他にもある。例えば村で聞いた、「洞窟の件はタブー」という話。
 村長によると、地の底で眠るかつての村民達が畏怖や嫌悪の対象になっているのだとか。
 どうしてそこまで嫌われるのか。異端信仰や疫病なのか、非常に不可解だ。
 しかし、そこは依頼には直接関係の無い話か。

 深い森の中を歩きながら、最終的な確認作業を行っていく。
 洞窟で起きた惨劇の話を聞いた後では、森の深緑が多くの死者を取り込んだ色にも見えてくる。

 作業は一日、報酬は600sp。
 ゴブリン退治で終わるならば、至極妥当な額だろう。
 後は相手の数と戦力次第。

 オレの隣を歩く村長をチラリと流し見る。
 この依頼人が、持ってる情報を全て出してくれているかどうか。
 オレ達の首尾の良し悪しもそこにかかっているのだが、どうにも胡散臭さが拭えない。
 と、村長が不意に立ち止まった。

「ここが、新しい入り口です」
「なるほど、後から開いたものか」
「ええ」

 確かに、何かで崩れたような空洞が見える。
 そこからゴブリンが侵入し、住処としたようだ。
 見張りはいないようだが、慎重に行った方がいいかもしれない。
 何よりもようやく、噛み合わない依頼人と離れられる。

「では取り掛って構いませんか?」
「ええ、はい。よろしくお願いします」

 オレは仲間達を見やり、ユルヴァが小さくため息をついているのに気がついた。
 今回はあまり喋っていないようだし、体調でも悪いのだろうか。
 注意しておこう。










 洞窟の中は想像よりもずっと広かった。
 大きな滝があり、水飛沫で衣服が濡れていく。
 逃れるように先に進むと、ランタンの灯りに照らされた地面が、所々黒く見える。

「スネアの罠か。仕掛けが無くても足を捻るかも・・・リムー?」

 次々と穴を照らし、覗き込むリムー。
 その甲斐あってか、五十枚程の銀貨を発見した。
 針やトラバサミのような罠と組み合わせられる事もあるから、と一応は釘を刺しておく。
 前回のようなトラップに凝るオークもいる事だし、好奇心旺盛なのも程々にしてもらわなくては。

 汚れた水を美味そうに飲んでいたゴブリンを二体仕留め、先に進む。
 十字路に出ると東が何やら騒がしい。そちらは後回しにする。

 西にはゴブリンが一体。
 こちらに背を向け、壁に何かを書き付けている。
 あっさり倒して周囲を捜索すると、小さな横穴が見つかった。
 子供ならば通れるかもしれないが。
 穴を調べたミカエラが、首を横に振った。

「これは・・・狭すぎるわね」
「まあこんな細い穴、ミカエラじゃとても・・・げふっ!」
「蹴るわよ?」
「蹴ってるだろうが!」
「ベルント、声が大きい」
「・・・・」

 理不尽過ぎる。が、通れないものは仕方ない。
 ゴブリンが持っていた汚い笛を回収し、分岐に戻る。

 ゴブリンが鼻歌を歌っていられるというなら、外敵はいないのかもしれない。
 アンデッドの存在を危惧していたのだが、村長の言葉は正しかったようだ。
 これならばと思った矢先、異変が起きた。

 最初に気付いたのはミカエラだった。
 ふと立ち止まり、ユルヴァの顔を覗き込む。

「ちょっと、ユルヴァ」
「・・・はい?」
「はい、じゃないわよ。顔が真っ青じゃないの」
「そ、そうですか?」

 ミカエラの言葉に、ランタンを向ける。
 灯りが無くてもわかる程、ユルヴァの顔は青褪めていた。
 リムーがユルヴァに代わって口を開く。

「様子が変なのは、もっと前から」
「リムー、知ってたのか?」
「口止めされていた」
「!!」

 うかつだった。全く気が回っていなかった。
 この依頼に決めた時にユルヴァの様子がおかしく感じたのは、討伐依頼だったからだ。
 前回のオーク退治、いやその前、塔の迷宮で兆候はあったのかもしれない。
 いきなり切った張ったの戦場に放り込まれて平気な人間など、そういるものではない。
 ましてや気の弱いユルヴァだ。
 自分が慣れ切っていたからこそのミス。

「・・・サリマンは?」
「まあ、一応。少しは男らしい所も見せなくてはね」
「そうか・・・」

 ユルヴァは俯いている。
 こんな状態になるまでどうして言わなかったのか、聞くまでもない。

「言えなかった、か」
「・・・私だけ、置いていかれると思ったんです」

 当然の事だ。気がついていたら、ユルヴァは親父さんに預けて依頼に出ていただろう。
 ユルヴァを責めるつもりは無いが、問題はこれからどうするかだ。
 オレは少し考えて、口を開いた。

「・・・一旦、外に―――」
「私は反対」

 言い終わる前に反対された。
 仲間達の視線がミカエラに集まる。

「戦闘からユルヴァを遠ざけても、何の解決にもならないでしょう。
 今はそれで良くても、今後はどうするの?
 ユルヴァは、辛くても私達と一緒に来たいって言ってるんじゃない」
「そうは言っても・・・」
「ユルヴァは『決断』したのよ?」
「決断・・・」

 オレは思わず苦笑した。またその言葉。
 以前にミカエラの『決断』を跳ね除けた仕返しだろうか。
 ミカエラは言外に、ユルヴァの『決断』を受け止めて答えろと言っている。
 しかし、「私は決断したから貴方も答えて」と一方的に言われるのは非常に理不尽だと思うのだが。

「ベルント、一本取られたようですね。
 モテる男の宿命というものですよ」
「冷やかすなよサリマン。まるで他人事だな」
「人間の感情の機微は分からないけれど――」
「リムー?」
「すでにゴブリンを倒してしまっている。
 ここで洞窟を出るのは、ユルヴァの精神状態を気遣っても懸命な判断とは言えない」
「・・・確かに」

 リムーにまでダメ出しされてしまった。
 だがリムーの言葉は、今置かれている状況を的確に突いている。
 残っているゴブリンが仲間の死体を見つけて、そのまま収まるはずはない。
 オレはポリポリと頭を掻いた。

「すまん。オレがテンパってたみたいだ。
 とりあえずこの依頼を片付けよう。
 その後で、ユルヴァ―――」
「・・・・」
「仕事、続けられるように考えるか」
「は、はい!」

 ユルヴァがパッと顔を上げた。
 命のやり取りをするのに躊躇していては長生き出来ないが、何も感じなくなっていたのは否定できない。
 いい機会が出来たと考えよう。





「・・・どうだ?」
「結構な数がいるわね」

 斥候のミカエラが戻ってきた。
 分岐の東は少し下った場所が広場状になっているらしい。
 ホブゴブリンにシャーマンの姿もあったという。
 少々数が多い。

「まともに突っ込むのは蛮勇というものだな」
「あら、ゴブリンの群れに切り込んだ勇者様の言葉とは思えないけど?」
「・・・・」

 返す言葉もない。
 それよりも、誰からそれを聞いたのか問い詰めたい所だ。時間があれば。
 先程から妙にミカエラが絡む気もするが。

「ミカエラはヤキモ―――」
「リムー、余計な事言わないで!」
「静かにしないと気付かれますよ・・・」
「だって・・・」

 リムーの口を押さえようとするミカエラを、サリマンが嗜めている。
 ユルヴァは表情が硬いものの、先程に比べれば大分マシか。

 少し時間を食っているのは否定できない。
 いつ敵に気付かれてもおかしくない状況だ。
 行動方針を決めなければ。

 洞窟で見たものの中で使えそうなのは、丸太と石くらいだった。
 ミカエラが描いた広場の絵を見ると、こちらからゴブリンは下に位置する形。
 ならば冷静かつ筋力のあるリムーが、様子を見ながら丸太等を落とすのが効果的に思える。
 オレとミカエラが敵の接近を阻止する役、サリマンが眠りの雲で敵の動きを止める役。
 ゴブリンシャーマンの魔法が気になるが、そこはユルヴァとリムーの回復で相殺出来るはず。

「しかしミカエラ、下手な絵で――ぐはっ!」

 お約束通りにサリマンが蹴られている。
 全員に分担を伝え、広場への入り口で待機。
 オレはミカエラの合図で、広場を見下ろす坂の上に飛び出した。
 洞窟中に響くほどの大声でゴブリン共の注意を引く。

「おい!退治してやるぜ!
 緑のバケモノどもッ!!」





 サリマンの魔法が絶妙のタイミングで発動した時点で勝負は決していた。
 広場には多数のゴブリンの死体と、丸太や石が転がっている。
 ユルヴァの表情を見ると、やはり硬い。

「リムー、広場を少し調べよう」
「わかった」
「他の三人は背後を見ててくれ」
「了解です」

 広場を手早く調べ、ゴブリンの死体を目に付かない場所に重ねていく。
 リムーがシャーマンの懐から宝石と小さなベルを見つけた。
 宝石の方は魔法の品のようだが、鑑定は後回しだ。
 待機している三人を呼び寄せる。

「何かあった?」
「アイテムはこの二点、それと気になるのは・・・あの水溜りだな」
「うーん、縦穴だけど底は深そう。流れもあるわね。結構早いみたい」

 水溜りを覗き込んでいたミカエラが、こちらを見た。
 そこは後回しにして奥へ進むと、すぐに行き止まり。
 壁にあるいくつもの窪みに、安置されているかのように人骨が収まっている。
 そして、こちらを見つめる六つの目。狼だ。

「ゴブリンの飼い犬?」
「でしょうね。先程の戦闘でも出てこなかった所を見ると、しっかり躾けられているのかもしれません」
「ふむ・・・」

 狼は睨んでいるようにも見えるが、唸るでもなくこちらをじっと見据えている。呼びかけには反応しない。
 出来る事なら、ユルヴァがあの状態である以上、極力血を見るのは避けたい。散々殺した後で何なのだが。
 完全に敵対的でないならこちらの指示に従うかもしれない。
 そうすれば犬と同じだ。アレッジ村で飼ってもらえるよう、掛け合う事も出来る。
 オレはユルヴァに声をかけた。

「ユルヴァ」
「はい?」
「これ、使えるかもしれないぞ」

 笛とベルを手渡す。
 確か犬笛とかいう、犬に指示を出すアイテムがあったはず。
 別に、笛が汚くて自分で吹きたくなかったから渡したわけではない。
 ユルヴァの手で、救える命を救って欲しかったからだ。

「・・・・」

 笛とベルを受け取ったユルヴァは、迷わずベルを持ち上げた。
 普通、そうだよな。

 そして―――





「―――ジャック」
「!!」

 三匹の中で一番大きな狼が、ピクリと反応した。
 ゆっくりとユルヴァに近づいていく。

「・・・どうやら成功したみたいね」
「十回くらい、名前言いなおしたけどな」
「最初、ぽちって呼んでましたよ?」

 ヒソヒソ話をするオレ達をよそに、素知らぬ顔で狼を撫でるユルヴァ。
 人間だって何回も名前を間違われたら、普通怒るよな。
 ともかく、ここを探索するのに支障は無くなった。
 手分けして調べていると、鉄の箱を発見。
 壁の窪みの一つに押し込まれるように置かれている。

「ミカエラ」
「何かあったの?」
「ああ」

 仲間達、それから狼も寄って来る。
 自分は正直、色々あって狼は少し苦手なのだが。
 そうも言っていられない。

「凝った作りの鍵ね。箱も頑丈だし、壊すのは大変かなあ」
「中身が分からない以上、乱暴に扱わない方がいいでしょう」

 箱を調べ終えたミカエラに、サリマンが応じる。
 となれば、専門家に頑張ってもらうしかない。
 光源を増やし、待つ事しばし。
 カチャリと音がして、ミカエラが大きく息をついた。
 額に汗が滲んでいる。相当に難度の高い作業だったらしい。

「ご苦労さん」

 箱から取り出されたのは、一冊の本。
 しっかりとした革張り。開いてみる。

「・・・日記、かな」
「保存状態がとてもいい。箱がチャチだとこうは行きませんよ」

 サリマンが横から覗き込む。
 古物の調査経験があるだけに、一目で日記の状態に気付いたようだ。
 オレはサリマンに日記を差し出した。

「慣れてる者が扱った方がいいよな」
「では、失礼して」

 日記を受け取り、慎重にページをめくって読み上げるサリマン。
 著者は、当時の村長なのだという。

「いずれ戻るアレッジの村民へ―――」





 サリマンが日記を読み終えた後、しばらくは誰も口を開かなかった。
 それほど、その内容がショッキングなものだったからだ。
 薄々とは感じていたが、五十年前の山火事と洞窟入り口の崩落はやはり人為的なものだった。

 現在の村人達が、この洞窟や過去のアレッジ村民をタブー視しているのを思い起こす。
 町や村、地域ごと人が葬られた話が史実ではあると知っていても、実際その痕跡に触れるのは気分のいいものではない。

「主よ―――」

 ユルヴァが手を組み、多くの亡骸の為に祈りを捧げている。
 暗闇の中、極限状態に置かれた者達が心安く死んだとは思えない。
 なのに何故、この洞窟にはアンデッドが存在しなかったのだろう。
 考えに耽るオレに、サリマンが遠慮がちに声をかけてきた。

「あの・・・ベルント」
「ん?」
「日記の最後、字も乱れて読み取れないんですが。
 少し気になるんです」
「壊れた人間が書き殴ったのとは違う、と?」
「ええ」

 オレ達の話を聞き、リムーが荷物袋を覗き込んだ。
 やがて取り出した品を見て納得。「識者の眼鏡」だ。
 本来は未知の言語の読解に用いられる品だが、読めないという意味ではこの日記も同じ。
 後は試してみる価値があるかどうか、
 リムーから眼鏡を受け取り、サリマンが言った。

「私達は今、闇に葬られた真実に迫ろうとしているかもしれません。
 もしも日記の文字が読めれば、私達が危険に晒される可能性がある」
「・・・・」

 一瞬静まり返る一同。
 だが、その静寂を破ったのはユルヴァだった。

「・・・でも、見ないわけには、行かないと思うんです」

 いつも控えめなユルヴァの、きっぱりとした物言い。
 信仰心と亡くなった村人達への思いが、心を支えているのだろうか。
 せっかくだから、フォローしておこう。

「サリマンも、あくまで可能性を言っただけだろ?」
「ええ」
「あまり気にしなくて、いいんじゃないか。
 同じ場所に村を再興させ、他所から人を連れてきてるんだ。
 過去を知る者がいれば、そんな事させないさ」
「確かに」

 それに、日記の内容はすでに、アレッジに起きた事を大体推測させている。
 現在の為政者も、過去の支配層がやった事だとほっかむりを被るに決まっている。
 話が表に出た所で、大した事にはなるまい。

「やってくれ、サリマン。不味い内容なら黙ってれば済むしな」
「了解です」

 サリマンが眼鏡をかけ、再び日記を読み上げる。
 案ずるより生むが易し。
 新たな事実はあった。が、心配するようなものではなかった。

 この洞窟を抜け出した者がいた。
 アレッジの真実が広まっていないという事は、日記の著者の想像通りだったのだろうか。
 生きていれば、六十代くらい。
 街まで辿り着けなかった可能性も考えられる。
 そこの真実が明かされる日は、来るのだろうか。
 ユルヴァがポツリと呟いた。

「子供達だけでも送り出せて、少しでも心安く亡くなる事が出来たのでしょうか・・・」
「だといいな」
「もう少し、祈ってもいいですか」
「そうしてやってくれ」

 ユルヴァは静かに目を閉じ、手を組んだ。





 探索終了、とはまだ行かない。
 ゴブリンと戦った広場に戻り、水溜りへ。
 狼三匹も、ユルヴァの後をついて来ている。

 リムーが何やら、魔力を感じるという。
 辛うじてサリマンも分かるようだが、一度に何人も入れる穴ではない。
 いきなり戦闘に巻き込まれても対応しやすいのはリムーの方か。
 心得たようにリムーが前に出る。
 が、サリマンの一言で白紙に戻った。

「ところでリムー」
「何?」
「貴女、泳げるんですか?」
「・・・・」










「あっ」










 すっかり失念していた。
 泳いだ事など、あるわけが無い。

「・・・試してみる」
「いやいやいや!」

 全員、声を揃えてリムーを制止。
 オレ達は確かに冒険者だが、そういう冒険はいらないから。
 結局、オレが行く事に。
 誰が行っても同じで、危険の可能性が排除出来ないならそれしかない。

「帰ったら練習しましょうね」
「・・・・」
「大丈夫、すぐに泳げるようになるよ」

 ミカエラとユルヴァに慰められているリムーを横目に、オレは足から水の中へ滑り込んだ。
 そして、しばらく探索して元の場所へ。
 水面から顔を出す。

「ぶはっ」
「きゃあっ!」

 水溜りを覗き込んでいたのか、大袈裟に驚いて仰け反るミカエラ。
 理不尽に怒り出す。

「ちょっと、いきなり出て来ないでよ!」
「無茶言うな!結構苦しいんだよ!」
「どうかしましたか?」
「後で話す。首飾り貸してくれ」
「あ、はい」

 サリマンから破魔の首飾りを受け取り、再び水の中へ。
 先刻と同じように、ある程度潜った所で横穴に吸い込まれた。
 流れが緩くなってから浮上し、空気のある場所に出る。

「ふーっ、さすがに三度目は来たくないな」

 浅瀬に上がり、薄暗い周囲に目を凝らす。
 それなりの広さがある、地底湖のようだ。
 足元に気をつけながら、見つけておいた島に近づいていく。

「やはり、近づけないな」

 先刻来た時と同じ。
 近づけないから確認は出来ないが、地底湖の中央に島があり、そこに人骨のようなものがある。
 小刻みに震えているのは、魔法の杖だろうか。
 結界を張っているのかもしれないと考え、それを解除する品を取って戻ったのだが。

「さて、どうなる事か」

 首飾りを掲げ、コマンドワードを唱える。
 結界に何らかの力が干渉したようだ。
 今までは進めなかった場所に、踏み出してみる。
 進めた。結界の解除に成功したようだ。

 魔力を帯びた杖を所持している事から、恐らく魔術師なのだろう。
 前村長の日記にあった、水に落ちたという呪い師と考えるのが妥当か。
 この場所まで辿り着いたものの力尽きたのか、それとも脱出を諦めたのか。
 見れば左腕が無い。元から無かったものか、何らかの理由で失われたのか。
 ここでも真実は闇の中だ。

「とりあえず、杖は回収しておくか・・・ん?」

 杖に手を伸ばした時、地面に文字が刻まれているのに気がついた。
 わたしだけひとりぼっち、と。
 呪い師が死ぬ前に刻んだ文字。ちょっと怖い。
 杖を腰に差し、足早に引き返す。

 オレは後ろを振り返る事なく、水に飛び込んだ。
 縦穴を浮上し、水溜りから抜け出すまで数分も無かったはず。
 だが、恐ろしく長く感じられた。

「どうしたのベルント?顔色悪いわよ」
「何かあったんですか?」
「ああ、まあ・・・皆は見なくて良かったと思うよ。そのうちな」

 オレの返事に不思議そうな表情で頷く仲間達。
 しかし、いまだにこの洞窟にアンデッドがいないのが信じられない。
 まずは出よう。長居するべき場所ではない。
 ここは墓所なのだから。










 三匹の狼が村人達に囲まれている。
 山を静かに見やるもの、村長に忠誠を示すもの、構ってくる子供を無視しているものと三者三様だ。
 オレはサリマンとユルヴァに報告と狼飼育の要請を任せ、入り口から村の様子を眺めていた。

 回収した杖は、とりあえず鑑定に出す事に。
 日記については、村長に扱いを一任した。
 この先絶対に大丈夫とは言えないが、依頼であるゴブリン退治は完遂している。
 また何か起きれば、その時に駆けつける。冒険者とはそんな事の繰り返しでもある。

「何だか、浮かない顔ね」
「・・・結果を見れば、ゴブリンだけ片付けても良かったわけだしな」
「でも、ユルヴァは少し吹っ切れたみたいに見えるけど」
「それだけかな、今回の成果は」

 声をかけてきたミカエラに答える。
 依頼以上の仕事をこなしたとはいえ、狼を連れ帰って世話を頼んでいる。
 サリマンの交渉手腕に期待か。相手が手強そうだが。
 オレはある事を思い出し、ミカエラを見た。

「ミカエラ」
「何?」
「今回は助けられたな、ありがとう」
「た、大した事無いわよ。それより――」
「ん?」

 ミカエラは一度顔を背けたが、すぐにとびきりの笑顔で振り向いた。










「私の事、好きになった?」
「いや全く――ふぐぉ!?」










シナリオ名/作者(敬称略)
穴倉の墓所/SIG
Vectorより入手
http://www.vector.co.jp/

収入・入手
950sp、火晶石、手記、太陽石3/3、墓守の杖、笛、慎ましき祈り、鐘

支出・使用
500sp、識者の眼鏡1/3、鐘、丸太×2、丸石、手記

キャラクター
(ベルントLv3)
スキル/掌破、鼓枹打ち、岩崩し、鼓舞
アイテム/ロングソード
ビースト/
バックパック/

(ユルヴァLv3)
スキル/クッキング、祝福、癒身の法、亡者退散
アイテム/青汁3/3、襟巻き
ビースト/
バックパック/砂漠の涙

(サリマンLv3)
スキル/魔法の鍵、魔法の鎧、眠りの雲、賢者の瞳
アイテム/賢者の杖、破魔の首飾り、識者の眼鏡3/3
ビースト/
バックパック/青汁3/3

(ミカエラLv3)
スキル/連脚、掃腿、盗賊の手、盗賊の眼
アイテム/ネックレス
ビースト/
バックパック/

(リムーLv2)
スキル/ペンギン変化、スノーマン、雪狐
アイテム/鐘、丸太×2、丸石、墓守の杖
ビースト/氷の鎧
バックパック/氷柱の槍

所持金
6963sp→7413sp

所持技能(荷物袋)
エフィヤージュ、撫でる、投銭の一閃、慎ましき祈り

所持品(荷物袋)
青汁3/3×3、ジルの酒3/3、黄楊膏3/3、傷薬×4、緑ハーブ2/2×4、はちみつ瓶5/5×2、万能薬×2、葡萄ジャム3/3、百葉丸5/5、コカの葉×6、青ハーブ2/2×2、葡萄酒×5、鬼斬り、ジョカレ、聖水、手作りチョコ、チョコ、激昂茸、おさかな5/5、マンドラゴラ、肉!2/2、ムナの実×3、識者の眼鏡2/3、術師の鍵4/4、バナナの皮、悪夢の書、光弾の書×2、火晶石×2、太陽石3/3、冷氷水×2、松明1/5、鎌、石蛙、ガラス瓶(ノミ入り)×2、遺品の指輪、笛、冒険者の日記

召喚獣、付帯能力(荷物袋)
グロウLv7

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