Page3.転がす門には、春来たる(春呼草)

「花?」

 こう聞いたオレは、かなり怪訝そうな顔をしていたに違いない。
 花は花しかないだろう、と言わんばかりに親父さんは返事をした。

「そう、花だ」

 聞けば、この辺りでは春の祭りである春節祭に、春呼草という草花が用いられるらしい。
 ところが普段ならばどこでも採れるような春呼草が、今年は異常気象のせいか、祭りを翌日に控えた今日になってもさっぱり採れないのだとか。
 それで春呼草の需要が大幅に高まったのに目をつけた依頼人が、少しでも春呼草をかき集めて金持ち相手に商売をしようという算段のようだ。
 娘さんが「私でも出来そう」という依頼ではあるが・・・。

 オレは前回のゴブリン討伐で、「無茶しない」と言って出て行ったそばからボロボロになって宿に戻っていた。
 医者が驚くほどの回復を見せ・・・るわけもなく、見立てどおりにきっちり半月療養して漸く先日、親父さんから依頼を受ける許可が出たばかり。
 ここは無難に依頼を完遂し、親父さんたちを安心させておくべきかもしれない。
 危険が少ないなら、それに越したことはないのだから。

「概要はそんな所だが、どうする?」
「ん、詳しい話を教えてくれ」

 西のサムイルの森に出かけて春呼草を採取し、夕方までに宿に戻って依頼人に渡す。
 報酬は売り上げの4割だそうだが、大金を期待するようなものでもあるまい。
 それより気になるのは、ライバルがいるらしい事。
 下手をすれば、ただ働きにもなりうるのか。気張っていこう。





 オレはサムイルの森に到着すると、早速森に踏み込んだ。
 恐らく、余計な行動をしている時間は無い。
 ライバルがいるのであれば、それより奥に先行して探す必要がある。
 本来はレンジャーが適任なんだろうが、やるだけやってみよう。

 雪の中を進むと、森の奥で老婆を見つけた。
 声をかけると案外気さくで、冬眠明けで気が立っている熊がいる事、若い男がその熊に追われていた事、春に関する伝承などを教えてくれた。ベテランの余裕だろうか。
 この寒さの中、同じ場所で仕事をしてるのに邪険にする必要なんて無いのも確かだが。

 辺りをのんびり探す老婆より先行し、首尾よく春呼草を手に入れる事が出来た。
 まだ多少の時間はあるし、ギリギリまで探索を続けよう。
 ・・・そう思っていたのだが、甘くはなかったらしい。

「どう見ても、熊だよな・・・」

 老婆と会った場所から、それほど離れていない。
 他にも花を探して森に分け入っている者もいるという。
 どうやら、逃げるわけにもいかないようだ。
 オレは氷の塊のような冷たさの剣の柄を強く握り締めた。

 幸いにも、老婆の忠告を受けて発動させていた「魔法の鎧」が功を奏して熊を仕留める事に成功した。
 例によってオレのほうはボロボロだが、その辺りは諦めるしかないのかもしれない。
 今回は特に、春呼草を守りながら熊と戦ったわけだし。報酬無しの事態だけは回避したい。
 倒れ込んだ熊のそばに指輪を発見。
 大して値打ちのあるものには見えないが、無いよりはマシかと荷物袋に放り込んだ。

「・・・・」

 わずかな残り時間で探索を続行すると怪しげな門を見つけた。
 森の中に門だけが立っているのだが、その向こうに見える風景は明らかに冬のものではない。
 とても入ってみる気にはなれないが、先刻の老婆の話を思い出した。

「そういえば・・・」

 彼女の話の中にあった、門に指輪を転がすと春がやってくるという伝承。
 通常ならば、不可思議な門を警戒して余計な事はしないものだろうが。

「今年は中々春がやって来ないのは、まだこの門に指輪を転がしてないからだって?」

 当然ながら、返事は無い。門からは邪気を感じない。
 拾った指輪は惜しむ程の値打ち物には見えないが、笑い話のネタくらいにはなるか。
 オレは荷物袋から指輪を取り出し、門に向かって放った。

「よっ、と」

 周囲が一瞬だけ春景色になったように見えたが、気のせいだろう。
 不思議な事に指輪は見つからなかった。
 依頼人に春呼草を引き渡す時間が近づいていたため、急いでその場を離れる。


「これ・・・変なもの呼び出してたら、親父さんに怒られるだろうな」





 宿に戻ったオレは、春呼草と熊退治分で400spを受け取ったのだが、それは買ったそばから消費してしまった傷薬の補充で消えた。
 とはいえ今回は報酬に期待していたわけではないし、不思議な経験もした。
 一度取りっぱぐれたら、次で取り返すのが冒険者というものだろう。
 部屋に戻ろうとしたオレを、親父さんが呼び止めた。

「ん?」
「お前が帰ってくる前、来客があったぞ」
「オレに?」

 子供だったらしいが、当然心当たりはない。
 オレはこのリューンに来てから日も浅く、知り合いと言える知り合いも無い。
 その子供はオレに鳥の卵らしきものを渡すように親父さんに託して、「どうもありがとう」と言伝して立ち去ったらしい。
 親父さんから手渡された卵を、娘さんが覗き込んだ。

「ヒナタドリの卵ね。今年の初物じゃないかしら。これ美味しいのよね」
「へえ・・」

 春の妖精が律儀にお礼に来たのだろうか。報酬として、遠慮なく頂いておく。
 内心、あの門が「デモンズ・ゲート」の類だったらどうしようかとドキドキしていたのだが、杞憂に終わったようだ。
 何があったのか興味深げに聞く親父さんと娘さんに、オレは言った。





「門に指輪を、転がしただけさ」





 不思議そうに顔を見合わせる二人を後に、オレは二階への階段を上がり始めた。
 春は近いかもしれないな。










シナリオ名/作者(敬称略)
春呼草/蒼馬
groupASK official fansiteより入手
http://cardwirth.net/

(開始前に「交易都市リューン/齋藤 洋」にて傷薬購入、300sp支払)
収入・入手
400sp、卵、指輪

支出・使用
傷薬、指輪

キャラクター
(ベルントLv1)
スキル/掌破、魔法の鎧
アイテム/賢者の杖、傷薬
ビースト/
バックパック/

所持金
1900sp→2000sp

所持技能(荷物袋)

所持品(荷物袋)
聖水、葡萄酒、コカの葉、卵

召喚獣、付帯能力(荷物袋)

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