Page36.即断即決、流されない男(Link)

(参ったな・・・)

態度に表しこそしないが、オレは心の中でため息をついた。
依頼を引き受ける為にやって来たはいいものの、肝心の報酬が手元に無いとは。

前回の依頼を首尾よく終えたものの、危険な感染症にかかった可能性もあるとしてカッツ村で拘束されて一週間。
経過観察を終え、晴れて自由の身になったオレにリューンの親父さんから手紙が「飛んできた」。
グロウが空路で運んできたのだから、間違ってはいない。
どういう訳か指名の依頼が入ったと知らされ、運動不足の解消も兼ねて引き受けたもののツキが無い。

依頼人は商人のメルバ。
奴隷商や投資家として有名で、とにかく目利きなのだという。 
オレが引き受ける予定の仕事は、現在居るニモーテから南のアウベトまで岩とかげの尻尾を届ける事。
予想される危険といえば、道中にランダの森を通過する際、獣が絡むかもしれない程度。
依頼内容の確認が済んだ所までは何の問題も無かったのだが、報酬の話になった途端に雲行きが怪しくなった。

「申し訳ありません、丁度手持ちがなくなってしまって・・・」
「えっ!?」

正直驚いたが、金品を頻繁に動かす商人であれば、そういう事もあるのかもしれない。
メルバという人物については詳しく知らないものの、報酬については信じるしかない。
大体、力関係では相手の方がずっと上だ。
相手の腰の低さに忘れかけるが、ここでゴネてもオレに得は無い。

「では、どういう形で受け取ればいいかな?」
「今回は物品でお願いできればと。
私が知っているリューンの貴族ならば、安く見積もっても2000sp以上で買ってくれるでしょう」
「それでは報酬が多過ぎないか?」
「こちらの不手際ですので誠意を見せなくてはいけませんから。
商人にとって信用とは最も大事な要素なのですよ」
「ふむ・・・」

荷を積んだ馬車も、依頼後は好きにしていいという。
1000spの依頼が、恐ろしく高額報酬になってしまった。
話が美味過ぎて勘ぐりたくなる程だ。

(ちゃんと貰えるわけだし、断る理由は無いかな)

「分かった。ではその条件で引き受けようか」
「有難う御座います。
では今連れて来ますので、少々お待ちください」

依頼人が扉の向こうに消えたのを見て、オレは大きく息を吐いた。
話が拗れなかっただけ、よしとすべきか。

「後は依頼をきっちりとこなして報酬を・・・ってええ!?」

最後に、大事な話を軽く聞き流した事に気付いたが、時すでに遅し。
契約がまとまった安堵感で完全に抜けていた。
依頼人は、オレの報酬を「連れて来る」と言った。
生き物か。いや生き物にしても、メルバは奴隷商だ。

「お待たせしました」
「・・・・」

部屋に戻った依頼人の傍らを見て、オレは悪い予感が大的中した事を知る。
俯いている若い女性。長い金髪が美しい。
言わずと知れた、メルバの「商品」だ。

「『これ』が報酬となります。外見の良さは勿論、武術にも長けているので素材としては申し分無いと思います」
「そ、そうか・・・」

頭の中が高速で回転している。
さすがに奴隷は不味い。とはいえ、一旦了解した報酬を断れるのか。
相手は何と言っても大物商人。
堅気と同じように考えるのは楽観的過ぎる。

(本当に参った・・・)

女性は上目遣いでこちらを見ている。
奴隷商のメルバが太鼓判を押すだけあって、美しいのは髪だけではない。
だが問題はそこでなく、オレ自身が奴隷取引に関わりたくないという事だ。

「うーん・・・」
「彼女は有能です。奴隷という立場ではありますが、場合によっては兵士にも家政婦にもなり得ます」

何とかして断ろうと考えているオレに、メルバが押してくる。
すっかり取引の客のような扱いだ。
金の方が良ければリューンの貴族を紹介するから、そこに引き渡せばいいと言う。
それでも唸っているオレを見て、女性が口を開いた。

「私の事は気にしなくていいわ。
それにこの人が紹介する貴族なら決して悪くはしないと思うし。
でも、私に手は出しちゃダメよ。
これでも一応『生娘』なんだから。
傷物になんてしたら、値が下がるでしょう?」
「・・・・」

オレは、ふーっと息を吐いた。
本人が受け入れているならば、いい働き口に連れて行くつもりでいいのかもしれない。
だが、オレが奴隷売買に関わるのを避けたいのは変わっていない。

「・・・少し、その娘には外してもらえないかな」
「?構いませんよ」

女性が部屋を出ると、オレはメルバに自分の意向を伝えた。
外してもらったのはメルバの立場を尊重したからだ。
向こうの仕事にとやかく言いたくもない。

オレはリューンの貴族の所に女性を連れて行く。
そこで「謝礼」を受け取る形にしてもらう。
はっきり言って詭弁なのだが、オレには最大限の譲歩だった。
メルバもオレの考えは理解してくれたようだ。

紹介状を受け取る。これで貴族とのコネも出来るらしい。
銀貨1000枚でも決して安くはないのだが、それが合わせると三、四・・・五倍以上の報酬に膨れ上がった。
「届け先」も怪しい場所では無いようだし、後はやる事を確実にこなすだけ。
依頼に入ってすらいないのに、これだけ疲れたのは何故だろう?





馬車でメルバの屋敷を出たオレ達は、宿を探して市街を移動していた。
リューンと同じく「交易都市」と呼ばれるニモーテ。
暑さに負けない人々の熱気は、どこか似た空気を漂わせている。

オレは馬車の荷台に目をやった。
たくさんの包みの中で、一際頑丈そうな木箱に収まった「岩とかげのしっぽ」。
かなりの貴重品らしく、万病に効くという話もある。
先日オレが倒した砂とかげは病原体の巣で、こちらは薬。
同じトカゲでも、随分扱いに差が出たものだ。

「ねえねえ」
「ん?」

荷馬の背の上から呼びかけられた。
今回の依頼の道連れとなった女性だ。
名前はミカエラというらしい。

「どうした?」
「良いの?私も一緒に歩くのに」

馬車が荷で一杯の為にミカエラが荷馬の背に乗り、オレはその馬を引く形になっている。
見方によっては、どこかのお嬢様と従者のように見えなくもない。
ミカエラは、奴隷である自分が歩かない事に違和感を覚えているようだ。

「いいのさ。そのまま乗っててくれ」
「むー・・・」

長くてもアウベト経由でリューンに到着するまで一週間という所か。
その間、オレはミカエラを奴隷扱いするつもりは無かった。
むしろ、さっさと逃げ出してくれないかと思っている。

メルバやミカエラの話では酷い扱いを受けるわけではなく、メイドのような扱いになるようだ。
それを選ぶのもいいし、自由を求めるならばそれもよし。
どう転んでもオレには馬車を売る当てがあり、タダ働きにはならない。
逆にその程度の報酬が、受けた依頼からすれば妥当だろう。

そんなオレの気を知ってか知らずか、ミカエラは何かにつけて話しかけてくる。
どの道遠くない別れを前に、懐かれても困るのだが。





「ふーっ、本当にこの街は暑いな」
「そうね。私もまだ慣れないなぁ」

オレ達はメルバが紹介してくれた宿を見つけ、ようやく落ち着く事が出来た。
明日からは貴重品の輸送で緊張を強いられる日々が始まるのだから、今夜は早めに休む事にしよう。
何の気なしに、ミカエラに話を向けてみる。

「そういえばあんたは、あの商人に買われてどの位経つんだ?」
「二ヶ月かなぁ」

それまではニモーテの南東にあるサウスヴィルスのスラムで暮らしていたのだという。
悪い貴族専門に盗みをしていたが、捕まってしまったらしい。さもありなん。
そういう生活はいつまでも続くものではない。
バーやレストランで働いていた事もあるようだが、合わなかったのだろうか。

「救いだったのは忍び込んだ屋敷の主人が男色趣味だった事かなぁ~。
お陰で特に何もされなかったの」
「それは何よりだ」
「だから、会った時も言ったけど私に手を出したら値段が下がっちゃうからやめた方がいいわよ?」
「・・・・」

聞いてない事まで一言乗せるのが癖なのだろうか。
基本的におしゃべりなのかもしれない。
オレの事を「ご主人様」と呼ぶから、名前に変更してもらった。
主人になるつもりなど、微塵も無い。

「ところでベルント、どうして私を拘束しないの?
貴方の目を盗んで逃げちゃうかもしれないわよ?
手枷や足枷位付けるのが普通だと思うわよ?」
「・・・・」

わかっているなら、言わずに逃げればいいと思うのだが。
ミカエラが現状に甘んじているのであれば、オレの気遣いは全く無意味だ。
今の言葉は、枷を付けろと要求されたようさえ聞こえる。
もしかしたら、そういう趣味があるのかもしれないが。

大体、枷を付けた女性を連れ回したら注目の的だ。こっちの方が恥ずかしい。
それならさっさと追い払ってしまいたいが、依頼本来の価値以上の「報酬」をお膝元のニモーテでリリースされては、メルバが面白くないだろう。
オレはミカエラに答えた。

「その必要はないさ」
「どうして?」
「ドジ踏んで捕まった盗賊に逃げられる程、オレは抜けてないしな」
「・・・・」

軽く挑発しておく。
これで跳ね返って逃げてくれるなら楽だ。
黙りこんだミカエラを見ながら、オレは立ち上がった。

「さ、メシにしよう。明日は早いからな」










道中唯一と言っていい危険箇所、ランダの森も無事通過。
特筆すべきはミカエラの戦闘能力の高さ。
襲ってきた狼を、文字通りに一蹴した。
僅かにオレが受けたダメージは、戦闘前にミカエラがふざけた蹴りが当たったもの。
見た目はどこかのお嬢様なのに、とんだじゃじゃ馬だったようだ。
馬同士通じるのだろうか、荷馬に「ブランカ」と名付けて可愛がっている。

シーフの技能に加えて格闘家の適性。
メイドよりも冒険者の方が合っていそうな気がする。
戦闘後には自分の脚自慢を始めたから、適当に流しておいた。





夜は野営。
バーやレストランで働いていたというだけあり、料理の手際も中々のもの。
味も悪くない。
インパクトが弱いのは、間違いなくユルヴァのせいだ。
あいつの家事スキルの高さは異様過ぎる。
ふと、ユルヴァとサリマンの顔を思い出した。

(・・・半月か。親父さん、ちゃんと見てやってくれてるかな)

「・・・小さい頃、ね」
「ん?」

ぼんやりと焚き火を眺めていると、不意にミカエラが口を開いた。
子供の頃の事を思い出したらしい。
ミカエラは最初から浮浪児のような暮らしをしていたわけではなく、五歳で母を亡くすまではバーの宿舎にいたのだという。

「ママは私を寝かし付けてからお店に行ってたの。
だけど私が時々夜中に目を覚まして、ママがいないのに気付いて泣き出しちゃうの。
結局、泣き疲れて寝るんだけど」
「・・・・」
「ふふっ、子供って可愛いよね。
私は今でも可愛いんだけど」
「・・・・」

話が台無しだが、母が死んだ後、スラムに移ったのだとか。
母譲りなのかそこそこ歌が上手く、要領もよかった為にどうにか食い繋げたらしい。

「寝る時は他の浮浪児達と一緒に体を寄せ合ってたから、意外と温かかったなぁ」
「・・・そうか」
「それでね、お願いがあるの」
「却下」

何かもう、嫌な予感しかしない。
しっかりガードしておかないと、凄い勢いで振り回される羽目になりそうだ。
今回は、絶対に流されてはいけない気がする。

「えーっ!聞きもしないの!?」
「明日の昼にはアウベトに到着する予定だし、さっさと寝るぞ」

ミカエラが不満そうに毛布に包まるのを見届け、オレは夜空を見上げた。
依頼そのものは明日で終わる。
そしたら、ようやくリューンに戻れる。
色んな意味で気の抜けない道中は、もう少し続きそうだが。










商業都市と呼ばれるアウベトへは、予定通りに昼頃到着した。
「交易都市」ニモーテの近郊にある「商業都市」アウベト。
二つの都市の深い関係性が窺える。
アウベトも暖かいが、ニモーテのうだるような暑さとは天地の差だ。
気候風土によるものか、アウベトではニモーテで見られなかった高い建物が目に付いた。

目的地であるハロルド商会はすぐに見つかった。
金属武具の製造販売で大きな収益を上げているという。
オレが「メルバの使い」と名乗るとすぐに応接室へ。
話はすでに通っていたようだ。

「お前か、メルバからの使いというのは?
よく来てくれたな」

部屋にやって来たのは、無骨な感じの男。
思っていたよりはるかに若く見えるが、ハロルド商会のトップである、ハロルドその人だ。

「使用人には荷を検めてもらったが、構わなかったか?」
「うむ、手際がいいな」
「こういう仕事も初めてじゃなくてね」
「そうか、お前は冒険者か」

短時間に耳目から得た情報だけでオレが冒険者だと見抜く、眼力も中々と見える。
どうやらオレは気に入ってもらえたらしく、さりげなく依頼の営業をしておいた。

「さて、せっかく遠くから来てくれた事だし―――昼食でも用意しよう。
お前の今までの冒険譚を聞かせて欲しい」

ハロルドはそう言うと部屋を出た。
一瞬、ミカエラをチラリと見たような気がする。
そのミカエラは、表情が少し強張っている。

「・・・・」
「どうした?」
「・・・時々、私の事を視線で舐め回すように見てたわ」
「ああ。二人いるのにずっとオレだけに『お前』って言ってたな。
多分、冒険者でないと気付いてるんだろう」

回りくどい言い方をしたが、要はミカエラが奴隷だと分かっているようだ。
オレが冒険者で、メルバの所から来たと知っている。
メルバの稼業を考えれば、ミカエラの素性に思い当たるのは難しくない。

「・・・多分、あの人、私を買おうとするわ」
「だろうな。随分と気に入ったみたいだ」
「私が・・・高く売れるのなら、売っちゃうの?」
「どうかな。金があるに越した事は無いが」
「そうよね・・・お金は大事だもん」

それきり、ミカエラは黙ってしまった。
少し脅かしたつもりが、効き過ぎただろうか。
しばらくは大人しくしていてもらおう。

確かに金は大事だ。
でも、もっと大事なものはたくさんあると、オレは思っている。
それほど優先順位は高くない。
そこまで困窮した事が無いだけかもしれないが。





しばらくしてハロルドが部屋に戻り、オレ達は食堂へ案内された。
昼間だというのに酒も並んでいる。
それも、中々の高級品だ。食事も贅を凝らしてある。

(ここからすでに、交渉が始まっているわけか)

さすが商売人。
ミカエラの事に思い至らなかったら、オレも普通に相手のペースに乗せられていただろう。
当のミカエラと言えば―――

「わぁ、いただきます!」

(食うのかよ!)

オレは心の中でツッコんだ。
神妙にしていたのはほんの僅かな時間だけ。
まあ、この方がらしいのは確かだが。

食事が進み、ホストであるハロルドの求めに応じてオレの体験を話していく。
さりげなくオレを持ち上げるハロルド。
その間にもミカエラを見やっている。
もしかしたら、最初に応対した時から術中に入っていたのかもしれない。

随分と機会を図っていたのだろう。
オレの話が一区切りし、食事も終わりかけた頃。
ハロルドがついに本題を切り出した。

「・・・コホン。所で、確認したいのだが」
「!!」

ミカエラが急に緊張したのが見える。
ハロルドの話は、やはり彼女の素性についてだった。

「ええと、彼女は―――」
「私はこの人の奴隷よ。リューンで高く売られる為に、一緒に旅をしてるの」

表情を変えないようにしているハロルド。
さすがに一流の商売人だ。
だが、ミカエラの言葉で内心狂喜しているのが分かる。

「ほほう、そうか・・・。
よし、それならベルントよ、私に彼女を売らないか?」
「こいつを?」
「悪くはしない。3000spでどうだ?」
「無理だ」
「!?」

ハロルドだけでなく、オレの隣のミカエラまで硬直している。
気を取り直したハロルドに、ミカエラはもう買い手が決まっている事を説明した。

「相手の名は言えないが、リューンでも力のある貴族なんだ。
メルバの顧客でもあるし、お互いに危ない橋は渡りたくないだろう?」
「むう・・・そういう事ではな・・・」

金額を釣り上げて迫ったハロルドも、オレの一押しで渋々諦めた。
一流の「商人」ではあっても、「冒険者」ではなかったという事か。
リスク覚悟でミカエラが欲しいと言うなら、むしろ応援したかった気もするが。





オレはハロルドの屋敷を出ると、空の荷馬車にミカエラを乗せて宿に向かった。
ミカエラはずっと無言のままだ。
そのミカエラが口を開いたのは、オレが宿の部屋で一息ついた時。

「ふう・・・」
「・・・どうして」
「ん?」
「どうしてって。そんなビビリじゃ売れるわけないだろ」

いかにもスケベ親父然としていたハロルドだが、行ってみれば悪くなかったかもしれない。
それでもミカエラが望まない限り、オレは送り出すつもりは無い。

「でも、3000spも貰えたのよ?」
「確かに大金だが、仕事の報酬ならブランカと荷馬車を譲った時に手に入るだけで十分だ。
後は全部、おまけさ」
「ベルント・・・有難う」
「泣くな、らしくない」

ずっと強がって見せていたのだろうか。
自分が自分の意思と無関係に、他人同士で所有権を取引される。
ゾッとする話だ。

これで少し、懐かれてしまったような気がする。
正直、ミカエラを解放してしまえばオレ自身は楽だ。
オレがミカエラに一言、「お前は自由だ」と言えば済むのかもしれない。
だが、オレはそうする気は無かった。

貰い物の自由に大した価値は無い。
また今と同じような状況になるだろう。

「・・・自分で選べ、自分で決めろ。そして自分の足で踏み出せ、か」
「・・・?」
「いや、独り言さ」

(そして全ての結果を自分で受け入れろ、だな)

窓の外に目をやると、大きな月が覗きこんでいた。
静かにカーテンを閉める。

他人が泣いている所を見るなんて、いい趣味とは言えないよな。





「ねえねえ、ベルント!」
「ああ?」

思い切り面倒そうに振り返る。
そこにはミカエラの満面の笑み。

「呼んだだけ!」
「・・・あのな」

完全に懐かれてしまった。
むしろ変なスイッチが入った気もする。

リューンに向けて出発したはいいものの。
ミカエラが何かにつけてオレを呼ぶ。
その全てが大した用事ではないという拷問だ。
とうとう用事ですらなくなってきた。

「ベルント!」
「・・・・」

放置しておく。
シルバリオ街道に出る前、再びランダの森を抜けたが、こんな時に限って何事も起きなかった。
何事も無い、とは言えない。背後から金髪の狼に狙われている。
サリマンでもいたら、代わりに話させておくのに。
ミカエラ以外にオレしかいないというのは致命的な状況だ。





金髪の狼の猛攻に耐えつつ、「自由都市」ラヴェッタに到着。
街がリッシュ街とポーヴル街に分かれている事を話すと、ミカエラがポーヴル街に行きたがった。
危ないと説得したものの押し切られ、宿を取った後でポーヴル街へ。

別な町ではあるが、スラムの様子が見たくなったらしい。
案の定チンピラに絡まれたものの撃退して宿に戻った。
ミカエラが笑って言う。

「ベルントも男の人なんだなぁ」
「当たり前だろ。いきなりくっつくな」

チンピラに絡まれた時、ミカエラがオレの腕を抱えて立ち去ろうとした。
その時ミカエラの胸が当たり、一瞬硬直したオレをチンピラの攻撃が掠めていった。
危うくチンピラにのされるという汚名を着る所だった話だ。
というより、ミカエラの羨ましい行動がチンピラを怒らせたような。

今のミカエラは、スラム育ちという出自を全く感じさせない。
そんな人間がうろつけば、トラブルを誘っているようなものだ。
本人に危機感が薄いのは困る。

「もう少しでリューンね。旅も終わりかぁ」
「七日間か。案外短かったな」

ベッドに寝転んだミカエラに相槌を打つ。
結局ここまで来てしまった。
まだリューンで逃げないとも言えないが、今さらという感もある。
リューンの貴族、レンデル卿の所に落ち着くつもりなのだろう。それならそれでいい。
ミカエラ自身の選択、と言い切れない部分はあるが。

「ベルント、私ね」
「ん?」

不意にミカエラが起き上がった。
危険な感じは無い。気にしすぎか。

「ママから聞いたんだけど、私は昔、リューンに住んでいたんだって」
「へえ?」

ずっと気になっていた話を、ミカエラからしてくれるとは。
過去の話を聞くのはどうかと、聞き出せなかったのだが。

様々な事情のある者がスラムには生きている。
今のミカエラの姿に違和感が無い事から、母親と暮らしていた話の「前」が気になっていた。
母娘二人暮らしになる以前は、別な生活をしていたのではないか、と。

まず父親の話が無かったが、そういう事もあるかもしれない。
次に、母親が死んだ後にミカエラはスラムに行っている。
身寄りが無かったという事になる。
母娘の二人で見知らぬ土地に移り住んだ、もしくはミカエラがそこで生まれた。
では、その前は?

「パパとリューンに住んでいたけど、別れないといけなくなって。
それでサウスヴィルスに私を連れて移住したみたい。
今思うと、きっと追い出されたのよね」
「ふむ」

何か冴えてるな、自分。
追い出されたというのは、色々なケースが考えられるが。

「まあ、パパが誰かなんて今は調べようもないし、興味もないわ。
もし会えるなら、別れた理由を聞きたいけどね」
「そうか・・・」

盗賊ギルドに当たって、調べられるかどうか。
女房子供が出て行った、追い出された話をどれだけフォローしているかだ。
それなりの成功者や権力者のプライベートならば、分かるかもしれない。

ミカエラがここまでついて来た理由が、何となくわかったような気がする。
彼女にとって、リューンで暮らせるというのは渡りに舟だったのだろう。

「私、もしかしたらお嬢様だったりしてね」
「はは、あんまり期待すんなよ?」

オレは軽く笑い飛ばした。
お嬢様ならもう少しお淑やかになってもらわないとな。

しかし、そういう事情であれば放り出すわけにもいかない。
荷馬車とブランカを元手に、真っ当に食べていける位にはしてやらなくては。
自活する手伝い程度ならば構うまい。
オレも後の事を気にせずに済むし。










「・・・・」

翌日、オレは呆然としていた。
何だこの、芝居のシナリオか小説のような展開は。

貴族の当主がミカエラの前に跪き、涙を流している。
驚いた表情で固まっているミカエラ。

レンデル卿は、ミカエラを一目見るなり何かを思い出した様子だった。
ミカエラが身に着けたネックレスで、疑念が確信に変わったらしい。

ミカエラの母、リリエ=ルニーはかつてレンデル卿の屋敷のメイドとして働いていたのだという。
そして若き日のレンデル卿と恋に落ち、ミカエラを身篭り。
レンデル卿は周囲の猛反対に抗する事が出来ず、リリエとミカエラは屋敷を出る事となった。

(出来過ぎだよなあ・・・)





オレとミカエラは、レンデル卿の屋敷を後にした。
レンデル卿としてはすぐにでもミカエラを引き取りたいようだったが、当のミカエラには青天の霹靂。
まず一晩、ゆっくり状況を整理し、身の振り方を考える事に。
「瞬く星屑亭」への道を歩いていく。

「私、本当にお嬢様だったのね・・・」
「ああ。宿で聞いたんだが、レンデル卿はずっと独身を貫いていたらしい。
誰にも言わなかった理由が、これで明らかになったな」

ミカエラはまだ混乱している様子。無理もない。
奴隷としてやって来たのが、次期当主の扱いになったのだから。
オレが返事をしながら思い出しているのは、メルバの顔だ。

あの奴隷商、ミカエラの素性は知っていたに違いない。
自分が手がける奴隷の事くらいは調べるはずだ。
ミカエラ本人も知らない事実にまで行き着く調査能力は恐ろしいが。

その上でキープしていて、オレに引き渡した。
レンデル卿とミカエラの再会を確信していたという事になる。
感動的な親子の再会シーンすら、演出されたものだったのかもしれない。

思えば、依頼の話を聞きに行った時、メルバはオレにこう言った。
貴方ほどの方なら、問題なく仕事を終えるでしょう、と。
しかもわざわざニモーテから、リューンの冒険者であるオレを指名した依頼。

(・・・つまり、オレも掌の上で転がされていたわけか)

完全に見透かされていたようだ。
相手の役者が一枚も二枚も上。
怒る気にもならない。

だが、それだと腑に落ちない事がある。
どうしてオレにミカエラを預けたのか?
ミカエラを無事に送り届ければ、レンデル卿の覚えが目出度くなるのはオレ。
奴隷商がオレを遇するメリットが見当たらない。メルバが自ら連れて行ってもいい。
貸しにするなら、おいしい見返りが期待出来そうな冒険者を選ぶはずだ。
商人とはそういうものだと思う。

(それさえ、オレが到底思いつかないような事を考えているのかもな)

案外、オレが別な選択をしても、どうにかなったのかもしれない。
メルバはオレがリューンの冒険者だと知っていた。
依頼が来たのは、リューンから離れたパテリナ砂漠のカッツ村。しかも指名で。
今思えば、その時点でオレについてもリサーチ済みだったのだろう。

「・・・・」
「何だか嬉しくなさそうだな」

とぼとぼついて来るミカエラに声をかける。
ミカエラはハッと気が付いたように顔を上げ、足早に追いついて来た。

「嬉しいよ。お金や生活より、パパがいい人だって分かったし。
パパは悪くないのに謝ってくれたし。
私と暮らしたいって言ってくれたし」
「そうだな」
「でも―――それって本当に私が望む人生なのかな」
「・・・なるほど」

ここに来て、ミカエラが自分で考えて選ぼうとしている。
はっきり言うと、ここで流れに沿った選択をしてくれないと話がややこしくなるのだが。
オレはそれを望んでいたわけだし、仕方ないか。

「それで、最後にお願いがあるの―――」
「お願い?」

最後の・・・?





「思ったより綺麗ね」
「・・・何も無いだけだ」

返事をしつつ、オレは内心で頭を抱えていた。
ミカエラがオレの部屋で一晩考えたいと言い出したのはまだいい。
いや良くは無いが、それ以外にも問題が山と積まれているからだ。
オレの前に。

ミカエラの一生における重要な選択をするとあっては断る事も出来ず。
オレは彼女を部屋に連れて来た。
当然、宿の中を通って来る事になる。

よりによって、オレが帰って来たと聞いたユルヴァとサリマンが待っていた。
親父さんの心遣いが、逆に恨めしい。
ミカエラをどう紹介したものか悩むオレをよそに、ミカエラは親父さん達の前で放った言葉は。










「私、この人の奴隷なの」










その後の事は、はっきりと覚えていない。
どう釈明したものか、考えるだけで恐ろしい。
ユルヴァに土産を渡す前に起きた大事件だ。
まあ付き合ってるわけじゃないし、釈明が必要なのもユルヴァだけじゃないのだが。
オレは大きくため息をついた。

「・・・まあ、とりあえずこっちを何とかするか」
「えっ、何か言った?」
「いや」

ミカエラには、「どういう選択をしても応援する」とだけ言ってある。
背中を押す事が必要な時もあるが、それは今じゃない。

「ベルントと幸せな結婚生活にしようかなぁ」
「冗談だよな?」
「どうだろうね」

怖い。怖過ぎる。
少なくともオレが幸せとは、微塵も考えられない。
今までのミカエラの言動から、笑い飛ばす事も出来ないのがまた恐怖感を増幅させる。

「ふふ、信じた?三つ目はね、私も冒険者になって、貴方と同じ世界を見てみたいって事」
「はー・・・」
「何、そのリアクション」

心底安心した。
オレと同じ世界はお勧め出来ないが、冒険者という話ならば好きにすればいい。
後でレンデル卿に呼び出されて釈明する羽目になるだろうが、全く問題ない。
宿で別件の釈明をしなければならないのだし。

「ただ、確認したいのだけど。その場合、貴方への収入はあるの?」
「ブランカと荷馬車を、そこの雑貨屋に譲る代金があるな」
「そうなんだ。それなら安心だわ」

どうやら、選択は決まっているようだ。
ミカエラは少し時間を置いて、はっきりと言った。

「決めたわ。冒険者になる。貴族になるのは後からでも遅くないわ」
「言っておくが楽じゃないぞ。辛い事だって少なからずある」
「分かってる。でもね、それは必ず、将来どこかで役に立つ。
貴方を見ればわかるもの」
「・・・そうか。分かった、宜しくな」

仕方ない、レンデル卿には泣いてもらうか。
その代わりどこに住む気かわからないが、きちんと顔を出すようにはさせないと。

「母親への分も含めて、親孝行しろよな」
「・・・うん」
「さて。じゃあレンデル卿への挨拶は明日にして、今日は休むか」

親父さんに部屋を取ってもらう為に、オレは扉に向かう。
だが、ミカエラに呼び止められた。

「待って。行かないで」
「どうした?」
「今夜は、二人で寝たいの」
「!?」

後はエンドロールだけだと思っていたら、ここからがクライマックスだった。
激しく動揺しつつ、言葉を尽くしてミカエラを説得にかかる。
いつもの調子の冗談であれば楽なのだが、明らかに今回は違う。
真剣な表情のミカエラ。

「私は決断したよ?貴方にも決断して欲しいの。ありのままに受け入れるから」
「・・・・」

脳内で「ありの~ままの~」と場違いなBGMが流れ始める。
ふざけてる場合じゃない。
とりあえず、退路は完全に断たれている。
決断するしかないようだが、まさかオレが大きな決断をする羽目になるとは。
オレは一度深く呼吸をし、口を開いた。

「・・・そうか。そうだな」
「えっ、それじゃ―――」










「無理」










「え?」
「だから、無理」
「・・・・」

オレは即答した。大事な事だからもう一度言った。
ミカエラは絶句している。

流れだと何となくいい感じのようだが、人生の大事な選択をするのはオレだって同じだ。
いくら勢いが大事とはいえ、少なくともオレにとっては心惹かれるものは無かった。
正直に言ってしまえば、ちょっと面倒くさい。タイプ的に。

「そっかぁ・・・そうよね、無理よね」
「・・・部屋、取ってくるよ」
「うん、お願い」





オレはそそくさと部屋を出て、階段を下りた。
カウンターの親父さんを目が合う。
親父さんの口が開く前にオレはカウンター席に座り、突っ伏した。

「・・・大変だったようだな」
「察してくれ」
「うむ・・・」

オレの状況は何となく理解してもらえたようだ。
とりあえず、ミカエラが泊まる部屋の確保を頼む。
他にも色々あるのだが、何も考えたくない。
それでも、一つだけ緊急性の高い案件を思いついた。

「あー、親父さん」
「何だ」
「あのさ、ユルヴァに会ったら―――」
「私が、何か?」
「!?」

背後から突然、ユルヴァの声。
飛び上がらんばかりの勢いで振り返る。
そこには、ユルヴァが立っていた。

背後の様子を一言で表すなら、死屍累々。
サリマンも含めた敗北者達がうめいている。
全員討ち死にしたらしい。
酒豪を自負する冒険者達を全員撃沈したとは。

「どうかしたんですか?」
「いや、あの・・・」

ユルヴァはいつもの笑顔だ。
いつもの笑顔のはず、なのだが。
凄まじいプレッシャーを感じる。

「私はそろそろ休みますね。お休みなさい」
「あ、ああ。お休み・・・」
「あっ、そうそう」
「!?」

安堵のため息をついた直後。
立ち去ろうとしたユルヴァがこちらに向き直った。
やはり笑顔だ。無意識に背筋が伸びる。

「後で、説明してくださいね?」
「はっハイ!!」

レンデル卿への報告が憂鬱だったが、ただの前座に過ぎないらしい。
問題はこっちにどう釈明するかだ。

親父さんに助け舟を求めたが、そ知らぬ顔でグラスを拭いていた。
本当に、ツイてない。










シナリオ名/作者(敬称略)
Link/レカン
レカン様のサイト「黄金の宝石箱」より入手
(閉鎖されています。当該記事はレカン様の許可を頂き公開しています)

出典シナリオ/作者(敬称略)
カッツ村、砂とかげ「砂漠の夢」/楓(レカン)

収入・入手
1000sp

支出・使用

キャラクター
(ベルントLv3)
スキル/掌破、鼓枹打ち、岩崩し、鼓舞
アイテム/賢者の杖、ロングソード
ビースト/
バックパック/

所持金
2813sp→3813sp

所持技能(荷物袋)
氷柱の槍、エフィヤージュ、撫でる、スノーマン、雪狐、盗賊の手、盗賊の眼

所持品(荷物袋)
青汁3/3×3、傷薬×4、はちみつ瓶5/5×2、万能薬×2、葡萄ジャム3/3、コカの葉×6、葡萄酒×3、鬼斬り、ジョカレ、聖水、手作りチョコ、チョコ、激昂茸、おさかな5/5、マンドラゴラ、ムナの実×3、識者の眼鏡3/3、術師の鍵4/4、バナナの皮、悪夢の書、火晶石、冷氷水×2、松明2/5、石蛙、砂漠の涙、ガラス瓶(ノミ入り)×2、遺品の指輪

召喚獣、付帯能力(荷物袋)
グロウLv7

加入キャラクター
(ミカエラLv3)
スキル/連脚、掃腿
アイテム/ネックレス
ビースト/
バックパック/

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