「・・・聞いた話と特徴が一致する塔・・・あれかな」
今、オレは依頼人との待ち合わせ場所に向かっている。
今回の依頼の内容は、エルザという若い女性の護衛で、「しののめの塔」を上る試練を受けるのに立ち会ってほしいというもの。
エルザは代書人という仕事をしていて、その契約を更新しようとしているらしい。
その際、付き人を一人だけ連れて行く事が出来るんだとか。
・・・それぞれの単語が、全力で干渉し合ってる気がする。
自分なりにまとめると、「エルザと一緒に無事に塔を上れたら、報酬600sp」と考えていいのではなかろうか。
代書人の契約更新、その試練というのだから、頭脳派の魔術師とか、目端の利く盗賊とかのほうが適任なのかもしれないが。
オレも当面は一人で仕事をするつもりだから、肉体労働専門とは言っていられない。
まずは依頼人と合流し、不明な点を確認させてもらおう。
代書人のエルザは、塔の前で待っていた。
不思議な形の大きな帽子が特徴的だ。
エルザは、ロシを木に繋いで近づいたオレの顔を見るなり、開口一番こう叫んだ。
「さいしょはグー!じゃんけんグー!」
「・・・(絶句)」
オレはこの女性と人間らしいコミュニケーションが取れるのだろうか。
不思議系にも限度というものがある。
このファーストコンタクトで、オレは彼女から依頼の詳細を聞く事は諦めた。
「ベルントさんの手はなんでしたか?」
「ええと・・・パー、かな」
呆然としていたからパーだと思うが、硬直してグーだったかもしれない。
オレはすでに、最大の試練に直面している気がする。
覚悟を決めて、塔に入っていく。
「じゃんけんも奥が深いけど、一見難しそうな事も実は簡単な事が多いんですよ」
「・・・ウン、ソウダネ」
エルザはとにかくよく喋った。
最初から最後まで、口が止まる事は無かったように思う。
塔に入る時、これから受ける試練のために傷薬か静心の法か、それとも金貨を渡される事になったが、精神的な心配だけはいらないと思い、傷薬を選択した程だ。
金貨は、依頼を成功させて約束どおりの額をもらえばいいのだから選択肢にもならない。
塔に入ると、二体ずつ並行に向かい合っている人がたに出迎えられた。
周囲は薄暗いが、向かって左端の人がたに、何かが付着しているように見える。
人がたは二組とも身なりが違うようだが、何か意味があるのだろうか。
こっそりと付着物を確かめ、オレは息を呑んだ。
(血痕!?)
いかに能天気、もとい楽天的な依頼人とはいえ、こんなものは見せられない。
この塔内で不測の事態が起きているというのだろうか。
最初から警戒度を最大レベルに上げる必要がありそうだ。
幸い、これが代書人の試練の一つで、動き出した人がたと戦って倒さなければ先に進めないという事ではなかった。
先に進むと、先ほどと似たような人がたが立っている。
前後挟み撃ちのトラップというのもありがちだが、こちらには血痕のようなものは認められない。
エルザはオレの横で、一人しりとりを始めた。
さらに、兵士が金持ちになってどうのと言っている。
相変わらず支離滅裂だ。・・・滅裂なのだが。
「・・・・」
先ほどの血痕の事もあり、塔に入る前にエルザからもらった「魔法の虫眼鏡」という品を使ってみる事にした。
使える品ならよし、そうでないならしまっておけばいい。
「・・・・!!」
予想に反して、使える品だったらしい。左右の人がたの間、通路の中央に落とし穴を発見。
知らずに通ろうとすれば、怪我程度では済まなかったかもしれない。
注意深く穴の淵を通り抜ける。
(血痕?落とし穴??)
自問して答えが出るわけもない。
二つのキーワードが、「代書人の契約更新」と全く結びつかないからだ。
やはり不測の事態が起こっている可能性を強く考慮すべきかもしれない。
依頼の達成はもちろんだが、依頼人の安全が最優先であるのは言うまでもない事。
塔一階の最奥部には石碑が立っていた。
文章の途中の、欠けている部分を吟じろというものらしい。
「今まで来た道を思い出せ」ともある。
エルザは人がたの兵士の中に偉そうな出で立ちのものがあったのが引っかかっているようだ。
見てきたものから血痕と落とし穴を除外して考えると・・・いや、血痕は案外、答えに導くヒントだったのかもしれない。
ここにも人がたのところに血痕があった。
ヒントだとしたら悪趣味だと思うが、まずはリドルに答えよう。
「・・・・」
答えを吟じると、二階への階段が現れた。
相変わらず喋り続けるエルザと共に、先へ進む。
螺旋階段を上がると、女性の像があった。
そばに赤い色のレバーも。
像は女性らしいという事しかわからない。
レバーは動きそうだが、動かすには情報が足りない。
その情報を得る為に進んでみる。
「言葉一つ一つを大事にする事は神様への畏敬の念を忘れない事だと思う」
エルザが殊勝な事を言っている。
日々、言葉や文字と向き合い続ける代書人として、心掛けるべき事柄なのだろうか。
・・・・と思ったらニーチェがどうの、類推がどうのと言い出した。
頭の回転は速いようだが、回路のつながりがその辺の人々とは違うのかもしれない。
冒険者には変わり者が多いというが、彼女も相当だと思う。
通路の先に、石碑が見えてきた。
刻まれているのは古代文字らしく、エルザが読み上げる。
そのような知識があってもおかしくはないのだが、何か意外な感じだ。
「―――」
「赤、黄、青、か・・・」
赤で思いつくのは、すでに見ている赤いレバー。
「この先に黄色と青があり、決まった順に動かせと・・・!?」
オレは驚いてエルザを見た。
これは類推じゃないか?いや、まさか。
少ない情報で答えを導き出すのは得難い能力だが、ショートカットが過ぎると落とし穴にはまりかねない。実際、穴そのものもあったわけだし。
色々ツッコミどころは多いが、深い依頼なのは間違いないようだ。
想像した通りの手順で、上階への階段が現れた。
ここまでの事を考えると、先に進むために必要なのは塔内の情報を確実に拾い、整理する事のようだ。
先へ進むオレの横で、エルザが言う。
「私、人を見る目はあるのよ」
「・・・・」
「嫌な感じのする魔方陣ね」
エルザの感想を待つまでもなく、うかつに乗ってみる気にはなれない。
だが次の部屋にも同じような魔方陣があり、魔法陣が色々な意味で鍵の可能性はある。
進むごとに魔法陣の部屋が現れ、虫眼鏡で調査しながら進む。
ここはもったいぶるべきでないだろう。
行き止まりの部屋に辿り着いたものの、その直前に虫眼鏡の効力は失われていた。
積み重ねた調査結果から答えを導き出すしかない。
その間にもエルザはオレの横で、自分は世の中の役に立ちたくて代書人になっただの、代書人はラブレターの代筆までするだの、公文書を書くのは結構しんどいだの延々と喋り続けている。
「名は本質を表す、か・・・」
「―――」
考え込むオレの横で喋り続けるエルザ。
集中させてもらおうと口を開きかけたその時、ある言葉が引っかかった。
「ちょっと、今、何て言った?」
「え?ええと・・・」
「・・・それだ」
驚愕、という以外の言葉は無い。
同じものを見聞きしているにしろ、ピンポイントで正解に辿り着くなんて。
答えを言うと、目の前に上層への階段が現れた。
「ホブゴブリンの事をボブゴブリンだと思っていた事があったわ」
「・・・そうか」
オレは長い間、ゴブリンに似ているから「ホボゴブリン」なんだと思っていたとは言えなかった。
どうでもいい事だが。
四階、と言っていいのだろうか。
鏡のある部屋がいくつか、奥は何も無いが行き止まり。
鏡には何かが書かれているものと、そばに二色の水晶球が置かれているものがある。
「心と身体、赤と青、オレとエルザ・・・」
「普通の鏡でも左右対称になるのだけれども」
エルザの話を聞きながら考える。
鏡そのものが左右対称というわけじゃないだろう・・・対称?
情報が多ければいいというものではないのは確かだ。
キーワードらしきものが見つかったならば、解答を導くだけ。
「赤い珠青い珠を鏡に向かってあるべき場所に戻るように使え」というのならば。
奥の部屋に階段が現れた。
足りないものを補うのに、珠を使えという事だったらしい。
それにしてもこのエルザという女性は・・・。
「かなり意地悪よね、この塔の設計者」
五階に到達。部屋数は少なく、罠や謎掛けのようなものも無い。
一方通行の部分はあるが、致命的に行き来出来ないわけでもない。
上層へ続くと見られる梯子がある。
今まで螺旋階段だったのが梯子という違和感はあるが、このフロアの狭さと、次が最上部であると考えればそうおかしくもない。
梯子を前にして、喋り続けているエルザが「地図を見よう」と言い出した。
ここに来て塔の構造に何かを感じたらしい。
最初は、相当な変わり者くらいにしか思わなかったが、今は確信している。
彼女は、普通の人間が考え悩み、失敗と回り道を繰り返してようやく到達する「正解」にショートカットで行き着ける種類の人間だ。
人はそれを「天才」と呼ぶ。
最初から塔の意思、塔に込められた意思を考え続けてきたオレと、目に映るものを見ては思いつきを口にしてきたエルザが、今は同じ視点にいる。
地図で各階層の部屋の配置を見るが、そこから答えを導き出せるキーワードを、オレはまだ得ていない。
頭の中に図だけ入れておいて、先に進もう。
エルザは答えに到達しているのだろうか。
「最上階まで連れてきてくれて、本当にありがとう」
エルザは上機嫌だ。
いよいよ代書人の契約更新の時がやって来る。
魔法陣だけの何も無い部屋だが、三階のような禍々しさは感じない。
部屋を調べると、どこからか声が聞こえた。
「よくぞここまで来られた、代書人エルザと連れの者よ。では、最後の試練といこう」
相手の姿は見えない。
魔法のようにも感じられない。
肉体の無い、精神だけの存在・・・バカな。
「・・・ツッコンだら負けだぞ、オレ」
グッとこらえて、試練に臨む。
最後の試練は姿無き者とエルザの問答だった。
一見すると意味不明な問いだが、この塔で見聞きした情報と、代書人という職業に求められる要素を考え・・・。
そして、エルザの才能を合わせれば難問とは言えなかった。
「これにて試練は終わり。ここにエルザを代書人として改めて認める。日々精進されよ」
喜ぶエルザ。
一人じゃ来れなかった、と言うが、実際どうなんだろう。
最短距離で最上階に到達してたんじゃないかとも思えるが。
塔の最上階の窓から見える東雲(しののめ)の空は、代書人エルザの明るく朗らかな心をあらわしているようだ・・・。
そしてオレは、窓から叫んだ。
「こんなので納得できるかー!!」
「どうしたの?いきなり叫んで」
塔の外でエルザと別れ、近くで待たせていたロシの背に跨る。
何となく、回り道をして帰りたくなった。
「ロシ、リンゴ買って、遅くならない程度に回り道してから帰ろうか」
「~♪」
今日見たのは、オレとは全く違うカテゴリーではあるが、間違いなく天才だった。
後ろからやって来て、並ぶ間もなく抜き去っていく者達と同じ景色は、オレが生涯見る事の無いものだろう。
オレには冴える剣の腕も、切れる頭も無い。
努力と工夫に、ちょっとだけ運の後押しをもらって必死に生きていくしかないのだが。
引いたカードで勝負するのが人生というものだし、回り道をして見られる景色だって、きっと悪くないはず。
「・・・なあ、ロシ」
「??」
「一体、何者なんだろうな・・・代書人って」
「・・・・」
答えは、無かった。
シナリオ名/作者(敬称略)
代書人エルザとしののめの塔/RANPROJECT(ラ・フランス)
groupASK official fansiteより入手(寝る前サクッとカードワースvol.6収蔵)
http://cardwirth.net/
収入・入手
600sp、傷薬×2、魔法の虫眼鏡
支出・使用
魔法の虫眼鏡7/7
キャラクター
(ベルントLv1)
スキル/掌破、魔法の鎧
アイテム/賢者の杖、魔法の虫眼鏡7/7
ビースト/
バックパック/
所持金
2000sp→2600sp
所持技能(荷物袋)
所持品(荷物袋)
傷薬×2、聖水、葡萄酒、コカの葉、卵
召喚獣、付帯能力(荷物袋)
2 コメント:
※2013/09/18のラ・フランス(元RANPROJECT) さんのコメントを再掲
題:「エルザはしぶしぶ就職を決意しました。」
ベルント様、はじめまして。ラ・フランスと申します。
素敵なリプレイありがとうございます。腹筋が崩壊しそうで、こらえるのに必死でした。この作品を作るきっかけは昇進さんの「葬儀屋シェリィ」でした。それに対抗しようと思って、中世でマイナーな職業はと考えていたら、代書人が出てきた次第です。護衛だの承認やCPシステムはクエストさんの「炎の城塞」に影響を受けています。
つまりはとってつけたような作りなんです。設定と中身が一貫していなかったり、随所につぎはぎの部分が見られたり、エルザのキャラが支離滅裂なのはそういうわけなんです。
最後に宣伝です。共同制作で「ネクロポリス」というシナリオを制作しています。ベクターでDLできます。
過去の作品を振り返るいい機会になりました。ありがとうございました。
2013/09/19の返信を再掲
ラ・フランスさんはじめまして!本手記をお手に取っていただき、ありがとうございます。
コメントを読んで、当時何となく「葬儀屋シェリィと不思議の館」の記事に「代書人エルザとしののめの塔」を並べた感じが納得できました。
話は全然違うのに、何となくだったんですが。
駆け出し冒険者ベルントは至って真面目に依頼に臨みました。
自分の持つ価値観や概念のようなものが通じない状況に放り込まれても、「護衛」を貫き、エルザを契約更新の場まで連れて行く為、最善を尽くしました。
その様が傍から見ると面白く、笑っていただけたのならば筆者冥利に尽きます。
もちろん、魅力的なシナリオあっての事ですが。
ラ・フランスさん仰る所部分も、テンパりかけたベルントにはエルザの才能を示すものに見えたわけです。
最後はきっと「何かいい話にまとまったみたいだし、報酬ももらったし、ま、いいか」と何となく納得して帰った事でしょう。
「手記」のプレイが初めてのシナリオでしたが、楽しませていただきました。
「ネクロポリス」、もちろん入手済みですとも。
以前ギルドに上げられていた低レベル向けシナリオも、プライベート宿で楽しませていただきました。
新作もまとまった時間を見つけてがっつりやり込んでみたいと思います。
コメントありがとうございました!
コメントを投稿