Page2.冒険者、始めました(ゴブリンの洞窟)

 目の前で、親父さんが難しい顔をしている。
 カウンターの上に置かれた一枚の依頼書を巡って、オレと親父さんは問答をした後、長い沈黙を続けていた。
 親父さんが再び沈黙を破った。

「・・・悪い事は言わん、考え直せ」
「考えて決めた事だよ」

 オレは短く答える。
 なんとかオレに依頼を断念させようと、軽くため息をついた後に親父さんが畳み掛けてきた。

「確かにこれは駆け出しの冒険者で足りそうな依頼だが、一人で向かうのは危険すぎる。
 今、この宿には一人でもこなせそうな未消化の依頼がいくつもあるんだぞ。
 この依頼でなくてもいいだろう?
 それに他のパーティーが一組、別な依頼を終えてここに向かっているはずだ。
 疲れているだろうが、続けて洞窟に行ってもらおうと思っている。それで―――」
「そのパーティー、予定ではもっと早く戻っているはずなんだろう?」

 オレは親父さんの言葉を途中で遮った。
 今度はオレが続けて話す。

「そのパーティーの今の状況はわかっていない。
 いつ戻ってくるかも、どれだけ消耗しているかも。
 どうしてオレがこの依頼を受けようとするのか。
 現在、宿に掲示されている依頼書の中で、オレが対応できる余地があり、尚且つ最も緊急性の高い依頼がこれだ、と思ったからだよ。
 現地はリューンから一時間の場所だろう?
 然るべき部署に報告すれば、そう間を置かずに討伐隊が派遣されるはずだ。
 報告しなくても事態が知られるのに時間はかかるまい。
 にもかかわらず報酬を用意して冒険者に依頼するのだから、早急な対処を求められているんじゃないか」
「・・・・」

 痛いところを突かれたのか、親父さんは苦虫を噛み潰したような顔で聞いている。

「オレだって生命は惜しい。依頼に失敗した上に事態を悪化させるのも避けたい。
 一人で必ずどうにか出来るなんて、自惚れてないさ。
 先輩たちが戻ったら向かわせて欲しいし、無理だと思えば戻ってくる。
 それで報酬をくれなんて―――」
「ふう・・・もういい、わかった」

 親父さんは観念したように深いため息をついた。

「準備が出来たら向かってくれ。だが、くれぐれも無茶はするなよ」
「わかった」
「ゴブリンを相手にした事はあるのか?」
「仲間と一緒に、遭遇戦と掃討戦を一度ずつ」
「そうか。他の連中が戻ったら向かわせるからな」
「ああ、頼む」

 オレは答えながら自室に戻り、薬類の入った袋を取ってホールに戻ってきた。
 剣の手入れは済んでいる。
 厨房で、オレと親父さんのやり取りを聞いていたのだろう、娘さんも顔を出した。

「ベルント、いってらっしゃい」
「行ってくる」

 親父さんも娘さんも、冒険者を送り出す時は不安に違いない。
 駆け出しを危ない依頼に出す時はなおさらか。
 ちゃんと宿に戻るのが大事なんだと、実感した。

 宿の外に出て、厩舎と言えない狭さの馬房に向かう。
 足音で気が付いたのだろうか、ロシがこちらを見ている。
 そろそろ、郊外で世話をしてくれる場所を探さなくては。

「ロシ、急だけど初仕事だ」

 いつも仕事に連れて行けるわけじゃないが、今回はおあつらえ向きだろう。
 気合の入った風なロシの首を軽く叩いて、宿を後にした。





 特別に急いだつもりも無かったが、30分もかからずに目的の洞窟近くの農家に到着。
 農夫らしき男を見つけて声をかける。どうやら依頼人である村人達の一人だったようだ。
 オレは先発で、後から応援が来る事を告げると依頼人は安心したような表情になった。
 ロシを繋がせてもらい、単身で洞窟へ。

 洞窟を視認出来る場所に身を隠す。
 入り口の前、見張りに立っているのはゴブリン一体。
 周辺は少し開けていて、まともに近づけば間違いなく見つかるだろう。
 声を上げられたら全ての敵にオレの接近を知られてしまう。
 盗賊や狩人ならば、気付かれずに近づけるかもしれないが・・・無い物をねだっても仕方ない。

「おびき出す、かな」

 最悪、強襲するしかないが。
 その前にやれる事はやっておこう。
 近くの草を揺さぶってみる。

「・・・?」

 さらに一度、二度揺さぶってみる。
 ゴブリンは気付いてはいるようだが動かない。

「もう一度やって同じなら、諦めて強襲だな」

 腹を括って草を揺らすと、漸くゴブリンが持ち場を離れた。
 無警戒に近づいてきた見張りを、草むらに引きずり込んで騒がれる前に黙らせる。
 幸先の良さを感じながら洞窟の中へ進む。

 洞窟の中は、それほど広く感じない。
 入ってすぐに分岐があり、左から騒々しい物音が聞こえてくる。
 おそらくはゴブリンなのだろう。それも複数。
 この先に進むのは、分岐の反対を調べてからにしよう。

 分岐の右を進むと、地鳴りのような音が聞こえてきた。
 どちらに進んでも手荒く歓迎してもらえそうだ。
 決められないなら、そのまま右奥へ行ってしまおう。

「・・・地鳴りの正体は、これか」

 目の前には、ホブゴブリンが大いびきで寝転がっていた。
 ホブゴブリンはゴブリンよりも大柄で力も強い妖魔だ。
 今のオレではまともに攻撃を食らえば、立っていられるか怪しい相手だが、この状態ならば戦いにもならない。
 見張りのゴブリンに続き、ホブゴブリンも難なく片付けた。

 分岐に戻り、左の道を進んで騒々しい物音の手前で息を潜める。
 ここまではこれ以上無い幸運が続いて、戦闘らしい戦闘をせずに妖魔を二体屠った。
 だが、さすがにこの先に進めば戦闘は避けられまい。
 そして、この先にいるのがゴブリンだけという保証は全く無い。

(どうする?)

 一度引き返して後から来る冒険者を待って引き継ぐ選択もある。
 その場合、ゴブリンは右奥と入り口の状況を見て、警戒を強めるだろう。
 この洞窟を出て、移動中に通行人に遭遇したり、付近の農家を襲う事もありうる。

 オレはすでに、奇襲作戦を遂行中の状況にあるという事だ。
 早まったと言えなくもないが、この洞窟の掃討完了まで後一歩に迫っているのもまた事実。
 単に敵の警戒を促すだけの奇襲ならする意味が無い。いや、しない方がいい。
 いつ敵が動くか、外から戻ってくるかもわからない以上、この場所に留まるのは危険だ。

(・・・要は、一択という事か)

 苦笑しつつ、覚悟を決めた。
 洞窟の構造が不明なのは残念だが、そう深くはないだろう。
 出来る限り近づき、「魔法の鎧」を詠唱して突っ込みたい。
 今のオレでは一度きりしか発動できない呪文だ。

 懐を探ると、薬が丸々残っている。体力も消耗していない。
 後はせいぜい敵を慌てさせ、少しでも有利な状況にして戦うだけだ。

(その為にも、可能な限り近づかないとな)

 まだ使い込んでいない剣をしっかり握り締め、先に進む。
 直後、ツキはいつまでも続かない事を、オレは身を以て知る事になった。

「きぃぃっ!!」
「冗談だろぉっ!?」

 ゴブリンの集団と、まさかのご対面。
 今から呪文の詠唱をしても袋叩きは必至。
 立ち止まった場所の次の空間に敵がいるとは。

「ああ、もう!」

 オレは背を向けると、全力で洞窟の出口へ走った。
 出口手前で「魔法の鎧」を詠唱すれば、外へゴブリンが出るのを阻止出来る。
 大勢の敵をまとめて引き受ける事も無い。
 かつての同僚達には見せられない姿だが、ここは名誉よりも任務の遂行を優先する場面だ。

「はあ、はあ・・・」

 出口で奥を振り返る。
 追ってくる気配も、物音もしない。
 単純にツイているとは言えないようだ。
 どう考えても準備万端で待ち構えてるはず。

 敵に知恵の回る者がいるのかもしれない。
 パッと見ただけだが、ゴブリンにコボルドもいただろうか。
 十体ほどを相手に強襲しなければならなくなった。
 この場で冒険者を待つ手もあるが、いつ来るのかもわからない。
 落ち着く所に落ち着いたのだと諦めよう。

「・・・まあ、何だ」

 待つよりは自分から仕掛ける方が、気は楽だ
 オレは深呼吸すると、薄暗い洞窟へ再び踏み込んだ。










「親父さん、娘さん、戻ったよ」
「「・・・・・!!」」

 血相を変えて宿から飛び出してきた二人は、ロシの背の上のオレを見て絶句した。
 まず、宿の向かいで花壇の花に水を遣っていた雑貨屋の看板娘が、オレの挨拶に振り向くなりそのままの姿で硬直。
 一瞬の後、我に返った看板娘が全速力で宿に駆け込み、親父さんと娘さんを呼んできてこの状況に至る。

 オレはロシから引き摺り下ろされて自室のベッドに転がされると、異様に沁みる薬を浴びせられた上にマミーのように包帯でグルグル巻きにされ、その後は延々と説教をされる羽目になった。
 何か言い返そうにも、口まで包帯で塞がれていては何も言えない。

 後から来る予定だった冒険者達は、オレの仕事が早く片付いた事もあり間に合わなかった。
 宿に戻ってから親父さんに事情を聞いたらしく、済まなそうな顔でオレの部屋を訪れたのだが、オレがボロボロなのは力が足りなかっただけで。
 包帯のせいで何も言えなかった事もあり、見舞いの葡萄酒を有難く頂いた。

 彼女達は、念の為に洞窟付近を見に行ってくれたらしい。
 ゴブリンはオレが倒した分で全てだったようだが、実況検分をしていた兵士からお悔やみを述べられ、生きている事を告げると非常に驚いていたとか。
 現場には、それほど激しい戦いを思わせる痕跡が残っていたようだ。

 為す術なく天井を見上げているオレは、自分で思っていた以上に重症だったらしい。
 最奥の宝箱を開けるのに、指先に力が入らず何十回もやり直したのも頷ける。
 宝箱に入っていたのは、少々の金貨と「賢者の杖」と呼ばれる魔法のアイテム。
 それなりに使える品で、売る事も出来るらしい。
 金貨は報酬も合わせて800spになり、全部オレがもらえる事になった。
 ベッドの上で、包帯だらけの右腕を持ち上げる。

「・・・何かが降臨したようなツキだったよなあ」

 こう言っては何だが、最後の戦闘は残っていた幸運まで全て使い切っても説明出来ないようなものだった。
 前回と同じ場所で待ち構えていた敵に、「魔法の鎧」を詠唱してからオレは突撃した。
 敵の内訳はゴブリンが二体、コボルドが四体、そしてゴブリンシャーマンが一体。

 習得したばかりの『掌破』が発動し、親玉らしいゴブリンシャーマンを早々と撃破。
 さらにゴブリンを一体仕留める間に、恐慌に陥ったのかコボルドが二体逃走。
 ここまで傷薬の消費を一つだけに抑えられた。
 手負いの駆け出し戦士であっても、ゴブリン一体とコボルド二体程度ならばどうにかなる。
 傷薬を使い切り重傷まで追い込まれたものの、何とか勝利。
 とはいえ、毎回こんな戦いをしていれば長生きは出来ない。

「どの道、しばらくは親父さんと娘さんの監視付きで絶対安静だろうけどな」





 まずは「冒険者ベルント」初めての依頼、完遂。
 やっていけるかな、これから。










シナリオ名/作者(敬称略)
ゴブリンの洞窟/齋藤 洋
groupASK official fansiteより入手
http://cardwirth.net/

収入・入手
800sp、賢者の杖

支出・使用
傷薬×2

キャラクター
(ベルントLv1)
スキル/掌破、魔法の鎧
アイテム/傷薬×2
ビースト/
バックパック/

所持金
1100sp→1900sp

所持技能(荷物袋)

所持品(荷物袋)
聖水、葡萄酒、コカの葉、賢者の杖

召喚獣、付帯能力(荷物袋)

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