Page17.時を超え、受け継がれる思い(墓前に捧げる花)

「・・・参ったな」

 土砂崩れで完全に塞がった道。依頼人がボヤいている。
 折からの雨で、地盤が緩んでいたのかもしれない。
 復旧を待つ時間は、依頼人には無いらしい。

「ツァン、君はこの辺りの地理に詳しいんだったな。
 一刻ほど前の分かれ道、もうひとつは使えないか?」
「・・・使えなくはないが・・・、回り道をする事になるぜ?
 それに・・・、ともかく、俺はオススメできないね・・・」

 依頼人に「ツァン」と呼ばれた男は不機嫌そうに答え、黙り込んだ。
 ツァンの顔を訝しげに覗き込む依頼人。
 だが、どうしても進みたいのであれば選択肢は一つしかない。
 馬車の前で斥候をしていたオレとツァンは、依頼人の指示で馬車に乗り込んだ。

 分かれ道に戻ると、再び馬車から降りて斥候を開始する。
 天気はどうしようもないが、よりによって雨とは。
 先程ツァンが分けてくれた火酒のおかげで、寒さを感じないのだけが救いだ。

「何とか雨を凌げる場所を見つけなければいかんな・・・」

 依頼人の眉間に皺が寄る。
 リューンの雑貨商をしているという依頼人は、名をブランドというらしい。
 どこぞの貴族に急ぎで花を届けたいとかで、依頼を受けたい者は中央広場に軽装で来るようにと貼り紙に書かれていた。
 日当は一日50sp、危険手当は100sp。
 危険手当抜きでもそう悪くない仕事だと思ったのだが、雨は考えていなかった。

 だが厳しい道程でも、進めばどうにかなるようだ。
 黙々と馬に合わせて歩いていると、前方に特徴的な尖塔の影が見えてきた。
 恐らく教会だろう。それは集落が近い証でもある。

「・・・助かったな。これ以上は明日に障るし、今夜はあの村で休むぞ」

 ブランドの言葉を聞いたオレ達はもっと「助かった」と思った。
 足を休め、冷え切った身体を温める事が出来る。
 そうなると現金なもので、自然と集落に向かう速度が上がるのだった。





 そこは小さな村だったらしく、村長は急な来客に驚きながらも、快く迎え入れてくれた。
 冷たい雨に打たれ続けた身体には、暖炉の火が何よりのもてなしになる。
 手足の震えが止まった頃には温かいスープも用意された。

「これはたまらん。村長殿、申し訳ありませんな」
「いやいや。このような物しか用意できず、お恥ずかしい限りですわい」

 村長の孫娘がテーブルに食器を並べていく。
 ブランドと村長は妙に馬が合ったようで、早々に連れ立って村長の部屋へ向かった。
 二人で晩酌でもするのだろう。
 傍らのツァンを見ると、あまり食が進んでいないようだ。

「どうした、ツァン」
「・・・何でもねえよ。食うのが遅いだけだ」

 この悪天候で移動を強いられたせいか、最初から無愛想だったツァンは余計に不機嫌そうに見える。
 娘を見ると、「どうぞごゆっくり」と微笑んだ。
 手持ち無沙汰なオレはツァンに問いかけた。

「ところで、運んでいる花、何だか知っているか?」
「・・・さて、ね。興味を持った事もないが、それがどうかしたか?」
「ルルイエの花だよ。墓前に捧げる花、つまり献花というわけだ」

 ルルイエの花と聞いて、ツァンにもこの強行軍に合点がいったようだ。
 送り先であるオーゼイユ候とかいう貴族、ブランドにとってはどうしても献花を間に合わせたい相手なのだろう。
 詳しくはないが、貴重な花だったはずだ。

「花言葉は・・・、『大切な思い出』だったか」
「・・・ふん、くだらねえ。人間なんざ死んだらしまいさ」

 ツァンはそう言い放つと、雨が止んだのを見て外に出て行った。
 テーブルに残された皿のスープは、すでに冷え切っている。
 オレも席を立ち、明日に備えて体を休める事にした。





「・・・・」

 扉が開く音で、オレは目が覚めた。
 部屋は暗く、目を閉じてからそれほど時間は経っていない。
 闇の中で動く気配を捉え、剣を向ける。

「あっ」
「・・・驚かせてすまんな。だが、忍び足で冒険者に近づくのはお勧めしない」

 そこにいたのは、村長の孫娘。
 殺気は感じずとも、おぼつかない忍び足で来られては気付くなという方が難しい。

「も、申し訳ありません。祖父に気づかれないよう、物音に気を使っていたもので・・・」
「ふむ、ワケありのようだが。ツァン、起きてるか?」
「・・・ああ、目は覚めてるけど、何か面倒事でも?」

 やはり気付いていたようだ。
 オレは剣を鞘に収めた。

「・・・お休みの所を失礼しました。実は、皆さんに折り入ってお願いしたい事がありまして・・・」
「お願い?」
「・・・この村の近くに住み着いた山賊を退治してほしいのです」

 オレはツァンと顔を見合わせた。
 それはまた・・・唐突かつ物騒な話だ。

 この村では最近、山賊が現れて物品を強奪しているという。
 村には若者が少なく、僻地である為に抵抗する事も治安隊に頼る事も出来ないらしい。

「それを、なぜ君が?」
「祖父には言ったのですが・・・冒険者様にお願いする事を承諾してもらえませんでした」

 娘の祖父である村長が冒険者への依頼を拒んだ理由は、過去の出来事にあった。
 この村は十年程前にも山賊に脅かされていて、通りかかった冒険者が単身でアジトに乗り込んだものの山賊に討たれ、怒り狂った山賊は村の者を数名殺して去ったという。
 そういう経緯があり、村長は冒険者を信用していないとか。

「村長のように考えるのは普通だと思うが。君は?」
「・・・私は、結果こそ悲惨でも、村のために尽力してくださったあの名もなき冒険者の方を今でも慕い続けています。
 何としてもこの村を山賊の蹂躙から守りたい・・・。それがあの方の死を無駄にせず、遺志に応える事だと・・・」
「・・・勝手な事を言ってやがる」

 それまで黙っていたツァンが、急に口を挟んできた。
 今まで見せなかった、険しい表情をしている。

「その冒険者は大馬鹿野郎だ!勇気と無謀は違う・・・、そいつの手前勝手な蛮勇がてめえや村の者を殺したんだ!てめえらは被害者らしくその野郎を罵ってりゃいいんだ!変な同情見せやがって・・・、善人ぶってんじゃねえよ・・・」
「ツァン!?」

 ツァンはそれだけ言うと、額に手を当てその場に座り込んだ。
 一体何に対して、こんな激しい反応をしたのか。
 娘がおずおずと尋ねてきた。

「・・・私、気に障る事でも・・・」
「気にしなくていいさ。それより、依頼の話だが」
「・・・はい」

 依頼内容は、山賊を退治して村への脅迫を止めさせる事。
 アジトの場所は目星がついているという。
 報酬は、宝石が一つ。手に取って見る限り、そこそこの値で売れる品だ。
 村娘が簡単に手放すようなものとは思えない。

「被害は大きくなれば村への干渉を諦めるでしょうから、全員倒す必要はありません」
「・・・・」

 それはどうだろうな。オレは相手を知らないが、楽観的に過ぎると思える。
 この村が十年経って再び山賊に襲われたように、悪党はどれだけ潰そうがいなくなる事は無い。
 当面の不安を消す為にも、全員叩く方向で行くべきか。
 娘の願い、冒険者の大先輩の遺志。引き受けない選択は無いかな。

「・・・わかった。明日、アジトに向かう」

 娘に宝石を返す。
 不安そうだった娘の表情が明るくなった。

「・・・ベルント、本気か?ブランドさんにはどう説明するつもりだよ」
「まず一緒に村を出てから、用を足しに途中で消える。
 後は帰りが遅いとか言ってお前が出発を促せばいいさ」
「・・・俺は構わねえけどよ」

 ツァンは不服そうだが、邪魔をする気は無いようだ。
 それだけで十分。

「決まりだな。娘さん、聞いての通りだが、それで構わないか?」
「・・・は、はい!よろしくお願いします!」
「じゃあ、自分の部屋へ戻りな。明日にはカタがつくさ」

 娘は何度も頭を下げ、部屋を出ていった。
 さて、明日は大仕事になった事だし、しっかり休んでおくか。





 翌朝、オレ達は村長に見送られて村を出た。
 昨晩が嘘のような好天に恵まれ、馬車に揺られているとうっかり居眠りしそうだ。
 この調子なら、今日はかなり距離を稼げるだろう。

「だが・・・・」

 オレは呟いた。この道中の供は、ここまでだ。
 村から離れた頃を見計らい、オレは馬車から飛び降りた。

「・・・水を差すようで悪いが、ちょっと用足しだ・・・」
「道端でやったらどうだ?」

 藪に入っていくオレに、馬車のブランドが冗談ぽく言う。
 オレは手を振りながら藪の奥へ進む。

「昨日の酒が残ってるのか?大だよ、大・・・」

 馬車が見えなくなったのを確かめ、音を殺してその場を離れる。
 後はツァンがやってくれるだろう。

「悪いな、ブランドさん、ツァン。道中の無事を願ってるよ」





 娘から教えられた通り、獣道を進むと洞窟が現れた。
 周囲は踏み荒らされていて、オレの目にもはっきり人のものとわかる足跡がある。
 山賊のアジトと思っていいだろう。

 だが、人の気配が無い。慎重に近づき、中を覗き込むが無人だ。
 散らばっている物から、人が生活しているのは間違いないが。
 ある考えにハッと思い至る。

「・・・まさか!」

 オレは村へ向かって駆け出した。
 嫌な予感が外れてくれるといいのだが。





 村は静まり返っていた。
 それもただならぬ緊張感を伴った静けさ。
 オレは舌打ちした。

「嫌な予感、大的中かよ・・・」

 どうやらオレ達が出発した後、山賊が村に来たらしい。
 もしかしたらオレ達の動向を見ていたのかもしれないが。
 オレを追っている者の気配は無かったし、その線は薄いか。

 この状態は村人を人質に取られているようなものだ。下手に動けない。
 物陰に隠れて村の様子を窺っていると、耳障りな怒声が聞こえてきた。
 筋骨隆々とした男達が歩いてくる。

「・・・今日の所は勘弁してやる。次に来る時までにまとまった食料を用意しろ」

 男達の先頭にいる、頬に傷のある男が村長に告げた。
 奴が首領だろうか。男達は村長の娘を連れている。

 聞こえてくる話の内容から、娘は山賊のお楽しみに連れて行かれるらしい。
 村長が山賊に縋り付いて蹴飛ばされた。

 山賊がオレの存在に気付いているとは思えないが、どうも流れが悪い。
 依頼人が人質に取られるとは。





 村を出た山賊の後を、慎重に尾けていく。
 現在見える数の山賊だけであれば、どうにか出来ない事もない。
 隙を見て娘を引き離したい所だ。

 その隙は、存外に早くやって来た。
 娘が躓いて転び、何か話していた山賊共が仲間を一人だけ残して先に進んでいく。
 残った一人の顔を見ると、つまみ食いでもする気のようだ。
 周囲に全く気が向いてない、千載一遇のチャンス。
 これを物に出来ないようでは冒険者はやっていられない。
 オレはおもむろに、魔法の鎧の詠唱を始めた。

「――我が身を覆う不可視の鎧となれ!」
「!?」

 このケースで最優先されるのは人質の安全確保だ。
 下手な忍び足を試みて、接近する前に気付かれては全て台無しになる。
 距離だけは確実に詰めて目の前の敵を落とすに限る。

 出し惜しみは無し。
 敵が動揺しているうちに斬り伏せる。
 仲間を呼ばれなかったのは幸いだ。
 オレは娘に声をかけた。

「・・・安全な所に逃げていろ」
「は、はい!」

 娘はオレの顔を見て状況が理解できたのか、足を庇いながら村の方へ向かう。
 まずは一安心。可能ならばオレも退散したい所だ。
 状況が許してくれるとは思えないが。

「・・・待ちな」

 やはり。
 先に行ったはずの山賊共が戻ってきた。
 オレの周囲を取り囲み、首領が仲間の死体を一瞥する。
 逃がしてくれるつもりは無いようだ。

「・・・こんな事だろうと思ったよ」
「何だよ、随分信用の無いヤツだったんだな」

 オレが倒した男が、先に娘で楽しんでるとでも思ったらしい。
 命令を徹底出来ないようでは、首領の威厳も大した事はないのかもしれない。
 その首領が、低い声で凄んでみせる。

「・・・諦めるんだな。俺の邪魔をした事をあの世で後悔するがいい」
「ああ、諦めたよ」

 オレは剣を鞘から抜いた。まだ魔法の鎧の効果が残っている。
 開戦を待って状況が好転するとは思えない。やるなら今だ。

「この場で全員斬り伏せるしかないってな」
「殺れ!!」





 首領の怒号と共に周囲の山賊も動き出す。
 取り囲んでくれたのは、オレにとって好都合。
 首領の前が手薄だという事だ。

「先に死にたいのはどっちだ!右か、左か!」
「!!」
「!?」

 首領の両脇にいる敵を牽制しながら、正面に渾身の鼓枹打ちを叩き込む。
 もんどり打って倒れた巨体が動く前に掌破を見舞い、まず一人撃破。
 その間も剣先は周囲の山賊に向けている。
 首領の体の下で大きな音がした。ボウガンが暴発したらしい。
 まず頭を潰しにかかる選択は大正解だったようだ。

「お頭あ!!」
「この野郎よくも!」

 殺気だった山賊共がこちらに駆け寄り、一気に乱戦に。
 後は時間との勝負だ。魔法の効果が切れる前に、どれだけ相手の頭数を減らせるか。
 回復は怠れないが、オレの攻撃が減るだけ敵にチャンスを与える事になる。

「冥土の土産だ、お前達も剣の歌を聞いて逝け!」

 オレは青汁を口に含み、剣を大きく薙いで駆け出した。





 娘を捜しながら村まで戻ると、入り口で待ち構えていた村人が歓声を上げた。
 どうやら娘は無事に戻っていたらしい。

「・・・冒険者殿!孫娘を助けてくださり、ありがとうございます・・・して、山賊達は・・・」
「八人倒した。他には見ていないし、あれで全部だろう」
「・・・なんと!あなた様は儂等の救世主じゃ!」

 感謝の言葉の後に恐る恐る山賊の事を尋ねた村長に首尾を伝える。
 村長を始め、村の者は喜びを爆発させてオレを取り囲んだ。
 それだけ苦しんでいたのだろう。

 だが、オレへの賛辞が大袈裟になるにつれ、徐々に鬱陶しさが増してきた。
 冒険者とは、結果ばかりが問われる仕事ではあるのだが。
 こちらは別の依頼を破棄した事もあるし、村に長居したくない。
 それにオレには、別の思いもある。

「そろそろ、帰りたいんだが・・・」

 誰も聞いていない。周囲を取り囲んだまま、帰してもらえそうにない。
 このまま、彼らの気が済むまで付き合わされるのは嫌だ。
 取り囲まれるのは、すでに山賊に堪能させてもらっている。

 息を吐き、大きく吸う。

「・・・オレは!!」
「!?」

 急に出した大声に驚いたのか、辺りは静まり返った。
 村人達を見据えて、オレは言葉を継ぐ。

「ただ、見過ごせずに首を突っ込んだだけだ。数年前の冒険者のように」
「ど・・・どうしてそれを?」
「これが失敗していたら、オレの死体に向かって散々罵倒したんだろう?」
「・・・・」

 誰も言葉を発しない。いや、発せないのか。
 身内が殺される直接のきっかけとなった男に、感謝しろとは言わないが。

「それは・・・」
「神様ならばいざ知らず、オレは人間だ。
 呪いの言葉を吐いた口から出る賛辞を聞かされるのは苦痛なんでな、帰らせてもらう」
「・・・・」

 オレは凍りついた村人達に背を向けた。
 しかし、用事を思い出して娘に歩み寄る。
 今の一部始終を見ていた娘の表情は強張っている。

「君に一つ、頼みがあるんだ」
「・・・なんでしょうか?」
「昔死んだ冒険者の墓の、世話を頼みたい」

 娘の表情が驚きに変わった。
 頼まずともやってくれるだろうが、頼まなくてはいけない理由がある。

「え、でも・・・」
「君がこの村にいる間、可能な時でいいから、オレの分の花を供えてやってくれないかな」
「・・・はい」
「じゃあ、これ」

 依頼成立、とばかりに少女の手に宝石を握らせる。
 何か言おうとする少女に、オレは人差し指を立ててみせた。

「大事な物だろう。君がそれと引き換えにした願いと同じくらい、オレにとって大事な頼みだと思ってくれ」
「冒険者様・・・」
「そいつは報酬さ。じゃ、よろしく」

 自分でした事とはいえ、こんな気まずい所は早く離れたい。
 本来の依頼を破棄して命がけの仕事をした上、歓喜する村人を一喝して報酬突っ返すなんて。
 どこかで見てるはずの大先輩は、どう思っているのだろう。





 村を出たオレは、空を見上げてため息をついた。
 リューンに戻っても、めでたしめでたしとはいかない。
 依頼放棄は大問題で、依頼人のブランドさんには宿の名前も伝えてある。
 結構、不味いかもしれない。

「ツァンのヤツ、上手い事言ってくれてないかな・・・」

 他力本願過ぎるか。
 まずは宿に戻り事情を話して、親父さんの説教を食らう所から始めなくては。
 帰りながら言い訳を考えよう。

 ああ、気が重い。 










シナリオ名/作者(敬称略)
墓前に捧げる花/クエスト
Vectorより入手(CardWirthParty vol.6収蔵)
http://www.vector.co.jp/

収入・入手
宝石

支出・使用
青汁3/3

削除
宝石

キャラクター
(ベルントLv3)
スキル/掌破、魔法の鎧、鼓枹打ち
アイテム/賢者の杖、青汁3/3、ロングソード
ビースト/
バックパック/

所持金
5370sp

所持技能(荷物袋)
氷柱の槍、エフィヤージュ

所持品(荷物袋)
傷薬×4、青汁3/3×2、万能薬×2、コカの葉×6、葡萄酒×2、イル・マーレ、聖水、うさぎゼリー、うずまき飴、激昂茸、ムナの実×3、ガラス瓶(ノミ入り)×2、破魔の首飾り、魚人語辞書

召喚獣、付帯能力(荷物袋)
グロウLv3

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