Page31.始まりは、そこから(そこから)

 オレは通りを歩きながら、親父さんの言葉を思い出していた。
 そうやって巡っていくんだ、と。

 見慣れた扉を開けると、いつものように迎えてくれる親父さんと娘さん。
 オレもいつものように、帰りの挨拶をした。

「ただいま」










「ベルント、この仕事をやってみないか?」
「ん?」

 ドサ回りから戻ってのんびりしているオレに、親父さんが言った。
 その手には一枚の依頼書がある。

「御指名かい?」
「まあ、そうだな。そろそろお前の番だろう」
「??」

 依頼は、遺跡に出向いて遺体を回収する手伝いと、道中の護衛。
 物騒な話ではなく、遺体は不慮の事故で亡くなった研究者らしい。
 依頼人は亡くなった研究者の息子だとか。

 親父さんが「お前の番」と言ったのは、依頼の内容についてではなかった。
 この依頼人が冒険者になる事を希望しているのだという。
 オレが依頼人に同行しつつ様子を見て、本当に冒険者としてやっていくつもりならば面倒を見てやれと、そういう事のようだ。

「お前はもう、分かっているだろう。
 ここの連中が何だかんだと新人に付き合ったり、世話を焼いたりする意味を」
「・・・ああ」
「お前は自分で女性を連れてくるから、当然面倒を見なければいかんがな」
「・・・・」

 狙ってやってるように言われるのは非常に不本意だが。
 確かにオレも、何度か同宿の先輩冒険者の後について、仕事のイロハのイとロくらいまでは覚えた。
 丁度ユルヴァと依頼をこなしたばかりだから、同じような感じでいいのかもしれない。
 今回に関しては、相手はまだ、オレの依頼人なのだが。

「やってみるよ」
「そうか。帰ったら一杯奢ってやる」
「先払いじゃないのか?」
「馬鹿者。成功報酬に決まってるだろう」

 軽口を叩きながら、親父さんから紹介状を受け取った。
 仕事の都合で訪問は夕刻の鐘以降。
 まだ少し早いが、回り道して散策しながら行けばいい。
 オレは扉を開け、通りへ出た。





 交易都市と称されるリューンは、近郊の都市の中でも随一の規模を誇っている。
 貧富の差も大きく、貧しい人々は寄り添うように集まって生活し、スラムのような区画を構成する。
 オレはそういった区域の一つにやって来ていた。

(・・・ここだな)

 陽に晒され、白く毛羽立った木戸をノックする。
 軽い手応え。申し訳程度の薄い扉。
 依頼人の暮らしぶりが窺える。

「・・・どちら様で?」
「依頼を引き受けた者だよ。紹介状を持って来たんだが」
「・・・ああ、『瞬く星屑亭』の。
 へえ、思ったより早かったですね」

 やや間を置き、扉が細く開かれた。
 隙間から鋭い視線が、こちらを窺っている。
 向こうにいるのは小柄な人物のようだ。

 招き入れられた室内は、灯りが必要な程に暗かった。
 外はまだ西日が眩しい時間だというのに。
 見れば窓という窓が全て閉まっている。

 しばらくすると目が慣れ、ようやく室内の様子が分かってきた。
 それでも、天井の明り取りの光が無ければ、何も見えなかったろう。
 オレの様子を見て気がついたのか、男は苦笑しながら燭台に灯を点ける。

「ちょっと暗いですよね。
 ・・日光や湿気って、発掘物や書物の類にあまり良くないもので」

 男の言う通り、室内は少々埃の匂いがするものの、じめじめした感じは無い。
 狭い部屋に不釣合いな程置かれた、空の棚。
 確か依頼人の父親は、市井の学者だったはず。
 棚の中身は処分してしまったのだろうか。

「改めて。『瞬く星屑亭』の冒険者、ベルントだ。これが紹介状」
「私はサリマンと言います。ちょっと拝見させてもらいますね」

 オレが携えてきた紹介状を受け取り、確認する男。
 冒険者志望だというが、決して若くはない。
 色黒で大きな目。眉間に刻まれた深い皺。
 一見すると気難しそうに見えるものの、口を開けばそうでない事はすぐ分かった。
 薄暗い部屋にも慣れている様子だ。

「はい、確かに。割印もぴったりですね。
 それではまず、依頼の条件を提示するとしましょう」

 サリマンが語る依頼の詳細は、宿で聞いたものと相違無かった。
 目的地はリューンの北東にある、バーセリック遺跡。
 確か、すでに探索し尽された小さな遺跡だったか。
 故人は市井の学者だったというから、そこで何かを見出して調べていたのかもしれない。

 護衛と言っても用心の意味合いが大きく、遺体の回収作業の手伝いがメインになりそうだ。
 作業をする場所が罠の落とし穴な為、多少のロープ技術が必要。

「なるほど、穴の底から遺体を引き上げるわけか」
「ええ。それほどの手間にはならないと思いますよ」
「ふむ、底から・・・そこから・・・」
「何か?」

 行程は野営をして一泊二日、食事は持参。
 600spの報酬も妥当だろう。上乗せ不可で、前後金が半々。

「バナナはおやつに含まれるのか?」
「はい」

 なるほど。問題はいつ食べるかであって、何を食べるかではない。
 オレは条件を承諾し、依頼人と握手を交わした。
 依頼人に勧められ、簡素な椅子に腰を下ろす。

「では、もう少し具体的な事情などをお話しましょうか」
「ふむ」

 故人は遺跡の落とし穴に落ちて亡くなったのだという。
 事故当日、依頼人は自宅で資料の整理をしていて、故人は護衛の冒険者と共に現地へ向かった。
 戻ってきた護衛の報告を受けて現地に赴き、すでに事切れた故人を確認。
 罠自体は分かりにくいものでなく、どうして落ちたのか分からない。
 穴に仕込まれた槍が遺体を貫通していて引き上げる事も難しく、依頼人は故人の頭髪だけを切り取って持ち帰り、葬儀を済ませた。

「大人数を雇う蓄えもなく、とりあえずの処置でした。
 それが一年前の事でして、そろそろご帰還願おうかと。
 色々と、頃合でしょうし」

 まあ、一年も経てば余分なものは腐り落ち、回収は楽になっているだろう。 
 不幸中の幸いだったのは、バーセリック遺跡が聖北の管轄であった事か。
 しっかり清められた場所であり、アンデッドにならずに済んだ。

「それに、早く遺体を引き上げろとせっつかれてもいまして。
 勝手に落ちたのだからと援助は出ないし。
 世知辛い世の中ですよ、全く」

 依頼人が苦笑する。
 管理者としては故人や遺族の経済状態など関係ない。
 教会らしく、もう少し慈悲深い所を見せてもいい気がする。
 自己責任である以上、仕方ないのだが。

 当初は故人の最期に護衛をしていた冒険者を頼むつもりだったが、すでにリューンを離れていたという。
 それで依頼書を出したのが、「瞬く星屑亭」だったという話。
 別段、疑わしい部分は無かったように思える。
 が、一応聞いてみた。

「その護衛の不手際が原因という事は、無かったのか?」
「えっ!?」

 一瞬、驚いたふりをして見せたものの、依頼人はあっさり否定した。
 当人が気にしないのならば、オレがとやかく言う事ではない。
 市井の貧乏学者を殺す理由が無くても、業務上過失の可能性くらいはあるかもしれない。

「まあ、疑ってもキリがありませんしね。
 しかし感心しました。
 さすが冒険者、用心深い事です」

 他には聞く事も無い。
 出発は明日の夜明けに決まった。
 前金を受け取り、依頼人に見送られて外へ出る。
 すでに周囲は闇に包まれていた。

 この貧しい区域では、街路を照らす灯りも無い。
 その代わり、いつもより夜空が近くに見える。
 住民は日々の生活に追われて星を見るどころではないのだろうが、リューン市内にこんな場所があるなんて。
 オレは、空を見上げて呟いた。

「七つ星にひっそり寄り添う星まで、よく見えるな・・・」

 本当は見えてはいけない星だったかもしれないが、気のせいだろう。





 翌日未明、依頼人宅へ。
 依頼人すでに準備を整え、外で待っていた。
 挨拶を交わし、早々に出発する。

 空はまだ暗いが、雲が少し出ている程度。
 移動するには絶好の天気になりそうだ。

「晴れてくれて助かりましたよ。
 順調に行けば昼過ぎ頃には着くはずですから」
「ああ」

 北門を抜け、まだ人もまばらな街道をひたすら北へ進む。
 朝市に向かうのか、大きな籠を背負った者。
 急ぎなのか、一杯に荷を乗せた馬車。
 すれ違い、街に飲み込まれていく。

「久しぶりだなあ、この道を行くのも。
 貴方は冒険者ですし、よく町を出るんでしょう?」
「まあ、そういう依頼があればね」
「そうでしょうねえ」

 依頼人は何か納得したのか、一人でうんうんと頷いている。
 かなりの話好きらしく、その後もあれこれと話を振ってきた。
 オレの経験談にも、大いに興味がある様子。

(そういえば、冒険者志望だったっけな)

 親父さんからは「人物を見てくれ」と言われただけ。
 本人から言ってこない限り、触れるつもりはない。
 背中を押してもらえずに、自ら踏み込めないまま通り過ぎてしまうなら、それは縁が無かったという事。
 冒険者は楽しいばかりの仕事じゃない。
 何だってそうだろうが。
 自分で一歩、足を前に出さなければ。





「詰所が見えてきましたよ」
「ああ」

 主要な街道沿いに設置されている、治安隊などの詰所の一つだ。
 隊員らしい年配の男が一人、歯を磨いているのが見える。
 リューンからさほど離れていない詰所だけに、そのような隊員でも十分なのだろう。
 あるいは、人手不足なのかもしれない。

「ちょっと、行ってきます」

 依頼人はそう言って、老隊員の元へ向かった。
 ジェスチャーを交えつつ談笑している。
 オレは心の中で感心していた。

 他人とコミュニケーションを取り、情報を得たり目的を円滑に達成する能力は重要だ。
 冒険者の中には、ともすれば腕さえ良ければいいと考える者も少なくないが、自分一人で出来る事など知れている。

 依頼人がこちらを見て、焚き火のそばで炙られているパンを指差した。
 いい匂いがして、気になっていたものだ。
 OKサインで答える。
 今日の朝食はこれで済まそう。

「お待たせしました。はい、どうぞ」
「ありがとう」

 銀貨二枚と引き換えにバターがたっぷり塗られたパンを受け取る。
 オレ達は老隊員に手を振り、歩き出した。
 舌を火傷しそうになりながら、パンにかぶりつく。

 道中にこれといった情報は無かったらしい。
 何も情報が無い、つまり平和だという事。
 遺跡への到着は、予定通りになりそうだ。





 日に褪せた立看板の脇に、細い道が分岐している。
 この道を進んだ先にあるのが、バーセリック遺跡。

 街道を離れると、遥か先に森が見えてきた。
 依頼人がおもむろに、道端でしゃがみ込む。

「どうした?」
「ベニマリソウです。もうそんな季節なんですねえ」

 夕食の賑やかしにしよう、と野草を摘み始める依頼人。
 ベニマリソウはアクが少なく、ゆがくだけで美味しいのだとか。
 サバイバル能力も備えているらしい。
 中々、侮れないかもしれない。





 移動を再開し、森の中へ。
 この先にあるのは遺跡だけにも関わらず、道沿いが綺麗に整備されている。
 依頼人曰く、聖北教会が遺跡を浄化した際に整えたとか。
 金も力も、ある場所にはあるという事か。

「・・・あっ」

 依頼人が小さく声を上げた。
 道の真ん中に、蛇が居座っている。
 そのまま、動く様子が無い。

「結構大きいですね。
 困ったな、どいてくれないかなあ・・・」
「下がって」
「あ・・・はい」

 依頼人を下がらせ、オレは足元の小石を掴んだ。
 それを蛇の近くの茂みに投げ込むと、付近の草が大きく揺れた。
 蛇が反応を示す。

「!?」
「あっ、動きました」

 蛇が森の中に姿を消すと、依頼人は安堵のため息をついた。
 かなり腰が引けていたし、荒事は苦手なのだろう。

「戦わずして・・・なるほど・・・。
 今のその手腕、私も見習いたいです」
「・・・今、どうして追い払ったと思う?」

 オレは依頼人に問いかけた。
 質問の意味が分からない、といった風な依頼人。

「どうして、とは?」
「傷つけても傷つけられても、どっちかが痛いじゃないか。
 それを避けただけさ。大した理由なんて無いよ」
「・・・・」

 オレは依頼人を促し、再び歩き出した。
 目の前に障害が現れた時の対処法など、人それぞれ。
 避けられない戦いに全力で臨む為、避けられる戦いは避ける。
 基本はそうだが、いつでもそうなわけじゃない。
 今、戦いたくなかっただけなんだよな。
 依頼人の目には、どう映っただろうか。





 バーセリック遺跡に到着。
 その入り口は、切り立った崖の下にあった。

「何だか、観光地みたいだな」
「ははは。聖北が遺跡を浄化した後、しっかり管理してますからね」

 オレの率直な感想に、依頼人は笑って答えた。
 入り口周辺を見る限り、浄化が必要であった遺跡とは思えない。
 それほど整備されている。

「今晩はここに野営はしますので、そのつもりでお願いしますね。
 遺跡での作業は、夕刻までには終わる筈ですので、野営の準備はそれからにしましょう」
「了解したよ」

 作業開始の前に軽く休憩を取り、昼食を済ます。
 疲れたわけでもないが、脛の肉を揉み解した。
 この足には、もうしばらく頑張ってもらわなければ。





 依頼人は懐から、銀色の小さな鍵を取り出した。
 鉄柵の扉を開けて中に入ると、再び施錠する。
 聖北教会から許可を得なければ、この遺跡に入る事は出来ないらしい。
 警備員や管理人がいるわけでもなし、妖魔やら野盗の侵入を防ぐ程度だろうが。

「さあ、行きましょう」
「ああ」

 内部は洞窟のようだ。
 特有の冷たく、湿気を帯びた空気がオレ達を包み込む。
 依頼人は独り言を呟きながら、壁をなぞったりしている。
 話し相手の有無は関係ないようだが、傍から見るとかなり不気味だ。

「・・・ああすみません。こちらですよ。
 まぁ、迷いようもありませんけどね」

 独りで喋っている事に気付いたらしく、依頼人は遺跡の奥へ進み始めた。
 オレも黙って後を追う。

 依頼人の言った通り、道は単純で迷う事は無い。
 壁の装飾や壁画、柱に至るまで、見慣れない様式。
 遺跡はどうやら異教の神殿、あるいは祭祀場だったのかもしれない。
 それとも、罠が設置されているならば墓地、墓所か。





 程なく、依頼人が足を止めた。
 カンテラを上げ下げして、前方の様子を見ている。
 床のある部分だけが、不自然に黒い。

「あそこか?」
「ええ」

 依頼人はオレの問いにそう答え、慎重に近づいていく。
 穴の縁に到達するとそこで屈み込み、底を覗き込んだ。
 オレもその後ろから、穴を見下ろす。
 依頼人がボソリと呟いた。

「相変わらず骨が散らばっていて、ゾッとしないなあ。
 浄化済みとはいえ・・・」

 穴はそこそこの深さがあり、仕掛けられた無数の槍の穂先が、こちらを威嚇していた。
 確かに、ここに落ちたら助かりそうにない。

「お、いたいた。あれだな。
 暴かれてから久しい罠だし、何でこんな分かりやすい罠に足滑らせたんですかね・・・ホント」

 目的の遺体を特定すると、早速作業の準備を開始。
 アンデッドが出没しなくとも、ここは生者が長く留まるべき場所ではない。

 オレは穴の上でロープを保持する役。
 念入りにロープを点検する。
 途中で切れたら怪我では済まない状況だ。
 その間に依頼人は、カンテラを穴の底へ下ろしている。

 点検を終えたロープを受け取った依頼人が、慣れた手つきで体に巻きつけた。
 基本的なロープ技術は身についているようだ。
 オレは体を支える場所を決め、足場を固定する。

「こっちの準備は終わった。いつでもいいぞ」
「じゃあ、行きます。
 よろしくお願いします」
「ああ」

 依頼人はオレに軽く頭を下げ、穴を覗き込み、スッと暗闇の中に沈んでいった。
 手に、肩に、ずっしりと力が加わる。
 腰を沈め、足を踏ん張る。
 ロープの挙動と依頼人の声に神経を集中する。
 ややあって、ロープの手応えが急に軽くなった。
 依頼人の声がする。

「着きました!」
「了解」 

 オレはロープを体から外すと、穴の縁から下を覗き込んだ。
 すでに依頼人は遺体の回収に取り掛かっている。
 光量を増やす為、上からもカンテラで穴を照らす。

 器用に道具を扱い、遺体処理の手際もいい。
 本職だけあって、調査や探索面では即戦力になるだろう。
 手先を生かした繊細な作業も向いていそうだ。

 穴の底に散らばる無数の骨は、この罠が数多くの侵入者の命を奪った証か。
 浄化の名目でやって来た聖北教徒も落ちたのかもしれない。

「終わりました。先に袋を引き上げてもらえますか?」
「わかった」

 ロープを握った両手に、麻袋の重みがかかる。
 だが、依頼人の体と比べれば格段に軽い。
 その差が、命の重さなのだろうか。

 麻袋のロープをほどき、点検を済ませて穴底を見る。
 そこにはカンテラを持ち上げ、口を半開きにしてこちらを見上げている依頼人がいた。

「・・・?どうした?」
「あ、失礼。ちょっと、天井をね」

 言われて天井を見るが、オレには少し光が足りない。
 カンテラを少し傾け、天井を照らす。
 すると美しいモザイク壁画が浮かび上がった。
 落とし穴の真上という場所にあった為か、非常に保存状態がいいようだ。

「羽と角を持った・・・何と言うか、不思議な生き物だな」
「・・・あれは昔むかしに信仰されていた神様の壁画ですね。
 現世に彷徨っている魂を、次の生に導くのだとか」
「ほう・・・」

 だから、この場所に描かれたのだろうか。
 こんな所で落とし穴に落ちて死んだら、彷徨うなという方が無理だ。
 死に至るような罠を設置しなければいいような気もするが。

「・・・父はもしかしたら、これをたまたま発見して、興奮してつい、足を滑らせたのかもしれませんね。
 ・・・違うかもしれないけど。
 でも、あの人らしいです」

 依頼人はそう言うとしばらく口を閉ざし、壁画を眺めていた。





 依頼人を穴から引き上げ、遺跡を出る。
 外は丁度、夕方にさしかかろうとしていた。

「では、野営の準備かな」
「ええ。私は水を汲んできます」

 その間にオレは、乾いた枝を集めて火を起こす。
 日が沈む前に全ての支度を終え、焚き火を挟んで漸く夕餉の時間となった。

「すみませんね、野宿で」
「慣れてるさ。ともあれ、お疲れさん」
「お疲れ様でした」

 味気ない携帯食料に依頼人が拵えたスープがつき、食事が気持ち豊かに。
 具は干し肉と、昼間に摘んだベニマリソウ。
 味付けは塩のみの至ってシンプルなものだが、じんわりと内側から温まる。
 一仕事終えた体は、自分で思うよりも冷えていたようだ。
 依頼人はスープの皿に顔を近づけ、匂いを嗅いでいる。

「懐かしいなあ、ベニマリソウ。
 昔、本当によく食べたんですよ」

 依頼人の父親が研究に没頭するあまり生活を顧みず、極貧だったのだとか。
 食うや食わずの暮らしをしていれば、道端の草にも詳しくなるかもしれない。
 オレは依頼人の話の合間に相槌を打ちつつ、食を進めていた。

「ああそうだ。見張りは交代で結構ですからね」
「わかった。順番は?」
「どちらでもいいんですが・・・」

 結果、依頼人が先に決まった。
 食事を終え、後片づけを済ませば別段にやる事も無い。
 依頼人に後を任せ、早々と毛布に包まる。
 心地よい疲労感、程よい満腹感。
 程なくオレは、意識の海の中へ沈んでいった。





「・・・・」
「どうしました?喉でも渇きましたか?」

 オレの様子に気付いた依頼人が声をかけてきた。
 少し目覚めが早かったようだ。
 依頼人が差し出した水筒を受け取る。
 もう一眠りするには、半端な時間だ。

「良ければ一杯、どうですか。
 安酒だけど、温まりますよ」
「・・・そうだな。貰おうか」

 酒で満たされたスープ皿を、オレは軽く持ち上げてみせた。
 杯を合わせる代わりだ。
 干し肉の残りをつまみに晩酌を始める。
 いや、依頼人にとっては、オレの話もつまみらしい。

 一年前に父親が亡くなるまでは、依頼人自身も調査に赴いていたという。
 焚き火を囲みながら、同行した冒険者達から聞く話が楽しみだったのだとか。

 この一年間は、全く研究に手をつけていなかったのだろうか。
 オレが依頼人宅に行った時も、別な仕事をしているような話だった。
 一般に、市井の学者が研究だけで食べていくのは難しい。
 スラムのような場所で生活している依頼人も同じだろう。
 冒険者になりたいというのは、研究を続けるという事だろうか。

「ねえ、月並みですが、」

 不意に依頼人が話しかけてきた。

「冒険者って楽しいですか?
 明日の事も分からない冒険者稼業でしょう。
 いや、ただの興味なんですが」

 そう聞かれても、返事に困る。
 少なくとも今のオレは先を見据えていないし、楽しいから冒険者をしているわけでもない。
 期待に沿うような事は言えない。

「楽しい時もある。そうでない時もあるさ。
 あんたには、明日の自分が見えてるのかい?」
「・・・ぶしつけでしたね。
 や、失礼しました。
 酔っ払いのたわ言です。
 どうぞ聞き流してください」

 会話が完全に途切れた。
 焚き火の音だけが、パチパチと聞こえている。
 依頼人がポツリと口を開く。

「いい歳をしてお恥ずかしい話なんですが。
 ・・・色々と、迷う所もあって」
「迷えばいいじゃないか、時間が許す限り。
 その結果、欲しいものを掴み損ねても、自分が受け入れるだけだろう」
「・・・・」

 ちょっと、背中は押し辛いかな。
 最初の一歩は自分で踏み出してもらわないと、後々本人が苦しむ事になりそうだ。
 オレは天を見上げた。
 交代の目安になる星が、夜空の端に消えようとしている。

(そろそろ交代の時間か・・・)

 依頼人に目を向けると、俯きながらチビチビ呑っている。
 オレもすでに起きている事だし、もう少し放っておこうか。

(・・・ん?)

 依頼人は膝を抱え、自分の片手をぼんやりと眺めていた。
 よく見ると、その掌が細かく震えているようだ。
 これはそろそろ、ストップをかけた方がいいかもしれない。

「酒盛りはその辺で打ち切ったらどうだ?」
「え?・・・いやいや、大丈夫ですから。
 ・・・昼間の事をね、思い出していたんです」
「昼間?」

 オレが追い払った、蛇の事を言っているらしい。
 何か特別な事があっただろうか。

「・・・大きな蛇でしたね。
 ああいうの、よく相手にされるんですか」
「いや?」

 蛇と戦うシチュエーションなんて、そう多くはない。
 震えている手を、オレに見せる依頼人。
 オレが危険と対峙しても堂々と対処しているように見え、自分ならどうなのかと考えていたようだ。
 そうは言っても、ああいう場面で働く為の護衛。
 依頼人が何でも出来るなら、冒険者など必要ない。

「・・・遺跡でもね。
 貴方にロープで支えて貰っている時・・・。
 本当は嫌な想像をしていました」

 大分酔いが回っているらしい。
 依頼人の話に、とりとめが無くなって来た。
 やはり、見張り交代のタイミングで止めておくべきだったか。
 まくし立てたかと思うと、いきなり顔を膝に埋めて嘆く依頼人。

「・・・ですけどね!」

 依頼人がおもむろに顔を上げた。
 手に負えない、まさかの絡み酒。

「・・・いや酔ってませんから」

 オレがさりげなく遠ざけた酒瓶を目ざとく見つけ、抱え込む依頼人。

「・・・まあいいです。
 とにかく私は決めたんです。
 何をと言って、こういう自分を否定しない事をね」

 いや、酔って絡んでる自分は否定してもらいたい。
 いい事を言ってる風だが、全然締まってない。
 とりあえず、色々と心に期してこの遺跡にやって来た事だけはわかった。

「・・・大丈夫。大丈夫・・・」

 依頼人は何やらぶつぶつと呟いている。
 焚き火もある事だし、水でも浴びせた方が早いだろうか。

「それで、それで・・・。
 ・・・えーっと。あれ?
 ・・・何で私、こんなに語ってるんでしたっけ?」
「オレが知りたい」

 急に酔いが醒めたらしい依頼人に、すかさずツッコんだ。

「あのー。もしかして私今、かなり恥ずかしい事を口走ったりしていましたね?」
「もしかしなくても相当恥ずかしいと思うが、誰も聞いてないからいいんじゃないか?」

 依頼人は水筒を掴むと、ガブガブ水を飲んだ。
 そして今度は、テンションガタ落ち。
 非常に面倒くさい。放っておこう。

「・・・・」
「・・・・」

 黙っていても鬱陶しい。
 仕方ないので、昼間に貰ったベニマリソウを渡して見張りを交代。

「ベニマリソウはいいですね。心が和みます。
 ・・・おまけにおいしいし」
「・・・・」

 放置しておく。
 依頼人はベニマリソウの花を見つめて黄昏れていたが、やがていびきをかいて眠ってしまった。
 もっと早く、代わっておけばよかった。

「さて、と」

 気を取り直し、オレはスープ皿を手にした。
 時間も酒も、たっぷりある。
 干し肉が少々と、満天の星空が酒の肴だ。
 静かにゆっくり、飲ませてもらおうか。





「それで漸く解放されたわけだ」
「まあね」

 後日、オレは親父さんに依頼の首尾を報告していた。
 依頼人は回収した遺体を自宅に置いた後、一度だけ宿へ寄っている。

「・・・それで、どうだったんだ?」
「何が?」

 親父さんの問いかけに、オレはトボケてみせた。
 聞きたい事はわかっているが、自分で見て判断してもらおう。
 何か言うならその後。

「何が、じゃない。何も見てなかったのか?」
「ああ。どうだったかなあ・・・」

 まず、依頼人の肩書きが無くなったサリマン本人が、この宿へ来てからだ。
 少々悲観的なようにも思えるが、彼は自分を客観的に見つめる努力をし、前に進もうとしていた。
 だからこそ誰にも手を借りず、自らの力で、意志でこの世界に一歩を踏み出して欲しい。
 その記憶が、きっと彼の力になるはず。

「・・・そこから、じゃないかな」
「何か言ったか?」
「いや?」

 ふと、宿の扉が開く音がした。
 誰かがやって来たようだ。

 冒険者の力を頼まんとする者か。
 親父さんの料理と酒を味わおうとする者か。
 それとも―――。










シナリオ名/作者(敬称略)
そこから/バルドラ
groupASK official fansiteより入手
http://cardwirth.net/

収入・入手
600sp、ベニマリソウ

支出・使用
2sp、ベニマリソウ

キャラクター
(ベルントLv3)
スキル/掌破、鼓枹打ち、岩崩し、鼓舞
アイテム/賢者の杖、ロングソード、青汁3/3
ビースト/
バックパック/

所持金
8115sp→8713sp

所持技能(荷物袋)
魔法の鎧、氷柱の槍、エフィヤージュ、撫でる、スノーマン、雪狐

所持品(荷物袋)
傷薬×4、万能薬×2、コカの葉×6、葡萄酒×3、鬼斬り、ジョカレ、聖水、うさぎゼリー、手作りチョコ、チョコ、うずまき飴、激昂茸、ムナの実×3、識者の眼鏡3/3、術師の鍵4/4、バナナの皮、悪夢の書、松明2/5、ガラス瓶(ノミ入り)×2、破魔の首飾り、遺品の指輪

召喚獣、付帯能力(荷物袋)
グロウLv7

加入キャラクター
(サリマンLv2)
スキル/
アイテム/
ビースト/
バックパック/

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