Page35.その涙は、夢じゃなかった(砂漠の夢)

 暑い。ひたすら暑い。
容赦なく吹き付ける熱風と強烈な日差しが、オレの体力を一気に奪っていく。
日避けの外套も無いよりはずっとマシなはずだが、どの道気休め程度にしかならない。

青い空。白い雲。白い砂。
砂浜ではない。海も無い。
いや、海はある。

「・・・見渡す限りの砂の海、だけどな」

オレは目の前に広がるパテリナ砂漠を見て呟いた。
太古の昔は森だったと聞かされても信じ難いが、その証拠に化石が発見される事もあるのだとか。
この砂漠には色々と曰くがあり、世界を滅ぼすかもしれない魔王とその僕達が、800年の時を越えて降臨する場所だと言っている予言者もいるらしい。
世界の危機の話は正直眉唾だが、村一つ、或いは周辺地域まで含めた危機が迫っているのは確かだ。
勇者がオレでは役者不足な気もするが、別なキャストを探す時間も無かった。

「・・・・」

振り返ればカッツ村の入り口が見える。決して大きな集落ではない。
冒険者を呼ぶ旅費まで負担するのは楽でなかったろうが、それほどに窮しているという事か。
この村が、これからのオレの仕事如何で壊滅するかもしれない。
否が応にも気合は入る。

オレは砂漠に向き直り、荷物袋から「命の首飾り」を取り出した。
コマンドワードを唱えてみても反応は無い。
目的の品は強い生命力を持っているというが、距離が離れているのだろうか。

「・・・ま、そんなものだろうさ」

最初から期待はしていなかった。
これで分かるくらいなら、片道一週間かかるリューンから、わざわざ冒険者を呼ぶような大事になるわけがない。
残り使用回数は四回。現在地は探索エリアの南西にある。
後は東端と北端で使ってみて考えよう。

首飾りを懐に押し込み、もう一度水筒の中身を確かめる。
今回のオレの、文字通り命綱だ。
これを切らさないように行動する必要がある。

猶予は今日の日没。
それまでに目的の品を砂の海から見つけ出し、持ち帰らなければならない。
決して楽な仕事ではない。

最後に、腰の剣に手を当てる。
柄に刻まれた銘の「Little Courage」という文字は、職人に頼んで入れてもらった。
珍しいデザインではなく、素晴らしい切れ味や強い魔力が込められているわけでもない。
だがバランスが良く、丈夫な剣だ。オレは気に入っている。

「さあ・・・行くか」

オレは覚悟を決め、足を踏み出した。










五日前、オレは親父さんと娘さん、それからサリマンとユルヴァを交えて話をしていた。
それは一枚の依頼書を巡っての事だった。

「アリケス病?」
「ああ・・・」

親父さんが渋い顔で説明してくれた。
遥か昔、パテリナ砂漠に棲息していた砂とかげの体から発生する細菌が引き起こす奇病。
発症から三日で体中に湿疹が現れ、更に三日後にそこから膿が流れ続け死に至るのだという。

現地からリューンまで、片道で五、六日かかる。
こんな依頼が出るのだから、対処法が無いに違いない。
砂とかげが絶滅したと思われていたとすれば、アリケス病と判明するまでにも時間がかかったはずだ。

「つまり・・・もう死人が出てるという事か」
「そこまでは聞かされていないが、恐らくそうだろう」

サリマンとユルヴァは、黙ってオレ達の話を聞いていた。
特にユルヴァの方は、オレが感染症治療薬を探す依頼に向かうと知って何とも言えない表情をしている。
二人には宿に残ってもらう事を告げ、反発されたもののどうしようもない。
ただでさえ慣れない砂漠の行軍に加え、伝染病まである。
残念だが、今の二人には圧倒的に実力も経験も足りなかった。
オレが倒れれば他の二人は何も出来ないだろうし、他の二人が倒れてフォロー出来る余裕もオレに無い。

正直な所、今回ばかりはオレ自身もどうなるかわからない。
本来ならば、それなりの冒険者パーティーをつぎ込んで万全を期すべき依頼。
冒険者よりも、むしろ官憲や騎士団、教会などが動いていい案件だ。
それをわざわざ、時間がかかる事を承知でリューンの冒険者の宿に依頼している。
事態がいかに切迫しているかの証明と言っていい。
引き受けない選択は、どこにも無かった。





二人を親父さんと娘さんに託し、オレはすぐに宿を出発した。
シルバリオ街道を馬車で四日移動し「交易都市」ニモーテに到着。
そこから徒歩で一日かけ、朝のうちにカッツ村の村長宅へ。

出迎えた村長の顔は酷く憔悴していた。
偶然に村を訪れていたという聖職者が同席しており、そちらからも状況を聞く。
アリケス病には癒しの加護も効果を示さなかったらしいが、それが意味する所はオレには分からなかった。

村にはすでに、アリケス病流行の兆しが見て取れる。
オレ達が話している最中にも飛び込んでくる、新たな発症者の情報。
患者や死亡した者の家族、親族なども感染しているはず。
時間の猶予は無い。

目的は、アリケス病の治療に必要なパミア茸の入手。
砂とかげの討伐は大きく優先度が落ちる。
その他は覚えていればという程度だが、何よりもパミア茸だ。
期限は日没まで。現在発症している者の進行度から考えて、そこがリミットになる。
仮にリミットを過ぎたとしても、必ず持ち帰らなければならない。
オレ自身が感染する可能性もあるからだ。





オレは村長宅を出ると、真っ直ぐ井戸に向かって水筒に水を詰め込んだ。
次に簡単な情報収集。村人や商人の情報は玉石混交だった。
長話好きな老婆に捉まり、貴重な十五分を潰してしまう。

若い女性からは、砂漠の移動に便利な牛の事を教えてもらった。
砂漠で野生の牛を手懐ける事も出来るらしいが、いつ出会うかわからない上に方法も綱渡り。
牛に出会うまでの時間、捕獲するまでの時間が惜しい。
報酬が目減りしても、依頼の速やかな遂行を目指すのが筋だ。
金と命、それも他人の命ならば尚更、天秤には掛けられない。

牛を借りる為、商人に話しかける。
ここではアリケス病の元凶である砂とかげの弱点を教わった。
商人らしく、その弱点を突く品も扱っているという。
村長からは「騎士団が討伐に来るから戦わずともいい」と言われているが、戦闘を回避出来ない事もある。
用意しておくに越した事はない。
一瓶だけ購入しておく。

傷薬等、事前に入手出来る物と合わせればこれで十分。
確認を終え、オレはカッツ村の入り口に立った。
逸る気持ちを抑えて大きく一呼吸。










「・・・そうだ、名前をつけなきゃな」
「??」

真っ黒な相棒が首を傾げた。ロシではない。
砂漠の移動もさる事ながら、感染症が馬にどう影響するかわからない以上、連れては来れなかった。
今回の相棒は、村で借りた大きな黒牛。
乗ってみるとこれが、安定していて意外に悪くない。

「立派な角だから、『牛角』でどうよ?」
「・・・・」

不満そうなリアクションに思えるのは気のせいに違いない。
ともあれ出発しよう。

オレが考えた探索方法はこうだ。
まずは村から北と東にそれぞれ行って戻ってくる。
水筒の水の消費を見ながら、航続距離をチェック。
探索エリアの端で「命の首飾り」を使って、おおまかな反応を特定する。
首飾りがアテにならないようなら、端からローラーで虱潰しに探す。
残り時間が少なくなったら奥に踏み込むしかないが、それは最後の賭け。

村ではオアシスの情報も得ている。
運よく見つかれば、そこを拠点に先へ進む事が出来る。
これも運よく出会えればだが、砂漠を移動している旅人もいるらしい。
何か情報を持っているかもしれない。
現在時刻は、およそ八時半過ぎ。





まずは東へ。炎天下ですぐに喉が乾いてくる。
そのまま水分を採らずに進むと、かなり厳しい状態になった。
具体的には、限界を感じてからもう一頑張りは可能。
だが、そこで敵と遭遇して戦闘になると体の状態に差し支える。
限界を感じた時点で補給するのが無難のようだ。

生き物のいない死の世界と思われた砂漠。
砂とかげ以外の敵はいないだろうと考えていたが、それは見込み違いだったようだ。

突然現れた黒い牛。牛角とそっくりの容姿をしている。
村では懐くと聞いたものの、実際に対峙するとどう見ても友好的には思えない。
なんとか追い払ったが、かなり手強かった。
やはり村で牛角を借りたのは大正解だ。

大きな石のような蛙も飛び掛ってきたが、こちらは難なく倒せた。
村長の家にいた神父が、「加工すれば質の良い塗り薬になる」と言っていたのを思い出す。
買い取ってくれるそうだから、荷物袋に放り込んでおく。
探索中に手に入るもので目減りした報酬が補えるならば御の字だ。

探索エリアの東端に到着。およそ九時過ぎ。
何も無ければ端から端まで、三十分程の移動時間。
足元の砂に埋もれかかっていた物に気がつき、拾い上げてみる。
本のような日記のような。タイトルは「私の冒険者日記」

内容は、依頼主に騙されて禁制品の採取をした話。
チンピラに襲われていた女性を助けたら、ものすごいお嬢様だった話。
首尾よく霊鳥を捕獲したものの、依頼人が亡くなってしまった話。

オレは拾った日記を地面に叩き付けた。何の宣伝だ。
しっかり時間も経過している。
少なくとも、今のオレに有益な内容は一切無かった。

首飾りを使うと、前回には無い反応を示した。
だが、具体的な距離や位置の特定は出来ない。
これだけの情報に飛びつく訳にもいかず、ルートをズラして探索しながら引き返す事にする。





何事もなくカッツ村へ到着。
村長宅へは寄らずに泉で喉を潤し、水筒を満たす。
時刻は十時過ぎ。水筒三回分のうち、二回消費で往復出来た。
戦闘や探索で少々ロスしても余裕を持って村に戻れる。
足止めを食らうような事にならないのを願うばかりだ。





今度は北へ向かう。
北端に到達し、首飾りを使うと東に反応があった。

「普通に考えれば、北東の端に近い場所だけどな・・・」

北東方向に進めば、手持ちの水では帰路が賄えない。
パミア茸を手に入れたとしても村に帰れなければ意味が無い。
せめて、もう一回分あれば。

「今は・・・十時半過ぎか」

苦しんでいる人がいるのは承知だが、確実に依頼を遂行する事を優先する。
もう一度村へ戻ってから考えよう。

結果的に、その判断は正しかった。
村への帰還途中、砂とかげの襲撃を受けたからだ。
限界まで行動した後に襲われていたら目も当てられなかった。

「!?」

体長150センチはあるだろうか。
砂の中から突然飛び出し、オレの左足を噛んで素早く距離を取った。
こちらに向けて威嚇しているのは、狩りをしているつもりなのかもしれない。

今受けた一撃により、オレの移動力は確実に低下してしまった。
敵のホームである砂漠で、ハンデを負って逃げるのは難しい。
図らずも用心が役に立つ展開に。
オレは血の流れる足に構わず剣を抜き、構えた。

「・・・上等だ。どっちが獲物か教えてやる。
騎士団が出るまでもないぜ!」

懐から氷冷水の瓶を取り出し、至近距離で叩きつける。
狙いを過たずに命中した秘密兵器は、想像以上の効果を表した。
明らかに苦しんでいる様子の砂とかげ。
動きも目に見えて鈍くなっている。

砂とかげは、オレが次のに放った一撃をまともに受けて吹き飛んだ。
そのまま仰向けに倒れ、ピクリとも動かない。
初手の冷氷水で相当に弱っていたのだろうか。
敵が死んでいる事を確かめ、噛まれた足の応急手当てを済ませる。
村へ戻る程度ならば問題ないだろう。

アリケス病の細菌も、すぐに発症するわけではない。
オレは外套を脱ぐと、裏返して丸め、荷物袋へ押し込んだ。
さすがに砂とかげと接触し、血を浴びた服装のまま村に入るわけにはいかない。
これで不安が一つ消えてくれればいいのだが、それは楽観的過ぎるか。





「何と!砂とかげを倒されたのですか!?」
「主よ・・・勇者をお遣わしいただき、感謝します・・・」
「いや、まだ本題は達成してないから・・・」

砂とかげ討伐の報告を受けた村長と神父の驚きと喜びは相当なものだった。
パミア茸を見つけてから言うべきだったろうか。
砂とかげが一体だけとも限らないのだし。

神父に手当てをしてもらい、オレはすぐに村を出た。
十一時半を回った所で、未探索の部分が六割程度。
時間が少し押しているが、それとは別に気になる事も。

砂とかげと遭遇して、命の首飾りの信頼性が大きく揺らいでいる。
反応したのは砂とかげではないかという疑念が生まれた為だ。
仮に砂とかげが一体であった場合、かなり高速で移動していた事になる。
一体でなかった場合は・・・あまり想像したくない。

オレに首飾りを渡したのは、村長宅にいたミヒェル神父。
首飾りがパミア茸にどう反応するか、彼が知っていたとも思えない。
オレはギラギラ照り付ける砂漠の太陽を見上げ、ため息をついた。

「ギリギリになるのも、覚悟しなくてはならんかな・・・」

とりあえず今は、探索を進めるしかないようだ。
探索エリアを西から東に潰していくローラー作戦に出る。

結果的にその判断は大正解だった。
オアシスを発見し、探索効率が大きく上昇。
さらに二人の旅人と出会い、それぞれから重要な情報を得る事も出来た。

二人目の旅人に水を分け与えた為にオアシスまで戻らなければならなくなったが、それは些細な事。
謝礼代わりの冷氷水を二つ譲り受け、再び砂とかげと遭遇しても心配いらない。

オレはオアシスで補給しながら考えた。
現在時刻は十四時の少し手前で、未探索エリアは四割程度。
このままローラー作戦を続行し、エリアを探索し尽しても十七時にはカッツ村に戻れるだろう。
だがここに来て精度の高い情報が揃い、ショートカットを選択出来るようになった。
本来、早く遂行出来るほどいい仕事ではある。

探索エリアの南西の端で反応しなかった首飾りが、北西と南東では反応した。
一人目の旅人は、自分の周辺にパミア茸は無いと言った。
二人目の旅人に至っては、「北東に生えていた」と証言している。
その時使った首飾りは、確かに北東方向に反応していた。
もう遠回りする理由は無いようだ。

オアシスから東に直進し、エリアの端で首飾りを使う。
それでもわからなければ、北東からローラーをかける。
そうすれば帰路が近くなるし、二人目の旅人から聞いた「石蛙の巣」を回避出来る。
時間が無い時に、わかっていて突っ込むのも間抜けだ。





エリアの東端に到達して使った首飾りは、輝きを失い砕け散った。
込められた魔力が切れたようだが、最後に指し示した方向へ向かってパミア茸を発見。
色彩に乏しい砂漠の中にあって、鮮やかな色の傘。
瑞々しく、生命力に満ち溢れている。

見つけてみれば、探索エリアのほぼ北東の端。
北西と南東で使った首飾りの反応を信じればもう少し早く到達出来た事になるが、それは結果論。
時間制限に加えて人命がかかった、絶対に失敗が許されない依頼。
パミア茸の説明は受けたものの、実物を自分で見るまでは信じ難い代物だった。
受け取った首飾りの精度や信頼性も不明。
北東の端にカッツ村から直行すれば、水筒の水が底を尽いて帰る事が出来なかっただろう。
オレがそんな状況を無視して突き進む人間だったら、今までのどこかの依頼で死んでいる。

だが、目的の品は手に入れた。
残り時間も、水筒の水も十分にある。
後は寄り道をせずに帰るだけだ。

最短距離での帰路を選択したはずが、人間の死体を発見。
ペンを握りしめている事から、南東の端で見つけた日記の主かもしれない。
時間があれば埋葬してやりたい所だが、今は急いでいる。
この灼熱の世界だ。放っておいてもすぐに砂漠の砂になるだろう。

さらに進むと、砂の上に光る物を見つけた。
宝石のようだ。「砂漠の涙」だろうか。
カッツ村の商人が言った通り、非常に美しい輝きを放っている。
高値で買い取ってくれるようだから、依頼の遂行に自分で持ち出した分を補填してもいい。
砂漠で出会った旅人の中にもこれを探していた者がいたから、再会出来たら情報の礼に渡しすのも悪くない。
オレは宝石を掲げ、太陽に透かしてみた。

「砂漠の涙、ね・・・」

宝石を懐に仕舞い込み、帰り道を急ぎ始める。
リミットはまだ大分先だが、少しでも早く戻った方がいい。
黙々と砂漠を歩く牛角の背に揺られながら、オレはある事を考えていた。









やはり土産にしよう。
泣きそうな顔してたもんな、あいつ。










シナリオ名/作者(敬称略)
砂漠の夢/楓(レカン)
レカン様のサイト「黄金の宝石箱」より入手
(閉鎖されています。当該記事はレカン様の許可を頂き公開しています)

出典シナリオ/作者(敬称略)
予言者「未来からの使者」/楓(レカン)

収入・入手
1100sp、命の首飾り5/5、水筒、黒牛、砂漠の涙、冷氷水×3、パミア茸、石蛙×3

支出・使用
400sp、冷氷水、パミア茸、石蛙×2、命の首飾り5/5

削除
水筒、黒牛

キャラクター
(ベルントLv3)
スキル/掌破、鼓枹打ち、岩崩し、鼓舞
アイテム/ロングソード、賢者の杖、冷氷水
ビースト/黒牛
バックパック/命の首飾り5/5、水筒

所持金
2113sp→2813sp

所持技能(荷物袋)
氷柱の槍、エフィヤージュ、撫でる、スノーマン、雪狐、盗賊の手、盗賊の眼

所持品(荷物袋)
青汁3/3×3、傷薬×4、はちみつ瓶5/5×2、万能薬×2、葡萄ジャム3/3、コカの葉×6、葡萄酒×3、鬼斬り、ジョカレ、聖水、手作りチョコ、チョコ、激昂茸、おさかな5/5、マンドラゴラ、ムナの実×3、識者の眼鏡3/3、術師の鍵4/4、バナナの皮、悪夢の書、火晶石、冷氷水×2、松明2/5、石蛙、砂漠の涙、ガラス瓶(ノミ入り)×2、遺品の指輪

召喚獣、付帯能力(荷物袋)
グロウLv7

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