Page42.主演男優は金髪女優(峠路の無法者)

「親父さんから聞いたとおりよ。安い依頼ならお断りだわ」

(へえ、役者じゃないか)

 打ち合わせ無しでかましたミカエラのハッタリに、オレは感心していた。
 相手の物言いは、小細工や駆け引きを狙っている様子ではない。
 自分の依頼を託すに足る相手か、まずはそれが知りたいという事。
 要は「やってやるさ、任せろ」という心意気が見たいわけだ。
 最初に相手が投じた「腕は確かなんだろうな?」という言葉は、オレ達の反応を引き出し、見極める意味がある。
 どういう素性の男か知らないが、人を見れなくてはやっていけない立場なのだろう。

「・・・・」

 相手の男はミカエラに答えず、オレ達一人一人に視線を移していく。
 その視線が最後にオレに向けられ、目が合う。
 少しの間があり、男が口を開いた。

「・・・いいだろう。奥の席を用意してくれ。それと茶だ」
「はいっ!」

 娘さんが元気に返事をし、パタパタと厨房へ走っていく。
 どうやら、ミカエラの返事とオレ達の佇まいは御眼鏡に叶ったらしい。
 最悪、他の都市を巡業しなければならないかと思ったが、ようやく仕事にありつけそうだ。





 ここしばらく「瞬く星屑亭」には新しい依頼が入らず、普段ならば誰も見向きもしないような依頼書までも奪い合うような状況が続いていた。
 そんな中オレ達は、キリギリス達が慌てふためくのを横目にのんびりと揚げじゃがをつつく日々。
 食うに困っているわけでもなく、閑古鳥もいつまでも続くものではないと踏んでいたからだが。

 リューン程の大きな町になれば冒険者の宿は何軒もあるが、どこにも均等に依頼が回るわけではない。
 「瞬く星屑亭」は同じような宿の中では腕利きを抱えている事で知られている。
 そこが閑古鳥ならば他も推して知るべし。

「困っている方がいないなんて、よい事ではありませんか」

 ユルヴァはそんな事を言いながら、主に感謝の祈りを捧げていた。
 実際その通りだと思うが、そろそろ何か考えなくてはと思っていた所に救世主がやってきたというわけだ。
 正確には「これからオレ達の救世主になってもらう男」、か。





 男は宿に入って来た時から顰め面のまま。だが案外、素の表情なのかもしれない。
 その後ろには、無表情なお供の男が控えている。
 オレは交渉をミカエラとサリマンに任せ、依頼人とのやり取りを見守る事にした。

「あんたら、口は堅いだろうな?」
「評判を落とす連中もいるけど、これでも信用が命の仕事なの」
「・・・お互い様か。他言無用に願いたい」
「わかったわ」

 男は自らを「ベルカ商会のリューン支店代表」と告げた。
 そんな名前の運送屋があったかもしれない。

 ここしばらくの不景気は、何も冒険者の宿に限った事ではないらしい。
 運送業界も例外ではなく、ベルカ商会では経費節減の為に積荷を纏め、輸送回数を減らして対応したという。
 だが、纏めた荷が却って野盗の目を引いてしまい、現在まで数度の略奪を受ける結果となった。
 対処するにも多数の護衛をつければ、せっかく圧縮した経費が膨らみ元も子もない。
 商売人としてかかる費用を天秤にかけた結果、冒険者の出番となったわけだ。

「つまり、山賊が襲って来なければ毎回の護衛料金を考えずに済むだろうって事ね」
「・・・言い辛いがその通りだ」
「でも賊退治ならば、騎士団や治安隊の領分ではありませんか?」

 ユルヴァが尤もな疑問を投げかけた。
 普段ならば、確かにその通りなのだが。
 オレは男が来る前の会話を思い出し、口を挟んだ。

「さっき親父さんと、北の方がきな臭いと話してたろう。
 多分それに騎士団が手を割かれて、治安隊やら何やらまでしわ寄せを食ってるんだ」
「あんたの言う通り、迷惑な話よ。だからと言って仕事をしなければ儂らも飯の食い上げだ」
「なるほどね・・・」
「とにかく方法は問わん。オビツ峠で今後山賊が暴れないようにしてもらいたい」

 成功報酬で銀貨千枚。
 値上げには応じられないが、戦利品は全部こちらで取っていい。
 商売人だけあって、巧い設定だ。懐を出来るだけ痛めず、目的を達する事が出来る。
 サリマンがチラリとこちらを見る。

(受けても、いいですか?)
(・・・・)

 さて、どうしたものか。
 報酬額を考えると、あまり大掛かりに動けば足が出てしまう。
 余計な部分に経費をかけられない。それは、依頼の成否と共にオレ達自身の安全にも直結する。
 山賊の情報が少ないのも考え物だ。

 ベルカ商会とてここに来るまで、何の対抗措置も取らなかったわけではないだろう。
 オレ達が受ける依頼としては、少し厳しめかもしれないが。
 これを受けておかないと、本当に他の街へ仕事を探しに行く羽目になりそうだ。
 方法は問わないと依頼人が言っているのだから、どうにかなりそうではある。
 あれこれ思案するオレに、横から意外な口添えが入った。

「・・・あの、お引き受けしませんか?こちらの方はお困りのようですし」
「ユルヴァ?」

 人の好いユルヴァには、依頼人のしかめ面が困り果てているように見えるらしい。
 周囲を見るが、特に反対するメンバーは見当たらない。まあ、いいか。
 敵の素性がわかってない事については、現地で情報収集をしてみよう。
 オレはサリマンに頷いてみせた。

「その条件で、引き受けましょう」
「話は決まったな・・・おい、サム!」
「はい、旦那様」

 話が纏まるとすぐ、男は後ろの供に呼びかけた。
 サムと呼ばれた男が近寄っていく。

「お前は請負人に同行するんだ。何か経費がいるようなら都合しろ。書き付けを忘れずにな」
「はい、旦那様」

 使用人なのだろうか、冴えない風貌の男。
 少々不安ではあるが、報酬と別に必要経費を持ってくれるのであれば文句も言えない。
 足を引っ張られよう祈るばかりだ。

「そういうことだ。今すぐ馬を手配しろ」
「はい、旦那様」

 言うが早いか出口に向かう男。
 だがその足は、扉の前でピタリと止まった。

「・・・あんたの名は?」
「ああ・・・」

 男が振り返り、他の誰でもなくオレに声をかけてきた。
 この短時間でパーティ内の役割分担を見抜いていたようだ。
 支店長の肩書きはお飾りではなかったらしい。

「ベルント。オレ達は『マルガリーテス』だ」
「そうか。宜しく頼む」

 男は短く答え、今度こそ宿を出て行った。
 仲間達もテーブルを離れ、思い思いに出発の準備にかかる。
 部屋に向かう階段を上がりながら、ミカエラが話しかけてきた。

「パーティ名、あったのね?」
「ん?ああ、考えてはいたんだ」
「マーガレットは、お向いのですか?」

 宿の通りを挟んだ斜向かいにある雑貨屋「エフィヤージュ」。
 そこの花壇には季節を問わず、看板娘のイリスが世話をする花が咲いている。
 今はマーガレットなのを、ユルヴァは気がついていたようだ。
 ミカエラも足を運んでいるのだが、目的は荷馬のブランカ。
 花壇よりも、かつての旅の道連れの方が気になるらしい。

「そういえばあったかも。でも、どうして?」
「ご利益があるのさ。縁起物だぞ」
「ふーん?」

 何せ、イリスの命の恩人?なのだから。
 パーティ名に使えばツキを運んでくれるかもしれない。










「・・・馬車がすごい勢いで帰っていくわ」

 ミカエラが、オレ達を乗せてきた馬車を見て呟いた。
 たった今降りたばかりだというのに、すでに立ち昇る土煙しか見えなくなっている。
 街道を行き来する者達の中では、この付近も危険な地域と認識されているらしい。

 同行者のサムによれば、山賊が出没するオビツ峠はオレ達が到着した町を抜けて北に一刻ほどだという。
 仕事が早いに越した事は無いが、長時間の移動で疲れが見える者もいる。
 出来る事なら情報も欲しいし、まずは腰を落ち着けよう。

 少し休める場所を探して歩くと、裏路地に「冒険者の宿」と書かれた看板を見つけた。
 中を覗くが狭い店内に人はいない。仕入れで出払っているのだろうか。

「無用心ですね・・・」
「用心が不要なんでしょ」
「客が入らない店なら、盗人が入る道理も無い」

 仲間達は失礼な事を言いながら店内のあちこちを見ている。
 貼り紙を二枚見つけたが、一枚は期限切れだった。
 もう一枚は賞金首のものだ。

「ハラルド=クロウサア。生死問わずで懸賞金が銀貨三千枚か・・・いっそ転職するか?」
「この内容で追いかけるの、楽じゃないでしょ。私はパス」

 ミカエラにあっさり却下された。いや、乗られても困るんだが。
 得た報酬が全て利益というわけにいかないのは、冒険者と同じだろう。
 銀貨三千枚の賞金首など、オレ達の手に負えるとも思えない。

「冒険者で地道に頑張りましょうね?」
「冒険者な時点で地道じゃないけどな」
「あら・・・」

 オレは苦笑しながらユルヴァに返した。
 その日暮らしの者も少なくないのが冒険者。
 「瞬く星屑亭」にもツケで食い繋いでいる連中は少なからずいる。
 オレ達は大分、マシな方だ。





 目抜き通りに戻り、似たような酒場がいくつか軒を連ねている辺りを目指す。
 まだ日は高い。酒場で一杯という時間でもない。
 オレは仲間に言った。

「オビツ峠に直行、という気にはならないんだが・・・」
「峠に山賊が出るというだけしか、知らないものね」
「どうしたものでしょうか」
「・・・囮」
「??リムー?」

 最後に呟いたリムーに視線が集まる。
 何かアイデアがあるらしい。

「囮の荷馬車を仕立てて、襲ってきたら返り討ちにする」
「へえ?」
「ああ・・・リムー、それはお芝居の話でしょう?」
「お芝居?」

 リムーの言葉に思い当たる事があったのか、否定するように言うユルヴァ。
 聞けば最近、リューンに来た劇団の芝居を、女性陣が見に行ったのだとか。
 その演目の中に、街道で略奪を働いている山賊を、イケメン主人公が討伐する場面があったらしい。
 女性冒険者達が騒いでいたのが、ようやく理解出来た。

「ふむ」
「お芝居はお芝居ですから・・・」
「・・・・」

 リムーはイマイチ自信無さ気な様子。
 何となく思いついた程度だったようだ。
 だが、悪くないかもしれない。

「じゃ、それで行こうか」
「えっ!?」

 オレの返事に驚く仲間達。発案者のリムーが一番驚いている。
 芝居は芝居。だがそれが、依頼のアプローチに使えない道理は無い。
 どの道、敵のテリトリーに入っていかなければならないわけで。
 不案内なオレ達が山狩りをした所で、向こうが先に見つけるだろう。
 罠に嵌められるか逃げられるか、不利な戦いを強いられるかだ。

「サリマン、どう思う?」
「見つけてもらって返り討ちにして、そこから芋蔓式にやっつけるわけですか?」
「そういう事だ」
「何とも・・・」

 苦笑するサリマン。
 性分として、こちらから敵の懐に飛び込むやり方は避けたいのだろうが。
 相手がいつもやってる荷馬車の襲撃だからこそ、油断が生まれると考える事も出来る。
 少なくとも、こちらから探しに行って優位な状況に遭遇する可能性よりは高く思える。

「で、でも、それなりの偽装をすれば報酬から足が出ませんか?」
「大丈夫。確か、『必要な経費』は出してもらえるはず」
「そんな事、言ってたな」

 サリマンのささやかな抵抗は、すかさずリムーが封じてしまった。
 軽く肩を竦め、降参の意を表すサリマン。

「じゃ、それでいいかな、サムの旦那?」
「え!?ええ、まあ・・・」

 いきなり話を振られ、目を白黒させながら答えるサム。
 リムーはやる気になった様子。たまにはこういうのもいいだろう。
 内容はまだ聞いてないが、善人パーティとしての一線は越えないでくれると思う。そう願いたい。

「決まったの?じゃ、早速行動に移りましょうか」
「段取りはおおよそ、考えてある」

 ミカエラがスタスタ歩き出し、リムーが追いかける。
 その後を追う仲間達と、非常に不安そうなサム。
 面白い事にはなりそうだ。

 早速宿を取り、部屋で額を寄せ合って段取りの相談。
 演出と監督、それに脚本もリムー。配役まであるのだとか。

 その後貸し馬車屋で一番上等な馬車を調達。
 樽を手に入れ泥を詰め、荷台に並べていく。
 これで積荷を満載した荷馬車便の出来上がり。

「なるほど。これなら人が隠れる事も出来るな」
「大事なのはこれから」
「まあな。・・・どうした、ミカエラ?」
「・・・別に」

 知らないふりをしたものの、ミカエラが不機嫌な理由は分かっていた。
 これもまた、面白いのだが。
 囮の荷馬車を仕立て終え、オレ達は目抜き通りの酒場の一軒に向かった。





 サリマンが、見るからに頑丈そうな扉を引き開けた。
 いかにも立て付けの悪そうな音。澱んだ空気が外に流れ出す。
 峠の山賊の件だけでなく、この町も不景気に襲われているようだ。
 昼間だというのに、店内は馬丁や御者と思しき男達で混み合っている。

「さあ、派手にやってくれよな」
「・・・・」
「しっかりしろよ、『ミカエル』」
「!?」

 オレは黙っている「ミカエル」の尻をポーンと叩いた。
 飛び上がらんばかりに驚いた後、殺人的な眼でオレを睨む「ミカエル」ことミカエラ。
 リムーがミカエラに与えた役は、優男の新入り人足だった。
 オレもサリマンも、決していい男の範疇ではない。
 美形と言えばミカエラとユルヴァ。二択なら男装するのはミカエラだろう。
 それは不機嫌にもなるが、リムーの配役自体は決して的外れではなく。
 目端が利くミカエラを自由に動ける立場にしておくのは、この囮作戦の肝でもある。
 その為にくたびれた男物の衣服に身を包み、長い美しい金髪を帽子の中に押し込める羽目に。
 サリマンがずっと頭に手を当てているのは、うっかり着替え中の部屋に入りかけて踵落としを食らったからだ。

「わかってるわ・・・わかってるよ!」

 半ば自棄気味のミカエラは、サムの腕から小銭袋をひったくった。
 それをカウンターに置き、店内を見回す。
 当人なりに作っているのか、女性としては低く抑えた声で酒場の主人に言った。

「ご主人、太っ腹のサムの旦那のおごりだよ。皆にエールを飲み放題に呑ませてやって!」
「!?」

 一瞬の静寂の後、沸き返る店内。
 賞賛と注目に慣れない感じのサムが、頭を掻きながらペコペコしている。
 サリマンが小声でオレに言った。

「ミカエラも役者ですね」
「これくらいはやるさ」

 囮作戦はすでに始まっている。
 ここで盛大に振る舞い人を雇う事で、翌日にオビツ峠を通る「景気のいい」ベルカ商会の荷馬車の噂は広く伝わるはずだ。
 峠に近いこの町で山賊が情報を拾っている可能性は低くない。

 御者と馬丁を一人ずつ雇い、翌日の出発の時間を告げるてオレ達は酒場を後にした。
 リムーとサリマンが名残惜しそうにしていたが、残念ながら今日はお預けだ。
 誰かが残っていては、囮が露見してしまうかもしれない。酒好きだが弱い二人は危なすぎる。
 それに、二人が頭をスッキリさせていてもらわなくては、話を進める事も出来ない。

「この仕事が無事に片付いたら打ち上げするから、そこまで我慢な」
「・・・・」

 無言の二人。オレはため息をついた。
 だが今宵の宿ではユルヴァが留守番をしているし、早く戻らなくては。
 良心が服を着たようなユルヴァに腹芸が出来るはずもなく、連れて来れなかった。

 サムに目をやると、強張った表情で歩いていた。「ミカエル」に小銭袋をもぎ取られてからずっとこうだ。
 帰ってから必要経費に認めてもらえるよう、心から願っておこう。
 冴えない風貌に反して、主人の目を盗んで経費を乗せるくらいの小技は持っていてもおかしくないが。










 翌日は雲一つない快晴となった。
 酒場で雇った馬丁と御者を乗せ、馬車は滑るように走り出す。
 乗り込む前に少し離れて見てみたが、素人目には上等の荷馬車としか思えない仕立てだ。
 主人が運送屋の支店代表をしているサムの監修だから、当然と言えば当然だ。
 ベルカ商会の荷馬車と分かるようにしなければ、相手も食いついて来ない。

 山賊が出るという話が無ければ平和な街道かと思えば、そうでもないらしい。
 道端に転がってる人の骨は行き倒れのものだと馬丁が教えてくれた。
 御者が「お仲間にはなりたくない」と乾いた笑いを浮かべたが、全くその通りだ。

 すれ違う者は滅多に無い。
 襲われるかもしれないと知り、尚その道を行く者があれば、自分は襲われないと知っている者か、危険を承知で通らねばならない事情のある者。
 高を括って進む者は道端の骨の仲間入りだ。
 遠ざかっていく白骨を眺めているオレに、サムが小声で話しかけてきた。

「あの・・・本当に来るんでしょうか」
「来るさ」

 不安そうなサムに、オレは即答した。
 この不景気な時に、あれだけ金をバラ撒いたのだから。
 「カモが来た」と山賊に伝わらないわけがない。
 同じ場所で何度も略奪を働く大胆な山賊の事、食いつくに違いない。

 サムにしてみれば山賊が来ても大立ち回りが不安だし、来なければ経費が無駄になって大目玉を食らう不安もある。
 今回、一番気の毒な役回りの人物なのは間違いないか。





 ずっと続いていた緑が切れて、遠くの砂浜に波が打ち寄せる様子が見える。
 急に風がベタつくようになったと思ったが海の近くだったとは。
 しばし風景を愉しみながら、馬車に揺られていく。

 ユルヴァとサリマン、そしてリムーは樽で作った壁の陰に身を潜めている。
 オレは「かったるそうな」護衛の役。
 全く馬車を守る様子が無ければ怪しまれる。
 オレのやる気のなさ加減も、囮作戦のポイントらしい。
 リムーからは「普段通りでいい」と、微妙に失礼な演技指導を受けた。

 馬車がぬかるみに差し掛かった所で緊張したが、何も起こらず。
 御者は見事な腕前で、慎重に馬車を進めていく。
 仕掛けてもいい場所なのだが。まだ先は長い。
 馬車のスピードが落ちるのを、どこかで見ているのかもしれない。





 再び仕掛け所がやって来た。
 今度は道を塞ぐ大きな岩。落石のようだ。
 馬車が通れる隙間は無い。
「ミカエル」が小声でオレに言った。

(気付いてる?)

 小さく頷く間に、絶妙のタイミングで若い男が登場。
 男はこちらに近づき、フレンドリーに声をかけてきた。

「・・・あれ、どうしたんですか?」
「見ての通り落石なんだ。隅にどかさないとこっちの馬車は通れそうにないね」
「皆で押せば動くでしょう。手伝いますよ」

 「ミカエル」が応対する間に、オレは周囲に気を配りながら馬車を見た。
 リムー達も嫌な気配に気がついているらしい。
 男は一見友好的なものの、不自然に利き手を懐に入れたままだ。

 オレは小声で「やるぞ」と告げ、岩に近づく風を装って前に出た。
 男の気配がオレの背後に移動する。
 と、男が小さく呻き、地面に金属の塊が落ちる音がした。

「!!い、いきなり何を・・・」
「その短剣、まさか岩をどかすのに使うなんて言わないわよね?」
「女!?」

 ミカエラが帽子を取りながら言い放つ。
 狙い済ました蹴りは過たずに男の手を打ち、短剣を弾き飛ばしていた。
 男が舌打ちして短剣を拾う間に、いかにも山賊然とした輩がゾロゾロと飛び出してくる。

「おいおい、予定と違うぞ?なにドジってんだよ・・・」
「うっせーな!仕方ねぇだろ、バレたもんは」

 失態を罵られた男が逆ギレ気味に言い返した。
 型通りの山賊の口上が続き、恐れ慄く御者と馬丁。迫真の演技、ではなく。
 彼らには、自分が囮だと知らせていない。申し訳ないが、敵を騙すにはまず味方から、だ。

「やっと現れたか、待ちくたびれたぞ」
「・・・何だと?」

 オレは剣を抜き、荷台の樽に勢いよく突きを入れた。
 こぼれ出す中身を目にして、山賊達の顔色が変わる。

「泥じゃねぇか!」
「どうなってる・・・話が違うぞ」
「簡単な話さ。ひっかかったのはお前らの方だってことだ」
「・・・野郎!!」
「あんた達、覚悟しなさい。今日の私はすこぶる気分が悪いんだから!」

 ようやく「ミカエル」から解放されたミカエラが逆に凄んでみせる。どっちが賊か分からない勢いだ。
 そのまま軽くステップを踏んで敵の中に飛び込み、戦闘開始。
 相手を確かめていないのはご愛嬌。他に山賊がいるとも思えないし。

 山賊は、そこそこ腕に覚えのある者が集まっていたらしい。
 だがオレ達に冷や汗をかかせる程の実力では無かった。
 最後の一人をミカエラが蹴り飛ばして、あっさり戦闘終了。

 ミカエラとリムーの尋問で、山賊の一人が「快く」アジトの場所を教えてくれた。ご愁傷様。
 敵とはいえ、心から同情したい。というか、リムーに拷問の知識を与えたのは誰だ。

 街道で叩きのめした連中は縛って御者と馬丁に任せ、オレ達は山賊のアジトへ向かう事に。
 サムが二人に危険手当を要求されていたが、それは大事の前の小事。
 そのサムが何か言いたそうにしている。リムーが声をかけた。

「何か?」
「あっ、あのう~。私も行かないとダメでしょうか?ここで待ってるわけには・・・」
「こちらは足を引っ張られる心配が無いから、その方がいい。でも、貴方はお目付けを命じられてるはず」
「!!」

 リムーの一言で同行決定。
 だが、へっぴり腰でミカエラの服の裾を掴んで蹴られている。
 非常に不安だ。





 山賊のアジトは自然の洞窟を利用したものだった。
 所々に篝火があり、移動に不自由しない程度の明るさは確保されている。
 ミカエラを先頭に慎重に進むと、扉が見えた。
 向こう側の様子を窺い、複数の気配がある事を伝えてくる。
 とりあえず、進める所まで進んでしまう。

 一本道に扉が二箇所。
 正直、どちらから行っても結果に大差は無い気がする。
 オレはミカエラに小声で言った。

「目の前の扉からやっつけよう」
「了解」

 扉を蹴破って踏み込むと、山賊が一人、慌てる様子もなく斧を構えた。
 増援も二人来たが、まとめて危なげなく片付ける。

 手前の扉の部屋はつながっていたらしい。
 これで挟み撃ちされる危険も無くなった。

「何これ?」
「裸の女性の絵、でしょうか・・・」
「あっ」
「・・・・」

 オレは女性陣が見ていた一枚の絵を手に取ると、黙って床に置いた。
 同じ男として、せめてもの情けだ。苦労してたんだな。

 更に奥へ進もうとして、倒した山賊が呻いているのに気付く。
 リムーが胸倉を掴んで引き起こした。

「どうした、リムー?」
「まだ相手が何者か、聞いてない」
「そういえば・・・」

 ここまでやっておいて今さら、という気もするが。
 報告する際、「正体不明の山賊を潰した」と言うわけにもいかない。

「・・・い、今さらで名乗りを上げてもしまらねぇが・・・俺らはハラルド一家だ」
「・・・本当にしまらんが。聞いておくものだな」
「ベルント?」

 「ハラルド」という名には覚えがある。
 オビツ峠の手前の町の、裏路地にあった冒険者の宿。
 そこの貼り紙の賞金首が「ハラルド=クロウサア」。
 まさか依頼で片付ける山賊が、銀貨三千枚の賞金首とは。

「すごい事になってきたな」
「全ては、首尾よく倒しての話」

 確かに。リムーの冷静な言葉で気を引き締める。
 高い士気をさらに高めて、一気に奥へ。
 蒼い宝石と見た事の無い形の銀貨を入手。倉庫か宝物庫か。
 どうやら、首領の居場所が最後に残ったらしい。

 入り口を調べたミカエラが、扉の真上にある仕掛けを見つけた。
 向こう側から扉の前を見れるようだが、もう解除する意味は無さそうだ。
 見られているならば、準備をして強襲しかない。

 扉の先は暗闇。
 オレが足を踏み入れると矢が飛んできた。
 予測済みの展開だ。

「よう、お客さん。いきなり矢を撃ちかけられて気を悪くしたろう」
「そうでもないさ。来るのはわかっていたからな」
「そうかい」

 灯りが点いて、山賊が三人現れた。
 弓を構える二人の後ろにいるのが、おそらく首領のハラルド。

「悪いが、ノックも無しに部屋に入る無作法者にはこうしてやるのが一家の流儀でね」
「無法者に無作法者呼ばわりされる筋合いは無いわね」
「おやおや、威勢のいいお嬢さんだ」

 さすがに賞金首、肝が据わっている。
 それにそこそこ頭も回るようだ。
 次の言葉は、意外なものだった。

「悪いことは言わねぇから上手く退治したってことにして帰るこった」
「は?」

 ハラルドは、自分達がオビツ峠で暴れ過ぎた事を自覚していた。
 そうなれば冒険者や兵士がやってくる事も。
 オレ達を片付けても次が来るならば、シマを変えた方がいいと思っているわけだ。
 だが、戦力分析が致命的に間違っている。オレは剣を抜いた。

「もう話す必要は無いだろう。大前提の『オレ達がお前に負ける』という所が有り得ん」
「まあいいさ、力ずくでケリをつけるのも・・・そう嫌いじゃあない!」

 少々腕っ節が強かろうと、所詮は田舎の山賊。
 弓を持つ二人を瞬時にねじ伏せる。
 一人だけ残ったハロルドは慌てて両手を上げた。

「・・・あららっ?アンディ!ロベルト!やられちまったのか!?参った!俺の負けだ!降参だ、こーさんっ!」

 オレは構わずハラルドににじり寄る。
 同時にミカエラも前に踏み出していた。
 どうやら同じ事を考えているらしい。

「ベルント、今何か聞こえた?」
「いや?最近めっきり耳が遠くなってなあ」
「私もそうなの。降伏を受ける前に一度くらい、蹴りが当たる事もあるわよね?」
「よくある事だな」
「こっ、この人でなしィー!!」

 そして絶叫が洞窟に木霊する中、一度の蹴りでハラルドは沈んだ。
 ユルヴァが嫌そうな顔をしていたが、しっかり息もあるし勘弁してもらおう。
 とりあえず縛っておく。





 暇つぶしに山賊を小突いていた御者達と合流し、日が暮れる前に宿場町に到着した。
 二人に十分な謝礼を支払った後、今度は賞金首を引き渡す為、貼り紙を出していた辺境のプラタへ向かう。
 片道六日の道程も、銀貨三千枚を思えば苦にならない。
 辺境の役所は、賞金首を生きたまま突き出されて上を下への大騒ぎになった。

「ハラルド本人との確認がとれました!ではお手数ですが受取り証明にサインを願います」
「・・・これでいいかな」

 受け取り証明と引き換えに、銀貨の詰まった袋を受け取る。かなりの重さだ。
 敬礼する役人達に見送られ、ちょっとした英雄気分で辺境の役所を後にした。
 たまには、こういうのも悪くない。

 帰り道は当然の如く山賊もいないし、安全そのもの。
 スキップするような気分でリューンに戻り、久しぶりの重さを感じながら宿の扉を開ける。
 親父さんと娘さんに銀貨の袋を持ち上げて見せると、二人は目を円くした。
 今日くらいは、いつもより豪勢な食事をしてもいいだろう。

 翌日には、あのしかめ面の依頼人から報酬を受け取った。「期待以上の働き」とのお褒めの言葉つきで。
 結構な金額の経費も、依頼人にとっては結果に見合ったものだったらしい。
 後は戦利品を売却して銀貨をリューンで使えるものに換金するだけだ。

 と、軽い足取りで銀行に向かったのだが。





「・・・おいしい話って、無いものね」

 ミカエラが銀貨の詰まった袋を見て呟いた。
 返事をする者はいない。

 その袋はぎっしりと銀貨が入っていて、長く持っていると腕が張ってくる程なのだが。
 何と、粗悪な貨幣で換金レートが存在しないような代物だった。
 両替屋に断られまくった挙句、ようやく換金に応じてくれた銀行では、手数料と税金を引くと手元に残るのは銀貨400枚だという。

「このまま持ってても仕方ないものなあ」
「じゃ、換えてきますよ」

 サリマンが再び銀行の中に消えると、残った者は揃ってため息をついた。
 懸命にフォローするように、ユルヴァが明るく言う。

「で、でも、戦利品を売った代金も合わせると、そこそこの額にはなりますよ?」
「まあ・・・そうだな」

 不景気な最中に仕事があって、ちょっと夢を見れて、みんな無事で帰って来れた。
 一度マイナスになっても、次で大きく取り返すのが冒険者。
 今回は依頼の報酬以上に収入があったのだから、悲観する事もない。
 換金を済ませたサリマンが戻ってきた所で、オレはパンパンと手を叩いた。
 仲間達が一斉にこちらを見る。

「せっかくだから、もう一回打ち上げするか」
「賛成。今日も飲んでいい?」

 リムーがいち早く食いついた。
 でもまあ、大目に見てもいいかな。
 今回はいい仕事をしてくれたし。










シナリオ名/作者(敬称略)
峠路の無法者/主計
groupASK official fansiteより入手
http://cardwirth.net/

出典シナリオ/作者(敬称略)
雑貨屋エフィヤージュ、イリス、ブランカ「胡鳥之夢」他/レカン

収入・入手
1400sp、蒼玉(終了後売却219sp)、プラタ銀貨(終了後売却140sp)、感状

支出・使用


キャラクター
(ベルントLv3)
スキル/掌破、鼓枹打ち、岩崩し、鼓舞
アイテム/ロングソード
ビースト/
バックパック/

(ユルヴァLv3)
スキル/クッキング、祝福、癒身の法、亡者退散
アイテム/青汁3/3、襟巻き、百葉丸5/5
ビースト/
バックパック/砂漠の涙、慎ましき祈り

(サリマンLv3)
スキル/魔法の鍵、魔法の鎧、眠りの雲、賢者の瞳
アイテム/賢者の杖、破魔の首飾り
ビースト/
バックパック/青汁3/3

(ミカエラLv3)
スキル/連脚、掃腿、盗賊の手、盗賊の眼
アイテム/ネックレス
ビースト/
バックパック/

(リムーLv2)
スキル/ペンギン変化、スノーマン、雪狐
アイテム/墓守の杖
ビースト/氷の鎧
バックパック/氷柱の槍

所持金
7813sp→9572sp

所持技能(荷物袋)
エフィヤージュ、撫でる、投銭の一閃

所持品(荷物袋)
青汁3/3×3、ジルの酒3/3、黄楊膏3/3、傷薬×5、緑ハーブ2/2×4、はちみつ瓶5/5×2、万能薬×2、葡萄ジャム3/3、コカの葉×8、青ハーブ2/2×2、葡萄酒×5、鬼斬り、ジョカレ、聖水、手作りチョコ、チョコ、昼ごはん、激昂茸、おさかな5/5、マンドラゴラ、肉!2/2、ムナの実×3、識者の眼鏡2/3、術師の鍵4/4、悪夢の書、光弾の書×2、火晶石×2、太陽石3/3、冷氷水×2、スティング、クリスタル、つるはし15/15、鎌、石蛙、ガラス瓶(ノミ入り)×2、遺品の指輪、笛、冒険者の日記、感状

召喚獣、付帯能力(荷物袋)
グロウLv7

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