Page29.闇が相手の大逃走劇(交易都市の一夜)

「いたか?」「こっちにゃいねえぞ!」
「糞っ、どこに逃げやがった!」
「まだ遠くへは行ってねえはずだ、捜せ!」

 怒声と荒々しい足音が遠ざかっていく。
 付近に静けさが戻り、オレは大きく息を吐いた。
 あまりこの場に止まるわけにいかないが、呼吸を整える時間くらいは欲しい。
 何せ、ずっと走りっぱなしなのだ。

(全く、何でこんな事に・・・)

 オレは交易都市の夜空を見上げ、心の中で愚痴った。










「今すぐ行け。走って行け」
「はあ!?」

 現在時刻、午後二時五十分。依頼の指定時刻は三時きっかり。
 リューン北門で書類を受け渡し、そこで依頼の詳細を話すという。
 そんなギリギリの依頼書がどうして残っていたのか、オレに知る由もない。
 親父さんに急かされ、宿を飛び出し通りを全力疾走する。

 何とか時間までに北門に到着。
 恐らく、オレの半生で最も速く同距離を駆け抜けたに違いない。
 だがまさか、この後半日も走り続ける羽目になるとは。





「時間きっかりと指定してきた割に、もう過ぎてるな」

 現在時刻、午後三時十五分。往来は行き交う人で賑わっている。
 通り過ぎる人々を目で追うが、オレに向けられた視線は感じられない。
 代わりと言っては何だが、治安隊員の姿が目に付く。
 何か聞き込みをしている様子だ。事件でもあったのだろうか。

「・・・ねえ」
「?」

 いつの間にか、目の前に子供がいた。
 現れたのは、オレが治安隊の動きを見ている間。
 少々注意力が散漫になっていたらしい。

「瞬く星屑亭の冒険者の人?」
「そうだが・・・何か?」
「ウーティスって人、知ってる?」

 質問ばかりの、奇妙な会話。
 とはいえ、オレは何も知らないのだから仕方ない。

「何でそんな事を聞く?」
「その人に頼まれたんだ。瞬く星屑亭の冒険者にこれを渡せって。
 それだけ。じゃあね」
「・・・・」

 子供は一通の手紙と、別に封書をオレに手渡し、人ごみの中に消えていった。
 ウーティスというのは、「瞬く星屑亭」で聞いた依頼人の名。
 「依頼の詳細はリューン北門で」とも聞いたが、ウーティスが直接来るとは聞いていない。
 その前にオレは、ウーティスがどんな人物かも知らない。
 今の子供が当人だったとは思えないが、子供に使いを頼んだ人物がウーティスだという確証も無い。
 どこからか、オレの様子を見ているのだろうか。

「・・・チッ」

 手紙には「紫陽花通り『榛の木亭』の亭主に封書を渡されよ」とだけ書かれていた。
 紫陽花通りは商業地区方面。行くしかあるまい。
 オレは封書を懐にしまい、歩き出した。
 とてつもなく嫌な予感がする。





 現在時刻、午後三時二十五分。
 「榛の木亭」の看板を見つけ、扉を開ける。
 カウンターの中にいる男が亭主だろうか。
 あえて自分から名乗らず、尋ねてみる。

「ここの亭主は・・・アンタか?」
「そうだが?」

 あっさり肯定した。
 こういう来客がよくあるのかもしれない。
 オレは懐から封書を取り出し、カウンターの上に置いた。

「アンタに、これを」
「・・・あぁ」

 やはり慣れている感じだ。
 ウーティスについても、何か知っている可能性がある。
 亭主は、離れた場所のテーブル席を指差した。

「客人がいるよ。そら、あそこの女だ」
「彼女が、ウーティスか?」
「知る限りでは、違うね」

 微妙な返事。
 ウーティスについての情報は持っているが、直接面識は無いという所か。
 聞いてみたものの、はぐらかされてしまった。
 亭主の「金払いはいいし、無茶は言わん」という言葉を信じるしかない。
 テーブル席の女に近づくと、向こうから声をかけてきた。

「貴方が『瞬く星屑亭』の人ね」
「そうだ」
「逃げ足が速い人、なんて条件ついてなかった?まあいいけど。
 見かけによらず速いのかもしれないしね」

 口の減らない女だ。初対面の印象は、かなり悪い。
 確かに条件として、「体力があり忍耐強く、足に自信のある者」とあった。
 拘束時間が半日程度とも。内容は書類配達。
 どこまで、いやどれだけの量の書類を配達させる気か。

「・・・それで、仕事は?」
「うふふ、怒った?短気なのね。
 じゃ、仕事の話をするわね。ついてきて」
「・・・・」

 女は立ち上がり、スタスタと宿を出て行った。
 性格の悪さは想像通り、あるいはそれ以上とみえる。
 舌打ちをしつつ後を追う。





 現在時刻、午後三時四十五分。
 一向に仕事の話をしない女に、オレは言い放った。

「おい。こんな話が仕事に関係あるのか?
 世間話なら他の奴としろ」
「焦らないで。こういうのはお互いを知るのが大切よ」
「冗談はよせ。遊びに付き合うほど暇じゃない」

 オレは微塵も焦っていない。イラついているだけだ。
 仕事でなければ放置して帰っている。
 女は悪びれる様子なく周囲を見回すと急に真顔になり、オレに言った。

「せっかちねぇ。わかったわ。
 真面目にいきましょう。もう時間も十分でしょうし」
「時間、だと?」

 女の態度の変化に戸惑いつつ、オレも周囲を見る。
 だが特に異変は感じられない。
 女はおもむろに取り出した書簡を、オレに差し出す。

「聖北教会の司祭様に、これを渡して頂戴」

 依頼はリューン市内の配達のはず。
 聖北教会は一つだけじゃないし、その司祭様はもっといる。

「で、どこの教会だよ」
「もちろん、大聖堂のある教会よ。中央広場の」

 もちろんと言われても。
 まあ、行き先と用件は聞いた事だし、さっさと終わらせよう。
 拘束時間の長さから、一件だけとは限らないが。

「それで終わりか?」
「知らない。知ってたら、教えてあげるけど」
「そうか」

 真偽の程はともかく、これ以上聞いても無駄だろう。
 登場する人物がことごとく断片的な情報しか持っていない。
 次は司祭様に聞いてみるか。

「じゃあな」
「それから――」

 教会へ向かおうとしたオレを、女が引き止める。
 漸く離れられると思ったのだが、まだ何かあるのか。

「気を付けてほしい事があるんだけど」
「?」
「貴方、とにかく追っかけられるわ。
 捕まえられたら、仕事は失敗よ」
「は?」
「だから、追っかけられるって。
 要は、逃げればいいのよ」

 一瞬、女が何を言っているのかわからなかった。
 ハッと気付いて懐に手を当てる。この書簡か。
 非常に面倒な物を渡してくれたらしい。
 文句の一つも言ってやろうとするが、女は身を翻してこの場を離れた。

「あっと。漸くだわ。じゃあね」
「オイ!ちょっと待て!」

 去っていく女が一瞬見た方向から、治安隊員達が向かってくる。
 二名の治安隊員がオレの前で立ち止まった。残りは女を追っていく。
 剣呑な目付き。とても友好的とは思えない。

「そこの冒険者」
「・・・オレか?」

 治安隊員は口調こそ穏やかだが、間違いなくオレに何らかの疑いをかけているようだ。
 トラブルに巻き込まれるのは覚悟していたものの、官憲相手になるとは。

「そうだ。逃げた女と話していたな。知り合いか?」
「いいや。初対面だ。さっき会ったばかり」
「そうか。だが悪いが、お前には詰所まで同行してもらう」

 治安隊員は明らかにオレを疑っている。少し高圧的になった。
 頭の中で必死に対応策を考える。
 出来れば、治安隊の容疑も引き出したい。
 そこでオレの情報が上積み出来る。

「理由は?」
「情報提供要請だ。あの女、指名手配がかかっていてね」

(何やらかしたんだ、あの女!?)

 表面上は平静を装いつつ、心の中で女に毒づいた。
 指名手配。オレが受けた依頼自体が、非常に胡散臭いものになってきた。
 たまたま指名手配犯が一枚噛んだのか、依頼人が素性を承知で使ったのか。
 どの道、詰所に連行されたオレに、茶菓子が出るとも思えない。

「今言ったように、さっき会ったばかりなんだぜ?
 提供できる事は何も無い」
「それは我々が決める事だ」
「・・・わかった、行くよ」

 腹は決まった。ここで抵抗しても無駄だろう。
 オレは肩を竦めてみせた。

「こっちへ来い」
「あっと、待ってくれ。野暮用があるんでね。
 ちょっと寄ってもいいか?」

 渋い表情で承諾する治安隊員。
 オレが少しでも反抗的な態度を見せていたら、あっという間に付近の治安隊員が集まって取り押さえられただろう。
 今の所はまだ、急に現れた正体不明な男の扱いらしい。

「何処へ行く?」
「直ぐそこだよ」
「仕方ない、急げよ」
「ああ、ありがとう」

 オレは治安隊員を供に引き連れ、歩き出した。





 現在時刻、午後三時五十五分。
 再び「榛の木亭」の扉を開ける。
 カウンターの亭主がオレを見て、剣呑なお供に眉を顰めた。

「亭主」
「お連れさんは治安隊か?
 お上との面倒は勘弁してくれよ」

 やはり、慣れている。
 そう言いながら亭主は、スッと立ち位置を変えた。
 扉が姿を現す。裏口か。
 オレはカウンターに近づき、手をかけた。

「わかってるって」
「!?」

 二、三歩で勢いをつけ、カウンターを乗り越える。そのまま裏口へ駆け出した。
 虚を突かれた治安隊員が大声を上げる。
 亭主はうろたえる風を装い、裏口の前に立った。
 僅かに治安隊員をブロックする気だろう。
 中々の役者ぶり。そしてオレには貴重なアシストだ。

「逃げたぞ!追え!」

 後ろで聞こえる声が、少し離れた。
 まずは絶好のスタート。ゴールが見えないのが不安ではあるが。





「あそこだ!逃がすな!」

 背後の声と足音の数がどんどん増えてくる。
 距離が詰まっているようにも感じられる。
 税金泥棒だと思っていた治安隊だが、存外しっかりと鍛えているらしい。

(それとも、オレが鈍ったか?)

 足音がさらに迫ってきた。
 このまま走り続けてもジリ貧か。ならば。
 オレは急に方向転換し、市場に突っ込んだ。

「市場に入ったぞ!」

 声もつかず離れずで付いてくる。
 市場を封鎖されては元も子もない。
 アドバンテージを稼ぎ、この場を離れて治安隊を撒かなくては。
 ふと、通りに大きくはみ出した屋台が目に付いた。
 迷っている暇は無い。

(ええい、やってしまえ!)

「おっとごめんよ!」
「!?」

 オレはバランスを崩したように見せかけ、荷台を思い切り引っ張った。
 道端に散乱する無数の野菜や果物、そして木箱。
 ぼんやり座っていたおばちゃんが飛び上がり、すごい剣幕で怒鳴る。

「アンタ!何するんだい!」
「うぉっ!何だこれは!」
「お巡りさん!アタシの商品踏んづけないでよ!」
「どけ!公務の邪魔だ!」

 背後では悲鳴や怒号が飛び交い、通行人も巻き込んで阿鼻叫喚の事態になっている。
 だが、治安隊員は足止め出来たようだ。
 オレは心の中でおばちゃんに詫びつつ、速度を落とさず市場を駆け出した。





 現在時刻、午後四時四十五分。中央広場の聖北教会前。
 周囲に治安隊員の影は無い。振り切ったらしい。
 とはいえ安心は出来ない。
 行き交う人々の会話の中に、逃走している男の噂話がチラホラと聞こえてくる。
 市内の出来事とはいえ、噂が広まるのが早い気がする。

(まるで・・・盗賊ギルドの情報操作みたいな?まさかな)

 ここまで盗賊ギルドの影など、どこにも無かった。
 まあ、治安隊に追われる事になるとも思ってなかったのだが。
 まずは書簡を届けて、しばらくはどこかに身を潜めた方がいいだろう。

 大聖堂で近くのシスターを捉まえ、司祭への言伝を頼む。
 少し待つと、いかにも聖職者然とした男がやって来た。

「私に用があるというのは・・・貴方ですか?」
「ああ。これを預かってきた」
「・・・。申し訳ありませんが、少し時間をいただきます」

 受け取った書簡に目を通し始める司祭。
 読み終えるのをのんびり待つつもりだったが、状況が急変した。
 入り口に治安隊員の姿が見える。
 オレは司祭に問いかけた。

「どの程度の時間かな?」
「長くはかかりません。お祈りをしていてください」

 それは捕まえてくれというようなものだ。
 聖堂の中を見回し、扉を見つける。
 あそこなら、しばらく時間を潰せるだろう。
 オレは目立たぬよう、司祭のそばを離れた。

「祈りどころか、告解させてもらうよ」
「はい?」

 告解室に滑り込む。
 時を待たずに、治安隊員らしき男が司祭と話す声が聞こえてきた。
 やはり目的は、逃走中の冒険者について。つまりオレだ。
 容姿の特徴も正確に伝わっているらしい。

(これは逃げるのも・・・骨が折れるな)

 そもそも、このままでは「瞬く星屑亭」に帰る事も出来ない。
 この状況、どうしたものやら。

「・・・まだ、そこにおられますか?」

 告解室の外から司祭の声がする。
 治安隊員が去ったと聞き、オレは用心しながら聖堂に出た。
 司祭が手紙を差し出している。

 受け取った手紙には、指定された時間と場所で書類を受け取り、配達するように書かれていた。
 半日程度、延々とこれを繰り返させる気だろうか。
 いい加減にうんざりしてきた。

「私への用は以上です。ご苦労様でした」
「・・・司祭様」
「何か?」

 立ち去ろうとする司祭を引き止める。
 司祭の用は済んでも、こちらの用件は済んでいない。

「知ってるなら教えてくれ。ウーティスという人物の事を」

 だが、司祭の返事は「話せない」だった。
 聖職者らしく、嘘は言えないわけか。
 情報は持っているが、それを伝える事は出来ない、と。
 ま、仕方ない。次に聞くか。
 オレは司祭に礼を言い、再び告解室に潜り込んだ。

「信仰は無くても、悔い改める事は山のようにあるんだよな・・・」

 ここでしばらく、外が落ち着くのを待とう。
 考えをまとめるにも丁度いい。





 今オレは、配達の依頼の途中だ。
 ・・・色々とツッコミたいが、それは置いておく。
 そして、治安隊に追われている。あの指名手配犯の女に会った後から。

 その女に限らず、登場する関係者がことごとく胡散臭い。
 何か、オレには言えない事実を知っている。
 預かった書簡や封書を読んでしまえば何かわかるかもしれない。
 何故オレはそうしないのか。直感で「してはいけない」と思ったからだ。

 今オレは、非常に危うい立場に置かれている可能性がある。
 軽はずみな行動を取れば、命を失う事になりかねない程の。
 その中心にいるのが「ウーティス」。
 これまでの登場人物は、オレも含めて駒に過ぎないのだろう。
 手紙の封を破れば、オレは駒でなくなり、ウーティスのゲーム盤からつまみ出される。恐らく、秘密裏に。
 つまり相手は、そんな荒唐無稽な話を現実に出来る実力がある者という事になる。

(言い換えれば、「ウーティス」はこの街に巣食う強大な闇の一つ、か・・・)

 となると、依頼を放棄して「瞬く星屑亭」に帰った所で、どうなるかわからない。
 どうしても闇の尻尾程度は掴まなくては。
 オレは懐から、司祭に渡された手紙を取り出した。

(北門で受け取る書類の中身くらい、知りたいけどなあ・・・?)

 ふと思い出した事がある。
 指名手配犯の女は、オレが追われる事になるのを予見していた。
 去り際の様子から、むしろその状況を誘発させた感すらある。

(あの女、確か「捕まったら仕事は失敗だ」と・・・!)

 もしかしたら、オレの仕事は書類の配達ではなく。
 治安隊を引き連れて派手に逃げ回る事だったのかもしれない。
 半日の間、表通りが賑やかになってる裏で何かが動くのだろうか。

(・・・ヤロウ)

 相手は女かもしれないが。
 不愉快な話ではあるが、当面のオレは何も知らないふりをして、街中を走り続けなければならない。
 「榛の木亭」の亭主の話を信じるなら、捕まりさえしなければ報酬を受け取り、何も問題なく常宿へ帰れる。
 だったら、せいぜい派手な花火を打ち上げてやろう。

「・・・・」

 告解室の外を窺うと、聖堂内の人はまばらになっている。
 時間的に周囲も暗い。頃合いだろう。
 オレは静かに扉を開けた。





 現在時刻、午後六時四十五分。リューンの北門に戻ってきた。
 わずか三時間半前にこの場所にいた時には、こんな事になるとは思いもしなかったが。

(まだ指定時間には早いな。どうする?)

 当然の事ながら、誰が書類を渡しに来るのかわからない。
 いくら夜でも、まだ通りは明るい。
 一箇所に止まっていては、また治安隊と追いかけっこになりかねない。

「アンタかい?その、ウーティスって人のお使いは」
「!?」

 背後から不意に呼びかけられた。
 振り返ると男が立っている。
 冴えない感じの、特徴の無いのが特徴な男。

「お使い・・・まあ、広く言えば、そうなるな」
「いや、この間の人とは雰囲気が随分違うからさ。
 変更の連絡も急に来たし、不安になってね。
 それで、少し早めに来たんだ」

 雰囲気が違って当然、オレはこんな事をするのは初めてだ。
 変更という意味はわからないが、早めに来てくれたおかげで、オレは待たずに済んだ。

「これ、頼むな。中に入ってるから。じゃ」
「ああ」

 封書をオレに渡すと、男はそそくさと雑踏の中に消えていった。
 オレも次の場所へ向かおう。
 確か届け先は歓楽街、木馬通りの「黄金の林檎亭」亭主だったはず。

「中央広場を通るか、住宅街か、官公庁街か――っ?」
「おっと。ご免よ」

 男が急にぶつかってきた。
 一言詫びて離れていく。この男は・・・。
 オレは反射的に男の腕を取り、捻り上げた。

「待て」
「イテテテテ、放せ!何しやがる!」

 何しやがる、はこっちの台詞だ。
 手際は悪くなかったが、相手が警戒していれば難度は桁違いに上がる。
 オレもそこまで間抜けではない。

「放してほしかったら、アンタが今懐に入れた封書を返すんだな。
 でなければ――」
「痛っっ!分ったよ、返すよ!」

 封書を取り戻し、男を解放する。
 男は悪態をつきながら、逃げるように立ち去った。
 オレも足早に歩き出す。

 通りすがりのスリのわけはない。
 明らかにオレが持っている封書狙い。
 そして、今の男の所属は、盗賊ギルドだ。

 追いかけっこの相手が治安隊だけでなくなった。
 新手は盗賊、闇の住人。夜が更けるのはこれからだ。

 悪くなった状況はさらに悪化。
 近くで死体が発見された。その顔は見覚えがある。
 オレに封書を手渡して去った男。
 ついに死者が出る事態に至ってしまった。

 傷を見る限り、真正面から一撃で斬殺している。
 相手が素人であっても容易な事ではない。かなりの手練の仕業か。
 盗賊ギルドが関与してないとは言い切れないが、盗賊に可能な手口とは思えない。

(それより、気になるのは―――)

 野次馬から少し離れた場所にいる男。
 フードで顔を隠していて、表情を窺い知る事は出来ない。
 その男がオレに近づいてきた。

「貴方、こちらへ」
「お前は?」
「ウーティスの使いです」
「・・・・」

 人通りの少ない場所へ移動する。
 男について歩きながら、オレは全身の危険感度を最大限に維持していた。
 この男は間違いなく、相当の実力を持っている。
 気を抜けば、オレが二体目の死体になるかもしれない。
 男が立ち止まる。

「この辺りでいいでしょう」
「どういう事か、説明してもらえるのかな?」
「ええ」

 漸く事情が飲み込めるかと思えば、それだけで話は終わらず。
 オレがさらにややこしい状況に巻き込まれた事がわかった。 

「つまり、だ」
「ええ」
「本来はダミーを持たせるはずのオレに、手違いで本物が渡ってしまったわけか」
「そういう事です。飲み込みが早くて助かります」
「・・・・」

 書類と聞いていたものは、本当に単なる書類らしい。
 ただし、某大臣を失脚させるに足る証拠が記された。
 盗賊ギルドに要人暗殺を依頼したのだというが。

 オレもその大臣の噂話ならいくつも耳にしている。
 政敵に毒を盛っているというのは公然の秘密だし、暗殺くらい頼んでも不思議に思われないだろう。
 大体、その書類を仲良しの盗賊ギルドが狙っている理由がわからない。

「ギルドも一枚岩ではないのですよ。
 顧客は大臣一人だけではありませんし」
「・・・なるほど」
「さて―――」

 フードの男は、一度言葉を切った。
 そろそろ決断の時らしい。

「事情もあらかた話した事ですし。書類、お返し願えませんか?」
「断る」
「・・・・」

 思い切り良く即答すると、フードの男が一瞬、言葉に詰まった。
 説明を聞きながら決めてあった返事だ。
 勢いで出た言葉ではない。

「・・・何故です?」
「まず、アンタを信用できない」
「信用していただけなくても構いませんが。
 しかし、どうするのです?
 それを持っていてもギルドに狙われるだけですよ?」

 だが、ギルドが一枚岩ではないと、フードの男が言ったばかり。
 書類を確保して事態を揉み消したい連中に持ち込めば、喜んで引き取るだろう。

「正気ですか?」
「もちろん」
「彼らは、それなりに員数をかけて書類を取り返しに来ますよ。
 貴方の命を奪う事も選択肢に入っています。それでも、ですか?」

 この書類を欲する連中の中に、オレの命を奪う選択肢を持っていない者がいるわけがない。
 オレの命は連中にとって、この紙切れに遠く及ばない程度の価値だ。

「今さら脅しても無駄さ。アンタだって同じだろう。
 オレを囮として雇ったんじゃないのか?」
「・・・貴方、長生きしないでしょうね。
 いいでしょう、私は下がります」

 下がって、ずっと追跡して奪うチャンスを狙うわけか。
 他にも思惑がありそうだが、智謀はオレより数段上のようだ。
 そこで張り合っても犬死にして終わるだろう。

(大したものだ。気配まで絶ってる)

 男は姿を消した。
 オレの逃亡を邪魔する可能性は低い。
 出来れば盗賊ギルドともぶつかりたくないはず。

 長生きは出来ないかもしれないが、ここで終わるのは少し寂しい。
 野良犬なりの意地は、見せてみようか。





 現在時刻、午後七時五分。場所は商業地区。
 この時間、治安隊もまだ動いているかもしれない。
 盗賊ギルドとぶつかってくれれば御の字だが、そんな策を弄しても策に溺れるだけだろう。
 戦うにも敵が多すぎる。
 とにかく逃げまくってギルドに突入するしかない。

 オレがいるのは北門。盗賊ギルドは貧民街、南だ。
 リューンを南北に縦断する事になる。
 こちらの意図を相手に知られない為には、ある程度のスピードが要求される。
 歓楽街は避けて通れないだろうか。

 オレは覚悟を決めて駆け出した。
 ここから先はたぶん、ノンストップ。

「さあ・・・行くか!」

 まずは王宮前広場に向かうか、住宅街を抜けるかの二択。
 ノータイムで住宅街を選択。
 王宮前広場に向かえば最悪の場合、盗賊ギルドと治安隊双方を相手にする羽目になる。

 住宅街へ、紫陽花通りと路地裏の分岐が迫る。ここは紫陽花通りだ。
 盗賊と路地裏の追いかけっこで勝負になるはずがない。
 行き止まりでチェックアウトが目に見える。

「あそこにいるぞ!逃がすな!」
「・・・早いじゃないかよ」

 盗賊達の声がする。
 身軽な盗賊の事、治安隊どころでない速さで近づいてくる。
 このまま走っていても駄目だ。

「よっ、と!」

 壁の梯子につかまり、スルスル登りだす。
 我ながら中々スムーズだ。
 冒険者で食えなくなったら、鳶か煙突掃除でもしようか。

 屋根に上がると、盗賊達が梯子で追ってくるのが見える。
 オレは剣を抜いた。
 梯子を壊せば、一旦追撃を振り切れるはず。
 が、足場の悪さもあって中々うまくいかない。

「チッ、随分と頑丈だな!」
「百人乗っても大丈夫なイナバウアー製の梯子を舐めるな!」

 何だその、パチもん臭満載なネーミング。
 三度目に振り下ろした剣で、どうにか破壊に成功。
 叫び声と共に落ちていく盗賊達。
 周囲の家から人々が顔を出す。
 オレも退散した方がよさそうだ。





 どうにか住宅街を抜けた。
 息つく間もなく、経路を選ばなければならない。
 次は中央広場へ通るか、中央東通りへ走るか。

「こっちだ!」

 昼間にも訪れている中央広場へ。
 中央東通りに向かえば、路地裏か精霊宮付近を通る事になる。
 路地裏は盗賊のホームだし、夜の精霊宮など近づきたくもない。
 加えて、東通りは歓楽街に面していて、夜でも馬車が頻繁に往来している。
 路地裏を抜けた瞬間に跳ね飛ばされる未来がデジャヴのように見える。

 消去法だけでなく、中央広場は教会を訪れた時にある程度把握しているメリットもある。
 リューン随一の人通りを誇るスポットだけに、この時間でも紛れ込めるはず。
 盗賊ギルドとはいえ、うかつに手出しは出来まい。

「いたぞ、あそこだ!」
「ちょ、本気過ぎないか?」

 またも迫り来る盗賊達。
 人ごみの中に紛れ込み、速足で進む。
 流石に盗賊の尾行を撒く試みは甘かったようだ。
 途中で走り出したものの、前方には数名の盗賊が。

「・・・やむを得ん!」

 覚悟を決めて剣を抜く。
 早々に蹴散らして広場を抜けるしかない。

 だが、覚悟を決めていたのは敵も同じ。
 倒すどころか時間を稼がれ、増援が加わってくる。
 焦りが募る。

(このままでは囲まれる!)

「君達!何をしている!」
「なっ・・・」

 こういうのが東方で言う所の「地獄に仏」なのだろうか。
 ここで現れたのは、神を崇める聖職者だが。
 昼間、オレが手紙を渡したあの司祭だ。
 騒ぎを聞きつけてやって来たのか。

「司祭様!」
「ここは聖北教会の前。主の御前で騒動など許されません。
 剣を収めて立ち去りなさい」

 神を信じぬオレにさえ後光が見える。
 親父さんの頭の照り返しどころではない。
 目的を達する寸前だった盗賊達は愕然としている。

「チッ・・・お前ら、引くぞ」

 撤退の指示に従い立ち去る盗賊達。
 さすがにこの人数全部で来られたら、終わってたな。
 いかな盗賊ギルドも、聖北教会とまともに対峙する事態は避けたいらしい。

 まだ数名は人ごみに紛れているだろうが、これなら振り切れる。
 盗賊達を見送ってから、司祭はこちらに向き直った。

「さあ。貴方も。この場は立ち去りなさい」
「司祭様、感謝します」
「主は貴方を見ておられます。主に恥じない行いをなさい」

 手を組み、祈りを捧げる司祭。
 もしかしたら、格好だけでも告解したのがよかったのかもしれない。
 オレも胸の前で十字を切ってから走り出した。
 普段なら絶対しないが、何となく。





 最後の難関が見える。歓楽街。
 盗賊ギルドがある貧民街は、この南にある。
 つまり、選択出来るルートは限られている。
 言い換えると、待ち構えている盗賊の数は、今までの比でないという事。
 中央広場のようなヘマは許されない。

 良い事も無いではない。
 ここからはほぼ、治安隊の介入は無いと思っていい。
 どうとでも取れるが、前向きに考えよう。

「こっちだ、急げ!」
「!?」

 早くも捕捉された。
 全速力で走るオレの前に、分岐が迫ってくる。
 西か、南か。考えるまでもない。

「西に曲がったぞ!」
「追え!」

 後ろに盗賊達の怒声が聞こえる。
 南に向かえば盗賊ギルド。準備万端で待ち構えているはず。
 真正面から突っ込んだ所で、戦いにもならないだろう。
 引き返す選択も視野に入れて移動しなければ。

 オレは周囲に人の気配が無いのを確かめ、漸く立ち止まった。
 辺りは静まり返っている。
 だが、極力気配を殺して先の路地を覗くと。

「オイ。ホントに奴ぁ来るのか?もういい加減―――」
「煩い。黙ってろ」
「・・・・」

 しっかりと待ち伏せされている。
 引き返そうとした動きを、敵に気付かれてしまった。
 暗闇に光が走る。スローイングダガーか。
 反射的に叩き落し、オレは駆け出した。

(くっ、どうする?)

 背後の足音が迫る。数も増えている。一か八かだ。
 オレは廃屋に駆け込んだ。待ち伏せは無い。
 一気に二階へ駆け上がる。盗賊の声が聞こえる。

「モタモタするな!さっさと上れ!」

 二階は狭く、何も置かれていなかった。
 ここで戦ったとしても、包囲されて終わる。
 窓から見える月が、部屋を照らしていた。

「・・・ハッ」

 いっその事、月まで飛んでやろうか。
 オレは全身を丸めて窓にブチ当たった。

 ガシャーン!!ドン!!

「っ痛てぇ!!」

 ものすごい音と共に着地成功。
 ツイてる、盗賊は全員廃屋の中だ。
 痺れる足を構わず動かし、オレは駆け出した。

「糞っ!奴ぁ飛び降りやがったぞ!」
「戻るぞ!」

 明らかに慌てた感じの怒声。
 決死のダイブは、完全に盗賊達の意表をついたらしい。
 一旦は追跡を振り切れそうだ。





(さて・・・問題はここからだが)

「失礼。お考え中のようですね」
「・・・漸く話しかけてくれたか」

 暗闇から、あのフード男が現れた。
 引き下がると言って姿を消した後、ずっと一定の距離を保ってオレについてきていた。
 盗賊達に気取られもせずにだ。正直、凹む。

「実は何度か見失いましてね。貴方を追うのは中々難儀しました」
「用件を聞かせてもらおうか。
 オレが盗賊ギルドに書類を渡す所を見届けに来たわけじゃないだろう。
 もったいぶるなら、このまま書類を持ち込ませてもらうぞ」
「では手短に」

 書類を譲ってもらいたいという話。
 この辺りが潮時だろうか。

「私を信用してもらえますか?」
「・・・そうだな」
「では、こちらへ」

 男は、オレの先に立って歩き始めた。
 深夜の持久走も、漸く終わりか。

「・・・この書類持って来た男、殺したのか?」
「違うと言ったら信じますか?」
「信じていいと思うか?」
「どうでしょうね?」

 双方回りくどいと、会話が噛み合わんな。





「大変だったわね・・・」
「全くだ」

 娘さんが労いの言葉と共に、エールの入ったグラスを置いた。
 一時は娘さんの顔も、親父さんの頭も二度と見れないかと覚悟したが。
 どうにかオレは「瞬く星屑亭」に戻ってきた。

 二人とも、オレに込み入った話は聞かなかった。
 ある程度の事情は察しているのだろう。
 オレもペラペラ喋れないから、非常にありがたい。





 フード男はオレを、ある女の前に連れて行った。
 立場上、フード男の上役に当たるらしい。
 リューン政界の裏であれこれと策を弄しているようだが、オレの興味を引くような話は無かった。
 嫌でも覚えているのは、一つだけ。

「貴方も、もう少しは冒険者であり続けたいでしょう?」
「・・・・」

 丁寧な言葉で脅かされ、守秘義務を課される事を承諾して漸く解放されたというわけだ。
 フード男の上司らしい不愉快な女だったが、そこで噛み付くくらいならば盗賊ギルドに突撃している。
 自分が及びもつかない強大な力を相手に回し、生きて帰れたのだからよしとしなければ。

 オレを一晩走り回らせてくれた依頼人「ウーティス」。
 フード男から、その正体についてヒントがあった。
 ウーティスとは通り名、偽名。実在する人物だ。
 オレはその人物と会い、話をしているという。

「本来、こういう事には向かない不器用な方です。
 神を信じる方というのは、そんなものかもしれませんね」
「・・・なるほど」

 オレは依頼人に窮地を救われていたらしい。
 さすがにそんなザマでは文句を言うわけにもいかない。
 本来の依頼で設定された報酬も、満額受け取っている。

 しかし黙って引き下がるにしても、大きな問題が一つ。
 オレは治安隊に手配されたり、盗賊ギルドメンバーをしばいたりして面倒な事になっている。
 関係各位を懐柔したり圧力をかけたりしてそれをチャラにするのに、ある程度の時間が必要なのだとか。
 その間の事故を避ける為、しばらくリューンを離れる事をフード男に提案された。

 折り良く、ドサ回りに出る用事が一つ。
 往復で二、三週間の旅だ。
 仕事ではないが、病み上がりのユルヴァを連れていくには丁度いい。





「親父さん、この件、ユルヴァには内緒にしてくれ」
「誰にも言わんよ」

 軽々に洩らしていい話でない事を理解してくれているようだ。
 オレがそんな面倒を背負っている事を知れば、ユルヴァも心配するだろう。
 普通に生活している分には問題無いのだが。

「親父さん」
「何だ」

 命拾いして、初めて気付く事もある。
 オレは親父さんを見て、しみじみと言った。

「・・・うっすいなあ、頭」
「やかましいわ!」










シナリオ名/作者(敬称略)
交易都市の一夜/蒼馬
蒼馬様のサイト「蒼馬の厩」より入手
http://aouma.web.fc2.com

収入・入手
500sp

支出・使用

キャラクター
(ベルントLv3)
スキル/掌破、鼓枹打ち、岩崩し、鼓舞
アイテム/賢者の杖、ロングソード、青汁3/3
ビースト/
バックパック/

所持金
8415sp→8915sp

所持技能(荷物袋)
魔法の鎧、氷柱の槍、エフィヤージュ、撫でる、スノーマン、雪狐

所持品(荷物袋)
青汁3/3×2、傷薬×4、万能薬×2、コカの葉×6、葡萄酒×3、イル・マーレ、鬼斬り、ジョカレ、聖水、うさぎゼリー、手作りチョコ、チョコ、うずまき飴、激昂茸、ムナの実×3、識者の眼鏡3/3、術師の鍵4/4、バナナの皮、悪夢の書、松明2/5、ガラス瓶(ノミ入り)×2、破魔の首飾り、襟巻き、遺品の指輪、魚人語辞書

召喚獣、付帯能力(荷物袋)
グロウLv7

0 コメント:

コメントを投稿

 
;