Page44.相容れぬ、「希望」(塩の降る村)

「パパ~」
「だからパパじゃ・・・。あー、どうしたんだよ」
「する事無いの~」
「・・・・」

 パタパタと小走りの足音が近づいて来る。
 ため息をついたオレに、親父さんが苦笑した。
 ひょんな事から「瞬く星屑亭」にやって来たエルフの少女、フロリア。
 宿を紹介した縁で保護者役を仰せつかったものの、どうしたらいいやら。
 四六時中ベタベタくっついてこないのが救いではある。

「何してるの?」
「仕事の話さ。働かなきゃ食べていけないしな。
 親父さん、話戻すけど」
「ああ、そうだったな」

 ロリの頭にポンと手を置く。
 不思議そうな顔でオレを見上げるロリ。

「こいつには厳しいだろ。ユルヴァだっているし」
「確かに、儂もお奨めとは言えないがな」
「え~、大丈夫だよ~」
「どんな仕事か、聞いてないだろ・・・」

 オレは再びため息をついた。
 しばらくの間、「瞬く星屑亭」は依頼の数が極端に少ない状況が続いていた。
 ここに来てようやく解消されてきたのだが、まだ通常営業とまでは言えない。
 今、親父さんと相談している依頼も、受けておきたいのは山々だ。

「この仕事は長旅になるんだよ。ちょっと行って帰ってこれる仕事じゃない」
「平気だよ~、みんなで行くんでしょ?」
「・・・・」

 遥か東方の小さな村からの依頼。
 内陸部であるにも関わらず、深刻な塩害に悩まされるようになったのだという。
 早急にその原因を究明してもらいたいのだとか。
 ならば何故、こんな遠くまでと思わないでもないが。

「ちょっと、皆と相談してみるよ。ロリ、リムー達は?」
「奥のテーブルだよ~」
「・・・・」

 ロリが示したテーブルには、三人の女性が突っ伏していた。
 リムー、ユルヴァ、それと娘さん。
 精根尽き果てた、といった様子だ。

「何だあれ?」
「糸を通すんだって」
「糸?何に?」
「針の穴にだって~」
「ああ・・・」

 聞いて納得。リムーは致命的に不器用だ。
 料理で包丁など持たせようものなら、自分の指を切り落としかねないレベルで。
 元々氷の精霊であったリムーは、魔術師によって人間の娘の死体に封じられたという境遇を持つ。
 いわば借り物の身体。厚手の服を十枚も重ね着した事を思えばいいのだろうか。
 思い通りに身体が動かせるわけもない。

 対する娘さんとユルヴァの疲労も分からないではない。
 家事スキルの高い二人にとっては呼吸するように出来る作業。
 出来る人が出来ない人を理解するのは、この上なく難しい。
 果たして、慣れで解消するものなのか。

「ロリ、親父さんにお茶もらって来て。三人分」
「は~い」

 ぐったりしていたリムーは、仕事と聞いてガバッと起き上がった。とにかく外に出たいらしい。
 ユルヴァは人助けと聞けば一も二も無い。ロリは先刻の通り。
 サリマンとミカエラはそれぞれ外出中。特に反対される理由も思いつかない。
 オレはカウンターに戻り、親父さんに告げた。

「決めたよ、親父さん」





「リムー」
「・・・何?」
「調子が悪いのか?」
「・・・少し」

 リムー、まさかの乗り物酔い。
 以前の山賊退治では平気そうだった為、油断していた。当時は緊張していたからだろうか。
 人の身体で長時間馬車に揺られる経験が乏しければ、こうなるのも無理はない。
 妙にそわそわしているとは思ったが、きっちり洗礼を受けたようだ。

「窓際に座って。遠くを見るようにした方がいいですよ」
「・・・うん」

 素直にユルヴァの言う事を聞くリムー。
 それほど酷くなさそうだし、様子を見ながら行ける所まで行ってしまおう。
 何せ遠方への移動で、依頼人が旅費を持つという条件だ。
 指名でない依頼としては破格と言っていい。
 言い換えれば、出来るだけ早く来てほしいという事。

「・・・・」

 オレは馬車の窓から外を見た。
 リムーの事も気がかりだが、依頼そのものも引っかかる事はある。
 「瞬く星屑亭」は大都市リューンでも知られた冒険者の宿。遠方からの依頼も珍しくは無い。
 だが、そのような依頼にはいくつかのパターンがある。

 通常、様々な依頼は最寄の冒険者がいるような町に出されるもの。
 それが遠くに来たとして、最初に考えられるのは「依頼の難度が高い」。
 近場の冒険者が尻込みしただとか、すでに失敗したなど。

 もう一つ想定されるのは、「依頼人の悪評などで受け手が無い」。
 冒険者を嵌めたい理由など想像もつかないが、そういう趣味の依頼人もいる、という話は聞いた事がある。
 この二つの場合、何としても冒険者に来てもらわなければならないから、「経費が先方持ち」という美味しい待遇になるという。
 どちらも避けたいが、後者はなおさらだ。道中で念入りに情報を仕入れなくては。

 親父さんの歯切れが悪かったのも頷ける。
 依頼や依頼人を疑ってかかるようでは信頼は成り立たない。
 困った末に駆け込むのが冒険者の宿なのだから。
 ため息が口をついて出る。

「・・・ふう」
「パパも酔ったの?」
「ベルントも?しっかりしてよね」
「は?」

 ロリとミカエラにツッコまれた。
 苦笑しつつ否定する。

 今回の依頼自体、仲間達の実力が上がった事を踏まえて受けたのだが。
 ロリはまだ子供で力量も未知数だ。
 オレにとっては、何よりも慎重な判断が求められる仕事になるかもしれない。










 目的のヌクス村に到着したのは、予定より二日遅れだった。
 ただでさえ長旅がさらに長くなったが、アクシデントでは仕方ない。
 小村らしい質素な作りの村長宅へ直行し、説明を受ける。
 扉を開けてオレ達を出迎えたのは、穏やかな感じの初老の男だった。

「ヌクスの村長を務めております、ユスフと申します。
 この度は、遥々この遠方まで、よくぞ、お越し下さいました」

 オレ達もそれぞれ自己紹介を済ませた。
 聞きたい事は山ほどあり、早々に質問を始める。

 まず、今回の依頼が塩害の調査であるというのは依頼書の通りらしい。
 北の砂漠から吹く強い熱風に乗り、村に塩が降るようになったのは二ヶ月程前から。
 このヌクス村はタウス川という河川の傍にあり、どうにか飲料水の確保は出来ているものの井戸や貯水池は塩化が著しく、数十年かけて拓いてきた農地や、砂漠化を防ぐ緑化事業はすでに壊滅状態にある。
 調査はタウス川に沿って北に下り、サス湖という砂漠の塩水湖に向かう形になりそうだ。
 道中にココン、ルドニーという村があるというから、塩について何か聞けるかもしれない。

 ご丁寧に砂漠を渡る為の装備も用意されていた。
 こうなると、聞かないわけにいかない。
 オレは口を開いた。

「・・・村長」
「はい」
「経費持ちという待遇に加えて、準備もいいようですが。
 どうして遠くのリューンにこのような急ぎの依頼を?」
「・・・・」

 渋い表情の村長。
 聞けばやはりというべきか、前任者が失敗していたらしい。
 急速に進行する塩害を前に、ここまでのんびりしていたとは思えなかったが。
 予想通りに依頼自体、迅速さが求められるようだ。やるしかない、か。

「・・・わかりました。早速調査を始めます」
「なにとぞ、よろしくお願い申し上げます」

 村長はオレ達を見回し、深々と頭を下げた。





「ちょっと安いんじゃない?」
「ん?」

 村長宅を出るなり、ミカエラが言った。
 正直、オレもそう思う。
 依頼に見合った報酬を要求するのは、むしろ当然だ。

「・・・追加報酬に期待、かな」
「ふーん・・・」
「まずは深刻な現状に、原因を見出してあげましょう?」
「・・・・」

 ユルヴァの言葉に不満そうなミカエラ。
 リムーはあまり話していない。乗り物酔いは治ったはずだが。
 人間の、つまりオレ達の会話を自分なりに消化しているのかもしれない。

 追加報酬が無かったら、一応は交渉したかもしれない。
 だがこの村、どう見ても奮発出来る状況ではない。
 しかも時間経過で状況は悪化するばかり。
 カネカネ言ってる間に調査に出た方がいい。

 井戸の周りに人がいるのを見つけ、話を聞いてみる。
 塩害で駄目になっても、かつての水場の名残りで井戸の周辺が村の中心らしい。
 人々の表情は決して明るくはない。

 ここで聞けた話は大体村長と一致していたが、それ以外の情報もあった。
 以前はタウス川下流、サス湖畔のルドニー村から来ていた魚の加工品の行商が来なくなったという。
 ルドニー村や、その手前のココン村からも人が来ないそうだから、塩が飛んでくる下流の方はもっと深刻なのかもしれない。





 村を出て山中を北に進む。
 タウス川に沿って相当な時間歩いてみても、異変らしいものは見当たらない。
 草木の勢いが無いようにも思えるが、毎日塩を浴び続ければ元気が無くなるのも道理だ。
 ひたすら先を目指すと、急に周囲の景色が変わってきた。
 ロリが不意に立ち止まる。

「・・・ん?」
「水、無くなったね・・・」

 ロリの言葉通り、それなりの水量を湛えていたタウス川の流れが途切れている。
 この近辺で急激に水量が失われた印象だ。
 脇に流れている様子は無い。

「砂漠の塩水湖まで流れているはずですよね?」
「これも気になるが、先に干上がった川を下って塩が飛ぶ原因を突き止めよう」

 塩害と干上がった川、どちらの現象も通常では考えられない。
 関連を疑うのが妥当だろうが、本筋を先に当たるべきか。
 塩害の調査が、オレ達の請けた依頼なのだから。

 川の流れが途絶えた先は、乾燥した荒野が広がっている。
 塩害と共に、砂漠化もここまで進行しているようだ。
 ヌクス村で支給された装備を身に着け、オレ達は荒野へ踏み出した。





 荒野に入ると急激に気温が上昇した。
 容赦なく吹き付ける熱風と砂埃で体力が削られていく。
 支給されたマントが無かったら早々にダウンしていたかもしれない。
 こうなると心配なのは、氷の精霊であったリムー。

「リムー、体調が変だと思ったら、すぐに言ってくれよ」
「わかった」
「サリマンとロリも、動けなくなる前にな」
「リムー、喉が渇かなくてもこまめに水を飲んでおいたほうがいいですよ」
「うん」

 決して体力自慢のパーティではないだけに、休み無しで進むのは無茶だ。
 干上がった川沿いを進めばココン村に辿り着くはず。
 早めに到着して一息入れたい所だ。
 砂埃を手で遮りつつ、サリマンが呟いた。

「しかし・・・このままではそう遠くないうちに、ヌクス村も砂漠に呑まれてしまうかもしれません」
「ああ・・・」

 進むにつれ荒野は砂漠へと姿を変えていく。
 所々に枯木や岩などが見えるが、時を経て、ここも砂ばかりの世界になるのだろう。
 マントの襟を立てて口と鼻を隠し、熱気の侵入を防ぐ。

 途中、岩に擬態していた岩蜥蜴に襲われたが、ミカエラが察知して反撃し事無きを得た。
 厳しい自然環境に紛れて襲い来る、砂漠の生物にも警戒しなければならないとは。
 想像していた以上に危険な場所だ。
 この消耗が激しければ進行にも差し支えてしまう。





 ミカエラが遠くに集落を見つけた。
 それまでにも一度オアシスが見えたのだが、それは蜃気楼だった。
 徒労感は体力の消耗を早める。
 心を落ち着かせながら進み、今度こそ本物の村に到着。

 だが様子がおかしい。人の気配が感じられない。
 ヌクス村で聞いた話の通りならば、ココン村のはずなのだが。
 見る限り、廃墟と化してそれほどの時間が経過したとは思えない。

「サリマン、どう思う?」
「村を捨てたと考えるのが自然でしょうね。
 慌てて逃げた、あるいは村人達に突然何かが起きたと推測させるような痕跡は見当たりません」
「大事な物は全部持って行った感じよね」

 ミカエラもサリマンの見解に同意した。
 多くの家は家財道具が持ち出され、打ち捨てられている。
 その中に、家具類もそのまま残して放棄されたような家が一軒見つかった。
 休息も兼ねて中に入る。
 屋内を見て、ユルヴァがポツリと呟いた。

「ヌクスもですけど、ここも貧しい村ですね」
「それでも、土地を出て行くというのは相当な事さ」
「・・・はい」

 ユルヴァは静かに、聖印を切った。
 厳しい環境にも、貧しい暮らしにも耐えてきた村人達さえ、水が無い状況は如何ともし難かったか。





 廃墟の村で休息を取り、再び干上がった川沿いを進みだす。
 痛みさえ覚える砂漠の日差し。一時でも屋内で凌げた事は大きな意味があった。
 気候の変化にも適応しなければならないのが冒険者だが、それも極限となれば別な話。
 ココン村での休息が無ければルドニーを前に引き返すしか無かっただろう。

 マイペースなロリも流石に元気がない。
 むしろよく頑張っている。
 暑さと疲労で気力、体力共に厳しくなった頃、ようやく村に辿り着いた。
 寂れてこそいるが、こちらには住民の姿が見える。ルドニー村だ。

 まずは休息。浴びるほど水を飲みたい所だが、村の様子を一目見て諦める。
 ヌクス、ココンと比べると思いの外整った町並みではあるが、活気が無い。
 さらに結構な量の塩が辺りを覆っている。
 川沿いのヌクス村さえ飲み水の確保に難儀していたのに、川が干上がった砂漠のルドニーがこの有様。
 潤沢に水があるはずもない。人心地ついてから調査開始。

 やはり、タウス川の水が干上がったのは二ヶ月前で、飲料水の確保が難しくなっているという。
 川が干上がり、塩湖であるサス湖もどんどん縮小しており、漁業はもはや成り立たない。
 打ち捨てられていたココン村も、自力で水を得る為に井戸を掘ったが空振りに終わったらしい。
 このままでは近いうちに、このルドニーもココンと同じ道を辿るのだろう。

「ココンの人達は肥沃な土地を求めて、ルドニーよりも北へ向かったよ」
「ヌクスの住人が状況を知らないわけだ」
「そりゃね・・・砂漠は南に広がっていくし、塩も南に飛んで行くんだから。南に行く物好きなんかいないさ」

 話を聞かせてくれた村人は、首を横に振りながら去っていった。
 近くにいた老人達にも話を向けてみる。
 オレ達が冒険者だと知ると、このルドニーの若者達が三ヶ月程前、南に向けて旅立った事を教えてくれた。
 表向きは「村の暮らしが嫌になった」そうだが、本当の理由は村を深刻な水不足から救う為だったという。

「もし会ったら、あんた達が気にかけていたと伝えておくよ」

 そうは言ったものの。
 ヌクスからここまで来て、それらしい話は聞いていないし見てもいない。
 一つ思い出すのは、ヌクスで聞いた冒険者の事。
 どの道、あまりいい事にはなってなさそうだ。

 その若者達も、何のアテも無く出発したわけではなかった。
 この地域に古来より伝わる取水技術というものがあるらしい。
 昔からこの地域は砂漠であり、水の確保に苦労していたようだが。
 その技術は南から伝えられたそうだが、ヌクスではそういう話は聞いていない。
 すでに失われた伝承なのだろうか。

 得られる情報はあらかた聞けたと判断し、タス湖へ向かう。
 村を出てすぐに、干上がった水底を見つけた。
 以前は村のすぐそばまで湖水が来ていたのだろう。
 水底とはいうものの、かなりの厚さに塩が堆積している。

「!!」

 突風が吹き、咄嗟に手で顔を覆う。
 その指の間から信じられない光景が見えた。
 サリマンが呟く。

「塩が舞い上がってます・・・」

 風が地面に積もった塩を吹き飛ばしていく。
 巻き上げられた塩は、上空の強い風に乗り、更に南へ飛ばされている。
 南にあるのは、ココン、それとヌクスの各村だ。

「塩害の原因はこれか・・・どうした、ユルヴァ?」
「このお塩、お料理に使えますよ」

 せっせと厚手の袋に詰めている。何とたくましい。
 これを売る気の商売人もいたわけだし、塩は塩だという事か。





 ルドニーの宿に移動し、今までの情報を整理。
 最初に口を開いたのはミカエラ。

「ヌクス村で依頼されたのは塩害の調査よね」
「でも・・・大変は大変でしたけど・・・川を遡っただけのような・・・」
「リムーはどう思う?」

 ユルヴァはもう少し何かするべきだと考えているらしい。
 黙っているリムーに話を向けてみる。
 リムーは言葉を選びながら話し出した。

「ミカエラが正しい、と思う・・・けど。もっと根本の原因や解決法まで探すのであれば・・・古代の取水技術とか、タウス川の水が干上がった辺りを調べるべきだと思う」
「それと、ココン南の山中の『幻の水辺』くらいか。そこまで手をつけてみて、わからなかったら報告でも問題ないだろう」
「追加報酬になるといいけどね」

 ミカエラの言葉に苦笑するユルヴァ。
 確かに余分な仕事ではあるのだが。
 このままヌクスに戻って「タス湖が干上がって塩が飛んでます」と報告するだけでは、ヌクスとルドニーがココンと同じ状況になるだけだ。
 ロリがオレの顔を見た。

「パパはどうしたいの?」
「どうしたい、か・・・。何とかなるものならしてやりたいって所かな」
「賛成~」

 何とか出来る方法を、これから見つけなければならなくなった。





 行動方針が決定し、干上がったタウス川を今度は遡っていく。
 ココン村でまだ使えそうな掘削道具を見つけ、持っていく事に。
 川の水が急激に失われた辺りを掘ったら、何かわかるかもしれない。

「・・・もしも、タウス川に水が戻ったら・・・ココン村の人達は戻ってくるでしょうか・・・」

 廃墟を見つめてユルヴァが呟く。正直、どうだろうか?
 ちょっと離れるだけのつもりでも時間が経てば、人のつながりが出来て暮らしに慣れていく。
 新しい暮らしの方が離れ難くなる事もある。
 ココン村の生活の跡を見れば、戻ってくるのが幸せとも言い切れない。
 結局、当人がどう思うかに尽きるが・・・元の生活にはならないと思う。





 タウス川の水が干上がった場所に、再びやって来た。
 ヌクス村を出てすでに三日目に入っている。
 ここで何も見つからなければ、村に戻るしかない。
 リムーが周囲を見ながら言う。

「・・・幻の湿地帯の話、本当ならばこの辺りかもしれない」
「湿地帯?」
「ルドニーで聞いた話ですね」

 サリマンがフォローを入れる。
 確かにルドニーで住民に話を聞いている時、「ココン南の山中で湿地帯に辿り着いた」という男がいた。
 砂漠で水筒を失った上に砂嵐に巻かれ、現在地を見失った状況での話だというからあまりアテにはならないが。
 とはいえ探索するにも目的が必要だし、まずはそれを探してみようか。
 オレもリムーに倣って辺りに目を向けてみる。
 と、座ってこちらを見ている犬が一匹。

「おっ、犬だ」
「愛嬌のない犬ねえ」
「ゥガゥ!」
「!?」

 犬は人の言葉がわかるのか、ミカエラに抗議するかのように吼えてみせた。
 オレが近づいても逃げようとしない所を見ると飼い犬だったのかもしれない。
 そいつの頭を撫でながら、オレは話しかけた。

「なあ。オレ達は川の水がどこへ行ったか探してるんだ。お前、水のある所を知らないか?」
「・・・それです」
「それ?」

 サリマンが何か思いついたらしい。
 生き物である以上、水が無ければ生命の維持が出来ない。
 この犬もどこかで水を飲んでいるはずだという。

 言われてみればこの辺りには、水はおろか満足に食べられるようなものも無い。
 にも関わらず、犬はそう痩せているようにも見えない。
 ヌクスの方向から流れてきた可能性も捨てきれないが、ココンで飼われていた犬かもしれない。

「なるほど」
「この子もそのうち水を飲みたくなるでしょうから、気長に待ちましょう」
「もっと早い方法がある。ユルヴァ」
「はい?」

 リムーが犬の前に、ルドニーから持ってきた塩を差し出す。
 塩を舐めれば水を飲みたくなるかもしれない、か。
 犬は鼻を近づけてフンフンとにおいを嗅いでいたが、気に入らなかったのか横を向いた。

「!!」

 痺れを切らしたリムーが犬を羽交い絞めにし、その口に塩を詰め込む。
 当然ながら犬も抵抗して大騒ぎ。
 ユルヴァが見かねて止めに入る。

「リムー!犬がかわいそうです!」
「ここまで砂漠が広がったら、この犬も困る」
「そ、それはそうですけど・・・?」

 オレはユルヴァの肩に手を置いた。
 ヌクス、ココン、ルドニーの現状を見れば、時間があるとも思えない。

「かわいそうだけど、水源を調べる方法が他に無い。今だけ少し目を瞑ってくれよ」
「・・・わかりました、って!?」

 ユルヴァの向きをクルリと変え、後ろからユルヴァの耳を塞いだ。
 目じゃなかったが、しばらくこのままでいてもらおう。

 犬は口に入った塩を吐き出しながら、山奥に向かって走り出す。
 オレ達も後を追う。
 枯野を越え、立ち枯れた木が並ぶ山中まで来ると、急に犬の姿が消えた。

「ちっ・・・見失ったか」
「あそこに入ったんじゃない?」

 ミカエラが指差す方向を見ると、小さな穴が見えた。
 犬程度ならば通れる大きさの穴だ。
 覗き込みながら、ミカエラが言う。

「人が抜けるのは難しいわね・・・」
「ですね。ミカエラでは――ぐはぁ!?」
「蹴るわよサリマン」

 蹴り飛ばした後で凄んでみせるミカエラ。
 前にもこんな事があったような気がする。

「ま、まあ、ここは秘密兵器を使うとしよう」
「秘密兵器?ああ」

 思い出したらしい。狭くて通れないなら通れるようにしてしまえばいい。
 ココン村から持ってきた掘削道具の出番だ。
 穴を拡げて中に入ると、洞窟自体奥行きも狭く、入った時点で出口の光が見えている。
 洞窟を出たオレ達は、驚かずにはいられなかった。

「すごい!湿地帯です!」

 豊かに生い茂る草木を見て、ユルヴァが興奮している。
 足元の各所に水が滲み出していて、鳥の囀りも聞こえる。
 洞窟のわずかな距離を挟んで、別世界とも言える光景が広がっていた。

 少し周辺を調べると、ある地点から先は乾燥した土地になっている事が分かった。
 この湿地帯は砂漠の中のオアシスさながらに、枯野に囲まれて存在しているらしい。
 ルドニー村で聞いた男の話が、与太でなかった事になる。
 オレはおもむろに荷物袋を探り、一振りの短剣を取り出した。
 ロリがススッと寄ってくる。

「パパ、何するの?」
「こいつで生命感知が出来るんだと」
「ミスリルの短剣なの?」

 以前、廃坑で戦ったトロールの口に刺さっていた短剣。
 スティングという銘が刻まれていた。
 森の民であるエルフの加護を受けているという。

「そうだな。これはお前が持ってろ」
「私、剣は使えないよ~」
「お守りさ」
「うーん・・・わかったよ」

 エルフの魔力を帯びた短剣。
 エルフであるロリを守ってくれるといいが。
 危なっかしいからなあ。




 改めて調査を開始。
 なぜこの場所だけ、水を湛えているのか。
 サリマンやロリの見立てでは、植物に不自然な点は無いらしい。
 この場合はそれ自体が不自然だ。

 ある場所のみが水を湛えている。
 タウス川の水はこの付近で絶えている。
 下流である北からは砂漠が迫っていて、水気など皆無。

「うーん・・・」
「魔法で水を溜め込んでるんだよ~」
「どんな大掛かりな魔法だよ。目的は?」
「分からないけど、水が欲しかったんだよ~」

 聞いても考えても分かる訳が無い。
 この状況がすでに、常識を超えているのだから。

 



 奥に進むと、泉の前に出た。
 美しく澄んだ泉の先には、遺跡のような古い建築物が見える。
 だがその建物より、オレの注意は泉の中に向けられていた。
 ミカエラも同じように泉を見つめている。

「ベルント」
「ああ。誰か、いる・・・」

 オレは注意深く、泉に近づいていく。
 人影はこちらに背を向けているようだ。
 と、相手も気付いたらしく振り返った。

「女性、いや少女か・・・」

 下半身まで水に浸かった少女だが、水から出た上半身は金属鎧を纏っている。
 言葉で表現すると戦乙女であるヴァルキリーのようだが、どうやらそんなにいいものではないらしい。
 スティングの反応を窺うまでもなく、不自然極まりない。

 用心するに越した事はないだろう。
 懸念が当たっていれば、地形的に圧倒的有利なのは向こうだ。
 半身水の中にいる相手が、水辺で動けないと考えるのは甘すぎる。
 水中に隠れている部分が人間のそれと同じである保証も無い。
 オレは小声で呼びかけた。

「・・・ユルヴァ、サリマン」
「はい?」「どうしました?」
「今のうちに支援魔法を重ねておいてくれ」
「・・・分かりました」

 少女はこちらを見て、淡い微笑を浮かべている。
 その姿は不思議な魅力に溢れているが、それを上回る警戒感がオレ達の行動を慎重にさせた。
 準備を済ませてから、オレは少女に声をかける。

「・・・君は、ここで何を・・・?」
「私はここで、水浴びをしているの」
「水浴び・・・?」

 微笑を絶やさず、柔らかい言葉で誘ってくる少女。
 だが、悪い予感はさらに増してくる。
 ここを離れた方がいいだろうか。
 少なくとも水の中に入ってはいけない。

「ねえ、いいでしょ?私と遊んでよ?楽しく遊ぼうよ・・・クスクス」
「・・・・」
「それに私は、今、とてもおなかがすいてるの」

 やはりそうなるか。
 水辺から離れるよう、仲間に伝える。
 だが、水中から何かが飛び出し、オレとミカエラに向かってきた。

「フフフ・・・ダメよ、逃がさないわ」
「ちっ!!」
「何なの!?」

 攻撃をかわしたミカエラが、その正体を見て驚きの声を上げた。
 犬。いや違う。犬の頭が付いた触手。
 水の上に出た少女の下半身は人のものではなく、無数の触手がそこから伸びていた。

「さあ・・・覚悟なさいな。二ヶ月半ぶりのまともな獲物だわ。もう、ゴブリンの肉はうんざりだもの」
「ふん。その境遇には同情するが、大人しく狩られる訳にもいかんな」
「そいつは、スキュラ!」

 後ろでリムーが叫んだ。
 オレは剣を構えた。水棲の魔獣、スキュラか。
 魔獣は総じて個体数が少なく、幻獣と同様に人目に触れる事は滅多に無い。
 実物を見るのは初めてだが、じっくり観察させてくれるかどうか。





 上半身を狙った斬撃は触手によって防がれた。
 再びリムーが叫ぶ。

「触手を片付けなければ届かない!」
「だったらそうするわよ!」

 即座にミカエラが応じ、犬の頭を蹴球さながらに蹴り飛ばした。
 スキュラも顔を顰めながら、土精を召喚して対抗する。

「ちっ、精霊術か!」
「水精も呼んでるよ、気をつけて!」

 ロリは警告しながら回復の準備をしている。
 何と言っても相手の手数が多い。
 時折、触手が絡むように迫るが、辛うじて回避。
 あれに捉えられたら行動できなくなってしまう。

「足癖の悪いヤツだな!手か?」
「どっちでもいいわよ!」
「痛い!痛いよう!」

 オレが動きを止めた触手をミカエラが蹴り飛ばした。
 犬の頭が潰される度に苦痛の声を上げるスキュラ。

「どうしてこんなにひどい事をするの!?」
「餌になりたくないからに決まってるでしょ!」

 時間との勝負。
 支援魔法の効果が切れた時点で、どうにかオレ達が優位にあった。
 ユルヴァ、ロリに加えてリムーと回復要員には事欠かないが、ダメージソースが少ない。
 サリマンの魔法も、唯一戦闘向きな眠りの雲が効果を十分に発揮しない。
 それでも、順調に触手を処理して押し切る形勢。

「いい加減に・・・沈め!」
「ぎゃあああぁぁぁぁっ!!」

 最後は宙を舞うミカエラの踵落としが、スキュラの脳天を直撃した。
 止めの一撃を食らったスキュラは、断末魔の叫びを上げるとゆっくり泉に沈んでいく。
 ユルヴァが真っ青な顔でその様を見つめていた。

「パパ、こんなの飛んだよ」
「スキュラのか?」
「たぶん」

 水辺でしゃがみ込んでいたロリが差し出したのは、赤い球。
 見た所、特別な力があるようには見えないが・・・一応、持って行こう。
 呼吸を落ち着かせてから、泉の淵を回って遺跡の入り口へ。

「これから中に入るが・・・」
「ゴブリンがいる可能性がある」
「・・・だな」

 リムーの言う通り、スキュラが餌にしていたゴブリンが遺跡の中にいる可能性は低くない。
 それと、スキュラの話を信じるならばゴブリン以外の「何か」もいるかもしれない。
 スキュラの言う「まともな獲物」が鳥や魚という事は無いだろう。
 何にしろ、慎重に慎重を期するべきだ。
 オレは仲間達に言った。

「少し、休むか」

 激戦でかなり消耗してしまった。
 このまま進むのは危険すぎる。





 遺跡の内部は光源が不要だった。
 ランプや燭台などではなく、白い壁がほのかに発光している。
 リムーが壁を確かめる。

「フォウでもない・・・と思う」

 精霊でも、物理的な照明でもないならば魔法の照明。
 それも遺跡全体を照らす大掛かりなものとなると、かなり古い時代の魔術的な仕掛けがまだ動作しているという事になる。
 見る者が見れば、大興奮する場所なのかもしれない。
 枯野でロリが言った事が、急激に現実味を帯びてきたようだ。

 明るさは確保されているものの、涼しいというより肌寒いくらいの冷気に満ちている。
 人工物の中でありながら洞窟内のような湿度の高さにも違和感を覚える。

「行くか・・・」
「はい」

 奥に進み、行き当たった扉を開けると、床が崩落していた。
 床の穴は大きく、仮に飛び越えたとしても先の足場がしっかりしているかどうかわからない。
 生命反応はあるものの、どこにその相手がいるのかまでは不明。
 階段があった場所まで引き返し、下に向かう。

 階段を下り切った場所にも扉。
 鍵はかかっておらず、罠も見つからない。
 だが、先行していたミカエラ、サリマン、リムーが入った瞬間、扉が急に閉じた。

「!!」
「くっ!」

 駆け寄って扉を叩くがビクともしない。
 声が通じるのが不幸中の幸いだ。
 とりあえず扉の両側で何か起きる気配は無いが、急いで開ける方法を見つけなくては。
 向こう側からミカエラの声がする。

「奥の扉も開かないし・・・こっちには鍵穴も仕掛けみたいのも無いわよ」
「わかった、こっちで探してみる」

 どういう事だ?魔法的なトラップだろうか。
 ならば向こう側に異変があってもおかしくないのだが。
 それとも、何者かがどこかで、仕掛けを作動させてしまったのか。

 ユルヴァ、ロリと共に壁や床を調べながら階段を上がる。
 何も見つけられず扉に手をかけると、施錠されていた。

「さっきは施錠されてませんでした・・・」
「この先に、したやつがいると考えた方がいいだろうな」

 ミカエラやサリマンのようには行かないが、オレも一人で依頼をこなしている。
 多少ならば鍵の解除も出来なくはない。
 一度目のトライで成功し、ダメージ覚悟で踏み込む。

 先程はいなかったゴブリンとホブゴブリンが合わせて数体、どこから現れたのか扉の向こうで待ち構えていた。
 予想通りの不意打ちを回避し、ユルヴァとロリの回復を受けて一体ずつ仕留めていく。
 最後に残ったホブゴブリンは、突かれて足を滑らせたのか穴に落ちていった。

「穴から何か聞こえます!」
「この下、ミカ姉達が閉じ込められた所だよ!」

 下からも剣戟の音が聞こえてくる。
 焦りを抑えて周辺を調べると、壁の一部に不自然な箇所を発見。
 石を取り外してレバーを見つけた。

「これか?」
「他に何も無いよ?」

 オレとロリは顔を見合わせて頷き、レバーを上げて階段を駆け下りる。
 扉に力を加えて押すと、今度は開いた。
 どうやら扉の仕掛けを作動させたのは、上にいたゴブリンの仕業らしい。

「助っ人はそっちだけじゃない!」
「遅い!」

 オレはミカエラの抗議を軽くスルーして剣を構えた。
 敵はこちらの増援に驚いている。
 ゴブリン、ゴブリンシャーマンが合わせて数体。

「あのホブゴブリンは、さっき落ちたやつだな」
「こっちも一杯一杯なんですから、押し付けないでください」
「あいつが自分で足を滑らせたんだよ!」

 サリマンの抗議にはきちんと反論しておく。
 そのサリマンに隙を見つけたのか、ゴブリンが迫る。

「サリマン!」
「!!」

 ゴブリンはペンギンの飛び蹴りを横から食らい、吹き飛んだ。
 サリマンも慌てて構えを取り、後ろへ下がる。

「リムー!」

 いつの間にかペンギンが戦闘に参加していた
 また服の問題が発生したが、他に人もいないし背に腹は代えられない。
 敵を倒すのが先だ。

 六人もいればゴブリン程度に遅れは取らない。
 上での戦いと同様に一蹴。
 ゴブリン共は最後まで死に物狂いで戦い、一体も逃げなかった。
 調べてみれば奥の部屋は行き止まり、遺跡から出ても泉にはスキュラがいたのだから、戦うしか無かったのだろう。

 奥の部屋には魔法陣が描かれていたが、その模様は消えかかっていた。
 効力は失われていると見てよさそうだ。
 特に調査するものも見当たらず、上の階層へ戻る。

 レバーを動かした場所で目に付いたのは、床に転がっている丸太。
 上にいたゴブリンは、これを使って穴の向こうからやって来たらしい。
 穴の上に即席の橋を架け、そろそろと渡る。

 穴の先には扉が三つ。
 ミカエラが正面の扉を調べ、罠が無いのを確かめて開く。

「・・・・」

 だがミカエラは無言で扉を閉めた。
 ユルヴァが不思議そうに聞く。

「どうしたんですか?」
「何だか、ありえないもの見ちゃった」
「??」

 ミカエラの制止も聞かずにユルヴァが扉を開けたが、すぐに閉めた。
 何を見たというのだろうか。

「ありえません・・・」
「何だよ・・・ありえねー」

 自分で扉の向こうを確かめて納得した。
 そこにいたのは、巨大なドラゴン。
 攻撃される事は無かったが、無理に通ろうとすればどうなるかわからない。
 試すのは無謀だろう。黙って扉を閉める。

「他の扉を開けてみようか」

 異論は出なかった。当然か。
 向かって右側の扉は、まだ作動しそうな魔法陣。
 左の扉の先は、ベッドや本棚、テーブルが置かれた居室になっていた。





 先に居室を調査する。
 ゴブリンはここにいたのかもしれない。

 本棚には何度も動かした跡があり、ベタだと思いつつスライドさせると扉が出てきた。
 奥の箱から緑色の球を入手。
 居室で休息を取る。

「・・・サリマン、ちょっと」
「何です?」

 本棚を眺めていたオレは、古い書物の中に一冊だけ新しい本があるのに気付いた。
 トラップでないのを確かめてから抜き取り、目を通す。
 どうやら、ルドニー村を旅立った若者の日記のようだ。

「・・・・」

 オレは日記を最後まで読み終えると、本棚に戻した。
 砂漠に住まう人々の為に、古来より言い伝えられた取水装置、あるいは取水技術を探して村を出た若者達。
 犠牲を出しながらも、オレ達より先にこの遺跡に到達していたようだ。

「この遺跡にはまだ、危険が潜んでいるという事だ。気を引き締めないとな」
「では、彼らは・・・」
「そうなるな」

 ユルヴァが悲しげな表情で聖印を切った。
 ルドニーで聞いた話では、彼らが出発したのは三ヶ月前。
 日記の最後のページは村を出た二十日後。
 二ヶ月以上も開いた日記がここに残っているというのは、つまりそういう事だ。

 砂蜥蜴とスキュラ相手に犠牲を出した彼らは、オレ達より実力は下だったはず。
 自棄になってドラゴンに突撃した、とも考えられなくはないが。
 この先に進み、そこで何か不幸があったとするのが自然だろうか。





 居室の調査を済ませて休息を取り、魔法陣の部屋へ。
 壁面にはプレートが二枚あり、それぞれ円い穴が穿たれている。
 魔法陣に乗ってみたが、何も起きなかった。
 となると気になるのはプレートの穴。

「パパ、これは?」

 ロリが荷物袋から、赤い球を取り出す。
 プレートの片方にピッタリはまった。
 何らかの装置が作動したようだ。

 赤い球を所持していたスキュラは水棲の魔獣。
 魔獣は魔法実験により生み出されたという説もある。
 もしかしたら、この遺跡への侵入を阻止する番人だったのかもしれない。

 恐る恐る魔法陣に乗ると、視界が変わった。
 場所を移動するタイプの魔法陣らしい。
 飛んだ先に出口は無く、箱から火晶石を手に入れて元の場所へ。

 赤い球を外し、もう一枚のプレートに緑の球をはめる。
 魔法陣は先程と別な場所へオレ達を飛ばした。
 今度は出口が二つ見える。

 右側から出ると行き止まりになっていた。
 奥の壁から水が滲み出し、床まで濡れている。
 リムーが呟いた。

「・・・非常に、危険な感じがする」
「危険?」
「水の中に、壁一枚だけの仕切りでいるような」

 言われてみるとそうかもしれない。
 調べるものは無いし、早く出た方がいいだろう。
 この遺跡自体も危ないのだろうか。

 左側は部屋で、隅には二基の柱が立っている。
 上り階段も見えるが、その先はあのドラゴンがいる場所に繋がっていた。
 行ける所を行き尽くして、まだ調べていないものは・・・。

「この柱ですね」
「こんなものもあった・・・うわっ!」

 サリマンが拾った棒の先から、雷光が発せられた。
 何に使うものなのだろうか。
 まさか、これで戦えとか?

 左の柱を見れば、スイッチやつまみのような物と割れた水晶球がついている。
 右の柱には縦に二本のスリット状の溝が通っている。
 それぞれに説明文のような文字が見られるが、オレ達には読めない。
 となれば例のブツの出番か。

「サリマン」
「眼鏡ですね」
「頼む」

 サリマンが読み上げた言葉から、柱で取水と放水をコントロール出来るらしい。
 右の柱のスリットは、どうも部屋に落ちていた棒を差し込むもののようだが。
 いかんせん操作方法が分からない。そして問題がもう一つ。

「この水晶球、本来割れていちゃいけないものなんじゃないのか?」
「そう考えるのが自然ですよね」
「ものすごく、嫌な予感がするんだが」
「そう感じるのも自然ですよね」

 オレは仲間達と顔を見合わせた。
 試しにスイッチを一つ動かしてみたが何も起こらない。
 この装置が壊れている、あるいは暴走しているとしたら・・・。
 もう一つ動かそうとした時、どこからともなく声が聞こえてきた。

「・・・その装置に触れてはならぬ・・・」

 目の前に現れたのは魔術師風の人物、いや、人とは言えないか。
 実体を伴った存在ではないようだ。

「あんたは、何者だ?」
「・・・我が名はテルマン。このギガースを造りし、古き魔術師なり」
「ギガース?」
「竜をも取りひしぐ、剛力の巨人よ・・・タウスの流れを吸い上げるこの取水施設の名称だ」

 とりあえず、敵意は無いらしい。
 話が出来るならばそれに越した事はない。
 緊張を解く。

 テルマンと名乗る者の話では、この近くにいた竜は、魔法によりこの施設の番人として繋がれているという。
 700年もの間。それは喋りたくもないだろう、まして自分を檻に繋いだ人間となど。

 テルマンはオレ達に、ここへ何の為に来たのか問いかけた。
 ありのままに塩害とタウスの流れが失われた事を調査し、行き着いた事を告げる。
 思い当たる事があるらしく、相手は納得した。

「ともかく、そなたらがこの施設を害する意図を持っておらぬのなら、それで問題は無い。先の冒険者達とは違い、矛を交えずに済むというものだ」
「先の?オレ達より前にここに来た者がいたのか?」
「いかにも」

 恐らくは、ルドニー村を出た若者のうち、この遺跡に到達した三人。
 取水装置を暴走させ、異変に気付いて現れたテルマンと戦闘になり、死亡したらしい。
 ユルヴァが抗議する。

「ですが、何も殺す事はないでしょう?」
「・・・ならぬ。この地に息づく民の希望たる、この取水施設を害する者は、何人たりとも許す訳にはゆかぬ」
「・・・・」

 オレはユルヴァの肩に手を置いた。
 若者達もテルマンも、それぞれ背負った希望の為に退けなかったのだろうか。
 それについて今、考える時間は無い。

 オレ達はあくまでも調査と、異常事態を解消したいだけである事を訴えて調査の許可は得られた。
 だが、感じていた通りにこの施設は危険な状況であるらしい。
 若者達が装置を暴走させた為、施設が取水する一方で排水が出来なくなってしまった。
 この二ヶ月で地下貯水槽も限界に達し、収まりきらぬ水が地表に湧き出てオアシスとなったようだ。

「最早この施設は限界なのだ。程なくして、この遺跡は、大量の水に内より押し潰され、崩壊の時を迎える・・・そして、溢れ出した大量の水は、激流と化し、津波を成してタウス流域の村々に破滅をもたらすであろう・・・」
「そんな・・・何とかならないんですか!?」
「・・・方法が無いわけでは、ない」

 施設はすでに制御不能で、取水は止められない状況にある。
 そこで放水口を通常より拡張して、取水量よりも排水量を多く確保すれば、少しずつ貯水槽の水が減り、タウス川の流れも戻るという。
 以降は排水量の多い状態が維持される為、この施設の影響は無いのと同じだ。
 テルマンは続けた。

「・・・しかし、これは極めて危険な『賭け』だ。最早、残された時間は少ない・・・ここを脱出するなら、今のうちだぞ・・・?」
「やるさ」

 オレは即答した。
 残された時間が少ないならば、逃げる途中で流されるかもしれない。
 オレ達だけ逃げても、下流のルドニーや、あるいはヌクスにも大量の水が押し寄せる可能性がある。
 ならば今ここで、破滅を食い止めるしかない。

「・・・そなたらの覚悟の程はよくわかった・・・最後まで足掻いてみる事だ・・・」

 テルマンの姿が掻き消え、室内の壁の一角に出入り口が現れた。
 恐らくは、地下貯水槽へ続いているはず。

「逃げるなら今のうちらしいぞ?」
「聞かないでください」

 一応言ってみたが、ユルヴァが珍しく強い口調で言い返した。
 テルマンと、死んだ冒険者達、どちらの言い分も否定できずに苦しんでいるのだろうか。
 善悪で割り切れない信念のぶつかり合いなど、いくらでもあるのだが。
 強いて言えば、若い冒険者達にもう少しやりようがあったのではないかと思える。

 とりあえず、タウス流域の村々を救い、自分達をも救わなくては。
 それはテルマンと死んだ冒険者達の思いにも叶うはずだ。
 オレは仲間達に言った。

「じゃあ頑張って、なってみようか。救世主に」





 大体、事の顛末は見えた。
 ルドニーの若者が村を出たのが三ヶ月前。
 若者がこの施設に到着し、取水装置を暴走させてテルマンに殺されたのが二ヶ月と少し前。
 タウス川が干上がってタス湖が縮小し、ヌクスに塩害が発生し始めたのが二ヶ月前。

 誰がどうの、とは言うまい。
 オレ達はただ、破滅の未来を回避する為に全力を尽くすのみ。

 階段を下り、水を湛えた場所に出た。
 貯水槽のようだが、幸い、水深はそれほどない。
 もしかしたら、テルマンが一時的に貯水槽の水位を下げてくれたのかもしれない。

「さっさと済ませてここから出よう」
「・・・待って。何かいる」

 ミカエラが前方を指差した。
 その水中に大きな影がよぎる。
 触手を持った、魚だろうか。
 その姿からは知性が感じられるが、友好的とは思えない。

「一旦、退こう」

 階段の上に戻って戦闘準備。
 塩を水中に投げて棒で電撃を飛ばし、感電させるという案も出たが。
 水の量を考えれば手持ちの塩では足りないはず。

 オレ達に残されている時間もそう多くない。
 一番確実と思われるのは、普通に戦う事だろう。
 準備を終えて、戦闘開始。

 怪魚の本体は水中にあり、長い触手に遮られて直接攻撃が出来ない。
 触手による締め付けに加え、本体が精神支配を試みるなど複数の攻撃手段を駆使する怪魚。
 何とか回避しつつ触手を一本ずつ破壊。
 この辺りはスキュラと同じ戦い方だ。

「浮き上がってきます!」

 サリマンが警戒を促す。
 触手を失い、遠距離での攻撃手段を失った怪魚が間合いを詰めて来た。
 だが、それはこちらも望む所だ。

 リムーが一度、精神支配の抵抗に失敗したが大事に至らず。
 頭部を叩き割ると怪魚は動きを停止した。
 ミカエラが水の中に入り、棒で突いて死亡を確かめる。
 怪魚を見て考え込むオレに、ユルヴァが問いかけてきた。

「どうしたんです?」
「この非常時に何だが、危険手当出るんだよな・・・頭だけでも持って帰れないかな」
「塩があるんですから、塩漬けにすればいいんです」
「なるほど」

 あっさり結論が出た。
 軽く脱線したが本題を何とかしよう。
 怪魚の塩漬けを荷物袋に押し込み、放水口へ。

「石の扉か。これで何とかなるかな」
「あまり時間が無い」
「・・・そうだな」

 リムーに急かされ、掘削道具を扉に当てる。
 時間との勝負だ。何度も掘削を繰り返す。
 確かに少しずつ扉にダメージが入っているのだが、焦りが募る。
 仲間達が見守る中、何とか扉の破壊に成功した。

「やりました!」
「いや、もう少しだ」
「魔術師は、元より少し拡張しろと言っていた」
「そうでした・・・」

 だが、あと少しであるのは事実。
 焦りはあるが力が萎える事はない。
 そして、放水口の拡張に成功。
 やってみれば、どうにかなるものだ。

「急いで脱出しよう」
「うん!」

 ドラゴンの部屋を避けて出口へ向かう。
 この施設が稼動している限り、ドラゴンはずっとこの場に繋がれているわけか。
 気の毒ではあるが、オレ達に出来る事は無い。
 二色の球と二又の棒を施設に残し、オレ達は外に出た。

 目の前にはスキュラと戦った泉。
 この風景も、万が一施設が崩壊すれば一気に押し流されてしまうだろう。
 今の所、遺跡に変化は見られないが、ヌクス村にも警戒を呼びかけなければならない。
 急いでヌクス村に向かう。





 オレ達はヌクスに到着してすぐ村長宅へ足を運び、状況の説明をした。
 今にも崩壊しようかという遺跡での作業後、ここまで無事であったのだから放水口の拡張は成功したと見ていい。
 村長からは大袈裟な賛辞と共に、オレ達にとっては破格の報酬を渡された。
 中でもオレ達が持ち帰った怪魚の一部分には驚いたようだ。

「むう・・・これはまた・・・何とも不気味な・・・これは今まで私が目にしたどんな生物とも違っている・・・皆様は、こんな異質な者達と、日頃から戦っていらっしゃるのですなあ・・・」
「それは・・・」
「?」

 何か言おうとしたユルヴァの服を引っ張り、黙らせた。
 あんな化物と日々戦ってたら、いくら命があっても足りん。
 まあ、そう思って報酬を出してくれる分には構わないが。

 村長には、ルドニーの若者達の事も伝えておいた。
 すでに施設は制御不能だが、起こった事を隠していては同じ事を考える者が現れるかもしれない。
 あそこはアンタッチャブルな場所として封印すべきだろう。

「・・・実に素晴らしい。皆様は、この地方に生きる者達の『希望』をお守り下さったのだ」
「オレ達は出来る事をしただけだ。報告も済んだし、後はそちらに任せていいかな?」
「はい・・・本当に有難う御座いました」

 村長宅を出ると、どこから聞きつけたのか村人が集まっていた。
 村民達に見送られて村を出る。
 リューンまで、再び長い道程だ。





「何だかちょっとした英雄扱いだったね」
「ユルヴァなんて『聖女様』って拝まれてたぞ」
「あれは・・・もういいです」

 嫌そうな顔をするユルヴァを見て、オレは笑いながら伸びをした。
 リューンを出発してから、ずっと時間に追われていたのが嘘のようだ。
 しばらくはゆっくりしたい。

「それにしても・・・」
「ん?」
「古代の英知とは、恐ろしいものですね・・・」
「うーん・・・」

 単純にそうとも言えない。
 遠い昔から、この周辺は厳しい環境だったという。
 テルマンが言っていたように、あの遺跡は「希望」だったのだろう。
 それが、砂漠の民の「希望」を背負って旅立った若者達によって暴走してしまった。
 さらに若者達はそこで亡くなっている。
 言葉は同じ「希望」だというのに、相容れずにこんな事になるとは。

 一方で、オレ達も「希望」を守ったのだとヌクスの村長は言っていた。
 全ての物事が、見る角度を変えれば大きく違ってしまうという事か。
 ロリが誰にともなく言った。

「皆、仲良くできればよかったのにね」
「まあな。お前みたいに能天気じゃないのさ」
「え~?」
「だけど・・・」

 オレはロリの頭に手を置いた。
 今回の仕事、決して楽ではなかった。
 吹けば飛ぶような小さい身体で、よく頑張ったと思う。

「なあに、パパ?」
「いや、何でもない。さあ帰ろう、『瞬く星屑亭』へ」
「親父さんの料理を肴に、盛大に打ち上げね!」
「!!」

 ミカエラの言葉に、リムーの目が輝いた。
 人間の身体だから溶ける事は無いが、砂漠の暑さは堪えたはず。
 ロリと共によく頑張った組だ。
 酒の弱さも少しくらい、大目に見ようか。

 本来の流れを取り戻したタウス川に沿い、大きな町へ向かう。
 この辺りは干上がっていたはずだが、放水が機能しているらしい。
 塩害、砂漠化と困難が山積みだが、今までそうであったように、この地の住民は粘り強く向き合い、改善していくのだろう。

 オレは荷物袋を背負い直し、歩き出した。










シナリオ名/作者(敬称略)
塩の降る村/MNS
groupASK official fansiteより入手
http://cardwirth.net/

収入・入手
2000sp、マント×6、掘削機、丸太、塩5/5×3、薬草3/3×3、赤玉、翠玉、二又の棒、火晶石

支出・使用
塩2/5、識者の眼鏡1/3、昼ごはん

削除
マント×6、掘削機、丸太、赤玉、翠玉、二又の棒

キャラクター
(ベルントLv3)
スキル/掌破、鼓枹打ち、岩崩し、鼓舞
アイテム/ロングソード、マント、掘削機
ビースト/
バックパック/

(ユルヴァLv3)
スキル/クッキング、祝福、癒身の法、亡者退散
アイテム/青汁3/3、襟巻き、百葉丸5/5、マント、昼ごはん
ビースト/
バックパック/砂漠の涙、慎ましき祈り

(サリマンLv3)
スキル/魔法の鍵、魔法の鎧、眠りの雲、賢者の瞳
アイテム/賢者の杖、破魔の首飾り、マント、識者の眼鏡2/3
ビースト/
バックパック/青汁3/3

(ミカエラLv3)
スキル/連脚、掃腿、盗賊の手、盗賊の眼
アイテム/ネックレス、マント
ビースト/
バックパック/

(リムーLv2→Lv3)
スキル/ペンギン変化、スノーマン、雪狐
アイテム/墓守の杖、マント
ビースト/氷の鎧
バックパック/氷柱の槍

(フロリアLv1)
スキル/牡丹の姫、雪待草の姫、白百合の姫
アイテム/スティング、青汁3/3、マント
ビースト/
バックパック/

所持金
6972sp→8972sp

所持技能(荷物袋)
エフィヤージュ、撫でる、投銭の一閃

所持品(荷物袋)
青汁3/3×2、ジルの酒3/3、黄楊膏3/3、傷薬×5、緑ハーブ2/2×4、はちみつ瓶5/5×2、万能薬×2、葡萄ジャム3/3、薬草3/3×3、コカの葉×8、青ハーブ2/2×2、葡萄酒×5、鬼斬り、ジョカレ、聖水、手作りチョコ、チョコ、激昂茸、おさかな5/5、マンドラゴラ、肉!2/2、塩3/5、塩5/5×2、ムナの実×3、識者の眼鏡1/3、術師の鍵4/4、悪夢の書、光弾の書×2、火晶石×3、太陽石3/3、冷氷水×2、クリスタル、つるはし15/15、鎌、石蛙、ガラス瓶(ノミ入り)×2、遺品の指輪、笛、冒険者の日記、感状

召喚獣、付帯能力(荷物袋)
グロウLv7

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