Page16.早起きは銀貨800枚の得(エフィヤージュ)

「!!!?」

オレは、突如響き渡った男の悲鳴でベッドから飛び起きた。
時間は・・・早朝。
酔っ払いが騒いだり喧嘩するくらいは無い事も無いが、これはもっと切実な声だ。

「娘を・・・娘を助けてくれ――っ!」

涙ながらに叫ぶ、男の声。
一体、何が起きているのか。
舌打ちしつつ傍らの剣を鷲掴みにし、ドアを開けて階段を駆け下りる。

同宿の冒険者が出て来る様子は、ほとんど無い。当然だ。
どう転んでも面倒事は確実。首を突っ込むのは、少なくとも利口な人間ではない。
オレもすっかり冒険者の暮らしに染まったと思っていたが、性分は中々変わらないらしい。
こうして全速力で、面倒事に向かって走っているのだから。

かつては事が起きれば、昼夜問わず即座に駆け付けるのが当たり前だった。
今は義務でこそないが、わかっていて見過ごすのはやはり寝覚めが悪い。

「親父さん」
「おう、ベルント。ただ事じゃないぞ」

一階に下りると、親父さんが入り口の扉を開く所だった。
ガウンを羽織った娘さんも不安そうな顔をしている。
だがオレは、二人の顔を見て少し安心した。
これで二人も起きて来ないような宿だったら、早いうちに別な拠点に移った方がいいと思う。

通りに出ると、少ないながらも近所の人や野次馬が集まっているのが見えた。
その中心で倒れている男性には見覚えがある。
宿の斜向かいの雑貨屋「エフィヤージュ」の店主。
つまりイリスの父親、ガルデニア氏だ。左の頬が酷く腫れている。
ガルデニア氏はオレの顔を見るなり、介抱する人の手を振り払い、オレに取り縋ってきた。

「あ、あんた・・・『瞬く星屑亭』のベルントじゃないか!頼む、娘を助けてくれ!」
「一体どうしたんだ?」
「娘が・・・娘が男に攫われたんだ!」
「イリスが!?」

思いもかけないガルデニア氏の言葉に、オレは愕然とした。
イリスを連れ去った相手は、柊通りに住む傭兵のオルキデと言う男。
ガルデニア氏は以前から、娘と共に雑貨屋を営む傍ら副業で金貸しをしており、そちらで利益を上げているような話は聞いていた。
オルキデは金貸しの方の顧客で、借金を踏み倒そうとしていたのをガルデニア氏が自衛団へ通報したらしい。
その恨みではないか、とガルデニア氏が言う。

「頼むよ、あんた!娘を・・・娘を、助けてくれ!金は払う!」
「金の話は後だ。オルキデはどっちに行った?」

何を目的にイリスを攫ったかわからないが、無駄に時間を経過させてはいけない。
取り返しのつかない事になる前に、彼女を連れ戻さなくては。
コルヌイエ父娘を知る、近所の住人がオレ達のやり取りをじっと聞いている。

(これは・・・責任重大だぞ?)

オルキデは自分の家がある方向に逃げたと言う。
ガルデニア氏は娘を目の前で攫われ、意識が飛ぶ程殴られたらしい。
先程よりも頬が痛々しく腫れ上がり、顔の形が変わってしまっている。

オルキデの後を追う事など出来なかったのだろう。
それでも薄れる意識の中、懸命に叫んだ。娘の身を案じて。

まずはオルキデに接触する事だ。
オレは立ち上がった。

「みんな、ガルデニアさんを頼む」
「ベルント、相手が傭兵なら――」
「こいつを持ってお行き!」

オレに注意を促す親父さんの言葉に、誰かの声が被さった。
声のした方から、何か長いものが回転しながら飛んでくる。
とっさに掴むと、まだ暖かいバケットだ。焼きたてらしい。
パン屋のおばさんが腕まくりをして叫ぶ。

「必ずイリスちゃんを連れ戻しておくれよ!」
「この硬さなら、犯人も一撃さ」

よい香りのバケットと剣を左右の手に持ち、オレは走り出した。
とはいえ、このバケットはどうしたものか。
マンゴーシュの代わりになるとも思えないが。





「廃屋・・・いや、廃教会か」

ガルデニア氏から聞いた場所み到着。
ここからは何が起きるかわからない。
全身の危険感度を最大に上げ、オレは屋内中に踏み込んだ。
剣と、バケットを携えて。

打ち捨てられて久しい廃屋のようだ。
生活の跡など、どこにも無い。
オルキデの困窮ぶりが窺える。

こういう暮らしぶりの人間に金を貸したら、返済が滞るのは当然だ。
それより金貸しをしていれば、いつかはこういう事になるとわからなかったのだろうか。
いくら客を選んでも、どれだけ低利で貸しても、どこかで恨みを買うのが金貸しという仕事。
ガルデニア氏が「娘は関係ない」と憤っても、相手からすればガルデニア氏の大事な娘だからこそ、手をかける意味がある。

イリスも実は、父の仕事に関して不安を口にした事があった。
あの娘らしく、心配したのは自分の身でなく父の事だったが。
父親にも話したようだが、聞き入れてもらえなかったのだろう。

(それで、こんな事に・・・)

オルキデにも同情しないわけではない。
冒険者でも傭兵でも、食い詰めた者は少なくない。
オレは特に困っていないが、そうでない者だってたくさんいる。
英雄譚に謳われるような存在など、砂漠の砂の一つまみ程度。
その割に、オレがいる「瞬く星屑亭」にはリューンの町も軽く壊滅させそうな化け物が揃っているが。

「!!」

かつては礼拝堂だったらしい広間に出た。
中央に男が立っている。

「・・・オルキデ、だな」
「追っ手か」
「まあ、そんな所だ」

オレの問いを肯定したと考えていいだろう。
いかにも腕っ節自慢の傭兵らしく、筋肉の盛り上がりがはっきり見て取れる。
大人の男を殴って気絶させ、少女を抱えて逃走するくらいは出来そうだ。
実力は・・・五分、いや四分六か。
甘く見積もっても、こちらに優位とは言えない。

「イリスは無事か?」
「娘か。もう少ししたら葬ろうと思っていた所だ」

よかった、イリスはまだ無事だ。
さぞかし不安な思いをしているだろう。

「何故、こんな事を?」
「・・・許せねえ。貧乏人に金を貸して、更に利子をつけて返せだなんて。
いつだって貧乏人は世間から淘汰される。
お前だって同じ様な扱いを受けた事があるんじゃないか?」

それが、この暴挙の理由か。
単に自らの不遇を他人や社会のせいにしているだけだ。
オレを同業と見たのか同意を求めてきたが、同情はしても同意は出来ない。
人が社会で、人として生きる以上は超えてはならない一線がある。

「・・・なるほど。ただの逆恨みか」
「なっ!?」

図星を突かれ、逆上するオルキデ。
しかし今怒っているのは、むしろオレの方だ。

「あの娘が――あの娘がお前に何をした!」

この期に及んで説得する気は無い。
分の悪い戦いであろうと、必ず勝ってイリスを連れ戻す。

「黙れ!悪いのは俺じゃない、悪いのは世の中だ――!」
「同じ事を叫んだ狂信者を、先日ブチのめしたばかりさ」

こちらに駆けてくるオルキデ。
オレも剣を構えた。バケットは脇の机に置いておく。
ともかく、お姫様は返してもらおう。

「教会で殺生を働こうとは罰当たりな男だ、せめて神に赦しを請うてから逝け!」
「ほざけ!一対一ならば俺は負けんぞ!」

気合と共に突き出される剣先。バックステップして間合いを取る。
言うだけの事はあるが、こちらも負けるわけにはいかない。
オレはこの廃屋のどこかに囚われているはずの少女を思い浮かべた。

(イリス、不安だろうがもう少しだけ待ってろ)

「大した自信だが、思い通りに行くかな?オルキデ」
「何だと?」

大きく息を吐き、長剣を下段に構える。
グロアに譲ってもらった剣は、すでに古くからの相棒のように手に馴染んでいた。

「この剣―――歌うぜ?」










「――――る」

廃教会の奥の扉の一つを開けると、イリスが捕らわれていた。
足に巻かれた鎖が、床に刺さった剣で留められている
これが枷になっていたんだろう。

イリスは驚いた顔でこちらを見ている。
その手にあるのは、花弁が一枚だけ残った花。
花びらが足元に並べられている。占いでもしてたのだろうか。
思っていたより剛毅な娘だったらしい。
オレはわざと場違いな雰囲気で、イリスに微笑んでみせた。

「やあ、おはようイリス」
「おはようございま、す?」

きょとんとするイリス。つかみは悪くない。
全く意味の通じない話を振ってみる。

「迎えに来るのは格好いい王子様がいいだろうと思って、頼みに行ったんだけどさ」
「誰に?」
「王子様に」
「???」

さらに不思議そうな顔で小首を傾げるイリス。上出来だろう。
オレはイリスのそばに屈んで、彼女の縛めを外しにかかる。

「あいつ、朝弱いらしくて全然起きないんだよ。
それで代わりにオレが来たんだけど、大分待たせちゃったな。すまん」
「・・・プッ」

イリスが吹きだした。ミッション成功だ。
おもむろに「よしよし大変だったな、もう大丈夫」と慰めても、心の傷に塩を塗るだけ。
オレは敢えて、イリスの気持ちを事件から逸らすように話した。
一度落ち着けば、この娘はしっかり現実に向き合える。 

「何か変な事言ったかな?」
「だって私、今日は朝から大変だったのに、来てくれたベルントさんはいつも通りなんだもの」

クスクスと可笑しそうに笑うイリス。
オレは心の中で安堵のため息をついた。
ケアは必要だろうけど、最初の処置としては悪くなかったはず。

「オレはいつもこうだからなあ。・・・よし外れた、立てるか?」
「う、うん」

よろめきつつ、何とか立ち上がるイリス。雑貨屋まで歩けない事は無さそうだ。
だがオレは、部屋を出ようとした所で重大な事を思い出した。
出口へ向かうには礼拝堂を通らなければならないが、そこでは派手に戦ったばかり。
当然、倒れているオルキデと対面する事になる。

(参ったな、どうしようか)

わずかに逡巡するオレ。
イリスがオレの顔を見上げる。

「どうしたの?」

・・・仕方ない。血塗れの手で触れていい娘じゃないんだが。
オレはおもむろにイリスを抱えあげた。

「ひゃっ!?」

驚いて声を上げるイリス。
お姫様抱っこ状態で恥ずかしいのか、硬直している。
こちらも気恥ずかしいが、そうしていてくれるとオルキデの死体を見せずに済む。
命を賭けて戦ったオレ自身へのご褒美、という事にしよう。

「礼拝堂で大暴れして机も椅子も倒しちゃったんだ。その足で通るのは大変だろ」
「あ、ありがとうございま、す・・・?」
「それ、持っててくれ」
「これは?」
「パン屋のおばさんが、これで犯人を殴ってやれって。投げてよこした」

話しながら、イリスの視線から礼拝堂の中央を隠して走り抜け、教会を出た。
ここで下ろすのも不自然だし、雑貨屋まで行ってしまおう。
この状態で帰ると、オレの方が生命の危険に晒されそうな気もするが。
イリスファンの視線が刺さるくらいは覚悟しなくては。

「ベルントさん・・・」

ふと、イリスが強張った表情で口を開いた。
オレの外套が開いた所の傷を見ている。

「どうした?どこか痛むか?」
「また、怪我をしてます・・・」
「ああ・・・」

イリスを早く見つけようと、手当ては後回しになっていた。
オルキデは楽に倒せる相手ではなかった。
一歩間違えば、今頃イリスも殺されていたかもしれない。
生死を賭けた戦いをして命があり、五体満足なら上出来だろう。

「イリスが無事なら、何て事ないさ」
「私・・・ごめんなさい」
「近所の人達もすごく心配してたんだ。泣き顔で帰ったら、余計心配するぞ?」
「・・・はい」

雑貨屋が近づくと共に、イリスの姿を見て安堵する人も増えてきた。
事件の噂は大分広まっているらしい。
一部に敵意とか殺意の込められた視線も感じるが、努めて気付かないふりをする。

ガルデニア氏の姿が見当たらず、近所の人から入院した事を聞かされた。
オレが見た時に、すでに大怪我をしていたが命に別状は無いという。
不幸中の幸いだ。

見舞いと事態の顛末を報告する為、病院へ向かう事にする。
余計なお世話だろうが、もう一つ言っておきたい事も、ある。
雑貨屋から出て来て戸締りをしたイリスが、花壇に駆けていった。
花を一輪、摘んでいる。

「お待たせしました。ベルントさんも行ってくれるんですか?」
「オレの口から報告した方がいいかと思ってね」

歩きながらイリスは、オレに救出される前の不思議な体験を話してくれた。
オルキデに捕まってる間、花壇の花の精がそばにいてくれたから心細くなかった事。
花の精が力を失って去る時、マーガレットの花を置いていってくれた事。
ちょうど最後の花びらになった時にオレが到着した事。

「・・・ふーん」
「本当ですよ?」
「信じてるさ」

他ならぬイリスならば、そういう事もあるのかもしれない。
たまに「経験点が売れる」とか不思議な事を言う娘ではあるけど。
いつも彼女が花壇に向かっている姿を思い起こすと、信じられる気がする。
精霊とはそういうものだから。

「そうだ、オレにも一輪、くれないかな」
「いいですけど?」
「押し花にして、お守りにしようと思ってね」
「はい!」

イリスを護ってくれた花。ご利益が期待できそうだ。
それと、今度臨時パーティーを組む予定だから、その名前にも使わせてもらおう。

「わあっ、何ていう名前なんですか?」
「それは・・・」

マルガリーテス。
マーガレットの語源で「真珠」を意味すると記憶している。
「ベルント一行」のままじゃ味気ないものな。




「お父さん!」
「イリス!」

病室に入ると、ガルデニア氏はベッドから上半身を起こし、窓の外を見ていた。
イリスが父に駆け寄って抱きつく。長い朝が終わった事を実感する。
父娘が再会を一しきり喜んだ所で、オレは口を挟んだ。

「イリス、水持って来ないと、花が萎れちゃうぞ」
「あっ、そうですね」

イリスが花瓶を持って病室を出て行くのを見届け、オルキデの件をガルデニア氏に報告。
状況が状況だけにガルデニア氏も了解してくれた。

「それで、報酬だが・・・」
「その話は後日でいい」
「?」

オレはガルデニア氏が切り出した報酬の話を遮った。
イリスが戻る前に話すべき事は、他にある。

「貴方もわかっているはずだ。
同じ事がまた起こらない保証は無い。いや、起こる」
「それは・・・」
「イリスは以前から心配していたよ。自分の事でなく、貴方の身を。
彼女が貴方に訴えた事もあったと聞く」
「・・・・」

ガルデニア氏は沈黙した。
逆恨みだ、ルール違反だと突っぱねてきたものの、今回の一件が起きてはそうも言えまい。

「不幸な目に遭った同業者の話だって、聞いているだろう」
「・・・・」
「貴方達父娘を知っている者は、誰も貴方が贅沢をしたくて働いているなんて思ってない」

出過ぎた事は百も承知。
だが綺麗事と言われようと、金と引き換えに出来ないものもある。
一見すれば金で大抵の事は出来るかもしれない。
でもそれを続ける為には、さらに金を求めて行く事になる。
使うものであるはずの金に使われ、追われる生活。
イリスが望むものは、そこには無いと思う。

「父が娘を思うように、娘が父を思う心も汲んであげてもらえないか。
亡くなった奥さんも、父娘が仲良く暮らす事を望んでいると、部外者ながら思うんだが」
「ベルントさん・・・」

病室の入り口に、花瓶を抱えたイリスが戻ってきていた。
長話が過ぎたようだが、後は父娘の話だ。

「大分余計な事を言ったな。近所の人には元気そうだったと伝えておくよ」
「ああ、世話になった」

オレは座っていた椅子から立ち上がり、ガルデニア氏に一礼すると病室の出口へ向かった。
すれ違いざま、イリスの肩をポンと叩く。

「君がきちんと話す番だ。『誠実』もあったよな」
「・・・?」
「マーガレットの、花言葉さ」
「っ!はい!」





オレは病院を出ると、宿に向かって歩き出した。
自分の言葉を思い出し、頭を掻く。

我ながら、ずいぶんと人の家庭に踏み込んでお節介を焼いたものだと思う。
だが、父娘が話す時間は十分にある。
どういう結論が出ても、二人でそれを受け入れて進めるだろう。

また何かあっても、目の前にあるのは冒険者の宿だ。
何度でも助けてやるさ。・・・オレが生きていれば。
他にもお節介なヤツはいるだろうが。

オレは立ち止まり、大きく伸びをした。
少し傷に響く。手当ても忘れてたな。

「さて、宿に戻って・・・寝るか」










シナリオ名/作者(敬称略)
エフィヤージュ/レカン
レカン様のサイト「黄金の宝石箱」より入手
(閉鎖されています。当該記事はレカン様の許可を頂き公開しています)

出典シナリオ/作者(敬称略)
グロア「古城の老兵」/SIG

収入・入手
800sp、エフィヤージュ(スキル)

支出・使用

キャラクター
(ベルントLv3)
スキル/掌破、魔法の鎧、鼓枹打ち
アイテム/賢者の杖、青汁3/3、ロングソード
ビースト/
バックパック/

所持金
4570sp→5370sp

所持技能(荷物袋)
氷柱の槍、エフィヤージュ

所持品(荷物袋)
傷薬×4、青汁3/3×2、万能薬×2、コカの葉×6、葡萄酒×2、イル・マーレ、聖水、うさぎゼリー、うずまき飴、激昂茸、ムナの実×3、ガラス瓶(ノミ入り)×2、破魔の首飾り、魚人語辞書

召喚獣、付帯能力(荷物袋)
グロウLv3

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