Page26.それぞれの三分クッキング(胡鳥之夢②)

 オレは扉を蹴り開けるようにして宿に駆け込んだ。
一斉に注目が集まる中、店内を見回す。見つけた。

「イデア!お前が必要なんだ、付き合ってくれ!!」
「えっ!?ちょ、ちょっとー!」

食事をしているイデアの姿を見つけるなりその手を掴み、ざわめく店内を抜けて表へ連れ出す。
親父さんが後ろで何か叫んでいる。イデアも何やらもごもごと言っているが、今は緊急事態だ。
夜の通りは小雪が舞い、寒さが身に凍みる。





「ここだ。急で済まなかったな」

オレは、一本の街灯の前で立ち止まった。
イデアは荒く呼吸をしている。

「はあ、はあ・・・もう、強引なんだからー。べ、別に、嫌じゃないけど・・・」
「・・・・」
「って、どうしてフィルがいるの?もしかして三人で!?それはちょっと・・・」
「はあ?」

何か明後日の方向に勘違いをされているようだ。
確かに、イデアを宿から連れ出す時に話らしい話は一切しなかったが。
オレがかいつまんで状況を説明すると、イデアはフィルと話し始めた。

「・・・つまり、フィルは自力で実体化を解除出来ないわけね」
「うん」
「それで、実体化を維持する為のエネルギーを補給する事も出来ないかあ・・・」

やはり、早い内にフィルを自然な在り方に戻した方がいいらしい。
それには複数の精霊術師が行使する儀式が必要との事。
外部から言わば手動で、精霊の実体化を解除しなければならない。

イデアにも漸く話が呑み込めたようだ。
指示に従い、オレも儀式の準備を手伝う事に。
精霊宮と「瞬く星屑亭」から精霊術師を数人集め、街灯の前に魔法陣を設置し、必要な供物を置き。
巡回の治安隊員に事情を説明して見逃してもらい。
出来上がった簡易の祭壇の前で、イデアが言った。

「じゃあ・・・始めるよ」
「ええ、お願い」
「・・・・」

儀式の詠唱が開始されてしばらくすると、フィルの姿がぼやけてきた。
実体化が解除されているようだ。
フィルがイデアに礼を言うと、詠唱中のイデアは返事をせずに微笑んだ。

「ベルントもごめんなさい、最後にバタバタして」
「気にするな」
「じゃあ・・・元気で。ユルヴァにも宜しくね」
「ああ」

悲しい別れというよりは、無事に元の居場所に帰せる安堵感の方が強い。
慌しさで深刻さが吹っ飛んでしまったとでも言おうか。

詠唱が止まった時、先刻までいたはずのフィルの姿は、完全に消えていた。
儀式は終了したらしい。街灯を見上げ、イデアが言う。

「大丈夫、フィルはちゃんとここにいるよ」
「そうか。済まなかったな、イデア。急に引っ張り出して」
「本当だよー!貸しだからね!」

う。イデアへの貸しか、怖いな。
さらに、宿に戻ると客や冒険者達から妙な言葉をかけられた。

「おう!ご両人のお帰りだぞ!」
「はあ?」

あちこちから冷やかしやら祝福の言葉が飛んでくる。
どうしてこんな事になっているのか、訳がわからない。
話を聞いてみると、オレとイデアがカップル認定されたらしい。
身に覚えの無い事を言われても困るし、オレはキッパリと否定した。

「オレとイデアが?そんな訳無いだろ」
「・・・・」
「なあイデア」

急に静まり返る店内。
近くにいた客が、スッと離れていった。
イデアに同意を求めるが、何故か俯いているイデア。
心なしか、肩が震えているように見える。

「・・・えして」
「は?」
「僕のトキメキを返してーっ!!」
「ぐはっ、何故に金剛!?」

突如出現した土精の右ストレートが、オレの顔面に直撃した。
どうして、こんな事に。









「・・・・」
「あっ、いらっしゃいませ・・・って、どうしたんですか?」
「いや、まあ、その・・・これ」
「??」

雑貨屋を覗くと、イリスが店番をしていた。
カウンターに材料の入った袋を置き、薬と交換してもらう。

「袋が二つありますけど・・・」
「ああ、変なの捕まえたんだ。飛び出すから気をつけて」
「・・・!」

もぞもぞと動く袋。恐る恐る中を覗いたイリスの目が輝いた。
気に入ってもらえたかな。オレは見たくないが。

「これは・・・幻の素材のプティングですね!頂けるのですか?」
「どうぞ。お手製のお菓子に使えるって聞いて、持ってきたんだ」
「ちょっとだけ待っていてくれますか?」
「ん?ああ」

東の森で薬草を探していた時、目の前に飛び出してきた生き物?だ。多分生き物だと思う。
高級調味料になると知って持ってきたが、こんなに食いつくとは思わなかった。
後ろを向き、おもむろに作業を始めるイリス。
何か作っていたが、すぐにこちらに向き直った。

「出来ました。お口に合うかは分かりませんがどうぞ」
「は?あ、ありがとう・・・」

イリスがくれたのは手作りチョコ。
掌のチョコを見つめるオレ。

「んっ、すごく美味しいです」
「・・・・」

上々の出来だったらしい。
それは何よりだが、何やら腑に落ちないものがある。
調理時間の短さもさる事ながら、気持ち悪い生き物の原型が全く無い。
今、オレの目の前にあるのは、どう見ても普通のチョコレートだ。

「どうしたんですか?甘い物駄目?」
「いや・・・」
「嫌なんですか!?」

ショックを受けた表情のイリス。
失言に気付き、ブンブン手を振って否定するオレ。

「そ、そうじゃなくって!」
「じゃあ、何です・・・?」
「後ろからずっと見てたけど、あのプリンがチョコになる瞬間がわからなかったからさ・・・」

何、今のイリュージョン。
料理教室とか何かで、「こちらが一晩置いたものです」と横から出した勢いだった。
細かい事は気にしない方がいいのかもしれない。
オレは掌の上の魔法を見つめながら雑貨屋を出た。
後ろからイリスの声が聞こえる。

「また来てくださいねっ」
「・・・・」





宿ではイデアが、他の冒険者と談笑していた。
今日は機嫌がいいらしい。
オレを見つけると寄ってきて、手にしている袋を覗こうとする。

「何それ?」
「足の生えたプリン」
「それってレアな食材じゃん!お菓子で使うと美味しいんだよね?」

親父さんに使い道を聞こうと思って持ってきたのだが、生憎と仕入れで外出中だとか。
イデアも女の子だし喜ぶだろうか、と袋をイデアに手渡してみる。

「くれるの?よ~し、僕がチョコを作ってあげる!」
「あー、無理しなくていいから」
「任せといてー!」

意気込んで厨房に駆け込むイデア。
直後に聞こえる、渾身の一撃、爆発音、断末魔の絶叫。
急に静かになり、裏口の扉が開いて遠ざかる足音。

「何?何が起きた!?」

数分して裏口の扉が開く音がして、イデアが戻ってきた。
オレの前に来てチョコレートを差し出す。

「・・・はい、どうぞ」
「ありがとう。時にイデア?」
「・・・何?」

一呼吸入れて、オレは言った。
イデアの目が泳いでいる。

「厨房で調理の時に妙な音がしてたのも気になるがな」
「うん」
「その後、どこ行った?」
「・・・・」
「これ、市販品に見えるけど」
「・・・・」

気まずい沈黙。騎士の情けで問い詰めない方がいいのかもしれない。
これはありがたく頂くか。
オレは恐る恐る厨房を覗いて額に手を当て、ため息をついた。
大事件の現場のようになっている。

「・・・とりあえず、親父さんが戻ってくる前に厨房片付けようぜ」
「そ、そうだね!」

完全犯罪を成立させなくては。
これを何事も無かったかのような状態に復元するなんて、イリスのチョコレート以上のイリュージョンだ。
オレは再びため息をつき、掃除を始めた。










シナリオ名/作者(敬称略)
胡鳥之夢/レカン
レカン様のサイト「黄金の宝石箱」より入手
(閉鎖されています。当該記事はレカン様の許可を頂き公開しています)

収入・入手
青汁×3、プディング×2、手作りチョコ、チョコ、薬草×6、コカの葉×3

支出・使用
300sp、プディング×2、薬草×6

削除
シナリオ内入手アイテム「経験点」他多数

キャラクター
(ベルントLv3)
スキル/掌破、鼓枹打ち、岩崩し、鼓舞
アイテム/賢者の杖、ロングソード
ビースト/グロウLv3→Lv7
バックパック/

(フィルLv2)
スキル/火の礫
アイテム/
ビースト/
バックパック/

所持金
7890sp→7590sp

所持技能(荷物袋)
魔法の鎧、氷柱の槍、エフィヤージュ、撫でる

所持品(荷物袋)
青汁3/3×3、傷薬×4、万能薬×2、コカの葉×7、葡萄酒×2、イル・マーレ、鬼斬り、ジョカレ、聖水、うさぎゼリー、手作りチョコ、チョコ、うずまき飴、激昂茸、ムナの実×3、識者の眼鏡3/3、術師の鍵4/4、バナナの皮、悪夢の書、松明2/5、ガラス瓶(ノミ入り)×2、破魔の首飾り、遺品の指輪、魚人語辞書

召喚獣、付帯能力(荷物袋)

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