Page21.黄金の右、発動(器用貧乏①)

「・・・・」
「おやベルント、その依頼に興味があるのかね」

オレの目は一枚の貼り紙に釘付けになっていた。
親父さんが何度も聞いたような台詞をオレにかけてくる。
だが、これはどう見ても依頼書ではない。

「親父さん」
「ん、何だ」
「それはオレが言いたい。この素晴らしく上から目線な初心者講習の貼り紙は何だよ」
「ああ、それか・・・」

親父さんの目は遠くを見ている。
一応注意はしたが、押し切られた感じだろうか。
貼り紙を読み返す。

「『まだ駆け出しで貧乏人のお前らに使い勝手が良い技能を販売します!講習料は一律500spなので興味がある貧乏人は今すぐ、私の部屋まで来い!』。
どう見ても言葉遣いに問題があるか、言葉が不自由な人間の文章にしか見えんな」

貼り紙の文言ははともかく、署名の「シニョーレ」は、かなりの実力を持つ魔術師だ。
数百年生きているとか、古代文明期の生き残りだとか、古竜を倒したとか、小神を倒したとか、噂話もスケールが違う。
酔っ払い共の出任せも交じっているが、この「瞬く星屑亭」に所属する冒険者の中の、所謂「化け物」と呼ばれるレベルの実力を持つ者の一人なのは間違いない。
オレは何度か見かけた程度で、彼女と直接の面識は無かった。

「今なら、部屋にいるんじゃないか・・・?」
「へえ・・・どうせ暇だし、覗くだけ覗いてみようか」

フィルの適性など、相談に乗ってもらえるかもしれない。
階段を上がりかけて振り返ると、親父さんは遠い目でグラスを磨き続けていた。
誰か来れば現実の世界に戻ってくるだろうし、放っておこう。
オレはフィルを呼ぶ為、階段を上がっていった。





シニョーレの部屋の扉をノックすると、中に入るように返事があった。在室のようだ。
扉を開けて中を見て硬直するオレとフィル。
黙って扉を閉める。

「・・・やっぱりやめておこうか」
「・・・そうね」
「待て待て待て!」

ものすごく必死に呼び止める声がする。
振り返ると、扉から銀髪の女性が顔を出していた。
ち、帰ろうと思ったのに。

「入れと言っているのに帰ろうとするとは、何てやつだ」
「いや、変なものを見た時は現状維持で撤退が基本だろう」

ここはシニョーレの部屋、のはずだよなあ・・・。
どこを見てもオレが知ってる宿の部屋じゃない。
シニョーレの言葉を借りれば、「多少レイアウトを変えた」らしいが。
詳しい事はわからないが、魔法で視覚的に変化させたと言う事だろうか。
ハッと我に返り、慌てて自己紹介をする。

「ああ、済まない。オレはベルント、話すのは初めてだったと思う」
「私はフィルよ」
「ふむ。私はシニョーレ=マゼラートと言う。最近、竜殺しの呪縛が解けてこの宿に流れた魔術師だ」

今、サラっと「竜殺し」とか聞こえた。
竜殺しを騙る者は稀にいるが、少なくとも目の前にいる女性はその類ではなさそうだ。
不老不死も大して良いものでは無かったらしい。
それを生涯賭けて追い求める者もいるのだが。

「で、オレ達はまだ駆け出しの範疇に入っている冒険者で、技能に興味がある貧乏人なんだが」
「ああ、あの張り紙か。インパクトがある方が客が来ると、ここに住んでる盗賊のランディに聞いたのでな。如何だ?」
「ふざけすぎだ」

思わずツッコンでしまった。
落胆するシニョーレ。
問題は世間ズレしてるシニョーレより、ランディの方だが。

「あー、何だ。ランディは優秀な盗賊ではあるが・・・」
「ふむ?」
「その趣味や嗜好は世間一般の感覚からすると、非常に残念な男であると言うのは認識しておいた方がいいかもしれん」
「そ、そうなのか」

他人を悪く言うのはどうかと思うが・・・やはり事実を伝えておくべきだ。
ランディは見た感じカルい男だったし、話しやすいのだろうか。
この美貌だから、お高いイメージの方が何かと楽ではあるかもしれない。

「そう言えばお前と話すのは初めてだが、話は聞いた事がある。駆け出しとは言えないと思うが?」
「知っててもらえたとは光栄だよ。まだまだこれからさ」
「なるほど」

まさか、オレの事まで伝わっていたとは。
デビューがある意味派手だっただけに、そうでもないか。

本題の技能について話を聞いてみる。
貼り紙にあった通り、初心者でも扱える技能を教えているようだ。
リューンで一般的に習得出来る技能に比べて、使用回数が多いのはうれしい。
難度を下げた代わりにそれぞれの方向に特化していると言えるかもしれない。
駆け出しでなくとも、技の威力より効果を求めるならば使いどころはあると思う。
妙な名前の技能も、所々に交じっているが。

「シニョーレ、この『ゴブリン』って何?」
「そのままだ。召喚したゴブリンが一撃だけ敵を殴る」
「・・・・」

たぶん、ツッコンだら負けだ。
フィルが変なものに手を出す前に、用事を済ませよう。

「シニョーレ、このフィルに使える技能を探しに来たんだが」
「ではこの『ゴブリン』を――」
「それはいらん」

フィルが宿に来た経緯を簡単に伝える。
シニョーレはオレの話を聞き終えると、短く詠唱してからフィルを見た。

「確かに、炎に対して強い親和性があるようだな。
それと・・・私は専門家ではないから、はっきり言えないのだが。
精霊が通常に実体化したものとは、少し違うように思える」
「精霊宮に行った方がいいかな?」
「それもいいし、宿にも精霊術師はいるだろう。意見を聞いておくといい」

そういえばイデアがいたな。近い内に捕まえよう。
色々と問題はあるが、優秀な精霊術師なのは間違いない。
フィルを見ると、言葉を発する事なく、オレ達のやり取りを聞いていた。

シニョーレがフィルに勧めた技能は「火の礫」。
この技能はフィルが発動出来たらしい。
炎の精霊に属する存在だからだろうか。

「発動の仕方が本来とは違うのだが、使えれば問題あるまい」
「アバウトだな・・・」

だが確かに、使用者の個性や特性に応じたやり方を選べばいいのかもしれない。
誰もが同じ方法で力を発揮出来るわけではないのだから。
基本はあくまで基本だ。

オレは特別、興味を引かれる技能は無かったのだが。
シニョーレのプレッシャーに耐えかねて「撫でる」を購入。
「相手が安心したり心を開く」というから早速使ってみたら、すごい勢いで殴られた。
一瞬、意識が遠のく。

「く、クロスカウンター・・・」
「何をする!」
「それはこっちの台詞だ!全力で心を閉じてるだろうが!」
「む・・・そ、それは使用者に問題があるからだ」

目を逸らすシニョーレ。 
返品も受け付けてくれそうにないし、とりあえず荷物袋という名の腐海に沈めておく。
覚えていれば、いつか出番があるかもしれない。
代わりと言っては何だが、シニョーレがオレに聞いてきた。

「ベルント。お前は剣を使うのだろう?」
「ん?ああ」
「私が扱うのは魔法剣で、求められる資質も魔術師寄りだ。お前には合わないだろうが。
剣技を習得出来そうな場所に心当たりがあるぞ」
「ほう?」

シニョーレが教えてくれたのは、ヴィスマール南のコフィンの森の中にあるという隠れ里「ビスティア」。
そこの住人の中に、技能を教える者もいるらしい。
それぞれバラエティに富んだ技能を扱っているようだ。
目印は、里の入り口で見張りをしている褐色の肌のエルフ少女。

「・・・それ、ぶっちゃけダークエルフじゃないのか?」
「お前なら入れない事も無かろう」
「何か問題でも?」
「だから、『お前なら』無い」
「・・・??」

オレなら入れる、とは?
どうやら、「行ってみて決めろ、自分で見て考えろ」という事のようだ。
まあ、まずい事があれば言うだろうし、気にする事も無いか。
考え事をしていると、不意に部屋の扉がノックされた。

「シニョーレ、いる?」

若い女性の声だ。
シニョーレの返事で中に入ってきたのは、少女だった。
胸には聖北の聖印がかけられている。

「あら、お客さんだったのね。また後で来るわ」
「いや、用件は済んだよ」

オレは椅子から立ち上がった。
隠れ里の話も聞けたし、他に聞きたい事があればまた来ればいい。
そろそろお暇しようか。

「行こう、フィル」
「ええ。有難う、シニョーレ」
「二人とも、気が向いたらまた寄るといい」

部屋を出る間際、少女に挨拶をする。
少女はにっこり笑って返事をした。

「私も技能を教えているから、よかったら声を掛けてね」
「ああ」





「最後に来た子、知ってるの?」
「いや、初対面だな」

返り際だった事もあり、また名前を聞きそびれた。
彼女は何の技能を教えているのだろう?
聖印が見えたから、法術の類だろうか。
今度聞いてみよう。

「シニョーレ、竜殺しだって言ってたわね」
「ああ。この宿でも一、二を張る実力らしいな」
「竜殺しと同等か、上回る人もいるの!?」
「そう、聞いてる」

「瞬く星屑亭」に限らず、ある程度の実績を重ねて名声を得た腕利き冒険者達は、大抵は自宅やらパトロンにあてがわれた豪邸やらで暮らしている。
個人やパーティが直接依頼人とやり取りする事も多く、宿に顔を出す機会は多くない。
宿の部屋に居つく、シニョーレのようなタイプはいない事も無いが、珍しいと言える。
彼女は金や名声に飢えているわけではなく、冒険者暮らしを愉しんでいる風だが。
オレはふと先刻の様子を思い返した。

(それにしても・・・普通だったな)

もちろん、シニョーレの事だ。実力の方ではなく。
間違いなく変わり者だ。そこは否定しないが。
こう言っては何だが、もっとぶっ飛んだ性格の女性かと思っていた。
先入観で話をしてはいけないと言う事か。

(それと・・・)

隠れ里、「ビスティア」。
見張りがダークエルフだというなら、住人は妖魔なのだろうか。
魔獣も棲むと言われる、コフィンの森の中の集落。
里には剣技を教える者もいるようだし、俄然、興味が湧いてきた。










シナリオ名/作者(敬称略)
器用貧乏/レカン
レカン様のサイト「黄金の宝石箱」より入手
(閉鎖されています。当該記事はレカン様の許可を頂き公開しています)

出典シナリオ/作者(敬称略)
イデア「胡鳥之夢」他/レカン
ビスティア「隠れ里ビスティア」/レカン

収入・入手
撫でる(スキル)、火の礫(スキル)

支出・使用
1000sp

キャラクター
(ベルントLv3)
スキル/掌破、魔法の鎧、鼓枹打ち
アイテム/賢者の杖、青汁1/3、ロングソード
ビースト/
バックパック/

(フィルLv1)
スキル/鼓舞、火の礫
アイテム/
ビースト/
バックパック/

所持金
7720sp→6720sp

所持技能(荷物袋)
氷柱の槍、エフィヤージュ、撫でる

所持品(荷物袋)
傷薬×4、青汁3/3×2、万能薬×2、解毒剤、コカの葉×5、葡萄酒×2、イル・マーレ、聖水、うさぎゼリー、魔法薬、うずまき飴、激昂茸、ムナの実×3、識者の眼鏡3/3、識者の虫眼鏡3/3、術師の鍵4/4、バナナの皮、悪夢の書、ガラス瓶(ノミ入り)×2、破魔の首飾り、魚人語辞書

召喚獣、付帯能力(荷物袋)
グロウLv3

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