Page8.笑顔とヒカリと男の矜持(胡鳥之夢①)

「いつもお世話になっています。貼り紙、読んで頂けたのですね」

宿から目の前の通りを挟んで斜め向かいにある雑貨屋「エフィヤージュ」の看板娘であるイリスが、まだあどけない笑みを浮かべてオレに話しかけた。
まさに天使の微笑み。この笑顔にヤラレて、勘違いしてしまう男も少なくないらしい。
しかし。

(き、気まずい・・・)

オレは妙な汗が流れ出るのを抑えられない。
テーブルを挟んだ向かいに座り、邪気の無い微笑みを見せているイリス。
イリスの両サイドには親父さんと娘さんがこちらを見据えて立っていて、その光景を暇な冒険者と、ランチやお茶をしに来た客が遠巻きに眺めている。

(何の公開尋問だよ!)

どうしてこんな状況になっているのか。
混乱の極みの中で、記憶を懸命に辿ってみる。

数分前、オレは用事を済ませて宿に戻ってきた。
店内はいつもどおりだったはずだ。
オレは挨拶をして二階に上がる階段へ向かい、その途中の掲示板の前で立ち止まった。
そして、貼られていた依頼書に何気なく目をやると、ちょうどそこにイリスがやってきた。

「ベルントさんが依頼を受けてくれるんですか?」
「そうだよ。こいつはイリスちゃんと顔見知りでもあるし、駆け出しに毛が生えた程度だが問題ないだろう」
「ちょ、何で親父さんが答え―――」
「じゃ、詳しいお話を聞いてあげてね、ベルント」

イリスの言葉に親父さんが即答。オレのツッコミは途中で娘さんに封殺された。
あれよあれよと言う間にオレはイリスと向かい合わせに座らされ、依頼書を目の前に置かれ、親父さんと娘さんがイリスの両脇を固めるように立ち、遠巻きに野次馬が出来・・・・。
ここまでの流れで、オレに落ち度はあっただろうか?

「ベルントさん?」

イリスの呼びかけで現実に引き戻された。
目の前では、イリスが小首を傾げている。
親父さんと娘さん、それとイリスのファンだろうか、ギャラリーの一部の視線が突き刺さる。
断ったらどうなるか、想像もつかない。したくない。
極限の緊張状態。空気が重い。

「ひ・・・・」
「ひ?」

出て来ない言葉を、懸命に絞り出そうと試みるオレ。
聞き返すイリス。身を乗り出す親父さんと娘さん、そしてギャラリー。

「引き受けさせて頂きます・・・」

店内に安堵の空気が広がる。
イリスと、その向かいで硬直しているオレ以外はさっと散らばった。
いつも通りの店内の雰囲気。
悪い夢でも見ていたようだ。だが、夢ではない。

「仕事内容の補足ですが、何かお聞きしたい事は御座いませんか?」
「・・・あ」

ある。山程ある。
周囲からのプレッシャーに耐えかねて先に引き受けてしまったが、依頼書をきちんと見ていないのだから。

肝心の依頼内容はと言えば、リューンの東の小さな森へ入り、ホウ草という薬草を取って来るというもの。
イリスの雑貨屋で扱う商品の中に、そのホウ草を加工して作る薬があるらしい。
ホウ草はまとまって自生しているわけではないので、必然的に森中を探索する事になる。
森自体は数時間もあれば踏破できるほどの大きさで、普段はイリスの父親が採取に行っているという。
本来は大きな危険も無いのだろうが、最近になって森の中で大きな足跡を発見して不安になり、今回は冒険者に依頼する為にイリスがやってきた、と。

「仮に巨大な妖魔がいて、退治する事が出来たら自警団から懸賞金が出ます」
「へえ・・・」
「父が東の森で人魂のようなものを見ました」
「・・・・」

・・・最後に出た、情報の補足の補足の方が本題な気がする。
報酬はホウ草の採取で400sp、「巨大な妖魔を討伐して」さらに300sp。
親父さんと娘さんがこの依頼を、有無を言わせずオレに振ったのも何となくわかるような気がする。
正確には、「誰にでも見せていい依頼書ではなかった」と言う事だろうか。

「ホウ草の採取で400sp」だけなら悪くないが、未確定とはいえ大きなリスクの可能性も予想できる依頼。
いくらイリスがご近所さんで、この宿が良心的な部類に入る冒険者の宿だとしても、二の足を踏む者もいれば吹っかける者もいるだろう。
誰に任せようか、親父さんが慎重に見極めていたのかもしれない。
ざっと目を通しただけだったが、オレが見た時、掲示板にこの依頼書は無かった。

この額では仲介料を引いているとも思えない。報酬の上乗せは論外か。
そこまで考えた所で、オレは大事な事を思い出した。

「あっ!」
「どうかしましたか?」
「いや、オレより先にイリスの方がお客さんになってしまったな」
「そういえば!」

イリスはクスクス笑っている。
傷薬を含めた雑貨は使わずに済ませたい品でもあり、中々タイミングが合わなかった。
「無理しなくていいですよ」とイリスが言ってくれたが、いずれ近い内には世話になるはずだ。

聞くべき話はこれくらいだろうか。
夕方には帰って来れるというから、準備が出来次第出発しよう。
イリスは「夕刻過ぎにまた宿に来ます」と言って席を立った。
店内の顔見知りに挨拶をし、扉の前で立ち止まってこちらを振り向く。

「ベルントさん!」
「ん?」
「怪我には気をつけてくださいね!」
「・・・!」

にっこり微笑むイリス。静かに扉が閉められる。
イリスが去った後の店内は微妙な空気に包まれていた。

「なあ、親父さん」
「何だ」
「今、依頼のハードル、ものすごく上がった?」
「・・・うむ」

「ゴブリンの洞窟」の一件以来、オレは「ものすごく怪我の多い男」という、あまりうれしくない評価が定着している。
ボロボロの姿で宿に戻ってきたオレを目の前で見たイリスの動揺はかなりのものだったらしい。
大体、人が出来ない事や、やらない事をするのが冒険者なのだから、少なからず危険があるのは誰でも知っている事だ。
依頼人からすれば、自分の出した依頼で冒険者が傷ついたり、最悪の事態があってもおかしくない。

「あの子も賢い子だから理屈はわかってるさ。だが、見知った人がひどい姿で戻ってくれば、な」

オレたちがそうであるように、いつかは現実を受け入れる時が来るのだろうか。
だが少なくとも、オレがその機会を作らないようにはしなければ。
すっかり出来上がってる常連客が声をかけてくる。

「お姫様を泣かすんじゃないぞ、冒険者!」
「わかってるよ」

昼間からいい身分だ。
オレは声の主を軽く睨むと、宿を出た。
せいぜい、頑張らせてもらおうか。





リューンの市街を出て程なく、東の森に到着。
確かに、普段であれば一般人が散策するのに問題無さそうな場所に見える。
とはいえ油断は禁物。特に今回のオレは微塵の隙も許されない。
オレは腰の剣と荷物袋を確認し、周囲を警戒しながら森へ踏み込んだ。

森に入ってすぐ、木の根元に何かがいるのを見つけて近づいてみる。
光の精霊であるフォウだった。怪我をしているようだ。

「どうしてこんな場所に?それより、怪我?」

不思議に思いながら触れてみると、実体がある。
人に慣れているのか、治療の間もフォウは大人しくしている。
幸いにも傷は浅く、すぐに処置を終えた。

「これでよし。・・・ん?お前、グロウっていうのか?」
「????」

足を見ると、「グロウ」と書き込まれた紐がついている。
呼びかけると反応した。名前なのかもしれない。
何にしろ、大事に至らずよかった。

「気をつけろよ、って―――」

少し前、同じセリフを言われた事を思い出し苦笑い。
グロウは不思議そうな顔をしていたが、オレが森の奥へ歩き出すとフワリと舞い上がって付いてくる。
懐かれたのだろうか。ひょんな事から道連れが出来た。

どうやら、依頼の目的であるホウ草は、想像以上に見つけにくい草のようだ。
警戒と索敵を行いながらの探索であり、疲労が加速度的に増していく。
ネズミやウサギが凶暴なのにもうんざりする。
追い散らしたそばから、目の前の茂みがガサガサ揺れた。

「今度は何だ・・・はあ!?」

現れたのは、全身白ずくめの「人型のモノ」。どう見ても人間では無い。
細身で恐ろしく動きが早く、攻撃が当たる気がしない。
戦いが長引けば危険と判断し、隙を見て撤退。
幸い追って来なかったが、何だったのだろう。あの恥ずかしい、もとい奇妙な「モノ」は。

この森は戦闘になっても撤退が容易で、薬草や体力を回復させる食料を入手しやすいのが救いだ。
途中でエントと遭遇したが、初撃で敵の動きを止めた所にグロウが爪をヒットさせて勝利。
ホウ草も発見。イリスは「九つほど」と言っていたから、まだまだ足りない。
ここで倒したエントが「巨大な妖魔」だったら別件も片付いて楽なんだが。

グロウはすっかり回復したらしく、オレの頭上をクルクル回っている。
エントとの戦闘では精霊の能力を使うことなく、翼や爪で戦っていた。
他者の回復までこなす辺り、通常の個体と違うように思える。
精霊術師の召喚下ではないからだろうか。よくわからない。

「助かるけど、手当てしたばかりなんだから無理するなよ」
「~♪」

ホウ草が中々見つからず、森の奥まで入り込む。
森の安全確認と危険排除もセットのような依頼だから、移動が多いのは仕方ない。
沢に出て、水辺を進む事にする。

「!!」
「どうした?グロウ」

突如グロウの様子が変わった。
警戒しているのだろうか。
注意深く進むと、オレの視界にも敵が捉えられた。
鳥の人間をミックスしたような姿の妖魔、ハーピーだ。
剣先を低く抑え、下段に構えて戦いに備える。

この戦闘も早々にケリがついた。
オレもグロウも攻撃をかわされ、逆に反撃で大きなダメージを受けていきなり窮地に追い込まれる。
連続で放った「鼓枹打ち」の二撃目が命中して戦闘自体はすぐに終わったものの、決断のタイミングが遅れるか「鼓枹打ち」を二撃続けて外していたら、結果は逆になっていただろう。
ここから先は、強敵と見たら出し惜しみは出来そうにない。

「おっ、この卵、まだ割れてなかったんだ。・・・大丈夫だよな?」

恐る恐る卵を割り、中身を飲み干した。
わずかではあるが、体が癒されたように感じる。
胃は丈夫な方だし平気だろう、と思う。

さらに奥に進み、小屋を見つけて調べてみる。
人の生活の名残があるが、埃の積もり具合から直近まで暮らしていたとは思えない。
住んでいたのは恐らく、一人。女性だろうか。
自身にそういう判断材料が無いから、はっきりは言えないが。
少し場所を借りて休息させてもらおう、とグロウを見る。
何か元気が無い感じだ。体力が戻ってないのだろうか?





探索を再開し、獣道を進み始めた。
聞いた話の通りならば、未探索の場所はそう残ってないはず。

狼や、白ずくめを相手に戦ったり逃げたり。
白いのは細身なのと別にがっしりしたのも出現した。
倒って勝てる保証もなく、消耗を避けて相手にしなかったが正体が気になる。
依頼であるホウ草は何とか必要数を確保し、魔物については帰ってから報告する事に。
帰路に着こうと歩き出した所で、何かが近づいて来るのに気付いた。

「・・・無事に依頼完了、とはいかないか」

グロウが騒ぐまでもない。
オーガだ。巨大な体躯と怪力を誇る食人鬼。
全身で威嚇するグロウ。先程のハーピーに対峙した時とは様子が全く違う。
オーガに対して戦意をむき出しにしているように見える。

「グロウ、退くぞ。あれの相手は無茶だ!」

だがグロウは、オレの声が聞こえていないかのようにオーガに飛び掛った。
無謀すぎる。それなりの実力の冒険者ですら油断すれば即死を免れない相手だ。
治安隊や騎士団に通報するなり、急ぐなら宿に戻って数を集めなければ。

「グロウ!」

呼びかけるも、グロウは退く気配を見せない。
見る見るうちにオーガに手傷を負わされていく。
ついに地に叩きつけられた。

決断しなければならない。
戦うか、一人で退くか。
迷う時間は無い。いや、迷うわけがない。
オレは闘志を鼓舞し、胆の底から叫んだ。

「悪いなお姫様!今回は依頼を果たすだけで勘弁してくれ!」

例え無傷で依頼を達成しても、死人のような顔で帰っては仕方ない。
連れを見捨てて逃げるならば、剣など提げる意味が無い。
鈍く光る鋼の塊を両手で握り締め、左下に構えてオーガに駆け寄る。

「オーガに信じる神はあるまい、祈りの時も不要だろう!」

魔法の鎧の防御をもってしても、怪力で鳴るオーガの攻撃を二度続けて耐えるのは不可能だ。
頼みは、わずかにこちらの攻撃が速い事。
鼓枹打ちの呪縛も次のオーガの行動で破られるが、初撃で動きを封じれば二度、こちらに行動のチャンスがある。
その間に鼓枹打ちの待機を優先させながら、破を叩き込み、呪縛が解除されたら再び鼓枹打ち。
体力の消耗と戦いながら、幾度と知れず剣を叩きつけるように振るう。
そしてついに、待ち続けた時が訪れた。

「はあ、はあ・・・・」

地響きと共に巨体が崩れ落ちていく。
だが、オーガは強靭な生命力を持つ生き物だ。
たとえ瀕死であろうとも、振り回した腕が直撃すればオレの首など吹き飛ぶだろう。
倒れて動かないオーガを前に、重い剣を構えたまま時間が過ぎる。

永遠とも思える長い時間。実際には数分程度なのかもしれない。
ついに剣を支えきれなくなって、地面に突き刺す。
すぐに近づく気にはなれず、オレはオーガから離れた場所で、座り込むように腰を下ろした。
今、立てと言われても立てないだろう。指一本すら動かせそうに無い。

グロウは倒れているオーガのそばに舞い降り、死体をじっと見つめている。
今、感じられるのは、先程までの強い闘争心ではなく哀れみ、悲しみだろうか。
倒れる瞬間のオーガが、何かグロウに言ったようにも見えた。

「オーガとフォウが殴り合って心を通じた、とか?・・・駄目だ、考える気力も無い」

少し休んで動ける程度に回復すると、手持ちの薬で手当てを済ませた。
森を移動する間に薬草やらコカの葉やらが手に入った分、「ゴブリンの洞窟」の時よりはずっとマシだ。
顔の傷は仕方ないが、外套で体の方は誤魔化せる。
宿に戻る頃には辺りも暗くなっているだろうし、丁度いい。

「グロウ?」

グロウはオーガのそばから動こうとしない。
何か縁があるのだろうか。
オレは地面に落ちている枝の中から、手頃なものを拾い上げた。

「・・・亡くなった者の体は土地に還り、魂は天に召されるんだ。埋葬してやろう、グロウ」
「・・・・」

怪我の痛みに耐えながら大きな穴を掘り、オーガを埋めて土をかける。
盛り土の上に大きめの石を置き、目印にした。
オーガの墓を作った冒険者なんて、そうはいないだろう。
グロウはオレの横で、静かに墓を見つめていた。





宿に戻ったのは、すっかり周囲も暗くなってからだった。
といっても、グロウのおかげでオレの周りは非常に明るい。
肉弾戦ばかりしてるから、フォウである事を忘れていた。

「ベルントさん!」

雑貨屋の扉が開き、イリスが駆け出してきた。
オレの戻りを宿で待っていたが、予定を大幅に過ぎた為に帰宅していたらしい。
それでも気になって、家の中で通りを見ていたのだろう。

「遅くなってすまん。ホウ草はこれでいいのかな?」
「はい、ありがとうございます!でも・・・」

灯りに照らされたイリスの顔が曇っている。
オレは咄嗟にその口の両端を、軽く横に引っ張った。
目を白黒させるイリス。

「はひふふへふはー!」
「暗い顔するくらいなら、変な顔しとけ。無傷とは行かなかったけどピンピンしてるだろ」
「ふぁひ・・・!」

イリスに笑顔が戻り、内心ホッとしつつ手を離した。
思ったよりは心配させずに済んだろうか。
帰ったら大騒ぎになってるかと不安だったのだが。

「娘さんが言ってました」
「ん?」
「ベルントさんがよく怪我をするのは、正しい事をしようとするからなんだって」
「んん?まあ、そう・・・かな」

オレが戻って来ないせいで、イリスは宿でも暗い顔をしていたのだろう。
娘さんのフォローで救われたようだが、実力が足りないのも確かだ。
言う程、格好のいいものじゃない。

「今日は疲れたし、オレも休むよ。ホウ草は渡しておくから、他の事は後日にしよう」
「はい・・・この鳥は?」

イリスは頷いたが、その視線はオレの横のグロウに向けられている。
グロウはグロウで、手持ち無沙汰そうにフワフワ浮いていた。
よく考えたら、これだけ目立つものを無視して、ここまで会話していたわけだ。

「フォウみたいだな。グロウっていう名前らしい」
「大きいですね・・・でも、かわいい」
「怪我してたのを手当てしたら、懐いて付いてきちゃったんだ」

恐る恐る手を伸ばすイリス。
グロウは首を下げて大人しく撫でられている。

「ほら、戻らないと」
「あ、はい。今日はありがとうございました!報酬を取ってこないと・・・」
「いつでもいいよ。オレがいなかったら宿に預けておいてくれ」
「わかりました!では、おやすみなさい!グロウも!」

ニッコリ微笑み、家に向かって歩き出すイリス。
雑貨屋の扉が閉まるのを見届け、オレも宿に向き直り・・・その場で立ち止まった。
窓に親父さんがべったり張り付き、こちらを見ている。

「ただいま・・・何してんだ?」
「お前がご近所のアイドルに妙な真似しないか、見張ってたんだ」
「・・・ああ、娘さん」
「おかえり、ベルント。今日は怪我も少ないじゃない」

娘さんが厨房から顔を出す。
一言余計な気もするが、オレは親指を立てて見せた。

「ナイスフォロー。依頼人に泣かれずに済んだ」
「どういたしまして」

笑顔で厨房に戻っていく娘さん。
オレは依頼の首尾を、形通りに報告した。

「依頼の品物は、さっき渡した。オーガを倒したから懸賞金も出るかもな」
「・・・無茶しやがって」
「そうでもないさ。親父さんに紹介された剣の師匠、教え方がうまいんだろう。多少は腕が上がった気もする」
「で、入手したのが、これか?」

親父さんが指差すと、グロウはこちらを見た。
さしずめ、自立型格闘戦対応ランタンといった所だろうか。
確か、宿の冒険者の中に精霊術に長けている者もいたはず。
機会があったらグロウの事も聞いてみよう。










翌日、目を覚ましたオレは、ぼんやりと夢の中身を思い起こしていた。
一体どうして、そんな体験をしたのだろう。

「・・・夢、だよな」

自分のものであれば、走馬灯と言うのかもしれない。
ある若い女性の、短い生涯の記憶のような。
その夢は、あのオーガがオレとグロウに感謝しながら倒れる所で終わっていた。
夢とはいえ、都合が良すぎるだろうか。そもそも、夢なのだろうか。

「・・・・」

もう一度あの墓に行ってみよう。
グロウと一緒に、花を持って。





「・・・これだけあればいいかな?」
「はい。では用意しますので、少しお待ちくださいね」

カウンターの向こうで、イリスが品物を袋に入れている。
後ろでまとめた髪が軽く揺れるのが、猫じゃらしのようで何とも可愛らしい。
そのイリスが、後ろを向いたままオレに言った。

「そういえば、ベルントさんはご存知ですか?」
「何を?」
「人間と魔物が一緒に暮らしている村があるという話なんです」
「へえ?初耳だ」

こじんまりとした店内は、清潔で綺麗に片付けられている。
内装や装飾に女の子っぽい所もあり、イリスの趣味かもしれない。
「雑貨屋」と言うだけに取り扱う品は様々だが、オレが入用なのは傷薬や解毒剤の類に、日持ちのする食べ物くらいか。

「そんな場所があったら素敵ですよね?」
「オレもビビリだし、戦わないで済むならその方がいいよ」
「ふふっ」

イリスの作業が終わるのを待ちながら窓に目を向ける。
花壇のマーガレットは、大分蕾が膨らんできたようだ。










オレは「瞬く星屑亭」の斜向かいにある、イリスの雑貨屋に来ていた。
店の名前は「エフィヤージュ」。意味は「花占い」だったろうか。
売り物であるシンプルな瓶を眺めながら、オレは呟いた。

「傷薬は多めにあってもいいんだけどなあ・・・」
「無くなれば補充しますから、大丈夫ですよ?」

イリスにそう言ってもらっても中々踏み切れない。
回復手段に乏しいオレにとって、傷薬はいくらあっても足りないものだが。
大量に買い込むのは気が引けて、柄にも無く悩む。

(・・・ここで少し買って、他の店に行った方がいいかな?)
「他で買ってもいいですけど、必要なだけ準備してくださいね?」
「何で!?」

どうも考えが顔に出ていたらしい。
それでも躊躇していると、イリスが微笑みながら言った。

「それなら・・・材料と引き換えにしませんか?」
「引き換え?」
「ええ。手数料だけで品物をお渡しできますし、うちのお店も在庫を回せて助かりますもの」

東の森のアフターチェックも、グロウと一緒に墓参りも出来る。
こちらに都合が良すぎる気もするが、そこまで言わせてまだ悩むのもどうだろう。
オレはイリスの提案に乗り、東の森へ出かける事にした。





森を一回りし、大きな危険が無い事を確認する。
大人が注意して歩く程度ならば問題無さそうだ。
自分が受けた依頼だけにまずは一安心。
例の白いのは森に漂う霊らしく、元から断つのは難しいのかもしれない。

オーガを埋めた墓は、自警団が確認する為に一度掘り返した。
埋まっているのは妖魔で、報酬を得る為に確認作業が必須とはいえ、墓を暴くのは気が引けるものだ。
運び出して調査する事にならないかと心配していたが、それは杞憂だったらしい。
自警団が大きな妖魔の運搬を面倒がったのか、それとも賢者の塔が興味を示さなかったのか。

作業が終わった後に元通りに埋め戻し、再び墓碑代わりの石を乗せた。
これからは眠りを邪魔される事も無いはずだ。次はグロウと一緒に来よう。
森で摘んだ花と、沢の水と、イリスお手製のサラクッキーを供えて瞑目する。

オーガの素性はわかっていない。
昨日見た夢の話をしたら、同宿の魔術師に「鬼憑き」という獣憑きの一種の、病のようなものが存在する事を教えてもらった。
このオーガがそうであったのかは不明だが、稀な獣憑きの中でもさらに稀なケースだという。
人知れず悩み苦しんでいる者が、他にもいるのかもしれない。










「はい、傷薬と万能薬とうずまき飴が二つずつ、それとおまけです」
「ありがとう・・・って、おまけ?」
「うさぎゼリーって言うんですよ」

オレはイリスから袋を受け取り、中を見た。
うずまき飴は非常時用に。戦闘時、おもむろに敵の目の前に差し出してグルグル回すと敵が混乱する事があるという。
むしろ相手が怒り出し、かえって危険な気もするが。イリスが真顔で言うので突っ込まないでおく。

「・・・・」
「私の前で回さないでください~っ!」

うさぎゼリーは知る人ぞ知る、雑貨屋「エフィヤージュ」の裏メニュー。
万能薬は毒と麻痺にも効果があるらしい。単独行動中に麻痺したら死んだも同じだから、自分用ではない。
そしてオレの視線は、緑色の液体に。

「傷薬って、この青汁?」
「・・・・」

微妙な沈黙。
商品的にも微妙なのだろうか。

「・・・緑色なんだな」
「き、効き目は確かですよ?何度かに分けて使えて便利ですし!」
「へえ・・・」
「味の方は、ちょっと・・・苦いですけど」

イリスが目を逸らす。苦いらしい。
どう見ても、ちょっとどころじゃ無さそうなリアクションだが。

「ま、まあ・・・『良薬は口に苦し』って言うし。効き目に期待するか」
「はい!あっでも、怪我しない方がいいんですよ?」
「違いない」

イリスはクスクス笑っている。
消耗品の仕入れも済んだし、後は宿に戻るだけ。
ペコリと頭を下げるイリスに軽く手を振って、オレは雑貨屋を後にした。





宿に戻ると、カウンターの向こうに居る親父さんがオレを呼んだ。

「ベルント、帰ってきたか。ちょうどイデアも戻って――」
「久しぶりー!」

親父さんの言葉に被せるように、オレに呼びかける声が聞こえる。
奥のテーブルで、見知った顔の女性が手をぶんぶんと振っていた。

「忙しかったか?」
「そうでもないけど、用事って何?」
「ちょっと聞きたい事が、ね」
「うん?」

オレは女性の前の椅子に腰掛けた。女性の名はイデア。
少数部族のようなフェイスペイントが特徴的だが、素性は知らない。
中々宿で顔を合わせる機会が少なく、親父さんに伝言を頼んであった。

精霊術師である彼女は、光と炎の精霊を友とするという。
イデアならばグロウについて何かわかるかもしれない。

「大きなフォウに懐かれたんだって?僕にも見せてよー」
「ああ、裏にいると思うから連れてくる」

宿の裏に回ると、馬房からロシがゆっくり顔を出した。
グロウはロシの背中でアクロバティックにシエスタ中。

「グロウ、お客さんだぞ?」
「・・・!?」

いきなり声をかけられ、ロシから滑り落ちそうになって慌てて飛び上がるグロウ。
待ちきれずやって来たイデアが、驚きの声を上げる。

「うわっ・・・僕、十歳の頃から精霊術師の修行してるけど、こんなに大きなフォウは初めて見たよ!」
「やっぱり珍しいのか?」
「何でか知らないけど、実体化してるね」

予想していた通り、グロウは一般のフォウとは違うらしい。
グロウを使役する場合は召喚者が指示を与える必要があると言う。
通常の精霊であれば召喚された後は自らの判断で行動するものだが。

イデアは直接精霊を使役する、珍しいタイプの精霊使い。
同時に複数の精霊を召喚しない代わりに、召喚した精霊の多彩な力を行使出来る。
グロウとの相性も良さそうだが、すでに先約がいる様子だ。

「なあ、イデア」
「何?」
「この『火の鳥』という技だけど・・・」

フォウが行使出来るという技の一覧に、気になるものを発見。
ネーミングが残念なのも気になるが、内容はもっと気になる。

「これね、すごいんだから!
グロウがボワッと燃え上がって、グワッと敵に突っ込んで、ドカーンッって吹き飛ばすの!」
「その後グロウが焼き鳥になる、とか言うオチじゃないよな?」
「・・・・」

高い攻撃力を誇る技な事だけはわかった。
残念ながらグロウを使役している間、使役者は自発的な行動が出来ないという。
だとすると、オレのように自分も直接的な行動をしたい者では持て余してしまう。
ロシと一緒に、可能な時に連れ歩くようになるだろうか。
大きな鳥がふわふわ浮かんでいたら目立つし、せめて必要なときに封じれるアイテムでも無いものか。
「グロウ、君に決めた!」みたいな感じの。

「必要なら、グロウが使える技を仕込んであげるよ」
「オレに精霊術師になれって?」

苦笑しつつやんわりと断る。今の所、そのつもりは無い。
誰か、可愛がってくれる者はいないだろうか。

「言えるのはこれくらいかなあ?・・・じゃあ僕、そろそろ行くね」
「ああ。ありがとう、イデア」
「今度一緒に依頼受けようね!」

イデアはグロウの首を撫でると、手をぶんぶん振りながら宿を出て行った。
彼女と一緒に仕事をすれば、それは賑やかになるだろう。
「今度~」というのは、経験上実現しないものなのだが。










シナリオ名/作者(敬称略)
胡鳥之夢/レカン
レカン様のサイト「黄金の宝石箱」より入手
(閉鎖されています。当該記事はレカン様の許可を頂き公開しています)

出典シナリオ/作者(敬称略)
ゴブリンの洞窟「ゴブリンの洞窟」/齋藤 洋

収入・入手
700sp、青汁×2、万能薬×2、うさぎゼリー、うずまき飴×2、薬草×9、ホウ草×2、コカの葉×7、サラの種×4、エツキの実×2

支出・使用
660sp、薬草×4、ホウ草×2、コカの葉×2、サラの種×4、エツキの実×2

削除
シナリオ内入手アイテム「経験点」他多数

キャラクター
(ベルントLv2)
スキル/掌破、魔法の鎧、鼓枹打ち
アイテム/賢者の杖
ビースト/グロウLv1→Lv3
バックパック/

所持金
1830sp→1870sp

所持技能(荷物袋)

所持品(荷物袋)
傷薬×3、青汁3/3×2、薬草×5、万能薬×2、コカの葉×6、葡萄酒×2、イル・マーレ、聖水、うさぎゼリー、うずまき飴×2、魚人語辞書

召喚獣、付帯能力(荷物袋)

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