「・・・暇だ」
オレはぼんやりと外を眺めていた。
強い雨風が絶え間なく窓を打ちつけている。
弱まる気配は感じられない。
この分だと、明日もこの場所に足止めされてしまいそうだ。
恨めしいが相手が自然だけに如何ともし難い。
オレがこのライオネル村にやって来てから、すでに数日が経過している。
物資配達の依頼を片付け、さあ帰ろうかという所にこの大雨。
「報酬を受け取ったばかりだから」と暢気に構えていたが、天候は悪くなる一方でその報酬も宿代に消えつつある。
これでは何の為にここまで来たのかわからない。
村の中を見て回ったり、近くに戦争時代の城があると聞いて行ってみたがただの荒城でしかなかった。
もはやオレの興味を引くものはここには無い。
先程、厩舎を覗いたら、ロシがうんざりした顔で水を舐めていた。
天候の回復には期待せず、出発するしかないのかもしれない。
この嵐の中を帰ると思うと、気が重いが。
「はい、おまちどうさん」
「ありがとう。楽しみはこれだけだよ」
「それにしても雨、止まないねぇ」
宿のおかみさんが食事を用意してくれた。
田舎料理と言えばいいのか、素朴な味わいが自分の口に合っている。
旅先で宿の食事が美味いというのはとても有難い。
オレはスープを口に運んだ。
「あんたもそろそろリューンが恋しいんじゃないかい?・・・おや?」
「ん?」
顔を上げると、おかみさんが扉の方を見ている。
オレの視線もそちらへ向くが、何も無い。
誰か近づいているのだろうか。
「・・・」
テーブルの皿に顔を戻し、食事を再開する。
千切ったパンを口に放り込んだ時、おもむろに扉が開いた。
入ってきたのは若い男。
雨に打たれてここまで来たのだろう、全身ずぶ濡れだ。
「いらっしゃい。泊まりかい?」
「すみませんが・・・水を一杯もらえますか・・・?」
「ん、ああ・・・はい、どうぞ」
おかみさんからグラスを受け取ると、男は一気に飲み干した。
大きく息をつく男に、おかみさんは大きなタオルを手渡す。
「・・・で、何なんだい?」
「あ・・・ここに、冒険者の方は・・・いらっしゃいますか?」
おかみさんと男を覗けば、この場にいるのはオレだけ。
ちょうど食事を終えたオレは顔を上げた。
おかみさんと目が合う。
「お生憎様・・・うちは冒険者の宿じゃないよ」
「そうですか・・・」
「・・・けどさ、あんた運がいいね。そこの人はリューンの冒険者だってさ」
「えっ」
「えっ!?」
視線が集中して少し居心地の悪さを感じつつ、オレは頷いて見せた。
「あなたが・・・冒険者と呼ばれる方なのですか・・・?」
「・・・まぁな。世間一般じゃそういう呼ばれ方をされてるな」
駆け出しとはいえ、冒険者である事は間違いない。
それはそうと、何とも世間ズレした感じの話し方をする男だ。
ここよりさらに辺鄙な場所から来たのだろうか。
だが服装などを見る限り、そうとも思えない。
むしろ名乗りもせずに用件を言うのが奇妙に感じられる育ち、もしくは暮らしぶりの良さを感じさせた。
「依頼がある、難しい事ではない」と言われて、まずは話を聞く事に。
この荒天の中をやって来た男が冒険者を求める理由に興味はある。
おかみさんに促され、男は椅子に腰を下ろした。
「そういえば・・・まだ名乗ってすらいませんでしたね・・・私はジャックと申します」
「オレはベルントだ」
「えー・・・何からお話すれば良いか・・・依頼内容は私の護衛・・・です」
護衛といっても物騒な話ではなく、湖の中にある古城を描きたいのだという。
シルバリーア城という名の荒れた古城。
男は自らを「しがない絵描き」だと言った。
それに反応したのは、近くで聞いていたおかみさん。
ジャックが「ヴィスマールの近くで描いた」という絵を譲り受けて上機嫌だ。
どこからか額を持ってきて、掛ける場所を探している。
絵心の無いオレにはそれほどテンションの上がるものではなかったが。
「どうしてもあの城の絵を描きたいわけか。でも、それに護衛が必要なのか?」
「・・・実は私が絵を描く場所は近くにあるロベット山の山中なのです」
山にはグリズリーが生息しているらしい。今は冬眠の準備の時期。
普段でも木の実採りか猟師が入る程度なのだと、おかみさんが補足した。
ジャックはその山中からの構図で描きたいらしい。
どうして、と聞くのは無意味か。
「わかった、引き受けよう」
「おお・・・ありがとうございます・・・!」
「だが、決して褒められた事でないのは言わせてもらうよ」
「・・・と、仰りますと?」
世界を我が物顔で占有しているのが人間という生き物。
厳しい場所で必死に生きる動物達とは、住み分けるべきだとオレは思う。
山に踏み込み、グリズリーとの戦いが発生すればそれはオレ達が仕掛けたものだ。
やりたい事をやる為に自ら危険と敵を作り出し、命を奪うのはエゴでしかない。
オレの話を、ジャックは神妙な面持ちで聞いていた。
「森の動物達を刺激する行動は無しという事で、いいかな?」
「はい。・・・胆に銘じます」
そのエゴに乗っかって食い扶持を稼ぐのが冒険者なのだが、目的に他意は無くても行動が害を誘発する事を理解してもらいたかった。
それでもやりたいというのが「芸術家」という生き物。
人間のエゴの最たるものかもしれない。
「では、出発は明日の朝ということで・・・」
「わかった」
ジャックは部屋を取り、早々に下がっていった。
その姿を妙に気に掛けるおかみさん。
確かに少々具合が悪そうではあったが、それより容姿がツボだったらしい。
「あんな旦那が欲しいねぇ」
「添い寝してやればいいじゃないか」
「か、からかうんじゃないよ!」
「大声出すとジャックが寝れないぞ」
「・・・・」
明日に備えて休みたい所だが、準備も必要だろうか。
「雑貨店のコは朝起きない」と聞いて雑貨店へ向かう。
外に出ると、雨はすっかり上がっていた。
リューンへ帰るタイミングを逃したかもしれない。
その前に、明日が雨だったらどうするか聞いておけばよかった。
「いらっしゃいませ。あら、あなたは・・・」
店番をしていたのは、若い女性。
配達した物資を届けたオレを覚えていたようだ。
名前は確か、キャシーだったか。
「助かったわ、ありがとね」
「依頼さ。気にしないでくれ」
「買い物かしら?特に珍しいものは無いけど・・・」
キャシーの言う通り、傷薬等が少し置いてあるだけ。需要も無いのだろう。
見ていた葡萄酒を、「感謝の気持ち」といただいてしまった。
さらに明日、山に入る事を話すと、傷薬までも。
「・・・怪我、しないようにね」
「買い物に来たのに、買うものが無くなってしまうよ」
「いいのいいの。仕事でなくてもまた来てね」
今回、出費がかさんでいるから正直有難い。
リューンの話をしたら喜んでいたから、いつか埋め合わせをしよう。
オレは丁重に礼を言い、宿に戻った。
食事も済んだし、休むだけだ。
翌日は申し分ない天気になった。
おかみさんに見送られ、準備万端のジャックと共にロベット山へ。
降り続いた雨で足元がいいとは言えない。
下を気にしながら山道を上っていく。
すると道端に、光るものを見つけた。
「どうかしましたか?」
「これは・・・」
拾い上げると、綺麗なブローチだった。それほど汚れていない。
少なくとも雨が上がってからこの場所にあったと思われる。
だがそれ以上の事もわからず、オレはブローチを外套のポケットに突っ込んだ。
山登りを再開してしばらくすると、視界が開けてきた。
大きな湖が見える。
ジャックが立ち止まった。
「ベルントさん、あれを御覧下さい。シルバリーア城ですよ」
「目的地は近いのか?」
「ええ。行きましょう」
城自体は既に見ていたが、湖の中に立つ城を眺めるのは違う風情がある。
もっと素晴らしい景観を望める場所を見つけたという事か。
オレはジャックの後を追い、再び歩き出した。
子供のように駆けていくジャック。
疲れも感じていないように見える。
追いかけるオレは苦笑するしかない。
依頼人が自分から離れたら、護衛がいる意味も無いのだが。
「ここです!いや、何度見ても美しい!」
目的地に到着したジャックは早速絵を描く準備を始めていた。
昨日から思っていた事だが、服装同様に道具の一つ一つも高級なものに見える。
世間ズレした感じの言動といい、何者なのだろうか。
(詮索はよくないか)
オレは黙って首を横に振った。
まずは自分の仕事をするべく、周囲の気配を探る。
特に大きな生き物がいるようには感じられない。
ジャックはすでに作業に取り掛かっている。
話しかけても邪魔になるだけだろうが、まだ確認していない事があった。
「なあ、ジャック・・・」
「はい、何でしょう・・・?すみませんが、今ちょっと手と眼が離せない場所でして・・・そのままでお願いできますか?」
「ああ。絵は今日中に完成するのか?」
「全てというのは不可能ですね」
だが、必要な部分は一日で足りるらしい。
護衛は今日だけという事だ。
「私、記憶力だけは凄いんですよ。・・・それに、あまり時間もありませんし・・・」
「へえ・・・?」
何か引っかかる言い方をする。
とはいえ必要な事は聞いたし、あまり話しかけるわけにもいかない。
しばらく暇を潰していようか。
周囲を見渡すが、特に目立ったものはない。
足元に転がっている石を積んでみる。
だが崩れて大きな音を立ててはジャックの気が散ると思い、静かに解体した。
結局、草むらに寝転がった。
そのまま寝るわけにはいかないが、ぼんやりと空を見上げて時が過ぎるのを待つ。
「・・・うん、一応は出来上がりました」
ジャックの声が聞こえて、オレは起き上がった。
すでに周囲は夕日で赤く染められている。
「では、いったん宿の方へ戻りましょうか。報酬もそこで―――」
「!!」
突如、高い悲鳴が響き渡った。近い。
オレは弾かれたように、声の聞こえた方向へ走り出した。
「―――ベルントさんあれをッ!」
ジャックが叫ぶ。
前方から少女が駆けて来る。
その後を追ってくるのはグリズリー。
「くそッ・・・!やれやれだぜッ・・・!」
毒づきながら斜めにステップして射線を取る。
放った石つぶてはグリズリーの額に命中した。
怒りの咆哮を上げ、目標を変えて向かってくるグリズリー。
オレは走りながら剣を引き抜いた。
「行くぞッ!!」
一本道な上、少女がグリズリーの近くで動けずにいる。
無闇に剣を振り回せば当たってしまうかもしれない。
一撃もらうのを覚悟で魔法の鎧を詠唱。
ダメージに歯を食いしばりながら、カウンターの掌破を叩き込んだ。
あまり得意でないフェイントを入れて牽制しつつ、自分の体を少女と熊の間に捻じ込む。
「走れるなら、あの男の所まで走れ!」
「は、はい!」
這うような格好で動き出す少女。動くだけ上出来だ。
殺気を感じて上体を落とすと、オレの頭があった場所をグリズリーの大きな掌が通過していった。
魔法で防御を強化していても、まともに食らえばオレの首など軽く飛ぶ。
背筋を冷たいものが駆け抜け、冷や汗が噴き出す。
「悪いが、熊の餌になるわけにはいかない!」
鼓枹打ちで敵の動きを止める事に成功し、戦局が大きくこちらに傾く。
斬りつける事、数度でグリズリーは大きな音を立て、仰向けに倒れた。
剣を地面に突き刺して体を支えるオレに、ジャックが駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか!?」
「ハァ・・・何とかな。子供は?」
ジャックの後ろに隠れていた子供が顔を出した。
怪我は無いようだ。
「村の子のようだが・・・何をしてたんだ?」
「あ、あの・・・」
「この時期のグリズリーは危ないから、山に入っちゃ駄目だぞ」
「ご、ごめんなさい・・・無くし物を探してて・・・」
「・・・物はまた得られるでしょうが、命はたったのひとつだけです。大事にしましょうね」
しょげ返る少女。
村の子供なら、この時期の山が危険な事は聞かされていただろう。
それでも探したい、大事なものか。
オレは少女の頭をグシグシ撫でた。
「ま、無事だったからな。探してたのは、これか?」
「!!」
拾ったブローチを見せると案の定。
母親の形見だったらしい。
肌身離さず持ち歩いていたのだろうか。
「ありがとうございます・・・!このお礼は、村で必ず・・・」
「いいさ。血の臭いで獣が来ても面倒だし、村へ戻ろう」
「そうです―――!?」
突然、空からパラパラと雨粒が落ちてきた。
ジャックの顔色が変わる。
「絵!絵が!」
湖畔に置いたままの画材を片付けに、ジャックが走り出した。
少女を一人で帰らせ、オレはジャックの後を追う。
すぐに追いついたが様子がおかしい。
「おい、ジャック!」
「ハァ・・・ハァ・・・ゲホッ・・・ハァッ・・・」
「咳き込んでるじゃないか!」
「大丈夫・・・ちょっと・・・ゲホッ・・・!病気を患ってて・・・それが・・・ッ」
全く大丈夫そうではない。
口に当てた手の指の間から黒い血が漏れてきた。
一刻も早く、村へ戻らなくては。
画材をまとめて抱え、空いた腕でジャックを担ぎ上げる。
すでにジャックの意識は無かった。
「しっかりしろ、ジャック・・・!!」
宿の扉を蹴り開けると、おかみさんが驚いた顔で出迎えた。
だがオレに背負われたジャックを見て、すぐに看病の準備を始める。
おかみさんに言われた通り、オレはジャックを角の部屋に運んだ。
ジャックの意識は一日過ぎても戻る事は無かった。
時折、魘されているように荒い息を吐くのみ。
医者がいるわけでもない僻地の村、身体を冷やさぬようにして安静にするしかない。
オレはジャックの顔を見ながら呟いた。
「湖畔で言った、『時間が無い』というのはこの事だったのかもな・・・?」
不意に、食堂の方が騒がしくなった。
訪問者をおかみさんが押し止めているような声が聞こえる。
「ちょっとあんた!そこは病人の部屋だよ!」
扉が開き、見知らぬ男が入ってきた。
男はベッドに横たわるジャックの顔を見るや、その傍らに縋り付く。
「ジャックを・・・知っているのか?」
「あなたは?それより、坊ちゃんは・・・!?」
「オレは『瞬く星屑亭』の冒険者、ベルントだ。貴方は?」
「こ、これは失敬・・・わたしはサーシウス家の執事であるジーゲイルです」
サーシウス家というのがどれほどの名家なのかは知らないが、少なくともジャックは執事から「坊ちゃん」と呼ばれる立場の人間だったらしい。
執事にジャックの容態を告げる。執事の表情が一層深刻さを増した。
このまま置いておけばジャックは保たないらしい。
執事に要請され、屋敷への搬送準備を手伝う事にする。
村で用意したらしい粗末な馬車に、毛布で幾重にも包んだジャックを運び込む。
すぐにも出発しようとする執事に、オレはジャックの画材と書きかけの絵を手渡した。
雨で絵の具が滲んで元の絵がわからない状態だが、文字通り命がけで書いた絵だ。
「お手を煩わせて申し訳ありません。では―――」
「待ってー!」
山中でグリズリーに襲われていた少女が駆けて来る。
少女は息を切らしながら、見慣れない形の飾りを差し出した。
「ジャックのお兄さん、おうちに帰っちゃうんでしょ?私のブローチを拾ってもらったから、お礼がしたくて・・・」
「これは?」
「お守りなの。色んな病気から守ってくれるって、お母さんが作ってくれたの」
亡くなった母親が作ってくれた大事なお守り。ご利益がないわけがない。
オレが頷いてみせると、執事は丁重に礼を言ってお守りを受け取った。
馬車が静かに動き始める。
オレと少女は、そのまま馬車が姿を消すまで見送り続けた。
「・・・さて、オレもそろそろ帰ろうかな」
「もう帰っちゃうの!?まだお兄ちゃんの分のお守り、出来てないのに・・・」
「いいさ。お守りの効果が薄れちゃうかもしれないだろ?」
「うん・・・」
退屈な雨宿りのはずが、大変な事になったが。
帰ろうか、懐かしのリューンへ。
「―――おい、ベルント」
「・・・ん?」
「何度も呼んでいるのに上の空だ、しっかりせんか」
親父さんがオレに小包を手渡した。
何気なく送り主を確かめる。
送り主の名を見たオレは、バリバリと包みを破った。
中には小箱と手紙。
貪るように文字を目で追う。
あのお守りは、どうやら病気以外にもご利益を発揮したらしい。
「・・・親父さん」
「どうした、ベルント」
呼びかけられ、不思議そうな顔でこちらを見る親父さん。
「酒。葡萄酒がいいな」
「何だ、藪から棒に」
「お祝いなんだよ。親父さんも一杯くらいいけるだろ」
「仕事中なんだが・・・まあ、いいか」
「私もいい?」
「もちろん」
ボトルを開け、グラスに葡萄酒が注がれていく。
親父さんと娘さんもそれぞれにグラスを持ち上げた。
「それで、何の乾杯なの?」
「そうだな、じゃあ―――」
オレもグラスを持ち上げ、二人に向ける。
「―――病気の回復と、若き画家の未来に」
シナリオ名/作者(敬称略)
感情の芸術家/周摩
groupASK official fansiteより入手
http://cardwirth.net/
収入・入手
600sp、傷薬、葡萄酒、ブローチ
支出・使用
ブローチ
キャラクター
(ベルントLv1)
スキル/掌破、魔法の鎧、鼓枹打ち
アイテム/賢者の杖、ブローチ
ビースト/
バックパック/
所持金
1800sp→2400sp
所持技能(荷物袋)
所持品(荷物袋)
傷薬×3、コカの葉、聖水、葡萄酒×2、卵
召喚獣、付帯能力(荷物袋)
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