Page37.オレんとこ、来ないか?(冒険者の宿で①)

「・・・蹴っていいよね?っていうか蹴る」

 言いながらミカエラは、スラリと長い脚を上げて構えた。
 サリマンとユルヴァも、おろおろしてはいるが止める様子は無い。
 オレは後ろを向いた。仕方あるまい。

「・・・加減はしてやれ」
「おっけー」
「落ち着きたまえ、軽いジョーク――ッ!?」

 コミュニケーションが下手というレベルですらない。
 鋭く空を切ったミカエラの脚は、男の余計な一言まで切り落としてくれた。
 オレはため息交じりに言った。

「どうやら、お互いのジョークセンスに天地ほどの開きがあるらしい。
 和まそうとしなくていいから、仕事の話『だけ』をきっちりしてくれ依頼人」
「あ、ああ・・・」

 今回の依頼人、バンディッシュは魔術師だ。
 親父さんが知っている人物だというから、何も考えずに引き受けたのが間違いの元。

 大男に案内された書斎には、一心不乱に書物を読み耽る人物がいた。
 ユルヴァが声をかけると一瞬忌々しそうな目で見たが、すぐに余所行きに表情を一変させた。
 この時点でかなり胡散臭いのに、ペラペラと余計な事を喋って怪しさを自ら増していく。

 依頼を聞けば、「本の中を探索する事」だという。
 冗談のような話だが、バンディッシュが取り出した一冊の本の中に塔の迷宮が封じられているらしい。
 そのような大魔術、現在の術師では到底成し得ないものだ。
 オレ達の仕事は、その「赤塔」と呼ばれる迷宮で見聞きした情報や各種資料を持ち帰り、依頼人の研究に寄与する事にある。

 帰還は随時、依頼人から貸与されたアイテムを使って可能。
 依頼人はバックアップとして、現実世界でオレ達の命綱を握る役目を果たす。
 言うまでもなく危険だ。どんな危険があるか、それすら分からない。

 正直、内容を聞いた後では依頼を引き受けるかどうか悩んだ。
 オレも含めたこのパーティには荷が重いように思えたからだ。
 最終的な決め手は、サリマンに遺跡等の調査経験があった事と親父さんが依頼人を「信用できる男だ」と言った事。
 まずはどの程度の障害があるか確認する、という条件で引き受ける方向に。
 無様でも何でも仲間の命には代えられない。
 今この場で実力が足りないとすれば、それはどうにもならない。

 確認で報酬について聞くと、依頼人は事も無げに一言「ない」。
 そして現在の状況に至る。
 つい最近も似たような事があったばかりだ。

「現物支給は間に合ってるから勘弁してくれ」
「何かご不満!?」

 その時に現物支給されたミカエラの怒りが、こちらに向いてしまった。
 雑貨屋でブランカと遊んでいた所を引っ張り出され、それでなくても不機嫌なのに。

 迷宮から脱出する為のアイテムが高価な魔法の品で、報酬を支払う余裕が無いというのが依頼人の弁。
 それは依頼人の設定の問題であって、オレ達がロハで働く理由にはならない。
 結局、迷宮で見つけた品の内、研究に直接関係ないものがこちらの取り分となった。
 またもや現物支給になってしまったが、諦めるしかない。
 依頼そのものも、危険度によっては辞退する事になるのだから。

「それで、本の中に入るにはどうすればいいのかな」
「私が送り込む」

 まずは一度、行ってみない事には何も言えない。
 オレは仲間達の顔を見た。
 全員、準備が出来ているようだ。
 本の前に立つ。

「さあ、準備はいいかい?固まって目を閉じて」

 バンディッシュはオレ達の立ち位置を細かく指示すると、深く美しい声で魔法の言葉を紡ぎ始めた。
 突如、身体に感じる軽い衝撃。
 詠唱の声はもう聞こえない。
 周囲の気配に変化を感じて目を開いた時、そこにあったのは狭い書斎の風景ではなかった。

「・・・目を開けても大丈夫だ」
「これは・・・」
「私達、本当に本の中にいるの?」

 ユルヴァは絶句。三様のリアクション。
 どういう仕組みかさっぱりわからないが、とりあえずは無事に転送されたようだ。
 目の前に続いている道は一筋のみ。
 脱出しないならば進むしか無いという事か。

「さて。サリマン、ミカエラ、活躍してもらうからな」
「う、うん」
「はい」

 思いがけない事態で戸惑っているのか、ミカエラは自信無さ気だが。
 進んでみていきなり大ピンチになるようなら、見栄を張らずに脱出してその旨を伝えるだけ。
 オレ達は、迷宮を歩き始めた。





 迷宮は自然の洞窟とは違うようで、柱や壁に明かりが点っていて歩くのに支障は無い。
 バンディッシュに持たされた魔法のランタンも不要に思えるが、これには別な意味合いがあると聞いた。
 このランタンの光によって、外の世界にいるバンディッシュがオレ達を見つける事が可能になるのだとか。
 もう一つ、迷宮に満ちている魔力がオレ達に悪い影響を及ぼすのを防いでくれるらしい。
 つまりランタンの光が消えれば、オレ達はすぐに迷宮内での活動が困難になる。

「・・・こうはなりたくないですね」

 サリマンが白骨を見つけて呟いた。
 オレ達の前に迷宮に入った冒険者だろうか。
 手早く穴を掘って埋め、所持品を一点乗せて即席の墓碑にする。
 ユルヴァが横で、静かに聖北の印を切っていた。
 時間的な余裕があるわけじゃないが、他人事でもない。

 意外な事に、宝箱らしきものがあちこちに置かれている。
 最初の三つは開けてみたが、中身はゴミのような物だった。
 以後は進行を優先して無視。
 本棚、泉、美味そうな果実の実った木なども横目で見ながら先に進む。

 オレ達の重要な仕事の一つに、「移ろいの鏡」に到達するというものがある。
 迷宮の各所に設置されているその鏡に、バンディッシュの名を書く。
 すると彼の力が及ぶ領域が増えるらしい。
 オレはその話を聞いた時、犬がマーキングする様を思い浮かべた。

 現状で迷宮にバンディッシュの力が及ぶ領域は、一階だけなのだという。
 難しい話は分からなかったが、少なくともオレ達に悪い事ではなさそうだ。
 まずはランタンの光が消える前に、「移ろいの鏡」に辿り着けるかを確かめたい。

 迷宮の中では様々な事が起きた。
 壁が崩れ落ち、黒い霧に包まれ、奇襲に失敗してゴブリンの群れと正面対決する羽目になり。
 満身創痍になったかと思えば、不思議な像の光を受けて一気に全快。

 分岐を当てずっぽうに進むと近道だったり、次の分岐も同じように進むと行き止まりだったり。
 不思議な花の群生地では、オレ以外の三人が睡魔に襲われ夢の中に。
 幸いにも大事に至らなかったが、危険極まりない。

 五階の奥まで進んで、ようやく鏡を発見した。
 覗き込むと雲が渦巻くような模様が見える。
 魔術師の名を書き込み、待つ事しばし。文字が鏡の中へ沈み込むように消えていった。
 これで迷宮のこの場所まで、バンディッシュが「掌握」した事になるらしい。
 周囲に特別な変化は感じられないが。

「これで、ミッション一つクリアなの?」
「まだ先に、何かありそうですね」

 ミカエラとユルヴァが上り階段の先を見て話している。
 何かというか、何者達かが待ち構えているような。

「サリマン、どう思う?」
「バンディッシュは、この鏡からも迷宮を出れると言っていました。
 まだ余裕がある内に試しておきたい所ですね。
 脱出用の道具を使わずに持ち帰れば、銀貨と引き換えてもらえますし」
「ふむ」

 サリマンに聞けば、出ようと言うのは分かりきっている。
 だが今回は、その理屈に破綻は見られない。
 オレも無理はしたくない。

「では階段の途中のホストだけ、確認するか。
 恐らく一戦だろうから、結果に関係なくここの鏡で戻る」

 仲間達に異論はない。
 魔法の鎧、祝福と念入りに準備をして階段を上がっていく。
 やはり、敵だ。

「やるぞミカエラ、ぬかるんじゃないぞ!」
「任せて!」

 意気込んで臨んだボス戦だったが、相手はスケルトン。
 ユルヴァの「亡者退散」であっさり片がついてしまった。
 出番を貰えなかったミカエラが、床にのの字を書いている。

「あの、私・・・悪い事をしたんでしょうか」
「いや全く」
「いい仕事でしたよ」

 妙な気遣いを見せるユルヴァに、オレとサリマンは至極当然の返答をした。
 「移ろいの鏡」からバンディッシュの部屋に戻り、未使用の「呼び羽根」と引き換えに報酬の300spを受け取る。
 流れとしては今後もこうなるんだろうが・・・正直、割に合わないと思う。
 今回は無事に鏡まで到達して帰還する事を主眼にしたから、仕方ないのだが。

 宝箱や戦利品がもう少し値打ち物ならな。
 こればかりはもう少し見てみないと、何とも言えそうにない。
 迷宮の中で手に入る「魔石」という石も何かと交換してくれるというから、覚えておこう。

 今回は、上がり階段の所で脇にそれる道を見つけたが入らなかった。
 次も先に進んで、上層の敵の強さや戦利品の質を見ておきたい。
 続けてやってみようか。
 まずは一日目、終了。










 二日目、宿を出る前にトーネがラム酒をなめているのを見つけて声をかけた。
 トーネは毎年秋頃から春になるまで、この宿にやってくる冒険者だ。
 親父さんの知り合いらしく、娘さんとも仲がいい。
 腰には差している剣は白く輝き、何かの力を感じさせる。
 今のオレ達より実力はずっと上だ。
 まだ酔っていないようだし、オレ達も手が増えると助かる。

「足手まとい、になりませんか?」
「大丈夫だよ」
「分かりました。あなた方のお役に立てるように私はがんばります!」

 故郷はこちらの言葉とは違うようで、話すのに苦労してるらしい。
 気がいい、というより育ちがいいんだろうな。裕福とかいうのでなく。
 その辺、ユルヴァに似てるかもしれない。

 心強い助っ人が加わえて、迷宮の五階からスタート。
 鏡に名前を書いて脱出すると、次回からはその場所から探索を開始出来るようだ。
 昨日の最後に戦った場所は誰もおらず、消耗を避ける事が可能。
 無理は禁物だが、階段の敵を倒してから鏡で脱出すると、次回の探索が楽になる。
 これは考え所かもしれない。

 すでに探索した階層に行く事も出来るが、トーネもいる事だし先に進んでおこう。
 仲間達の顔を見ると、昨日の最初のような不安さは見えない。
 心強い限りだが、こういう時こそ慎重に行きたいものだ。

「・・・・」
「どうした?ユルヴァ」
「何か不思議な感じがします・・・」

 探索を開始して、最初に違和感に気付いたのはユルヴァだった。
 戦闘や罠などで受けた傷が、歩く毎に少しずつ回復していく。
 どうやらトーネが一緒にいる事と関係があるようだ。
 彼女固有の能力なのか、ユルヴァが最初に気付いたように神聖な加護なのか。

 迷宮内でも体力や精神力を回復する機会はあるが、いいタイミングで訪れるとは限らない。
 探索を進めながら体力が戻れば時間を余分に消費せずに済む。
 これはありがたい。

 壁にかかっている白い布を見つけ、近づいていく。
 オレ達が近づくと布にシミのようなものが出て、広がってきた。
 少し警戒したものの、布がこのフロアの図である事をサリマンが発見。
 探索が進んで一気に階段まで達する。

 どこからか歌声が聞こえてきた。
 周囲を見回しても何も見つからない。
 だが、何かが去っていったような感覚はあった。
 壁を見ると、迷宮の奥に向かって一筋の光が続いている。
 生物の粘液、だろうか。何かが進んでいった跡のようだ。
 この迷宮では刻々と状況が変化し、気を抜く暇が無い。

 トーネが歩きながら剣を持ち上げ、体を左右に曲げている。
 体をほぐしているのだろうか。
 若者というより少女のようでもあるが、相当な修羅場を抜けているのだろう。
 駆け出しのパーティにあって、この助っ人は非常に頼もしい。

 前回とは違う、禍々しい像があった。
 鳥人とでも言おうか、人の体に猛禽類らしい頭が乗っている。
 武神に見えなくもないが、背中の大きな翼は片方が骨のようだ。
 立ち去ったほうが賢明だろう。

「ベルント、鏡がありました」
「そうか」

 ユルヴァの声に、他の者も集まってくる。
 確かに「移ろいの鏡」だ。
 魔術師の名を書き、字が沈むのを見届ける。

 そのままボス討伐へ。
 ここで待ち構えていたのは、ロードに率いられたゴブリンの群れ。
 シャーマンやホブゴブリンもいる。

 準備を整えて慎重に序盤に入る。
 だが、トーネが加わっている今のオレ達には、ここも壁では無かったようだ。
 オレがシャーマンを仕留める間に、トーネはホブゴブリンを束縛してゴブリン一体を撃破。
 サリマンの魔法で敵の大半が眠りに落ちた所へ、ミカエラの蹴りが炸裂して軒並み大ダメージ。
 危なげなく最後に残ったロードを集中攻撃して、上層への障害を排除した。

 まだ余裕はあるが、次の区切りまで行ける保証が無い以上はここで引いておこう。
 呼び羽根を使ったら報酬が無くなってしまうし。

 バンディッシュの部屋に戻り、報酬を受け取る。
 現状は魔物の強さを確かめながら、彼の力が及ぶ領域を広げる事を優先している旨を報告。
 前回、今回と報告できる事が少なかったが、依頼人は納得してくれた。
 少額ではあるが、トーネに報酬の取り分を渡す。

「あ、私の分ですか?」
「本当に助かったよ」
「いえいえ。よかったらまたご一緒させてください」

 さて、宿に戻ろうか。
 トーネが手伝ってくれるなら、次の上層くらいまでは出来そうだが。
 聞いてみると、明日も特別に予定は無いらしい。
 だったら三日目、行くしかないだろう。










 夜に備えて昼間は仕事を控え、ジルの店に向かった。
 昨日手に入れた白ハーブを薬にしてもらう為だ。
 時間を置いて再度訪問し、強治療薬、通称「ジルの酒」を入手。
 副作用から戦闘中の使用は微妙なものの、持っていて損はない。

 日が沈むのを待ってトーネと合流し、バンディッシュの家へ。
 出迎える無表情な大男に、昨日は驚いていたトーネも今日は大丈夫だった。
 何か人間離れした召使だが、魔術師の家だけに人でない可能性も少なからずある。

「バンディッシュ」
「何かね?」

 赤塔に転送される前、オレは魔術師に話しかけた。
 一応の見積もりと予定は言っておくべきだろう。

「恐らく、オレ達は現状、今夜探索する階層までが活動可能な範囲だと思う。
 次の鏡に辿り着けてもそうでなくても、次回以降の探索は今までの場所を詳細に調べる事になるが、構わないか?」
「ふむ。私は問題ないよ」

 目に見える結果があったほうがいいのは確かだろうが、バンディッシュは焦っている様子ではない。
 こちらとしても、そろそろ報酬を何とかしたい所ではあるが。

 昨日と一昨日のように「赤塔の書」の前で目を閉じる。
 バンディッシュの詠唱が完成し、オレ達は迷宮へやってきた。
 さすがに三度目ともなると慣れたものだ。

 探索を開始すると、ユルヴァが祭壇を見つけた。
 簡素な祭壇に祈りを捧げている。
 オレはサリマンに小声で訪ねた。

「あれ、どこの神様のだ?」
「何とも言えませんね。この迷宮の中にあるものは必ずしも統一されてません」
「邪神のじゃないだろうな」
「お待たせしました」
「あ、ああ」
「??」

 少々焦りながら返事をする。
 ユルヴァは不思議そうな顔でオレを見ていた。
 言わない方がいいかもしれない。

 迷宮を進むと、黒い霧に包まれた。
 前にもあったが、何なのだろう。実害は確認できないのだが。
 体を寄せて互いの存在を確かめ、じっと動かずに流れ去るのを待つ。

「何か生き物みたいね」

 流れていく黒い霧を見ながら、ミカエラが呟いた。
 確かに不気味だ。

 宝箱を見つけた後、少し進んだ所に上り階段を発見。。
 階段は二つに分岐していて、片方は脇にそれるように伸びている。
 立ち止まったオレの顔を、トーネが覗き込んだ。

「どうかしましたか?」
「いや、どっちに行こうかとね」

 今回の探索で遭遇した敵の強さを考えると、トーネ抜きでこの階層を突破するのは厳しいだろう。
 彼女の都合がいつも合うわけもない。
 彼女が抜けた後、四人で上に進めないのなら、まだ一度も入っていない脇道への分岐を選んでもいいかもしれない。
 オレは言った。

「これより上は、今は厳しいだろう。脇道に入ってみようか」

 仲間達も同じように考えていたらしく、反対意見は無かった。
 階段を上がり、扉を押し開ける。





「うわっ!?」
「!!」

 扉を開けるなり、恐ろしいほどの冷気が吹き付けてきた。
 寒いとかいうレベルではなく、一瞬にして全身が霜に覆われる。
 もっと軽装で来ていたら引き返すしかなかっただろう。

「トーネ、大丈夫か?」
「はい。寒いのは慣れてます」

 確か、北から来ているんだった。
 とはいえ尋常な寒さではない。
 このまま立っていても体力が奪われるだけだ。先に進もう。
 同じ迷宮か?とも思うが、そもそも本の中にいる時点で普通じゃない。

 奥の方から、かすかな音楽が聞こえてくる。
 美しい旋律だが、発音はオレの知るものではない。
 トーネも、他の仲間も知らないようだった。

 再び強烈な冷気に襲われる。
 辿り着いた扉をやっとの思いで押し開けると、そこは部屋になっていた。
 温かく、明かりもある。大袈裟でなく命拾いした気分だ。
 もう少し外にいたら、重度の凍傷になっていたかもしれない。

 体に付いた氷や霜を落として一休み。
 この部屋の主が不明な以上警戒は欠かせないが、体が温まっただけでも十分だ。
 後ろ髪を引かれる思いで部屋を出た。

「・・・・」

 ミカエラが外套の襟を閉めなおしている。
 言葉を発する気力も無いようだ。無理もない。
 使えるかどうか分からないが松明を渡しておく。

 繰り返し吹き付ける冷気に耐えながら先に進むと、氷の壁が見えてきた。
 目の前で改めて見ると、壁ではなく巨木の幹のような氷柱。
 その柱の中には、何体もの魔物が恐ろしい形相で閉じ込められている。
 生きてはいないだろう。

「・・・・」

 皆無言だ。
 この魔物が氷漬けで死んだのか、死んでから氷漬けになったのか。
 どっちにしても、手に負えない相手が待ってる可能性が大きい。
 撤退のタイミングの判断が、パーティの生死を分ける事になりそうだ。
 サリマンがボソッと呟いた。

「何だか、生物の標本みたいですね」
「・・・・」

 凍りついた門を通り抜ける。
 無数の氷柱が牙のように垂れ下がり、さながら氷の化け物が大きく口を開けているようだ。
 強い冷気は門の向こうから吹いてくる。
 心なしか、かすかに聞こえていた歌の音量が上がったように思える。
 数ある氷柱に共鳴しているのだろうか。
 この寒ささえ無ければ、グラスに水滴が落ちるみたいで風情があるのかもしれないがな。

「ベルント、あれを」
「うん?」

 ユルヴァが氷柱の一つを指差している。
 そこには、大きな水晶の中にいる娘が見えた。まるで眠っているようだ。
 娘の姿は幻影だったらしく、しばらく経つと輪郭がぼやけて見えなくなった。
 今、見えたものは何だったのだろうか。

 サリマンやユルヴァはおろか、寒さに慣れているはずのトーネですら、武器を握るのが辛そうだ。
 オレも気を抜けば剣を取り落としてしまうかもしれない。
 だが、この状況で手を離れた物を握りなおすのは厳しいだろう。
 襲われる事が無いとも言い切れず、自らの命を諦めるような事は出来ない。

 奇妙な部屋に出た。それぞれ周囲を見回す。
 見た事も無いような内装、用途もわからないような器具が結合、融合して不気味な景観になっている。
 書棚にある、オレには読めない文字の本や骨格標本など、何かの研究室、実験室のようだ。
 それらが全て、氷に閉ざされている。
 ふとトーネを見ると、入り口の氷柱に顔を近づけていた。

「トーネ?」
「ガンダ・・・ルファー、の、工房、と書いてあります」

 ガンダルファー、とはこの部屋の主だろうか。
 この極寒のフロアの主かもしれない。
 奥へ踏み込んだオレは、ある物を見つけて仲間を呼んだ。

「皆来てくれ」
「これって、さっきの・・・」
「ああ」

 氷柱に映っていた幻影と同じ、金色の髪の娘。
 水晶の中で眠っているかのようだ。娘の額には金色のリングが載っている。
 時折、娘は苦悶の表情を浮かべ、その度に強い冷気が水晶から発生するのが見える。
 強烈な冷気の出所はここだ。

「ミカエラ!下がってください!」
「え?う、うん」

 トーネの鋭い警告で、ミカエラが数歩下がる。
 水晶の周囲に蛇が現れたのが見える。オレ達を威嚇しているようだ。
 隙を見せれば襲い掛かってくるだろう。
 オレ達はそれぞれに構えた。

 しばらく対峙していると、蛇はおもむろに首を伸ばした。
 その体は見る間に膨らんで見上げるほどの怪物に変貌する。

「何てデタラメな奴だ!来るぞ!」

 ユルヴァが「祝福」を、サリマンは「魔法の鎧」をそれぞれに詠唱し始める。
 敵の強さは未知数、可能な限りの強化が必要だ。

「皆さん、気をつけて!」

 トーネが叫ぶ。敵はすぐそこまで迫っていた。
 氷、いや霜だろうか、細かな結晶が敵の全身を包んでいる。
 単純に考えて冷気に属する攻撃は通用しそうにない。
 が、誰もそんな攻撃手段は無かった。オレも相当に焦っているようだ。

「硬っ!」
「動きも早いぞ!」

 ミカエラの蹴りが弾かれる。
 オレの剣は素早くかわされた。
 この極寒のステージは敵のホーム。
 ただでさえ不利な状況なのに相手が格上とは。

 トーネの剣が当たって、物理的な攻撃が通用する事だけは判明した。 
 ユルヴァとサリマンは離れた場所で援護のタイミングを窺っている。

 敵が放つ強い冷気がオレ達の体力を奪っていく。
 感情の読み取れない相手だが、機嫌はよくないらしい。
 オレに直撃した攻撃は、「魔法の鎧」の防御もお構いなしの大ダメージ。
 ユルヴァが悲鳴を上げる。

「ベルント!?」
「構うな!こっちで食らっておいてやるさ!」

 他のメンバーに当たるくらいなら、オレが貰った方がいい。
 戦線が維持出来れば問題は無い。

「何て事するのよ!」
「突っ込むなミカエラ!」

 止める間も無く飛び出すミカエラ。
 攻撃は当たったものの、ダメージはそれほど期待できない。
 回避に専念して的を散らしてもらいたい所だ。

 だが、敵の様子が変だ。
 苦しんでるように見える。
 一番驚いているのは、当のミカエラ。

「何か効いたっぽいよ!」
「それっぽっちの火で!?」

 怒りに任せて火の点いた松明を押し付けたらしい。
 まさかの一撃で、膠着した戦況が大きくこちらに傾いた。

 嵩に懸かって斬りつける。
 トーネの一撃を受けて、敵の動きが止まる。束縛に成功したようだ。
 この機を逃すわけにはいかない。
 敵の厚い装甲を崩してから、威力の大きな攻撃を叩き込んでいく。

「これで・・・終わりよ!!」

 ミカエラの渾身の一撃が決まる。
 敵は苦痛なように体を大きく伸ばすと、そのまま巨大な氷柱と化した。
 慎重に氷柱に近づき、動かない事を確かめる。仲間達に合図を送る。
 ユルヴァがため息をつき、その場に座り込んだ。
 決して体力のある方じゃないが、よく頑張ったと思う。

 氷柱の後ろにある大きな水晶にも異変が起きていた。
 水晶がひび割れ、中の娘が目を開くと共に周囲の冷気が急速に弱まっていく。
 固唾を呑んで見守るオレ達の前で、娘は自分の手足や体を眺め、動かしている。
 準備運動か。何か違う意図も感じられる。

 この娘が敵でないとは限らない。
 オレは構えてこそいないが、剣を握る手に力を込めている。
 娘は台座から降り、オレ達の前に立った。

「・・・・」

 娘は何かを言おうとしているようだ。
 発声で戸惑っているようにも見える。
 例えるなら、生まれたての赤子のような。
 違うかもしれないが、今は他に想像出来ない。

「あなたたちが私を助けてくれたのか?」
「ん、そう・・・なるのか、な?」

 オレは仲間を見るが、全員首を傾げている。
 娘は周りを見渡して、ため息をついた。

「私はウリト山の氷の精、リムー。
 魔術師ガンダルファーによってここに閉じ込められていたのだ」

 突拍子も無い話だが、この期に及んで信じないのも変だろう。
 むしろ先程の不可思議な動作の理由の辻褄が、それで合う。
 サリマンが恐る恐るといった様子でリムーに尋ねる。

「人間じゃない・・・?」
「ああ、そのはずだが・・・」
「・・・・」

 本人も自信がないらしい。
 まだ目が覚めたばかりで、状況が飲み込めていないのかもしれない。
 それはそうだろう。
 リムーの話を信じるなら、意識が戻ったら自分が今までの記憶とは違う状態になっていた事になる。 

 魔術師ガンダルファーが、精霊であるリムーを人間の娘の死体に封じ込めたとするなら。
 用いられたのは禁呪とか遺失魔法の類、およそ現代に知られている術ではないはず。
 そして魔術師ガンダルファーは、非常に強い力を持っていると考えられる。

 オレ達はここに来るまで、そのガンダルファーには遭遇していない。
 どこでどうしているのか、非常に気になる。
 寒さが和らいだとはいえ、この場は早く離れた方が良さそうだ。

 リムーを見ると、珍しそうに自分の指を動かしていた。
 感触を確かめているのだろうか。
 オレの視線に気付いたのか、顔を上げてこちらを見る。

「誰かが助けに来てくれると信じていた。ありがとう」
「どういたしまして」

 オレは笑顔を見せて返事した。
 助けたのは単なるなりゆきだけに、礼を言われると微妙な感じがする。
 自分のする事をした結果助けてた、みたいな。

「何か礼がしたいが私の力も衰えた。
 あまり役に立つことはできないが、何か欲しいものはないか?」
「うーん・・・」

 仲間達の顔を見る。
 が、いずれもどうしていいかわからないと言った表情だ。オレも同じ。
 ならば、本人に聞いて決めればいいか。

「じゃあ、リムー」
「何?」
「先に質問をさせてもらっていいかな」
「構わない」

 シンプルに、自分の判断に必要な質問だけをしよう。
 遠回しに聞く必要も無い。

「この後、君はどうするつもりだ?」
「・・・氷の柱から解放されたら、こうなっていた。
 これから考えなければならない」
「そうか、ではさっきの君の問いに対する返事だが―――」





「オレ達と一緒に行かないか?」





「どういう事?」
「一緒に仕事をする、仲間にならないかって事さ」

 質問に質問で返したのは、リムーでなくミカエラ。
 オレは二人の顔を交互に見ながら答えた。
 リムーはオレの言っている事が理解出来ないと言う様に首を傾げる。

「仲間になる? あなたたちのか?」
「ああ。仕事を手伝ってくれるとありがたい」
「力になりたいのは山々なんだが、実はもう人間ほどの力しか残っていないのだ」
「ぷっ」

 オレは軽く吹き出した。
 だが、リムーの表情は至って真面目だ。

「??」
「いやすまない。オレ達は人間だから、仲間も人間並みの力があれば十分だよ」
「なるほど・・・」

 リムーは少し俯いた。
 どうしたものか考えているのだろう。
 実際、今の状況では一択だと思うんだがな。

「そうか・・・分かった。あなたたちに私の身を任せてみようか」
「よろしく、リムー。オレはベルント。
 こっちがミカエラでそっちがトーネ、あれがサリマンで、ぼんやりしてるのがユルヴァだ」
「私、オチ担当ですか?」

 オレ達が笑うと、リムーも釣られて笑った。
 多少ぎこちないのはご愛嬌。
 仲間が増えた事だし、宿に戻って歓迎会をしたい所だ。
 だがその前に、帰らなくてはならない。

「サリマン」
「何です?」
「このフロア、どれくらい残ってるかわからないよな」
「想像もつきませんね。通常の建造物の中じゃありませんし」
「だよな・・・案内表示も無いしな」

 そんな親切設計だったら、そもそも迷宮とは呼ばれない。
 本来の仕事は可能な限りの探索なのだが、今は何よりもリムーを連れて脱出したい。
 ただでさえ現在の階層は、トーネ抜きでは歩けない難度。
 敵に遭遇してもリムーを護りながら戦えるかどうか。
 オレはきっぱり告げた。

「決めた。帰ろう」
「はい」

 異論はどこからも出ない。
 本音はこの場所に何度も来たくないし、一度出てまた来れる保証は無いのだが。
 そもそもこの迷宮自体が隅々まで探索出来るものかどうかも分かっていない。
 言えない事でもない限りは全て依頼人に伝える。後は依頼人の判断だ。
 オレ達は継続的に探索する事が仕事。
 欲をかいてヤブヘビにガンダルファー登場、真のラスボス戦なんて洒落にならない。

 オレは呼び羽根を取り出し、額に当てて念じた。
 現状のオレ達の力で探索出来るのは、この辺りの階層までだ。
 もう少し実力をつけるまでは、今回の所までを詳細に調べるのが妥当だろうか。





 視界が一瞬ぼやけ、迷宮から魔術師の部屋に変わった。
 初めて使ったが便利な品だ。
 書物から顔を上げたバンディッシュに、凍りついたフロアで見た事を伝える。
 予想通りに強い興味を示してオレの話を聞いている。

「魔術師ガンダルファーと?うむ、それは召喚師と呼ばれていた古代の文献に登場する男かもしれないな」
「何か持ち帰ろうにも、極限の寒さの中で全て凍りついていたよ」
「うむ、そうか・・・」

 ガンダルファーという魔術師は、数々の悪魔を使役していたのだという。
 バンディッシュはもっと詳しく話を聞きたがったが、オレ達の様子を見て温かいお茶を出してくれた。
 カップに触れた手から、少しずつ身体が解凍されていく気がする。
 リムーがおっかなびっくりお茶を飲む様子が面白かった。

 バンディッシュに報告をしながら、自分で見たものを整理していく。
 迷宮の中は寒過ぎて考える余裕も無かったし、いい機会だ。

 あの場所は、超低温の保存庫ではなかったろうか。
 すぐに悪くなってしまうナマモノを冷凍保存するような。
 あのエリアを氷温に保つため、魔術師ガンダルファーは氷の精霊であるリムーを人間の娘の死体に封じた上で氷柱の中で自由を奪い、頭部に嵌められたリングで苦痛を与えて強い冷気を発生させていた。
 或いはリング自体が強い冷気を発生させる為の器具で、装着した者が苦痛を受けるものかもしれない。
 色々と疑問が湧き出て来るが、所詮は素人の考えだ。
 常識に囚われていては、自然の摂理すら捻じ曲げる魔術は理解出来ない。

(ま、その辺はオレが気にする事じゃないか。それより・・・)

 今回は呼び羽を使ってしまった為、少額の報酬も無し。
 代わりにトーネには、迷宮で入手した品を渡しておいた。
 宝箱の中身も、最初よりは大分マシになっている。
 これくらいの階層だったらそう無茶をしない限りは赤字になる事も無さそうだ。
 探索を継続する方向でいいだろうか。





 バンディッシュの家を出て、オレ達は一路宿への途についた。
 リムーは氷の精霊であったせいか、寒さを苦にする様子が無い。
 だが魂がどれだけ平気でも、器になっているのは人間の肉体だ。
 これからきっと、色々な部分で無理が現れてくるだろう。

 リムーはオレの前を、女性陣と一緒に歩いている。
 何やら会話が弾んでいる様子。ガールズトークというやつだろうか。
 当人は少々戸惑っているようにも見える。

「ベルント」
「サリマン?何だよ」

 必然的に、オレはサリマンと並んで歩く形。
 そのサリマンが、急に声をかけてきた。

「聞きたい事があるんですよ」
「オレに?」
「ええ。どうして、彼女を仲間に誘ったんです?」
「不満なのか?」
「まさか。理由に興味があるだけです」

 なるほど。それは他のメンバーも知りたいと思っているかもしれない。
 だが残念ながら、特別な理由は無い。

「あそこに置いてったら、死ぬだろ?」
「ですね」

 サリマンは後の言葉を待っているようだったが、オレはそれきり喋らなかった。
 オレは基本的に、自分の事は自分で決めればいいと思っている。
 とはいえ今回のリムーの状況は、それをするには少々厳しかった。
 だったら、当面の選択肢を目の前に出すくらいは。
 落ち着いて色々考えるようになったら、行きたい所に行けばいい。
 言葉にしてしまうと、どう言っても恩着せがましくなる。

「宿に戻ったら、親父さんと娘さんにも話さなきゃな」
「・・・大丈夫ですかね」
「オレ達みんな、何とかやって来てるじゃないか。リムーだって同じさ」

 不安は山程ある。
 それでも、当のリムーに比べれば微々たるものだろう。
 宿の連中にも協力してもらって、暮らしていけるようになれば。

「・・・??」

 不意にリムーが立ち止まった。
 オレの声が聞こえたわけではないようだ。
 何か不思議そうな顔をしている。

「どうした?」
「誰か、私を呼んでいた」
「気のせいじゃない?誰もいないよ」
「気のせいじゃないですよ。だって、ほら」

 リムーとミカエラに答えたのは、ユルヴァ。
 ある場所を指差して微笑んでいる。
 それで分かるのは、ユルヴァ以外にはオレだけだ。

「そういう事か」
「ええ。きっと気にかけてくれたんです」

 そこには、一本の街灯があった。フィルだ。
 どうやら元気でやってるらしい。
 冒険者の先輩として、新入りにエールを贈ったのかもしれない。
 それとも、オレが頼りないから喝を入れたのか。
 街灯の炎が、一度だけゆらめいた。

「さあ行こう。戻ったら歓迎会だな」
「収入もありましたしね」
「サリマンはネガティブになるから、お酒抜きね」
「ええっ!?」

 再び宿へ向けて歩き出す一行。
 路地を曲がる時、オレは街灯の方を振り返った。





「きっと、大丈夫さ」










シナリオ名/作者(敬称略)
冒険者の宿で/Jim
Vectorより入手
http://www.vector.co.jp/

出典シナリオ/作者(敬称略)
ブランカ「Link」他/レカン
フィル「正義の精霊」/アレン

収入・入手
1200sp、冒険者の日記、ジルの酒3/3、白ハーブ2/2、青ハーブ2/2×2、緑ハーブ2/2×4、葡萄酒×2、光弾の書×2、肉!2/2、百葉丸5/5、黄楊膏3/3、ヒワシリの種10/10(終了後売却750sp)

支出・使用
白ハーブ2/2

キャラクター
(ベルントLv3)
スキル/掌破、鼓枹打ち、岩崩し、鼓舞
アイテム/ロングソード
ビースト/
バックパック/

(ユルヴァLv2→Lv3)
スキル/祝福、癒身の法、亡者退散
アイテム/青汁3/3、襟巻き
ビースト/
バックパック/クッキング、砂漠の涙

(サリマンLv2→Lv3)
スキル/魔法の鎧、眠りの雲、賢者の瞳
アイテム/賢者の杖、破魔の首飾り
ビースト/
バックパック/魔法の鍵、青汁3/3

(ミカエラLv3)
スキル/連脚、掃腿、盗賊の手、盗賊の眼
アイテム/ネックレス、松明2/5
ビースト/
バックパック/

所持金
3813sp→5763sp

所持技能(荷物袋)
氷柱の槍、エフィヤージュ、撫でる、スノーマン、雪狐

所持品(荷物袋)
青汁3/3×3、ジルの酒3/3、黄楊膏3/3、傷薬×4、緑ハーブ2/2×4、はちみつ瓶5/5×2、万能薬×2、葡萄ジャム3/3、百葉丸5/5、コカの葉×6、青ハーブ2/2×2、葡萄酒×5、鬼斬り、ジョカレ、聖水、手作りチョコ、チョコ、激昂茸、おさかな5/5、マンドラゴラ、肉!2/2、ムナの実×3、識者の眼鏡3/3、術師の鍵4/4、バナナの皮、悪夢の書、光弾の書×2、火晶石、冷氷水×2、松明1/5、石蛙、ガラス瓶(ノミ入り)×2、遺品の指輪、冒険者の日記

召喚獣、付帯能力(荷物袋)
グロウLv7

加入キャラクター
(リムーLv1)
スキル/ペンギン変化
アイテム/
ビースト/氷の鎧
バックパック/

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