Page27.冒険者、聖夜の森に散る?(聖夜の守護者)

 12月24日、交易都市リューンに数ある冒険者の宿の一つ「瞬く星屑亭」。
 オレは一人で遅めの朝食を取っていた。
 今夜は聖誕祭とあって、普段は殺風景な宿の中も綺麗に飾り付けられている。

「毎年、この時期は風邪が流行って大変ではあるんだが・・・」

 夜になれば宿に拠点を置く冒険者達、食堂やバーとしての常連客に加えて通りすがりの酔っ払いまで乱入し、賑やかなパーティーが開催されるのだろう。
 娘さんは夜に使う品の仕入れに出かけ、親父さんも今から仕込みに余念が無い。

「今晩の市門警備の人員すら確保出来ない程の緊急事態なんだよ・・・」
「・・・聖誕祭とは信仰の有無に関わらず、一年を通して西方世界最大のイベントなのだ・・・」
「おいベルント、何をブツブツ言ってる。聞いてるのか」
「ああ、聞いてる聞いてる」

 自分の置かれている状況を整理していたら、突然横槍を入れられた。
 オレの目の前に座っている男は、ディルク・ボーネン。
 リューン自警組合の常勤隊長の一人だ。
 特筆出来る実績は無いが、長年の誠実かつ粘り強い仕事ぶりで信頼を集めている。

 オレとは数度の依頼を経ての付き合いだ。どれも安い報酬だったが。
 どうも気に入られているのか、依頼があると宿にやって来てはこうしてオレの前に陣取り、色よい返事がもらえるまで一歩も動かずにブツブツと呪文のように呟き続ける。
 こんな所でまで、粘り強くなくていいから。

「・・・というわけで、一晩雇われてもらいたい」
「何のための常勤隊だよ税金泥棒」

 税金泥棒、と聞いて大げさに心外そうな表情をする隊長。
 絵に描いたような大根役者ぶりだ。

「しょうがないだろ、風邪が流行ってるんだから。常勤隊員だって生身の人間さ」
「だけどよ、揃いも揃って聖夜に寝込むものなのか?」

 隊長は渋い顔をした。
 盗賊騒ぎだなんだで隊員に無理をかけ通しだったから、と言い訳をしている。
 しかし、その件はオレも手伝ったはずだ。
 その上、オレは昨日、降りしきる雪の中に森を探索して大猪を蹴散らし、薬草を持ち帰る仕事をした。
 さらにリューンの街中を全力で駆け抜けた後で、土精のパンチを食らっている。
 今日が聖夜でなくても休ませてもらいたい。

「聖夜なのだから、今晩くらいは礼拝に参加させてくれよ」
「当番は夜明けの8時まで。明日の午前礼拝には間に合うさ」

 心にも無い逃げ口上は、あっさり撃墜された。
 だがオレも負けられない。
 聖夜にまで安い報酬で扱き使われてたまるか。

「でも、何でオレなんだよ。リューンにはいくらでも冒険者がいるだろう。
 穴熊亭のゲルダとか髭亭のジェルジとかに頼んでみろよ。あいつら、暇そうだし」

 隊長の表情が緩む。
 オレの最後の反撃を、隊長は待ってましたとばかりに切り返した。

「それよ、それ。さっき廻って来たんだが、奴さんたち、二つ返事で引き受けてくれたぞ。
 当然ベルントも大喜びで受けてくれると思ったんだが・・・いやあ、実に残念だなあ・・・」
「・・・・」

 先手を打たれてたとは。
 それだけ人手が足りないんだろうが。

「明日にはリューンじゅうに噂が広まってるだろうよ。ベルントは肝心なときに役に立たないデクノボーだって」

 どうやら万事休すらしい。
 その噂を広めるのは、当の隊長だろうが。
 自警組合はまず、この男を逮捕すべきかもしれない。

 オレは「お手上げ」と言う風に両手を上げ、詳しい内容を聞くことにした。
 親父さんはカウンターの中で黙々とグラスを拭いている。我関せず、と言った風情だ。
 報酬の額を聞くと、隊長はサッとVサインを見せた。

「ええ?銀貨200枚!?」

 いつもながら金払いが渋い自警組合。
 無駄と知りつつ交渉し、25枚上乗せを約束させた。
 もちろん自警組合に大きな金庫があるとは思っていない。
 渋々引き受けたオレが、最後に見せたささやかな抵抗と言おうか。
 ささやか過ぎて泣けてくる。

「で、やるかい?それとも引き受けるかい?」
「どっちにしてもやる選択だろうが!」

 トボケて肩を竦めてみせる隊長。
 オレは自分の表現力が及ぶ限り恩着せがましく、隊長に言った。

「ほかならぬ隊長の頼みだ。引き受けてやってもいい」
「それでこそベルント!リューンの誇る冒険者だ!」

 満面の笑みでオレを持ち上げる隊長。
 嫌味が全く通じなかったな。敵が上手だったか。
 「午後三時半に組合に来てくれ」と言い残し、サラダの代金をテーブルに置いて隊長は宿を出て行った。
 何でサラダだけ食べたのか、意味不明だ。ダイエットだろうか。

「はあ・・・」

 オレは深く息を吐いた。
 今のうちに、少しでも寝溜めしておくか。
 カウンターの親父さんに声をかける。

「じゃ、二階上がって寝てくる。今夜は徹夜だし」
「ああ、後で起こしに行ってやる」
「おやすみー」

 親父さんと娘さんにヒラヒラと手を振りながら、オレは階段を上がった。





 リューンの町にも少しずつ灯りが点き始める。
 日が傾きかけた中を行き交う人の足は急ぎがちだ。
 大事な一夜を大事な家族と、恋人と迎える者、仲間達と賑やかに過ごす者、祈りを捧げる者に加えて「稼ぎ時を逃してなるか」と働く者。

「市門の前で雪ダルマになる、オレみたいのもいるがな」

 ふと、通りの傍らに見覚えのある街灯が。
 今夜雪ダルマになるのが、もう一人いたらしい。
 オレは街灯を軽く叩き、自警組合に向かった。

「お、もう来てるか」

 近づいて来る自警組合の建物を見ながら、オレは呟いた。
 建物の前には、見慣れた大柄な男が立っている。

「よう、瞬く星屑亭の。聖夜に勤労とは、お互い精の出ることだ」
「どうせヒマだしな。お前ら同様に。お、穴熊亭のゲルダも来たな」
「のんびりするつもりだったけど、ベルントもジェルジも二つ返事で受けた、と聞いたらね」

 二人とは安い酒場で知り合って意気投合し、今ではたまにつるんで飲みに行く。
 一緒に依頼を受けた事も。
 それはそうと、ゲルダが今、サラッと引っかかる事を言った。

「ちょっと待て。ディルクのおっさん、何時に来た?」
「十時半過ぎだったわ。依頼の話して、スープだけ飲んで帰って行った」
「こっちには十時だ。ゲルダもベルントも引き受けたぞ、とか言って、ソーセージ食って帰って行ったぞ」
「・・・・」

 ジェルジの言葉に、オレ達三人は顔を見合わせてため息をついた。
 あの狸親父は、オレ達それぞれに、他の二人は引き受けたと言ったらしい。
 宿でサラダだけ食べたのは、一度の朝食を分けたから。
 最初にオレの所に来たのは、単に近かったからだろう。

「ウチには九時だ。あのソラマメ親父・・・」
「寒い中お疲れさん。さて、さっそく仕事の説明だ」

 話題の人物がニコニコしながらやって来た。
 とはいえ、ここでゴネても仕方ない。

 オレ達の今晩の仕事は、ディルク隊長の部下と共に、リューンの東門とその周辺を警備する事。
 日没から夜明けまでの間、閉めた市門を出入りする者が無いように見張る。
 妖魔だの狼だの盗賊だの、流れ者の傭兵崩れとか他国の軍隊は絶対入れられないと言うが、そんなのは夜間の警備じゃなくても入れられないだろう。

「そんな大切な門番を俺たちに任せていいんですかい?金次第でそいつら入れちまうぜ」
「全くだ」

 ジェルジが茶々を入れる。
 オレも深く頷いて見せた。

「やれるもんならどうぞ。お前さんたちもリューンを愛してくれてると思うがね」

 ストレートに返されると何も言えない。
 それに面子を見れば、いくら頭数が足りなくても、金次第で転ぶようなのは集めてない。
 市門の番が大事な仕事であるのは、オレだってわかっている。

「今晩は頼むよ」
「よろしくお願いします」

 自警組合の建物から、男が数名出てきた。
 今晩、共に警備を担当する隊員達のようだ。
 隊長がお互いを紹介し、軽く挨拶を交わす。
 年齢が20代くらいの隊員が見当たらないのは、多分そういう事なんだろう。
 隊長が口を開いた。

「ま、人数が揃ったところでぼちぼち持ち場に動くか。前の隊が交替を待ちわびてるぞ」

 長くて寒い夜の始まりか。





 すでに冬の日は沈んで、辺りは急に暗さを増していく。
 皆、市門が閉じられる頃と知っているのだろう、足早に通り過ぎる。
 中には顔馴染みなのか、隊員達を労ったり挨拶をして通る者も。
 人通りはじきにまばらになり、そして絶えた。

「よし、閉めるぞ。エミール、手伝え」

 ディルク隊長と見習い隊員のエミールの手で、市門が閉じられる。
 この門は明日の夜明けまで開く事は無いわけだ。
 何事も無ければいいが。
 それにしても、寒い。

「隊長さんよ、まさかこのまま立ちっぱなしってことはないだろうな?」
「安心しろ。2回ほど休息をとる。この詰所で暖を取るなり仮眠を取るなりしてくれ。
 それから門の前で焚き火を焚いとる。適当に小休止するといい。お前さんらに凍死されちゃかなわん」
「それは有難い」

 焚き火に当たる時間と休息だけが楽しみになりそうだ。
 ほぼ闇が支配した空を見上げ、「本格的に降りだしてきたわね」とゲルダが呟いた。





 雪が降ったり止んだりを繰り返す中、オレ達も門の前の立ち番、望楼の上での哨戒、周囲の巡回を繰り返す。
 口を開く気にもなれず、会話はほとんど無い。
 四時間ほど過ぎてから焚き火の前で一息入れる。
 隊長は先に休憩に入った。

「この夜の仕事はこたえるわよね。はあ・・・」

 ゲルダがため息をついた。
 三人の中では、彼女が一番寒さに慣れているはずだ。

「北国で狼追っかけて育ったゲルダのセリフとは思えん。トシなんじゃないか?」

 オレが茶化すと、ゲルダはオレをキッと睨んだ。
 しかし、視線を焚き火に戻して再びため息をつく。

「違うわよ。聖夜に働くことが、精神的に、よ」
「・・・まあな」

 言いたい事はよくわかる。
 「冬のさなかに仕事があるのを感謝しましょう」と自分に言い聞かせるように呟き、それきりゲルダは黙った。
 結局つまり、そういう事だ。





 何度目だろうか、数えるのも億劫になるほど繰り返す巡回を終えた所で、オレとエミールに一度目の休憩を言い渡された。
 一歩も動きたくない気分だったが、今だけは別だ。
 詰所に文字通り転がり込み、暖炉の前に陣取る。

「うわぁぁ~、たまんねえなこん畜生!」
「生き返りますねえ」

 ベタだが、言わずにはいられない。
 エミールも相槌を打った。

 スープの入った皿を受け取り、スプーンで口に運ぶ。
 しまいにはじれったくなり、皿から口に流し込んだ。
 芯まで冷え切った身体が、内から温められるのがわかる。

「ベルントさんも急に駆り出されて大変ですね」

 エミールが気の毒そうに言う。
 働いてる当人を前に文句を言えるものではないが。
 「今日だけで風邪引きそうだよ」とだけ言っておく。

「だがそんなにひどいのか?常勤隊の風邪」
「ええ、まあ」

 エミールは苦笑した。
 まあ、事情は何となくわかってるんだけどな。

「カールさんは新婚ホヤホヤだし、ホルストさんは奥さんが妊娠中。
 ミヒャエルさんは5人目の子供さんが生まれたとこだし――それにフリッツさんは、出てった奥さんが昨日戻ってきたそうですからね」

 見事に揃ったな、理由が。
 だが、それを仮病とかズル休みとは言うまい。
 隊長もそう思ってるからこそ、何とかして頭数を揃えて隊員を休ませたのだろう。
 正しい事を、厳しく要求するだけでは人はついて来ない。

「ごちそうさん」

 さて、身体は温まったし、空腹も満たされた。
 残りの時間で仮眠を取り、体力を少しでも回復させよう。
 先はまだ長い。





 束の間に温めた身体も、警備に戻るとすぐに冷え切ってしまった。
 だが、依頼中は休むに休めない状況がある事を思えば、それほど辛くはない。いや、辛い。
 だが、似たような任務の経験はある。

 望楼の上から市街を見ると、わずかではあるが人の流れが見える。
 光の列は教会に向かっている。聖誕祭の礼拝だろうか。
 あの光の中には、フィルの街灯も含まれているのかもしれない。
 突如、静かな闇に教会の鐘の音が響き渡った。

「なあ、ベルント・・・聖誕祭って、なんだろな」

 オレと同じく人の流れを見ながら、ジョルジが呟いた。
 いかつい顔に似合わないセリフ、普段なら笑い飛ばす所だ。

「どうした。ついに信仰に目覚めたか?」
「そんなんじゃないけどよ、ああして礼拝に行く奴あり、どんちゃん騒ぎする奴もあり・・・『聖夜に仕事なんてやってらんねえぜ』 ――と言いたいところだが、じゃあ聖誕祭ってのは本来どう祝うもんなんだろな、と」

 中々難しい事を言う。
 本義としては、目上の方の誕生日に相応しい過ごし方をすればいいんだろうが。
 結局の所、当の神様が何と言ったかわからないわけだから、暦の上の一日に○を付けて記念日にした人間達が楽しく、もしくは有意義に過ごせばいいんじゃないだろうか。

「平穏への感謝の心さえあれば、どんな形で聖誕祭を過ごしてもいいんじゃないか?」
「そうだな。うちのヒゲ親父に、酒でも買って帰るか・・・」

 オレもそうするかな。





 午前二時半、エミールが居眠りして隊長に小突かれている。
 ああやって起こされなければ、目が覚めた時にはお花畑だ。
 隊長がエミールを詰所に向かわせて苦笑する。

「さすが冒険者、鍛え方が違う。ウチの若いのよりよっぽどしっかりしてらあ」
「何なら、俺たちを隊員にしたらどうです?」

 すかさずオレが言うと、みんなで大笑いした。
 隊長が笑いながら言い返す。

「ハッハッハ、冗談はよせやい。冒険者って奴はひと月も経たないうちに旅を恋しがるだろ。定収入と気ままな冒険は両立しないんだよ」

 確かに。
 すると今度はゲルダが隊長に茶々を入れる。

「定収入と引き換えに自由を失った、って言いたげな顔してるわよ」
「ほっとけ。これでもいろんなもん背負ってるからな。不自由だが、大事なもんさ・・・いまさら捨てられねえよ」
「・・・・」

 隊長の言葉に、場がしんみりした。
 大事なもの、か。
 日々の暮らしの中でつい忘れかけるが、オレには遠いものなのかもしれない。





 降り続いていた雪が止んだ。
 市門の周囲は静まり返っているが、遠くで狼が騒いでいる。
 あれは・・・イーレンの森か。

「何事も起こらなければいいがね」

 副隊長のアドルフが言う。
 オレもアドルフと同じ気持ちだが、寒さを凌ぐのに狼達が大声大会をするとは思えない。
 嫌な予感がする。

「さて、休憩の交替だ。今度はベルントだな。詰所へ行って暖まって・・・ん?」

 隊長の言葉が途中で止まる。
 どこからか、鈴の音が近づいて来る。
 森の方向からだ。

「一頭立ての橇が一台、来ます!」

 エミールが叫ぶ。その場に緊張が走った。
 オレの隣で隊長が「夜の森を突っ切るとは無茶をする」と言っている。
 全くだ。

「止まれー!止まれ!」

 オレが大きく手を振り制止すると、橇は目の前で止まった。
 乗っている男が荒い息をついている。
 どこからか、休まず馬を走らせて来たのだろう。

「わ、わしはフルダ村のヨーハンっちゅう者でやす。
 息子が高熱出して死にそうなんで、お医者のザックス先生を迎えに上がったんでやす。後生でやす、通してくだせえ」

 乱れた呼吸の中、男は一息で言い切った。
 隊長は門の警備をアドルフと他の隊員に任せ、エミールを医者を呼びに行かせ、オレやジェルジには詰所にヨーハンを案内するよう指示した。
 手慣れた対応に、指示を受けた者はそれぞれの行動をする。

 暖炉の前に座り、隊長から暖かいお茶の入ったカップを受け取って軽く会釈するヨーハン。
 だが落ち着かない様子だ。無理もない。

 ヨーハンは家人の制止も振り切り、狼がうろつくイーレンの森を突っ切ってフルダ村からリューンまでの一里半を駆け抜けたらしい。
 狼が騒いでいたのはこれかもしれない。休まず走り続けたおかげで命拾いをしたのか。
 先程の隊長の言葉ではないが、余りにも無茶だ。

「聖夜だというのに、大変だな」
「神のご加護を・・・」

 ジェルジが呟く横で、ゲルダが十字を切っている。
 詰所の室内を沈黙が包み込む。
 医者のザックスを迎えに行ったエミールは、まだ戻らない。

 ザックスの話は何度か聞いた事がある。
 貧乏人の診察や近郊の村への往診も厭わない、珍しい医者だと。
 特段の名医というわけではないらしいが、そのような振る舞いで信頼を寄せる者もいる。
 他には、元冒険者とかいう噂もあったろうか。

 だが、まだ夜明けも遠い、雪上の往診。聖誕祭のさ中でもある。
 断られても不思議ではない。
 今はただ、待つしかない。

「ザックス先生をお連れしました!」
「!!」

 扉が勢いよく開けられ、部屋の中の者が一斉にそちらを見た。
 エミールが息を切らして駆け込んでくる。
 その後ろから往診鞄を提げた、いかにも無愛想な顔の男が入ってきた。

 ただでさえ無愛想なのが、夜明け前に叩き起こされたせいかよけいに不機嫌そうに見える。
 いや、案外、地の顔かもしれないが。
 ヨーハンがザックスにすがりつくように息子の病状を訴え、必死で往診を請う。

「わかった、すぐ行こう。とにかく時間が惜しい」

 大した医者だ。後で爪の垢でももらっておくか。
 ヨーハンは部屋を飛び出した。

 ザックスは扉を開けながら振り返った。
 室内にびょうびょうと寒気が流れ込む。

「誰か一人、護衛についてくれ。狼がいるとなると心細い」
「・・・・」

 夜明け前、外はまだ暗く、凍えるような寒さだ。
 もう少し我慢すれば、夜を徹しての市門警備も終わる。
 出来る事なら遠慮したいのは皆一緒、だが。
 オレは腰の剣に手を当てた。

「オレが行く」

 今宵は聖なる夜。
 例え神の加護が無くとも、村人の少々無謀な勇気と、無愛想だが義侠心に富む医者の心意気が報われたっていい。
 ジェルジとゲルダがオレの顔を見た。
 「出遅れた」だの「借りが出来た」だの思っているのかもしれない。

 ザックスは「助かる」と短く言って部屋を出た。
 先に出たヨーハンは橇を出す準備をしているだろう。

「誰か行かなきゃ、リューン自警組合のディルク隊は、肝心な時に役に立たないデクノボーの集まりだって言われるからな」

 昨日の朝の隊長のセリフを真似て冗談を飛ばす。
 隊長は真顔で答えた。

「お前という奴は・・・十分に気をつけろよ」
「ああ」

 部屋を出る時に振り返ると、ゲルダとジェルジが黙ってオレを見ていた。
 しょうがない奴らだ。
 オレは二人に向き直って言った。

「悪いな、二人とも」
「「えっ?」」
「立ち番は性に合わないから、橇で遊んでくる」
「ベルント・・・」

オレはニヤリと笑った。

「オレの分も警備の方、頼むな」
「・・・任せて、フロストジャイアントが来ても通さないから」
「そいつは頼もしいが、そうなったら騎士団に任せろよ」
「違いねえ」

 二人の顔に笑みが浮かぶ。
 橇が待ちかねている。行かなくては。

「帰ったら、三人で慰労会兼聖誕祭、やろうぜ」

 オレは部屋を駆け出した。
 外で待っていた小さな橇に乗り込む。

「すまん、待たせた」
「名前は?」
「ベルント。瞬く星屑亭の冒険者だ」

 ヨーハンが掛け声と共に馬に鞭を当てる。
 三人が乗った橇は滑らかに雪の上を走り始めた。
 黒い闇の、塊のような森に向かって。





 雪を被った木々が、次々と前方から背後に遠ざかっていく。
 ヨーハンの握る手綱に、彼の焦りが伝わっているのだろうか。
 普段でもそう広くなさそうな道を、橇はかなりのスピードで突き進む。
 視界は悪い。ランプの光で見通せる先など、高が知れている。

「・・・奴ら、気付いているな」

 オレは呟いた。腰に手をやり、剣の柄の感触を確かめる。
 狼共が騒いでいる。大人しく通してくれそうにない。

 ついに、馬が足を止めた。数頭の狼が見える。
 さらに闇の中には、無数の赤く光る目が。
 ザックスは小剣を構えた。

「囲まれたようだな・・・今は三、四頭ほどだが、まだ増えそうだ」
「突破するしか無いだろう。ヨーハン、森を出るまで後どれくらいだ?」
「あ、あと500歩ほどでやす、旦那」

 時間をかけても状況が好転する要素は無い。
 ザックスは合図を待っている。
 オレも剣を抜いた。

「行くぞ先生!」

 オレの声に弾かれたようにヨーハンが動き、橇は前方に待ち構える狼共に向けて動き出す。
 狼が四方から橇目掛けて駆け寄って来る。

「先生は後ろを中心に見てくれ!」
「わかった!」

 狼の群れは、橇の進行方向を塞ぐように展開している。
 理屈でなく本能で狩りをしているのだろう。
 時折飛び掛ってくる狼を叩き落すも、致命傷は与えられない。
 相手の数が圧倒的に多く、減っている実感が無いと言うのは非常に苦しい。
 それでも、威嚇し、牽制しながらジリジリと森の出口に進んでいく。

「後200歩でやす!」

 ヨーハンが叫ぶ。
 同時に狼がヨーハンに飛び掛る。
 すんでの所で撃退するが、安堵したオレに一瞬の隙が生じた。

「チッ、逆か!」

 ヨーハンに気を取られる間に、視界の反対側から別の狼が迫っていた。
 左足にがっちりと牙が食い込む。
 さらに別の狼がオレの右腕を深く切り裂いて大きく後退した。

 左足の狼は仕留めたが、かなりの深手だ。
 出血が激しい。
 狼共が明らかに勢いづいている。

 厳しい寒さと止まらない出血はオレの体力を急激に奪っていく。
 反応が遅れる。
 ヨーハンとザックスへの攻撃は何とか防いでいるが、身体を支えるのも厳しくなってきた。

「旦那!」
「ヨーハン、先生。次に狼がかかって来たら、全速力で森を抜けろ」
「しかし――」
「選択の余地は無いぜ、先生」

 外まで残り100歩。
 向かってくるのは、弱っているオレのはず。
 一度だけでも技を繰り出せれば、援護になる。
 無傷で村に送ってやれず、済まない。

 狼は攻め急ぐ様子が無い。
 憎らしい程冷静だ。

「ああ、あの話は本当だったんだな・・・」

 人は死ぬ時、どこからともなくメロディが聞こえてくると言う。
 美しく静かで、そして物悲しい響きのメロディが。
 今がその時のようだ。

 他より一回り大きな狼がゆっくり近づいてくる。
 勝利を確信したように。そして跳躍。
 オレが最後に見たのは、迫り来る狼の牙だった・・・。






























「・・・あれ?」

 まだ続きがあった。
 高く跳躍した狼を一条の閃光が貫く。
 雪面に落ちた狼は断末魔の声を上げる間もなく絶命している。
 橇の後方から、何者かが急速に迫ってきた。

「・・・他の何者のわけ、無いか」

 朦朧とする意識の中、あいつらの声が聞こえる。
 どうやら死に損ねたらしい。

「どけどけぃ!髭亭のジェルジが相手だ!」
「狼ども!穴熊亭のゲルダの顔をとくと覚えておきなさい!」

 殺したら顔を覚えられないだろう、と心の中で突っ込む。
 オレ達以上に、狼共にとっては予想外の援軍だったのだろう、瞬く間に蹴散らされ、森の闇の中へ消えていった。

「ベルント!ベルント!」

 ゲルダが駆け寄ってくる。
 ジェルジは周囲を警戒しているらしい。

「ベルント!大丈夫!?」
「・・・オレもついにお迎えが来たかと思ったら、美人のサンタに髭面のトナカイまでいるよ。フルダ村の子供達にプレゼントか?」
「ジェルジ大変!ベルントがおかしいの!」
「・・・寝たら死ぬから、殴って起こしてやれよ」
「・・・待て。これ以上ダメージ入ったら本当に死ねる」

 無傷の状態ですら、ゲルダの平手を食らったら意識が飛ぶと言うのに。
 生き延びれたのだから、生きて帰りたい。

「胸騒ぎがしたから、隊長に断って橇借りてきたのよ」
「お前が変なフラグを立てて部屋を出て行くからだ」
「・・・あれか」

 そう言えば、「帰ったら宴会」みたいな事言ったっけな。
 まさかそんな一言で命拾いするとは。

「先生は? ヨーハンは?」
「わしらは大丈夫だ。ベルントが身を挺して狼どもを引き受けてくれたからな」

 ザックスがオレの傍に来て応急手当を始めた。
 無事とは行かないが、何とか生きてる。

「くっ・・・ゲルダとジェルジには、でっかい借りができちまったなあ」
「いいえ、貸し借りなしよ」

 オレが言うとゲルダが即答した。
 ジェルジも大きく頷いている。

「寒くて疲れる面倒な仕事・・・私がためらったその時、ベルントが名乗りを上げた。借りができた、と思ったわ」
「詰所で寝てても良かったのによ。ひとりで格好いいところ持って行きやがって」
「結果は格好悪くなったけどな」
「だが、俺たちは借りを返す機会が出来た」
「借りを作った後に飲むお酒なんて、おいしいわけ無いものね」

 二人は笑った。
 今日は絆を確かめ合う日、か。
 オレは手当てを受けながら、心の中で呟いた。

(有難う・・・)

 ジェルジとゲルダはオレ達の様子を隊長に報告して警備に合流する、とそのまま引き返した。
 オレは命に別状無いが、そこそこの怪我だと言う事で村に向かう事に。
 到着したらきちんと手当てをするらしい。

 森の出口の方向に、灯りが点き始めた。
 フルダ村の村人達が森の異変に気付いてやってきたらしい。
 子供は、大丈夫だろうか。





「手当ては済んだ。後は寝ていろ」

 ザックスは道具を抱えて立ち上がった。
 これから病気の子供を看るのだろう。

「悪いな先生、仕事増やして」
「・・・医者は死んだ者には何もしてやれん。忙しいのは生きてる証だ」

 奥にの部屋に向かうザックスを、オレは見送った。
 ヨーハンの家の娘が持ってきたスープを、礼を言って受け取る。

「・・・まだまだだな、オレも」

 スープを啜りながら呟いた。
 もっと強くならなくては。
 狼に食われかけているようでは世話は無い。

 腹が満たされると、急に眠気が襲ってきた。
 そういえば、リューンを出たのは二度目の休憩に入る前だったか。
 傷は痛むが、極度の緊張と寒さから解放された疲労感のほうが大きい。
 隣室がこれから入る修羅場を思いつつ、オレの意識は急速に薄れていった。





「お子はもう大丈夫だ」

 ザックスの声と、ヨーハンの家人達の安堵の声が聞こえる。
 オレはしばらく、眠っていたらしい。
 子供の病気は峠を越えたようだ。

 ザックスが何か言ったのだろうか、家人達が部屋から出て来てはオレに感謝の言葉を言って、部屋に戻っていく。
 正直、非常にバツが悪いのだが。

 カーテンの間から、朝日が差し込んできた。
 何か・・・よかった、色々と。
 ヨーハンの家の者にとって、今年の聖誕祭は記憶に残るものになるのだろう。

 帰り際、薬代や護衛料の代わりにと、フルダ村で蒸留されたワインをもらった。
 礼を言って受け取る。オレはいいけど、先生は大変だな。
 ちゃんと食えてるのだろうか。

 瓶のラベルを眺める。
 帰ったら、あいつらにもこのワイン、飲ませてやるか。





「じゃ、先生、お疲れさん。ヨーハン、お大事に」

 東門で二人と別れ、オレは首尾を報告しに自警組合へ。
 ディルク隊長は部屋で待っていた。
 50過ぎだというのに、疲れた様子が見えない。
 全く、大した狸親父だ。

「お疲れさん。まず、門衛の報酬だ」
「手間を増やしたけどいいのか?」
「当然だ。額は少ないかもしれないが、報酬がもらえるだけの仕事は間違いなくしたぞ」

 そう言ってもらえるなら。
 ありがたく袋を受け取る。

「ベルントがいて良かった。お百姓とお医者と病気の子供と、聖誕祭に葬式を出さずに済んだよ」
「危うく冒険者の葬式も出るところだったがな」
「全くだ。ジェルジが帰ってきて、ベルントが重傷だって言うから肝を冷やしたぞ」

 笑ってそう言えるのも、生きてるからだ。
 出血程、傷そのものはひどくなかったらしい。

「いやはや、本当に助かった。また頼むよ」
「来年の聖夜は勘弁願いたいね」
「それは大丈夫だろう」
「そうなのか?」

 自信たっぷりに言う隊長。
 思わず聞き返す。

「お前さんのような奴は、来年の今頃も生きてりゃ、門衛など頼めないくらいの冒険者になっとる」

 前提条件が酷いが、褒め言葉と受け取っていいのか。
 自分でも絶対に死んでないと言い切れない所が厳しいが。

「・・・あ、それからだな、ゲルダとジェルジから、ヒマなら遊びに来いって伝言だ。今日は寝てるそうだが」
「ありがとよ。俺も帰って寝るわ」

 報酬の入った袋を持ち上げて、オレは組合を後にした。





「ただいま」
「疲れたろ。ちょっと待ってな。ニンニクスープを作ってやる」

 親父さんは厨房に入っていく。
 オレはカウンター席に座った。

「宴会明けで寝てるかと思った」
「お前さんが腹空かして戻ってくるだろうからな。それにアレだ、聖誕祭に付き物の大切なことをしとらん」

 他にもいるだろう、この時間も働いているはずの冒険者達の事を、親父さんは忘れていないようだ。
 何となく温かい気持ちになる。

「しかし、ジェルジとゲルダだったか、お前さんの連れがやって来てお前さんが大怪我したって言うから心配していたが、それほどでも無かったのか」
「怪我そのものより、体力がきつかったらしいや」
「じゃあなおさら、このスープがいいぞ」

 詰所のスープも、ヨーハンの家のスープも旨かったが、宿のスープもやはり旨い。
 親父さんは七面鳥を炙っている。
 娘さんも起きて来た。

「ふわぁ~~~おふぁよぉ~あ、ベルント。帰ってたんだ。おかえり!」
「ただいま」
「遅ようさん。とりあえず顔洗って来い。ささやかだけど、宴としよう」

 切り分けられた七面鳥の皿がオレの前に置かれる。
 親父さんは残り物と言っていたが、取っておいてくれたのだろう。

「聖誕祭おめでとう」
「おめでとう」

 食事の匂いに釣られたのか、同宿の冒険者も降りてくる。
 いつも通りの朝。生き延びたからこそ、迎えられる日常。

「お前ら、夕べも食っただろうが。これはベルントの分!」
「いいさ親父さん。こういうのは大勢が楽しいんだ」

 横から皿に伸びる手を見ながら思う。
 強くなろう、もっと。
 何の為に、とは言えないが、とりあえず死なずに済むように。










シナリオ名/作者(敬称略)
聖夜の守護者/竹庵
groupASK official fansiteより入手
http://cardwirth.net/

出典シナリオ/作者(敬称略)
フィル「正義の精霊」/アレン

収入・入手
225sp、葡萄酒

支出・使用

キャラクター
(ベルントLv3)
スキル/掌破、鼓枹打ち、岩崩し、鼓舞
アイテム/賢者の杖、ロングソード
ビースト/
バックパック/

所持金
7590sp→7815sp

所持技能(荷物袋)
魔法の鎧、氷柱の槍、エフィヤージュ、撫でる

所持品(荷物袋)
青汁3/3×3、傷薬×4、万能薬×2、コカの葉×7、葡萄酒×3、イル・マーレ、鬼斬り、ジョカレ、聖水、うさぎゼリー、手作りチョコ、チョコ、うずまき飴、激昂茸、ムナの実×3、識者の眼鏡3/3、術師の鍵4/4、バナナの皮、悪夢の書、松明2/5、ガラス瓶(ノミ入り)×2、破魔の首飾り、遺品の指輪、魚人語辞書

召喚獣、付帯能力(荷物袋)
グロウLv7

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