Page22.案ずるより、焼くが易し(別荘の蜘蛛退治)

「親父さん、この依頼書は?」
「ん?そいつは・・・」

 親父さんはカウンターを出て掲示板の前にやってきた。
 依頼人が思い出せないのだろうか。

「ああ。そいつはある豪商からの依頼でね。別荘に住み着いた蜘蛛を退治して欲しいそうだ」
「蜘蛛?それは冒険者より、駆除業者の仕事なんじゃないのか?」
「それがな・・・」

 別荘の管理を放ったらかしてる間に、体長10センチ程の毒蜘蛛が住み着いたんだとか。
 何でも屋と言う意味では、冒険者でも間違ってはいないのだが。

「すでに被害が出ている。別荘の様子を見に行った使用人が襲われて、命からがら逃げ帰って来たそうだ」
「それはまた・・・」
「蜘蛛退治の仕事をするの?」

 フィルが横から依頼書を覗き込む。
 たかが蜘蛛、と馬鹿に出来ない話になっているらしい。
 報酬は500sp。さらに別荘に置いてある物は自由にして構わないという。
 太っ腹な依頼人だ。

「まあ長年使ってなかったぐらいだ。大した物はないと思うがな」
「・・・・」

 オレの顔に出ていたのだろうか、言外に「期待するなよ」と言われてしまった。
 まあどの道、報酬分の仕事はするさ。

「それと、なるべく建物を傷めないようしてくれとさ」
「そんな注文があるのか?」
「ああ。建物の価値を下げたくないんだと」
「なるほど・・・」

 オレはフィルの顔を見た。
 親父さんの最後の一言で、依頼の難易度がグッと上がった気がする。
 つまり今回の依頼の成否は、オレがどれだけフィルの手綱を放さずにいられるかだ。
 最後まで振り切られない自信も無いが。

「ベルント、先に行くわよ」

 フィルが親父さんから別荘までの地図を受け取り、宿を出ていく。
 オレも荷物袋の紐を引っ掛けると、扉に手をかけた。
 覚悟決めて行くか。

「それじゃ、一仕事してくるよ」
「おーう。気を付けてな」





 フィルはすでに、通りを市門に向けて歩いていた。
 苦笑しつつ足を速め、横に並ぶ。

「のんびりしてると置いてくわよ?」
「気合、入ってるなあ」
「当然。初めての仕事だもの」

 覚えていないわけがない。
 バルムスと戦った時には、フィルはまだ冒険者ではなかった。
 だからこそ、今回請ける依頼はかなり吟味していた。

 想定される敵の強さが程々で、環境から被害の拡大をあまり心配しなくていい。
 この依頼で、何とかいいスタートを切らせてやりたい。
 オレの視線に気付いたのか、フィルがこちらを見た。

「何?」
「いや、別に」
 




 リューンを出て半日程で、問題の別荘に到着した。
 建物は悪くないが、いかんせん場所が辺鄙すぎる。
 放置されていたのも、恐らくはその辺りの理由だろう。
 新築でも中古でも、下見の時点でわかりそうなものだが。
 入り口の鍵を開け、館の中へ。

「見えるくらい、埃が積もってるわね」
「長居はしたくないな」

 足を運べば埃が舞い上がる。
 本当に長期間、放置されていたようだ。
 口と鼻を布で覆う。

 天井や床の隅には蜘蛛の巣が張られている。
 小さな蜘蛛も見えるが、依頼の毒蜘蛛ではないようだ。

「これからどうするの?」
「隅々まで館を探索する以外、無いだろうな」
「・・・そうね」

 相手は蜘蛛だ。呼んで出てきてくれるとも思えない。
 向こうから出てくるのを待つか、あちこちひっくり返して見つけるしか無い。
 館に置かれた品を報酬の足しに出来るわけだし、早速始めようか。





 一階の東に進むと、物置らしい部屋に出た。
 パッと目に留まったのは鉄の箱と松明。
 所持品に照明用具が無かった事を思い出し、松明を荷物袋に押し込む。

「箱の中に蜘蛛がいるかも・・・」
「それで問題になるようなら、とんでもない毒を持った蜘蛛になるな」

 オレは鉄の箱を調べる為、手をかけた。
 同時にカチリと小さな音がする。

「・・・鍵がかかってるな。罠は大丈夫」
「何か刺さってるけど?」
「だから、大丈夫」
「・・・・」

 一度発動した罠がリセットされる事は滅多にない。
 何食わぬ顔で荷物袋から取り出したコカの葉を噛む。
 前にもこんな事があったような気がする。 
 箱の中身は銀貨が200枚。

「依頼人のヘソクリか?」
「ラッキーね」

 今使ったコカの葉は銀貨100枚だからそうとも言えないが、それは置くとして。
 使用人が別荘の様子を見に来て蜘蛛に襲われたとは聞いたが、埃の積もり具合から、屋内を歩き回ったようには見えない。
 別荘の入り口には鍵がかかっていた。
 宿で依頼の詳細を聞いた時、「別荘に置いてある物は自由にしていい」と言われている。
 同時に、「長年(別荘を)使ってなかった」とも。

「所有者やその使用人が仕掛けて、言い忘れてたとか?」
「または、親父さんが聞いたけど言い忘れたとか、な」

 後者だとしたら、帰ったら毟る。頭に残ってなくても毟る。
 とりあえず今は、素直に油断していた事を認めて警戒度を高めなくては。
 罠に関しては、警戒した所で確実に回避出来る自信は無いが。
 問題は別の可能性だ。
 例えば、依頼そのものがダミーであるとか。

「もしかしたら、ただの蜘蛛退治で済まないかもな」
「えっ!!悪人退治、出来るかな?」
「ちょ、喜ばない!今まで以上に気を引き締めようって事!」
「わかった・・・」

 急激に上がったフィルのテンションが、目に見えて急降下した。
 手頃な別荘探索が、凶悪なトラップハウス攻略兼悪人退治に変わってたまるか。
 絶対に無いとは言えないが、依頼の難度が途中で乱高下していたら冒険者はみんな死んでしまう。





 西は応接室で何もなし。
 北に進むと、突如黒い霧が辺りに立ち込めて前方が真っ暗になった。
 慌てた様子のフィルの声が聞こえる。

「!?何これ?」
「侵入者対策の魔術的な仕掛けだったはずだ」

 という事は、ここで先程の松明を使うのだろうか。
 意味は理解し難いが、罠を設置したのは所有者の線が濃くなった。
 一体、何でまた。侵入者、略奪者が想定されていたとでも?
 オレは頭を横に振った。

「い、いや。さっさと解除してしまおう」
「じゃあ、やっていいのね?」
「へっ・・・ってえ!?」

 フィルが言うなり、暗闇に火の礫を放つ。
 荷物袋から松明を取り出そうしていたオレは止める間も無かった。
 黒い霧が掻き消え、元の通路が現れる。

「さ、行きましょ。・・・どうしたの?」
「あー、えーと、だな」

 暗闇がトラップのカモフラージュである可能性や、松明自体が解除のキーアイテムである可能性の話をしたものの。
 無造作に結果オーライを引き当てたフィルに、一笑に付された。
 確かに今回、オレは裏目かもしれないが、セオリーは無視していいものではない。
 その辺の重要性をどう説明したものか。

「とりあえず、今回は魔法の闇で炎を相殺したようだけど。
 建物を傷めちゃまずいから、よくわからないものに火の礫をぶつけるのは無しな」
「ふーん・・・わかった」

 納得したのかしてないのか、フィルは素直に頷いた。
 してはならない事は、その都度説明していくとして。
 泥棒避けに罠を仕掛けるような依頼人が、報酬以外に邸内の物品を提供してまでする依頼。
 本当に困っていると考えていいのかもしれない。
 この建物自体に何かあるんじゃないかとも、勘ぐれるのだが。
 さすがに邪推かな。





 突き当りを西に進むと食堂に出た。
 目に付くのは食器棚と酒樽。
 食器棚は特別なものではなく、酒樽に手をかける。

 酒樽は古いもので、中は空だった。
 どかしてみると、陰から現れたのは一匹の蜘蛛。
 聞いていたより小さいから、他にもいるのだろう。
 片付けた後に転がっていた、鍵を入手。
 
 突き当たりまで戻り、今度は東へ。
 鍵のかかった扉があったが、見つけた鍵は合わなかった。

「指先の器用さに自信は無いんだが・・・」
「じゃあ私が――」
「壊すな!」

 今度は火の礫が放たれる前にフィルを制止。
 リヒャルト卿の依頼じゃあるまいし、扉は無いわ一面黒焦げだわ、では依頼を完遂してもタダ働きどころか弁償させられかねない。
 ましてや出発前、親父さんにも「扉を壊すな」と言われている。

「結構、大変なのね」
「わかってくれて有難う・・・」

 扉の鍵は、手間取る事も無く開錠に成功。その先は二階への階段だった。
 大量の蜘蛛が群がってくるようなのをイメージしていたが、そういう事では無いのかもしれない。
 勿論、数が少なくても手強い可能性はある。気を引き締めて進もう。
 オレは階段を上がりながら呟いた。

「この先、鬼が出るか蛇が出るか・・・」
「蜘蛛じゃないの?」
「ああ、そうか・・・」

 依頼の通りなら、だが。
 そうであって欲しい。





 二階に上がり、通路を西に進む。
 現れた分岐の先を見通そうと踏み出した時、オレの鼻先に蜘蛛が降りてきた。

「うわっ―――ええっ!?」

 思わず仰け反るオレの鼻先を、炎の塊が掠めていく。
 小蜘蛛は一瞬で消し炭に。
 オレの髪の毛も数本焦げていた。

「大丈夫?」
「・・・次は、撃つ前に言ってくれると、もっと助かる」
「ん?わかった」

 心臓が凄い勢いで鼓動している。
 もしかしたら、今回の依頼で最強の敵は、味方かもしれない。

 二体、小蜘蛛を倒してみて考える。
 事前は火に弱いのではないかと予想していたのだが、どうも実感が無い。
 単純にフィルが与えるダメージが小さい為、差がわからないのかもしれない。
 少なくとも小蜘蛛は普通に戦っても大して変わらないようだ。
 しかし、一匹ずつ出て来られても面倒ではある。

 分岐の東は二階の寝室。南は扉。
 現在、それほど消耗しているわけではないが。
 扉の先の状況がわからない以上、万全にして進むべきか。
 時間に追われているわけでなく、今回同行しているのは、初めて依頼をこなすフィルだ。

「寝室で少し休もう」
「まだ平気よ?」
「焦る事無いさ。この先は休めないかもしれない。
 ギリギリの状況に追い込まれて、回復しなかった分が生死を分けるかもしれない。
 ケース・バイ・ケースだけど、休める時は休んでおこう」
「・・・うん」

 さらに言うなら、万全でない状態で戦いに臨んで、背に腹を換えられない状況を招き、別荘を傷める事も避けたい。
 依頼人は豪商だという。不手際があれば自分だけの責任で済まないかもしれないし。





 休息を終えて扉まで戻り、鍵を確かめる。
 錠がかかってはいるが、一階で見つけた鍵が合いそうだ。
 館の構造上、屋根裏でも無い限りは扉の向こうが最後のはず。
 戦闘があるとすればそこか。
 オレは動き出そうとしたフィルを、半眼で見た。

「・・・・」
「あ、えーと・・・準備してから一斉に、だよね?」
「ああ、そんな感じで」

 やはり突入する気だったらしい。
 改めて準備を済ませてから鍵を開け、扉を押し開ける。

「・・・・」

 部屋の中には蜘蛛が三匹。
 そのうち一匹は、他の倍くらいの大きさがある。
 あれがボスと考えていいのだろうか。
 無数の目でこちらを見ている。

「ねえ、ベルント」
「ん?」
「こういう時って、どの目を見ればいいの?」
「・・・直接、相手に聞いてみてくれ」

 質問の時間は貰えそうにないが。
 オレを敵と認識したのか、それとも餌と見えたか。
 三体の蜘蛛は一斉に襲い掛かってきた。





 戦闘自体は特に苦戦する事もなく終了。
 その代わり、戦闘後に部屋にあった箱の罠を作動させてしまい、石つぶてを食らってダメージ。
 中には宝石が入っていた。

 戦利品は最後に入手した宝石が一つ、宝箱の銀貨と松明。宿に戻れば依頼の報酬も待っている。
 色々と不安を煽られたものの、終わってみれば悪くない依頼だったかもしれない。
 館は調べ尽くした。毒蜘蛛は全て排除したはずだ。
 宿に戻って首尾を報告しよう。





 帰り道、無言で歩くオレに、フィルが不思議そうな顔で言った。

「何で落ち込んでるの?」
「受けたダメージが全部、箱の罠なんだよ・・・」

 専門外とはいえ、情けない。
 色々考えた事が裏目に出るし。
 まあ、フィルの初仕事が無事に終わったから、よしとするか。

「はあ・・・」










シナリオ名/作者(敬称略)
別荘の蜘蛛退治/ハーバー
ハーバー様のサイト「ハーバーライム」より入手
http://harborlime.blog.fc2.com/

出典シナリオ/作者(敬称略)
リヒャルト卿「家宝の鎧」/齋藤 洋

(開始前に「焔紡ぎ/Mart」でスキル「岩崩し」購入、600sp支払、「胡鳥之夢/レカン」でアイテム「青汁」×2購入、200sp支払)
収入・入手
700sp、松明、鍵、宝石(終了後売却300sp)

支出・使用
コカの葉、鍵

キャラクター
(ベルントLv3)
スキル/掌破、魔法の鎧、鼓枹打ち、岩崩し
アイテム/賢者の杖、ロングソード、コカの葉
ビースト/
バックパック/

(フィルLv1→Lv2)
スキル/鼓舞、火の礫
アイテム/青汁1/3
ビースト/
バックパック/

所持金
6720sp→6920sp

所持技能(荷物袋)
氷柱の槍、エフィヤージュ、撫でる

所持品(荷物袋)
傷薬×4、青汁3/3×3、万能薬×2、コカの葉×4、葡萄酒×2、イル・マーレ、聖水、うさぎゼリー、うずまき飴、激昂茸、ムナの実×3、識者の眼鏡3/3、識者の虫眼鏡3/3、術師の鍵4/4、バナナの皮、悪夢の書、松明5/5、ガラス瓶(ノミ入り)×2、破魔の首飾り、魚人語辞書

召喚獣、付帯能力(荷物袋)
グロウLv3

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