Page19.幻の熊退治(熊が来た!)

「・・・祭りの後、じゃないよな?」

 オレは目の前の光景を見て呟いた。
 相棒のロシも、オレの横で目を円くしている。

 リューンに戻る途中で差し掛かった小さな村。
 小さな教会堂の前では何かの催しをしていたのか、その準備中だったのか。
 いずれにせよテーブルや長椅子はひっくり返り、村人が右往左往しながら騒いでいる。
 念の為、腰の得物に手を掛ける。

(とりあえず状況を確かめなくては、な)

 オレが騒ぎに向かって踏み出そうとした時、村人達の中から誰か駆け寄って来るのが見えた。
 少女のようだ。オレの前で立ち止まり、ペコリとお辞儀をする。
 自らをミシェル、と名乗った。

「冒険者の方とお見受けします。ちょっとした厄介事が起きまして。
 とりあえず村の教会堂までお越し願えませんでしょうか」
「ん?ああ、構わないよ」

 年頃に似つかぬ、しっかりした子供だ。
 オレは感心しながら、少女の後に付いて歩き出した。
 どうやらまだ、後の祭りではないらしい。ちょっとうまい事言った。




 教会堂の中は外以上に騒がしかった。
 説法壇の周りで話しているのは、村の顔役達だろうか。少女から紹介を受ける。
 長老のトマ、司祭のピコネリ、ミシェルの祖父であるロベール、猟師の女房のコルバといった面々。

「ミシェルから、『厄介事が起きた』と聞いたが。どういう事かな?」
「それがですね・・・」

 司祭が話す所によると、秋口から熊が人里に現れるようになっていたらしい。
 そんな中、熊狩りを思いついた領主が村の若い衆を勢子として狩り出した。
 何とも間の悪い事に、年寄りと子供ばかりしか残っていない村に、親子連れの熊が現れたのだと言う。
 村に残っていた人々は何とか教会堂に避難して、熊の親子は現在、村の民家の一軒に居座っているとか。

「・・・いやまったく、クマっているのです」
「は??」

 一瞬、司祭が何を言ったのかわからず聞き返した。
 少女や他の村人は、微妙な表情でスルーしている。
 つまり普段から駄洒落が止まらない人なわけだ、この司祭は。

「熊が上がり込んだの、ウチなのよ。ホントに困るわ。
 あんた、冒険者なんだって?なんとかならないかい?」
「いや待て、領主様のお帰りを待った方がええ」
「あのタマ無し領主に熊をくれてやる事はない。そもそもがあのお人は・・・」

 さらに少々立派な体つきのおばちゃん、コルバが喋りだすと、それを合図とするように他の村人達もそれぞれ好きな事を話し始めた。
 収拾がつかないと見たのか、ミシェルが制止にかかる。

「静かに!静かに!もうっ、この場は私が仕切ります!」

 互いに顔を見合わせ、口をつぐむ大人達。これは助かる。
 村の大人達もこの少女には一目置いているようだ。
 将来の村長、確定だな。

「ごめんなさい冒険者さん。質問は私が承ります」
「じゃ、聞かせてもらおうかな」

 ミシェルの仕切りで村人達から要領よく情報を引き出す。
 ここはサンカンシオン村という、日々の気温差が激しそうな名前の村。
 若者が見当たらないのは、領主の熊狩りに動員されて出払っている為だ。
 コルバの家に居座っている熊は三頭で、推定母熊一頭と子熊二頭。猟師の女房であるコルバの見立てでは、ごく普通の熊。
 オレへの依頼は、村に入り込んだ熊の排除、と。

(大体、これくらいかな)

 熊が居座っているという民家は、村の中を流れる小川の向こうにある。
 油断は出来ないが、目前に生命の危険が迫っているというわけでもない。
 熊狩りに出ている領主一行と村の若者が戻って来るまで待てば問題無さそうな状況だ。
 どうやら、熊肉や毛皮を村で手に入れたいと言う事情も絡んでいるらしい。
 確かに領主が熊を退治すれば、戦利品として持っていってしまうかもしれない。
 オレはミシェルに話しかけた。

「ふむ・・・それで、君はどうすればいいと思う?」
「え?私の意見ですか?」
「そう、君の考えを聞きたいな」

 意外そうな表情をするミシェル。
 だが、しばらく考えた後、口を開いた。

「私は・・・今は本来の熊狩りの季節ではないですし、捕まえて山奥に帰したらいいんじゃないかと思います」
「なるほど。では、そういう方向で考えようか」
「わわっ!」

 オレはミシェルの頭をグシグシと撫でた。
 この子の正論に従うのが、一番後腐れが無いように思える。

 報酬については村長が「わしゃ耄碌してるでの」と、ロベールに一任した。
 いかにも気難しそうな顔つき。ミシェルの祖父とは信じられない。
 ミシェルは利発な所だけを受け継いだようで、彼女にとっては大きな幸運だったろう。

「何分にも貧しい村でして・・・」

 ロベールが提示した報酬は150sp。
 はっきり言って少ないのだが、熊を手に入れたい村人の意向とは違う結果になるだろう。
 その上、遠からず戻ってくるはずの領主に任せず対処しようというのだから、貰えるだけマシ。
 捕獲用具の提供と、必要ならば村人にも手伝ってもらう条件で引き受ける事にした。

 コルバがドスドスと重い足取りで教会堂を出て行った。
 オレはミシェルと話しながら、捕獲用具の到着を待つ。
 しかし頭のいい子だ。

「お嬢ちゃん、しっかりしてるなあ」
「ありがとうございます。やはり誰かがしっかりしていないといけないですから」

 ミシェルは微笑んだ。
 確かに、彼女の周りの大人達を見れば、深く頷かざるを得ない。
 良くも悪くも、子供は大人の姿を見て成長するという事か。

 コルバが持ってきたのは、猟に使う大きな網。
 見た感じ、非常に頑丈そうだ。これで動きを止めてしまえるだろうか。
 情報通りに「普通の熊」ならば、だが。対峙してみなければわかるまい。
 オレは教会堂を出て、熊が居座っていると言う民家に向かった。





「・・・ここに熊がいるのか」

 コルバの家の前に到着。
 熊が出てくる様子は無い。
 オレは装備と段取りの最終確認をした。

 ミシェルの意を汲んで、出来れば熊の母子を生け捕りにしたい。
 だが何よりも避けなければいけないのは、熊を刺激した挙句にオレが倒れた後、被害がさらに拡大する事だ。
 村人の手は借りたいが、その為に村人を危険に晒すのも本末転倒。
 どうにもならないと判断したら、倒してしまうしかない。

 突入前に魔法の鎧を詠唱しておく。
 正直、子熊がどう動くのかは予想がつかない。
 先に母熊を止めるべきか。それで子熊が戦意を失うならそれでよし。
 戦闘が継続されても、受けるダメージは母熊以下のはず。

 もしも母熊が呪縛を力づくで解いてしまうなら、一時撤退して準備を整え、討伐にシフト。
 オレは器用に網を扱える自信が無いから、余裕のある内に鼓枹打ちと網を併用して母熊だけは縛っておきたい。
 被ダメージをどこまで抑え込めるかが勝負だ。

「さ・・・行くか」

 無造作に屋内に踏み込む。
 三頭の熊がこちらに気付き、向かって来る。
 オレは相手の動きを冷静に見極めた。

「甘い!その程度じゃ黒い三連星にはなれんぞ!」
「僕を踏み台にしたー!?※クマ語」

 まずタックルしてきた子熊の片割れを踏みつける。
 もう一頭が突き出してきた腕が掠るが、自分の体を捻りながらかわして前に出る。
 目の前には母熊。この距離なら外さない。

「!?」 
「大人しくしてろ!」

 鼓枹打ちが解ける前に網を巻き付け、予定通りに母熊を拘束。
 コルバの情報は正しかったらしく、母熊が網を引きちぎる様子は無い。
 勢いに乗り、同じ要領で二頭の子熊も固めてミッションコンプリート。
 手加減したし、深手にはなってないはずだ。

「ま、こんなもんだな」

 オレは身動きの取れない熊の母子を前に、剣を鞘に収めた。
 村人に被害が出ていなかった事は、熊達にとって幸運だったに違いない。
 死傷者でもあれば、生け捕りという選択肢は発生しなかったはずだから。





 教会堂から村人達が自宅に帰っていく。
 捕獲した熊の扱いはまだ決まっていないようだが、今回はもう心配無いだろう。
 オレがロベールから報酬を受け取ろうとした時、村の入り口の方が急に慌しくなった。
 どうやら領主様一行の凱旋のようだ。シカやらキツネやらが担がれている。
 獲物の中に熊は見当たらない。
 オレはボソっと突っ込んだ。

「・・・熊退治に行ったんじゃないのかよ」

 長老が領主の元で何か話している。
 事の顛末を報告しているらしく、何度かオレを指差すのが見える。
 領主は傍らの若者に何やら耳打ちをし、その若者が頷いてこちらにやってきた。
 身なりを見ると、領主の身内やそれに連なる者なのだろうか。
 ロベールがオレに耳打ちをする。

「あれは伯爵の八男、フランソワさまですな。貴族の若様も、末の方になると大変なようで・・・おっと」
「これこれ、そなたたち。少々相談したいことがあるのだが。すまぬが、ちょっと向こうで・・・」

 フランソワと呼ばれた若者がこちらに来るのを見て、慌てて口をつぐむロベール。
 どうやら聞かれなかったようだ。
 人目につかない所へ移動し、声を潜めてフランソワが切り出した。

「熊狩りに出た留守に村を熊に襲われたとあっては、物笑いの種。父の面目に関わる。そこでだ・・・」
(まあ、そう来るよな)

 フランソワの話は予想通りだった。要は、領主が熊退治をした事にしたいらしい。
 領主は熊退治を首尾よく終えて村に戻ったのだが、村は「熊ではない何者か」に襲われていた、というストーリー。
 被害に遭った村人には見舞金を支給し、「領主の熊退治を手伝った」冒険者には報奨金を支払う、と。
 手柄を譲り口裏を合わせる見返りが、口止め料込みで出るようだ。
 ロベールはあっさりと了承した。まあ、そうだろう。

「・・・どうせ村人どもは大した額は払っておるまい。どうじゃ、悪い話ではなかろう?」

 こちらにグッと顔を寄せ、笑みを浮かべるフランソワ。どこの悪代官だ。
 オレは別に手柄を吹聴したいわけではない。被害が無かった事、報酬が得られる事が大事だ。
 だが、最後の台詞は足元を見るようで気に入らない。
 吹っかけてやるか。

「熊退治は私の血と汗の成果だ。そのように安く買い叩かれる筋合いはない」
「む・・・」

 フランソワは少し驚いた様子だったが、改めて上乗せした額を提示した。
 あまり引っ張る事もあるまい、とその額で了承する。
 大げさに喜び、フランソワと領主の心遣いに感謝の意を見せた。
 満足そうに戻っていくフランソワを見送り、ロベールがオレに言う。

「冒険者殿も中々の役者ですなあ」
「村が渋かったから、これくらいはもらわないとな」
「ククッ、それは失礼」

 悪人顔でニヤリと笑うロベール。こっちが悪徳商人だったか。
 絵面はこれ以上なく嵌っているが。

 村から支払われた150spに、領主からも1200sp。額は悪くない。
 突っぱねればどうか。誰一人も得をしない結果になる。
 オレは安い仕事で帰るだけだし、村人も見舞い金を得られない。
 さらにフランソワは「交渉もロクに出来ない男」なんて不興を買ってしまうかもしれない。
 ついでに領主は面子を保てない。

(大人しく手柄を売って、皆幸せでいいんじゃないかな)

 広場に戻ると、何の名目だかよくわからない宴会が始まっていた
 ミシェルが大きく手を振っている。

「冒険者さん、こちらにどうぞ!」

 冒険の話が聞きたいらしい。
 小さな村では、駆け出し冒険者の話すら立派な娯楽になる。
 オレは宴会の輪の中に腰を下ろした。

 領主が狩りの成果に満足したのか、捕獲した熊の母子は見逃してもらえそうだ。
 きっとミシェルが村の大人達を説き伏せ、森に帰してやるのだろう。
 オレの経験談を聞いたミシェルが、ロベールに話をしている。

「格好いいね、冒険者って」
「これミシェルよ、格好よさではなく性根の良し悪しを見るようにせにゃならんぞ。人を見てくれで判断してはならん」
「はーい」
「・・・・」

 全部聞こえてる。どう突っ込めばいいやら。
 言ってる事は尤もだが、それはオレを褒めてるのか貶してるのか、どっちだ?

 司祭は相変わらず、駄洒落を連発。
 いや、もはや何を言っても駄洒落にしか聞こえない。
 時折「あなたの行く手に神のご加護があらんことを」などと言うから、司祭である事を思い出すが。
 領主の物真似など、宴の席でも無礼講では済まないような気がする。

 領主一行は大して長居する事もなく、村を後にした。
 用事は済み、円く事も収まって、さっさと城に帰りたいのだろう。
 フランソワが去り際に、「私に合った仕事がどこかに転がっていないだろうか」と呟いたのをオレは聞き逃さなかった。
 実際、貴族とは言え八男ともなれば先行きは見通せまい。
 本気で言っているようなら、冒険者にでも誘ってやろうか。

 領主が去ってもお構いなしに宴は続く。
 何か理由をつけて飲み食い歌う。
 これが正しい山村の暮らし方なのだろう。
 熊のようなおばちゃん、コルバがオレに言う。

「冒険者さん、よっぽど急ぐんでなきゃ、村に泊まっておゆきよ。峠の途中で日が暮れちまう」
「おっ、もうこんな時間か」

 山中で野宿は無いし、オレは宴会のゲストにされているらしい。
 急いで帰る理由も思いつかない。

「冒険者さん、もっとお話、聞きたいです!さあ、焚き火の前へ!宴はこれからです!」

 ミシェルにグイグイ手を引っ張られた。
 せっかくの機会、今晩は村の英雄に祭り上げられるのも悪くない。
 ロシも飼葉を山のように盛られていたし、異論は無いだろう。

 宴はまだ、始まったばかりだ。










シナリオ名/作者(敬称略)
熊が来た!/竹庵
groupASK official fansiteより入手
http://cardwirth.net/

収入・入手
1350sp、網×4

支出・使用
網×4

キャラクター
(ベルントLv3)
スキル/魔法の鎧、鼓枹打ち
アイテム/賢者の杖、ロングソード、網×4
ビースト/
バックパック/

所持金
3370sp→4720sp

所持技能(荷物袋)
掌破、氷柱の槍、エフィヤージュ

所持品(荷物袋)
傷薬×4、青汁3/3×2、万能薬×2、コカの葉×6、葡萄酒×2、イル・マーレ、聖水、うさぎゼリー、うずまき飴、激昂茸、ムナの実×3、識者の眼鏡、識者の虫眼鏡、術師の鍵、バナナの皮、ガラス瓶(ノミ入り)×2、破魔の首飾り、魚人語辞書

召喚獣、付帯能力(荷物袋)
グロウLv3

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