「何です!?」
ユルヴァがベッドの上で飛び起きた。
リムーもぼんやりと目を擦っている。
突如、部屋の扉が激しく打ち鳴らされてのリアクションとしては、至って普通だろう。
普通でないのはミカエラだ。下手に起こすと蹴りが飛んでくるから近づけない。
オレは静かに扉の脇、正面からズレた場所に移動した。
扉はまだ、外から激しく叩かれている。
「こんな夜更けに、誰だ?」
「この村の村長でございます。どうかこの扉を開けてくれませんか?」
(村長?まあ、いい話では無さそうだ)
扉の向こうから老人の声が返ってきた。
ここはヒバリ村と言う小さな村。
オレ達は依頼の帰りにここで宿を取った。
当然、村長と面識は無く、この村にも縁は無い。
何かやらかした覚えも、もちろん無い。
「ユルヴァ」
「大丈夫ですよ」
女性陣の仕度が済んだのを確かめてから、オレは扉を開けた。
軽く会釈をして年老いた男が、続いて若い女性が入ってくる。
女性は泣いていたのだろうか、この暗がりでもわかるほどに目元が腫れている。
「お休みのところ、申し訳ありません。
しかしどうしても、あなた方に助けていただきたいことが」
「依頼と言う事かな?」
村長はオレの問いに、ぎこちなく頷いた。やはり。
それも緊急性、危険性の高い話。
何の依頼か尋ねてみるが、村長も混乱しているらしく話が要領を得ない。
話を整理する為、ポイントを絞って聞く事にする。
依頼としては、妖魔に攫われた子供の救出。
妖魔は恐らくゴブリンで、十体以上。確実な数は不明。
攫われたのは九歳の女の子で、名前はマリア。
マリアは黒と赤のフードを被っていたという。
好奇心の強い子供の事、妖魔に対する恐怖に興味が勝ってしまったのだろうか。
利発だと言うから、「大人達が脅かせば逃げていく程度の存在」である事も頭に入っていたのかもしれない。
「依頼と聞いたが、報酬は?」
「見ての通り、貧しい村です。・・・400sp、これが私たちの用意できる精一杯です」
「わかった。それで十分だ」
オレが即答すると、村長が安堵のため息をついた。
正直、報酬は十分とは言えない。
だが仲間達には、こういう状況で吹っ掛ける冒険者になって欲しくない。
もちろん、自分達の命は大事に決まってるし、それを安売りすべきでもないのだが。
村長とのやり取りを終えて、仲間達に視線を向ける。
寝起きの悪いミカエラも、状況を飲み込んで出発の準備を済ませていた。
子供が連れ去られたという廃坑の近くまで、村長が案内してくれると言う。
ユルヴァが若い女性に声を掛けようとするのを手で制し、オレ達は出発した。
「必ず助ける」は無責任だし、「最善を尽くす」は却って残酷かもしれない。
村長が都合してくれた消耗品は、ありがたく頂いておく。
廃坑の近くに到着すると、村長は立ち止まってオレ達を見た。
後はまっすぐ進めば廃坑の入り口に辿り着く。
オレは村長に告げた。
「ここまでで結構。村に戻っていてもらいたい。
万が一、朝までに我々が戻らなかったら・・・すぐに通報を」
「わかりました。それと、お伝えしたい事が」
「?」
村の者が一人、先に廃坑に向かったのだという。
攫われた子供の父親。当然と言えば当然の行動だが、あまりに無謀だ。
状況がさらに厳しさを増した。
村長も子供の父親については半ば諦めている様子。
それだけでなく、敵の不意を突くという選択肢は消えた。
子供の扱いがどう変わるかも気になる。急がなくては。
「これをお持ちください」
村長は言いながら、報酬の入った袋を差し出した。
小さな村の数少ない子供。マリアは宝物のように育てられてきた。
オレ達が首尾を果たせなかった時、村の者は理不尽な怒りや悲しみをぶつけるかもしれないという。
報酬は先に渡しておくから、その時は村へ戻らず去って欲しい、と。
オレは首を横に振った。
「受けた依頼は少女の救出だ。マリアを連れて戻った時に成功報酬で頂く」
「わかりました。これをお渡しできる事を、私も祈っております」
オレ達は村長に見送られ、廃坑の入り口へ向かった。
ユルヴァがオレに問いかける。
「ベルント、一つ聞いてもいいですか?」
「ん?」
「どうしてさっき、報酬の事を聞いたんです?」
ユルヴァからすれば当然の疑問か。
どう見ても十分な報酬が用意出来る村とは思えない。
緊急性の高い依頼、時間も惜しい。
「それは―――」
「ベルントは、ゼロと言われても引き受けるつもりだった」
「・・・・」
リムーに先に言われてしまった。
どうやら見透かされていたようだ。
「状況はかなり厳しい。村長とのやり取りは宿だけだったかもしれない。
契約をしてしまえば相手の負い目もいくらか減る」
「そうなんですか?」
「あー、まあな・・・」
自分で言うと嫌味だし、リムーに感謝すべきだろう。
少し気まずい思いをしている所へ、ミカエラが割り込んできた。
「おしゃべりはそこまで。急ぐんでしょう?」
「ああ、そうだな」
ミカエラは前を向き、月明りの中を軽い足取りで駆けて行く。
改めて気を引き締め、オレはミカエラの後を追った。
「あれが廃坑かな・・・」
「だろうな」
サリマンの言葉に、オレは頷いた。
だが、見える限りに妖魔の姿は無い。
見張りぐらいはいてもよさそうなものだが。
警戒しながら廃坑の中に足を踏み入れるが、耳を澄ませても何かが動くような音は聞こえて来ない。
「罠があるかもしれないな」
「了解。どっちから行く?」
「左に側道があるみたいだから、そっちから行こう」
「わかった」
ミカエラを先頭に坑道の探索を開始。
地図があれば良かったのだが、村長に聞くのを忘れていた。
オレも相当に焦っているらしい。だが、今は進むしか無い。
せめて手前から、しらみつぶしに当たってリスクを減らそう。
左は通路。長い一本道の先は暗闇。
生き物の気配が感じられないのが不気味だ。
少し進むと正面に扉が見えたが、その前にオレの気を引くものがあった。
「坑道の真ん中に、岩?」
扉とオレ達の中間辺りに、道を塞ぐように大きな岩がある。
避けて通れない事も無いが、下に何かありそうだ。
全員で押して動かしてみる。
「うっ!」
ユルヴァが顔をしかめた。
岩の下から出てきたのは、圧死体と言えばいいのか。
恐らくゴブリンだろう。原型を止めていない。
ランタンを持ち上げ、天井を見る。
岩が落ちたような跡は見えない。
「不自然な岩ですね」
サリマンが呟いた。
そもそも、都合よくゴブリンが潰れるような岩が、一個だけ落ちるものか。
飛んできた、いや投げた?人が数人がかりで動かす石を?
事前の情報でオレ達が知っているのは、ゴブリンらしき生物と男の村人だけだ。
ホブゴブリンではこんな芸当は出来ないだろう。
それにゴブリンを殺す理由が無い。
攫われた娘を思う村人が、火事場の馬鹿力を発揮した?
絶対無いとは言えないが、それはオーガかバーサーカーだ。
その場合、オレ達の方が危ない。
(もう一つ、あるとすれば・・・)
あまり考えたくないが、当たったゴブリンが潰れる様な岩を投げる事が可能な生物の存在。
だとすれば、オレ達の手に余るどころの話じゃない。今はまだ、仮定の話だが。
これ以上ない程の警戒を、さらに警戒しなければならないようだ。
正面の扉はくたびれていて、申し訳程度のもの。
ミカエラが鍵も罠も無い事を確認。
扉の先は、休憩室のような部屋だった。
ベッド代わりだろうか、ワラがいくつか積まれている。
ワラは腐っているのか黒ずんでいて、近づく気になれない。
リムーがそのワラの一部を指差した。
「あれ・・・」
「ああ」
人型の生き物が隠れている。
人型とわかる時点で隠れているとは言えないのだが。
どうやらゴブリンのようだが、震えている。怯えているのか。
戦意が無いのなら、構わず先に進もう。
部屋の奥の扉も薄い扉だが、こちらには鍵がかかっていた。
鍵は中まで錆び付いていたが、ミカエラが無難に解除。
「やるな」
「うん」
そっけなく答え、扉を開けるミカエラ。
前回のユルヴァに続いて、今度はミカエラかと思ったが。
何となく、思い当たる事があった。
母のそばから連れ去られた小さい娘。
無事であれば心細い思いをしているはず。
心配する母親、いても立ってもいられず飛び出した父親。
親子というキーワードがミカエラの心を揺らしたのかもしれない。
扉を開けると、また部屋が現れた。
水を吸って腐ったワラが敷き詰められている。
葡萄酒らしい瓶を見つけたが、持っていく気になれない。
奥の扉には鍵は無く、先に進む。
扉の先は通路だが、内側に歪んだ部分が狭くなっている。
突き出た部分は岩盤だろうか。
岩盤の隙間には蛇がいたが、放っておくと姿を消した。
通路を進むと壁に亀裂が多いのに気付いた。
もしかしたら崩れやすいのかもしれない。
気をつけよう。
「・・・っ」
部屋の中を見たユルヴァが息を飲む。
床に散乱している大量の木片は、部屋の三方の扉とテーブルの残骸らしい。
そして二つの死体。
片方はホブゴブリン。
ツルハシを握り締めたまま絶命している。
胸部が潰れ、肋骨らしきものが突き出しているのが見える。
すでに死後硬直が始まっているようだ。
もう一人はがっちりした体格の人間の男。
恐らく、村長が言っていた村人だろう。
自らが作った血だまりの中、壁際に座り込んだ状態で死んでいる。
死体を検めると、右腕が肩の付け根から無かった。
「血痕が北から続いていて、右腕がここに無いと言う事は・・・」
北側に目をやる。
扉の無い入り口の向こうの暗闇に、血痕が吸い込まれるように続いている。
この先で深手を負い、ここで失血死したのだろうか。
二つの死体に違和感を覚えるが、それは後にしよう。
男が首飾りをしている事に気づき、身内に渡す為に回収する。
弔ってやりたいが、この男の娘の安否を確かめるのが先だ。
そう考え、オレは首を小さく横に振った。
(・・・いや、「救出」だな)
この部屋には三方に出入り口がある。
さて、どうしたものか。血痕が続く北に行きたい所だが。
動かないオレに、仲間達が声をかけてきた。
「どうしたんです?」
「わかってる。東に行こう・・・ミカエラ?」
「え?あ、うん。東ね」
「・・・・」
ミカエラは、村人の死体を呆然と眺めていた。
オレの呼びかけで我に返ったように東へ向かう。
何故か今だけ、集中力を欠いていたように見える。
少々、心配な所だ。
東、それから南へ向かえば、恐らく出口に近づくだろう。
帰るわけではない。
この坑道の構造が分からないのが問題の一つ。
根拠の無い勘ではあるが、娘がいるとすれば部屋のような場所か。
そのような場所は、坑道であれば必ずしも奥とは限らない。
もう一つ、さらに重要な問題。
とてつもなく、嫌な予感がする。退路を確保しておきたい。
ゴブリンは夜行性。獲物を連れ帰り、静かに酒盃を酌み交わす趣味はあるまい。
さらに村人が一人、殴り込みに来て亡くなっていた。
テンションが上がりこそすれ、下がる理由が無い。
静か過ぎるのだ。
村人の血痕が続いている北からも、何の気配も感じ取れなかった。
罠を張り、あるいは息を潜めて待ち伏せしているのだろうか。
途中で見たゴブリンの怯えぶりも気にかかる。
「ベルント」
「リムー・・・どう考えても、この坑道の状況は普通じゃない」
「私も、そう思う」
リムーも同じ事を考えていたようだ。
十字路に差し掛かる。正面の光は坑道の出入り口。
左が通路、右は今まで歩いてきた感じだと部屋だろう。
足元には扉が転がっている。力任せに引き剥がしたのか、壁には金具が残っている。
そして、オレが感じた嫌な予感は、次に入った部屋で決定的になった。
「これは、一体・・・」
部屋の状況を一目見て絶句するサリマン。いや、誰一人言葉を発しなかった。
先程の部屋どころではない、凄惨な死体が数体。
ゴブリンシャーマンも混じっているが、杖を持った右腕は胴体から離れた場所にあった。
部屋に置いてある食料の類も血塗れになっている。
オレは言った。
「間違いない。ゴブリン以外の『何か』がこの坑道にいる」
仲間達の視線がオレに集まる。誰かが再び息を飲んだ。
魔術を使う狡猾なゴブリンシャーマン、怪力を誇るホブゴブリン、屈強な村人をものともせず捻り殺す程の「何か」。
今までに見た死体の状況から、殺害からそれほどの時間は経過していない。
そいつが今、この廃坑の中にいる可能性は極めて高い。いや、いないわけがない。
言葉を選びながら状況を説明する。仲間達は黙って聞いていた。
この惨状を引き起こした敵に遭遇し、普通に戦えばオレ達も廃坑の死体の仲間入りだ。
選択肢は二つ。進むか、ひたすら全力で逃げるか。
後者を選んでも責めることは出来ない。
命あっての物種、と言うくらいだ。
「・・・ベルントはどうするんですか?」
ユルヴァからの問いかけ。
他の仲間も、オレの返事を待っている。
答えは、決まってる。
「子供を見つけてない。ヤバいやつも、可能なら何とかしないと周辺が危険だ」
「じゃあ早いとこ、続きを始めましょ」
オレの返事に、さらにミカエラが即答した。ユルヴァも頷く。
実際、それしか無いだろう。無事に逃げれる保証も無いわけだし。
一緒に行動した方が生還の可能性が高いと考えるのも一理ある。
「わかった。だが退却が優先だと覚えておいてくれ」
部屋を出て十字路をまっすぐ西に進む。
いきなり蝙蝠に絡まれたが、剣で払うと全て逃げ去った。
心臓に悪い。この辺りが巣だったようだ。
扉に行き当たる。その前にはゴブリンの死体。
死因は背中に食い込んだ斧だろう。
争った跡が見当たらず、背後から不意打ちの一撃か。
だが、不思議な事に得物であるはずの斧が残されている。
「なるほど、これか」
ゴブリンの腰の鞘に、剣が無い事に気付いた。
襲撃者は時間を惜しんで抜きづらくなった斧の代わりに剣を持っていったようだ。
他の死体と状況が違うから、死んだ村人の仕業かもしれない。
扉はこの廃坑の他のものと違い、分厚くしっかりした作りだ。
かすれた文字で「火気厳禁!」と書かれている。
基本的に坑道内は可燃性ガスが漂っている可能性があり、火の気を嫌う。
わざわざ書かれているのなら、燃料や火薬を保管してあるのだろうか。
ミカエラが鍵を解除し、扉を開く。
中にはいくつもの壺が置かれていた。
気分の悪くなるような臭いは獣油か。
火薬らしきものもあるが、湿気ている。
ユルヴァを見ると、空の壺を倒している。
中からネズミが飛び出し、一瞬立ち止まった後、闇に消えた。
こんな時でもユルヴァはユルヴァだ。
ブルブル震えられるより頼もしい。
「ベルント、奥にも扉があるわよ」
ミカエラが壁に立てかけられた板を見ている。
確かに、裏に扉がある。
板を頻繁に動かした形跡から、出入りがあったと見て間違いない。
子供が、いるかもしれない。
だが、その予想は当たらなかった。
扉に鍵はかかっておらず、無造作にミカエラが進入していく。
中は狭い部屋になっていて、目立つのは三つ並んだ箱の前に倒れているゴブリン。
ゴブリンはすでに事切れていた。死体の首に小さな穴が複数、他に目立った外傷は見当たらない。
罠箱と断定して部屋を出る。本題はそれじゃないんだ。
村人とホブゴブリンが死んでいた部屋まで戻り、北に向かう。
ここから、危険度が一気に跳ね上がる。否が応にも緊張感が高まる。
村人のものと思われる血痕を辿ると、血溜まりに行き当たった。
右には扉が見える。鍵がかかっているようには思えないが、開かない。
後回しにし、通路を先に進む。
通路の途中に岩が転がっていた。
何やら文字のようなものが刻まれているが、意味がわからない。
必要ならば解読もするが、この状況に有益な情報とも考えにくい。
さらに先は行き止まり。落盤したのか、岩が進路を塞いでいる。
幸い、それ以上崩れだす心配は無さそうだ。
「見てないのは、あそこだけだな」
「要警戒、ですね」
「ああ」
引き返して、後回しにした扉へ。
鍵がかかっていないのは確かだが。
扉を調べているミカエラが振り返った。
「いい?」
「ああ。ヤバいやつならとっくに出て来てるだろ」
「え?え?いい、って―――っ!?」
オレとミカエラの会話が飲み込めなかったユルヴァが話し終わる前に、洞窟に大きな音が響いた。
ミカエラの強烈な蹴りは、扉を一撃で打ち破――れなかったものの三度目のアタックで扉を吹き飛ばした。
サリマンが額に手を当てている。
「サリマン、呆れるのはご対面が済んでからな」
「・・・了解です」
案の定、扉の向こうにはゴブリンが立てこもっていた。
背水の陣のゴブリンを文字通り蹴散らし、手前の壺を覗く。
ここにもゴブリン。何とかオレ達をやり過ごそうとしているらしく、懸命に円くなっている。
放っておいて奥の壺を覗き込み、オレは思わず声を上げた。
「うおっ!?」
「どうしたんです!?」
「い、いやこれ・・・」
「あっ!!」
壺の中にいたのは、女の子だった。
これが箱だったら文字通り箱入り娘なのだが。
いや、そんな場合じゃない。
金髪で黒赤のフード。
攫われた娘、マリアと容姿が一致する。
(間に合ったか・・・それだけは良かった)
マリアは怯えているのか、先程のゴブリンのように壺の中で縮こまっている。
ずっと怖い思いをしていたのだろう、無理も無い。
オレに代わってユルヴァが声をかける。
「お母さんが待っていますよ。村へ帰りましょう」
「!」
お母さん、と言う言葉にマリアは反応した。マリアを壺から引っ張り出す。
動けない事も覚悟していたが、「自分で歩ける」と飛び跳ねて見せた。
混乱しているのか口数は少ないものの、会話も出来る。
強い子供だ。早く母の元へ帰してやろう。
マリアは坑道の中で起きた事については、よくわからないようだ。
ただ、「大きな音がしてゴブリンが出て行った」らしい。
この坑道の異変が彼女の運命を変えたのかもしれない。
「マリア、オレ達の間を歩いてくれるか」
「うん」
マリアに呼びかける。
オレ達は外を何度も警戒してから部屋を出た。
「見れる所は全部見たはずだが・・・」
「遭遇したのはゴブリンだけでしたね」
「ああ」
まだ嫌な予感は拭い去れない。
だが、何も無ければそれに越した事もない。
マリアを無事に母親の元に連れ帰れるなら、それでいい。
坑道の出口へ最短ルートを進む。
避けては通れない場所も。
「・・・パパ」
「後で迎えに来る。今は君が帰って母親を安心させてやるんだ」
「・・・うん」
我ながら残酷な事を言うものだが、今はこの子とオレの仲間を無事に坑道から連れ出す事以外考えられない。
通路を曲がると先に明かりが見えるはず。坑道の出入り口だ。
だが後少しの所で、神様は幼い娘に通せんぼをしてしまった。
「・・・ちっ」
思わず舌打ちが出る。
出口の前にゴブリンが二体。
いや、蹴散らすだけか。
「やるぞ、腹をくく・・・ってぇ!?」
仲間達を叱咤する言葉が、途中で止まる。巨体が不意に、洞窟の外から現れた。
状況が変わった。さらに悪い方向に。どう見てもオレ達の味方ではない。
巨体はオレ達の目の前で、二体のゴブリンを薙ぎ払って絶命させた。
だが全く喜べない。ゴブリンの方が新たな敵の近くにいただけで、次はオレ達の番だ。
ミカエラが悲鳴交じりの叫び声を上げた。
「何なのよあれ!!」
身の丈五メートルはあるだろうか、その巨体に怪力。
オレも初めて対峙する敵だ。
一つだけ分かるのは、まともに戦うべきではないという事。
だが、マリアだけでも坑道から出したい。
怪物はオレ達に視線を向けた。
出口はすぐそこ。隙の一つも作れないか。
そんな甘い考えは、すぐに吹き飛ばされた。
鋼の鎧のような皮膚に剣が弾かれる。僅かな傷は瞬く間に塞がってしまった。
魔法もまともに効いてくれない。勝負以前の問題だ。
「どうするの!」
「決まってる!逃げるぞ!!」
「子供はどうするんですか!」
「それも決まってるでしょ!!!」
ミカエラが必死に手を伸ばすマリアを抱え、走り出す。
そのまま先頭切って左の通路に飛び込んだ。オレ達も後を追う。
直感だろうが悪くない選択だ。
周回している限り、常に逃げるチャンスはある。
(だが、どうする?こいつをここから出すわけには・・・)
「ベルント」
「リムー?どうした」
「戦うの?」
すぐに返事が出来なかった。
勝ち目が無くても戦うのが騎士ではあるが。
先刻のゴブリン、そして一度だけ斬りつけた手応えを思えば、時間稼ぎになるかどうかも怪しい。
出来れば自分に引き付けてしまいたいが、失敗した時は目も当てられない結果になる。
再び村人の死体がある部屋へ。出口が近づいて来る。
「私に、考えがある」
「・・・・」
「任せて欲しい」
「わかった」
オレが答えるとリムーは身を翻し、先行した三人に追いついた。
何か話している様子。そのまま、出口ではなくその手前を曲がって燃料庫へ向かう。
思いつくのは獣油と湿気った火薬。それらで何をする気か。
オレも一気にスピードを上げ、左の通路に駆け込んだ。
足元に神経を集中させる。
万が一、滑ったり躓きでもしようものなら追いつかれてしまう。
バナナの皮でも落ちてなければ大丈夫だろうが。
そういえば、バナナの皮なら持っていたような。
やはりあれは、巨体の化物でも転ばしてくれるのだろうか。
魔術師の卵の、悪戯っぽい笑みを思い浮かべた。
あの悪戯大好きっ娘が、そんな大事な所でミスをするはずが無い。
燃料庫の分厚い扉が近づいてくる。
オレが駆け込むと同時に、サリマンとユルヴァが扉を閉めた。
オレは荒い呼吸を整えようと試みる。
扉が打ち破られるのは時間の問題だが、織り込み済みだ。
「ベルント、無事でよかった・・・」
「はあ、はあ・・・どうにかな。それで?」
「・・・・」
オレの問いかけに、サリマンは無言でミカエラとリムーを指し示した。
二人は燃料庫の中央で対峙している。
険しい表情のミカエラが口火を切った。
「そんなの駄目に決まってるでしょ!何よ一人で自爆って!」
「でも、これしか方法が無い」
「・・・・」
(ああ、そういう事か)
リムーの考えは仲間達を奥に避難させて自爆し、怪物に大ダメージを与えようというものだったようだ。
それだと確かに、厄介な回復力と共に装甲もどうにか出来るかもしれない。
まあ、ミカエラの言う通り却下だが。
「リムー」
「・・・っ!?」
デコピン一発。驚いて額を押さえるリムー。
こんな所で苦手な炎まで使わせて、盾にする為に助けたわけじゃない。
だが作戦は却下でも、参考になる。
「概ね悪くないかな。ちょっとアレンジしよう」
「アレンジ?」
「時間が無いから手短に言うぞ。リムーは責任取ってもらうからな」
「・・・バナナの皮?」
言いながら受け取るリムー。
サディルの悪戯心に、賭けてみようか。
燃料庫の扉が大きな音を立てた。怪物が追いついたようだ。
他の扉より頑丈とはいえ、打ち破られるのは時間の問題だろう。
「サリマン、奥へ。皆を頼む」
「了解です。可能なら壺の手前に敵を誘導してください」
「なるほど」
「それと・・・」
「あっ、私も・・・」
奥の部屋の前にオレとリムーが立ち、壺との間に敵を置く。
それならばオレ達や奥の部屋への炎もいくらか抑えられる。
サリマンとユルヴァが支援魔法をかけてくれた。
この時間が取れただけでも、悪戯に突っ込まなかった意味はある。
ミカエラは、無言でマリアを抱えて奥に消えた。
すでに破られかけている扉に向き直る。
「さて。準備はいいか、リムー?」
「・・・問題ない」
「グオオオオオオッ!!」
扉を打ち破り、怪物が進入してきた。
オレ達を見つけ、立ち止まる。怒りに燃え、血走った眼。
その場所は、正にオレ達と壺の中間点。
敵がこちらに大きく踏み出した瞬間を狙いすまし、リムーが動いた。
「!?」
不器用この上ないリムーの手から離れたバナナの皮は、寸分の狙いも違わず怪物が重心をかけようとする足元へ滑り込む。
刹那、巨体が宙に浮き、大きな音を立てて燃料庫の床に仰向けになった。
ただの悪戯アイテムとは思えない完成度。絶対にあの少女は、自分の才能の使い方を間違えている。
そのおかげで、今回のオレ達は命拾い出来るかもしれないのだが。
畳み掛けるように、今度はオレが松明を投げた。
怪物の足元まで広く濡らした獣油に引火。
一気に燃え広がった火は、湿気った火薬を爆発させるに十分な火力に達していた。
「!!」
起き上がりかけた怪物の後ろで爆発が起きる。
薄気味悪い程に計算通り。敵の巨体が炎に包まれる。
爆風もあらかた遮られ、こちらへの被害は少なかった。
これだけやって熱いで済めば御の字だ。
リムーの手を引き、オレ達も奥の部屋へ。
「準備はいいか!!」
「待ちくたびれたわよ!」
ミカエラが応じる。マリアは部屋の一番奥で顔を出している。
ユルヴァの癒しで軽い火傷の手当てが終わった時、怪物が文字通り転がり込んできた。
苦しんでいる。皮膚は焼け爛れ、鋼のような防御力を失ってるのが容易に想像できる。
これなら、戦える。
仕切り直しのオープニングヒットは、やはりミカエラ。
敵の体力と防御力は削ったものの攻撃力は落ちていないはず。
そう踏んで慎重に戦ったのが、結果的に吉と出た。
暴れ回る怪物の見た目に反し、相当にダメージが蓄積していたらしい。
最後は、渾身の鼓枹打ちが決まって勝負あり。
動けない怪物の身体を紅蓮の炎が焦がし、軽く小突いた程度で崩れ落ちた。
「・・・死んでる?」
ミカエラが倒れた怪物に恐る恐る近づき、つついて確かめる。
間違いなく死んだとわかると、オレ達は床に座り込んだ。
出口から隣の部屋を見れば、さほど延焼も酷くない様子。
燃えっぱなしじゃ出れないし、このまま留まっていては酸欠になってしまう。
「ベルント、これ」
怪物の死骸を調べていたサリマンが、短剣を持ってやってきた。
中々の品に見えるが、口の中に刺さっていたらしい。
刃の長さが燃料庫の前で死んでいたゴブリンの鞘と同じくらいか。
死んだ村人が、自らの致命傷と引き換えに突き刺したのかもしれない。
報酬の足しに頂いておこう。
マリアはミカエラにピッタリくっついている。
オレは疲れた身体に鞭打って立ち上がると、燃料庫の状況を確かめた。
これなら通れそうだ。疲れているのは承知で仲間達を促す。
「さあ、村に戻ろう。もう叩き起こされる事は無いだろうさ」
・・・遠い所でコンコンと軽い音が聞こえる。
音は延々と続いている。
この音は・・・扉をノックするような・・・。
「・・・・」
意識がはっきりしてきた。
するような、ではなくノックだ。
開いている、と返事をするとヒバリ村の村長が入ってきた。
「おはようございます、みなさま」
「・・・おはようございます」
「お休みのところ、失礼とは思いましたが・・・。
約束していた出立の時間になりましたので・・・」
もうそんな時間か。
坑道での大立ち回りから、それほど経ってないのだが。
外に出た時にはすでに夜が明けていた。
リューンに戻るまでもう一泊だから、出発しないと次の宿に辿り着けない。
仲間達はもそもそと準備を始めている。ミカエラを除いて。
オレ達の様子を眺めていた村長が口を開く。
「・・・間に合わないようでしたら、この村でもう一泊されていっても、構わないのですよ」
丁重に辞退するが、重ねて申し出る村長。再度礼を言って辞退した。
恩人、ちょっとした英雄扱いはどうにも居心地が悪い。
ユルヴァがミカエラを揺さぶって起こしている。
このパーティで寝ているミカエラを起こせるのは、ユルヴァだけだ。
どうにか出立の準備を済ませ、宿を出る。
村長は、出掛けのオレ達に深く頭を下げた。
「本当に・・・ありがとうございました」
村を後にし、森の小径を進む。
「いい天気ですね」
「寝不足の目には日差しが痛いけどな」
ユルヴァがクスリと笑った。
出来れば、次の宿では汗を流したら何もせず寝たい。
尤も、思い通りにならないのが冒険者なのだが。
「まってー!」
後ろから女の子の声がして振り向いた。
マリアがこちらに駆けてくるのが見える。
その後ろにいる女性は母親だろう。
二人は息を切らしてオレ達の所へやって来た。
マリアがミカエラに抱きつく。すっかり懐いたらしい。
母親は多少落ち着いたのだろうか、昨晩とは大分印象が違う。
「どうしました?」
「村長から、こちらに向かったと聞いたので・・・よかった。もう行ってしまったかと思ってました」
ユルヴァに母親が答える。
母親に促され、マリアは両手で持ったバスケットをミカエラに差し出した。
サリマンが横から覗き込んでいる。弁当のようだ。
「急いで作ったので、そんなに大した物じゃないですが・・・お昼の足しにしてください」
「いえ、焼きたてのいい匂いです。ありがたく頂きます」
「マリア、ありがとう」
ミカエラが礼を言うと、マリアは満面の笑みを返した。
坑道から持ち帰った品も、ミカエラから渡してもらう事にする。
青い石の首飾りを目にし、ハッとした表情をする母親。
「・・・それは」
「詳しくは言わないけど、あの廃坑で見つけたものなの」
母親は首飾りに伸ばした震える手を、途中で止めた。
思い直すように首を振り、売って報酬の足しにしてくれと言い出した。もちろんそんな事は出来ない。
ミカエラは引っ込めようとする母親の手に、素早く首飾りのチェーンをかけた。
「これをかけていた人は・・・あなた方に持っていて欲しいと思うはずよ」
「・・・わかりました」
母親は大事そうに首飾りを受け取り、首に掛けた。
先に掛かっていた赤い石の首飾りと青い石の首飾りが、二つ並んで輝いている。
揃いの品だったのかもしれない。故人も見守ってくれるだろうか。
オレは仲間達に声をかけた。
「さあ、行こうか」
「バイバイ!また遊びに来てね!」
オレ達が歩き出すと、マリアが大きく手を振った。
母親はマリアの横で深々と頭を下げている。
名残惜しそうに何度も振り返り、手を振るミカエラ。
情が移ったかな。今回は色々と思う所があったようだが。
その姿を横目に、オレはリムーに言った。
「そうだ、リムー」
「ん」
「ああいうのは、もう無しな。時間が許す限り、みんなで帰る道を探そう」
「・・・わかった」
神妙な表情で頷くリムー。
いい話にしたつもりが、ユルヴァの次の言葉でひっくり返される羽目に。
「ベルント、そんな事言っていいんですか?」
「ん?」
「無理だと思ったら、一人で相手するつもりでしたよね?」
「!?」
「ですねー」
サリマンが相槌を打ち、リムーはジト目で睨んでいる。
一言も言わなかったのに、見透かされていたとは。
ここは、立場が悪くなる前に逃げるとしようか。
オレは一気に歩く足を速めた。
「さ、さあ!早く次の宿場に行かないとな!」
「待ってください、ミカエラが追いついてませんよ!」
「ミカエラ!置いてくぞ!」
仲間達を一気に引き離す。
軽やかに駆けるミカエラの足音が聞こえる。
リューンに戻るのは、もう少し後になるだろう。
見上げれば抜けるような青空。
日差しが温かく、心地よい風が通り過ぎる。
今夜は、ゆっくり眠れるだろうか。
シナリオ名/作者(敬称略)
ヒバリ村の救出劇/伊礼
groupASK official fansiteより入手
http://cardwirth.net/
出典シナリオ/作者(敬称略)
サディル「魔道具開発研究同好会」/烏間鈴女
収入・入手
400sp、コカの葉×2、傷薬、つるはし15/15、クリスタル、スティング、昼ごはん
支出・使用
松明、バナナの皮
キャラクター
(ベルントLv3)
スキル/掌破、鼓枹打ち、岩崩し、鼓舞
アイテム/ロングソード、松明1/5
ビースト/
バックパック/
(ユルヴァLv3)
スキル/クッキング、祝福、癒身の法、亡者退散
アイテム/青汁3/3、襟巻き、百葉丸5/5
ビースト/
バックパック/砂漠の涙、慎ましき祈り
(サリマンLv3)
スキル/魔法の鍵、魔法の鎧、眠りの雲、賢者の瞳
アイテム/賢者の杖、破魔の首飾り、識者の眼鏡3/3
ビースト/
バックパック/青汁3/3
(ミカエラLv3)
スキル/連脚、掃腿、盗賊の手、盗賊の眼
アイテム/ネックレス
ビースト/
バックパック/
(リムーLv2)
スキル/ペンギン変化、スノーマン、雪狐
アイテム/墓守の杖、バナナの皮
ビースト/氷の鎧
バックパック/氷柱の槍
所持金
7413sp→7813sp
所持技能(荷物袋)
エフィヤージュ、撫でる、投銭の一閃
所持品(荷物袋)
青汁3/3×3、ジルの酒3/3、黄楊膏3/3、傷薬×5、緑ハーブ2/2×4、はちみつ瓶5/5×2、万能薬×2、葡萄ジャム3/3、コカの葉×8、青ハーブ2/2×2、葡萄酒×5、鬼斬り、ジョカレ、聖水、手作りチョコ、チョコ、昼ごはん、激昂茸、おさかな5/5、マンドラゴラ、肉!2/2、ムナの実×3、識者の眼鏡2/3、術師の鍵4/4、悪夢の書、光弾の書×2、火晶石×2、太陽石3/3、冷氷水×2、スティング、クリスタル、つるはし15/15、鎌、石蛙、ガラス瓶(ノミ入り)×2、遺品の指輪、笛、冒険者の日記
召喚獣、付帯能力(荷物袋)
グロウLv7
0 コメント:
コメントを投稿